第二章 13話 前編 ◆膳運びリレー、地獄の合同強化合宿 ― 天守の遠眼鏡と、真夜中の配膳競技会 ―
外野の嫌がらせと信長の理不尽な圧力を、光秀の悪知恵と左近の勢い、ケロタンの珍妙な技でひっくり返す!
……だが、おもてなしが成功に近づくにつれ、光秀の瞳には異様な光が宿り始める。
「天下の行く末のため……上様、敢えて怒っていただきましょう」
光秀の胸に秘められた、あまりに切なく、壮大な深慮遠謀とは——?
歴史の結末が哀しいからこそ、今は思いきり笑い飛ばす!
史実のリアルと食文化の深掘りに、光秀の覚悟、そしてテンポ抜群の喜劇を掛け合わせた、命がけの過剰接待サイココメディ開幕!
第二章 13話 前編
◆膳運びリレー、地獄の合同強化合宿
― 天守の遠眼鏡と、真夜中の配膳競技会 ―
月は、中天にあった。
昼の喧騒が嘘のように静まり返った安土城。
天主の金鯱は白銀に輝き、幾重にも重なる黒瓦は月光を受けて波のように浮かび上がる。
白壁は青く冴え、庭園の池には丸い月が映っていた。
風が松を渡る。
竹がかすかに鳴る。
鹿威しが、こつん――と夜気を打った。
遠くから虫の音だけが聞こえる。
まさに天下の名城にふさわしい、静寂の夜であった。
◇
天守最上階。
夜回りを終えた森蘭丸は、窓辺に歩み寄った。
「今宵の月も見事よのう……。」
懐から取り出したのは、西洋渡りの遠眼鏡。
信長より預かった大切な品である。
庭園へ向けて覗く。
池。
築山。
石橋。
白砂。
どれも月明かりに溶け込み、一幅の絵巻のようであった。
その時。
「……ん?」
白いものが横切った。
もう一度、遠眼鏡を合わせる。
また白。
今度は赤。
さらに緑。
蘭丸は目を細めた。
「人……か?」
◇
その正体は、
配膳室から飛び出した四人であった。
光秀。
左近。
ケロタン。
弥助。
全員が割烹着姿。
頭には本番と同じ重さの膳。
配膳室から大広間までは、およそ三十六間。
途中には二度折れる渡り廊下。
丸柱が四本。
庭へ面した長い縁。
最後は大広間の上段へと続く畳敷き。
本番では、この道を一滴もこぼさず進まねばならない。
光秀は床へ木炭で印を引いた。
「ここが第一の関門。」
柱を指差す。
「ここは摺り足。」
次に畳を見る。
「ここから先は音を立てるな。」
さらに大広間を見渡した。
「家康公のお席は、あそこだ。」
一同が静かにうなずく。
「では始める。」
◇
四人は深く頭を下げた。
両手を太腿へまっすぐ添える。
ゆっくりと揖する。
その姿勢のまま、
トトト……
トトトト……
魚が尾びれを震わせるような足さばきで、滑るように後ずさる。
蘭丸は思わず遠眼鏡を下ろした。
「……何だ、あの礼法は。」
再び覗く。
四人は真顔。
誰一人笑っていない。
だが、その姿だけは、頭に膳を乗せたまま、月夜の池を泳ぐ鯉のようであった。
「……くくっ。」
蘭丸は口元を押さえた。
「殿に申し上げれば、お叱りより先に笑われよう。」
◇
「始め!」
光秀の声が響く。
四人は一斉に駆け出した。
頭の上の膳は、微動だにしない。
月明かりの渡り廊下。
柱をかわし、
縁を走り、
膳を揺らさず、
庭園を横目に大広間を目指す。
静かな安土城に、
足袋が畳を擦る音だけが、せわしなく響いていた。
後編へ続く
後書き:筆者の想いに寄せて
なぜ島左近なのか。なぜケロヨンなのか。
それは、左近の持つ「武人の潔さ」と、ケロヨンの持つ「健やかな日常の象徴」が合わさった時、初めて信長の「死の気配」に対抗できると考えたからです。
店頭で雨の日も風の日も立ち続けるあのカエルのように、ケロヨンは安土の激動をケロリと見過ごし、左近は主君のために地獄の釜を焚き続ける。
この二人がいたからこそ、光秀は本能寺という「最後の配膳」まで走り抜けることができました。歴史という名の厳しい「処方箋」を、少しでも楽しく、そして美味しく書き換えたい。そんな願いを込めた主役抜擢でございました。




