第二章 13話 後編 ◆膳運びリレー、地獄の合同強化合宿 ― 月下の配膳決戦 ―
外野の嫌がらせと信長の理不尽な圧力を、光秀の悪知恵と左近の勢い、ケロタンの珍妙な技でひっくり返す!
……だが、おもてなしが成功に近づくにつれ、光秀の瞳には異様な光が宿り始める。
「天下の行く末のため……上様、敢えて怒っていただきましょう」
光秀の胸に秘められた、あまりに切なく、壮大な深慮遠謀とは——?
歴史の結末が哀しいからこそ、今は思いきり笑い飛ばす!
史実のリアルと食文化の深掘りに、光秀の覚悟、そしてテンポ抜群の喜劇を掛け合わせた、命がけの過剰接待サイココメディ開幕!
第二章 13話 後編
◆膳運びリレー、地獄の合同強化合宿
― 月下の配膳決戦 ―
月はさらに高く昇っていた。
白砂は銀色に輝き、
池の水面には天守がゆらゆらと映る。
松を渡る夜風は涼しく、
昼の熱気だけが石畳にわずかに残っていた。
光秀は配膳室の前に立ち、
四人を見渡した。
「ここからは本番と同じじゃ。」
静かに指を立てる。
「汁、一滴でもこぼせばやり直し。」
「返事!」
「はっ!」
三人の声が夜空へ吸い込まれた。
◇
第一走者。
左近。
膳を頭へ載せる。
「参る。」
音もなく走り出す。
柱をかわす。
縁を渡る。
畳へ入る。
頭を下げ、
両手を太腿へまっすぐ添え、
深く揖した。
その姿勢のまま、
トトト……
トトトト……
魚が尾びれを震わせるような俊敏な後ずさり。
膳は微動だにしない。
「見事!」
光秀がうなずく。
◇
第二走者。
ケロタン。
「では参るケロ。」
軽い。
静か。
風のようだ。
庭へ映る月を避けるように走る。
池の縁では、
「そこは滑る!」
左近の声。
「承知ケロ。」
くるり。
体をかわし、
お盆は水平のまま。
最後は、
トトト……
トトト……
魚のような後ずさり。
「合格ケロ。」
自分で小さくうなずいた。
◇
第三走者。
弥助。
頭へ載せた瞬間。
「……重い。」
「本番も同じじゃ。」
「承知。」
一歩。
二歩。
三歩。
丸柱を抜けようとして、
ごつん。
「痛い。」
「頭ではない!
柱が痛む!」
光秀が思わず叫ぶ。
皆が吹き出す。
弥助は頭をかき、
「柱殿、申し訳ない。」
真顔で頭を下げた。
◇
その頃。
天守。
森蘭丸は遠眼鏡を握ったまま笑いを堪えていた。
「左近、速い。」
「ケロタン、軽い。」
「弥助殿……
柱と戦っておる。」
思わず肩が震える。
「これでは戦ではなく……
配膳合戦ではないか。」
◇
光秀は腕を組んだ。
「もう一度。」
「次は四人同時。」
「本番と思え。」
四人は横一列。
月光を浴びる割烹着。
白。
赤。
緑。
白。
「始め!」
一斉に駆ける。
配膳室。
渡り廊下。
庭園。
大広間。
四つの影が月夜を流れる。
畳へ上がる。
深く揖。
そして、
トトト……
トトトト……
四人の足が魚の尾びれのように揃って動く。
その姿は滑稽でありながら、
どこか美しかった。
◇
蘭丸は遠眼鏡を静かにたたんだ。
「殿には申すまい。」
「見れば必ず、
もう一度やれ、と仰せになる。」
月は静かに天守を照らす。
四人の足袋の音だけが、
天下一の城に、
いつまでも小気味よく響いていた。
後書き:筆者の想いに寄せて
なぜ島左近なのか。なぜケロヨンなのか。
それは、左近の持つ「武人の潔さ」と、ケロヨンの持つ「健やかな日常の象徴」が合わさった時、初めて信長の「死の気配」に対抗できると考えたからです。
店頭で雨の日も風の日も立ち続けるあのカエルのように、ケロヨンは安土の激動をケロリと見過ごし、左近は主君のために地獄の釜を焚き続ける。
この二人がいたからこそ、光秀は本能寺という「最後の配膳」まで走り抜けることができました。歴史という名の厳しい「処方箋」を、少しでも楽しく、そして美味しく書き換えたい。そんな願いを込めた主役抜擢でございました。




