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第21話 何度も何度も選ばれなかった悲しみは

第21話 何度も何度も選ばれなかった悲しみは


休日の朝、凛子は薄いクリーム色のカットソーにデニムを合わせ、窓を開けて部屋へ風を通していた。洗濯機を回し終えると、柔軟剤のやさしい香りが部屋に広がり、ベランダには白いシャツやタオルが等間隔に並んで揺れている。朝食は焼きたてのトーストとゆで卵、それにレタスとミニトマトのサラダだった。コーヒーを飲みながら新聞をめくっていると、食卓の隅に置いた小さなガラス瓶のガーベラが少しだけ花びらを開いていることに気づき、凛子は水を替えてから静かに椅子へ戻った。


食後、棚を整理していると、一冊の古いアルバムが出てきた。引っ越しの時に段ボールへ入れたままになっていたもので、表紙には少しだけ擦れた跡が残っている。凛子は床へ座り、膝の上へアルバムを広げた。結婚式の写真、新婚旅行の海、初めて二人で買った食器棚、その一枚一枚を見つめているうちに、楽しかった思い出よりも、その日の途中で鳴った一本の電話や、約束の時間を過ぎても戻らなかった夜の景色ばかりが思い出された。


結婚記念日のレストランで一人になった夜も、高熱で布団から起き上がれなかった日も、キャリア復帰の面接へ向かう朝も、理由は違っても最後に選ばれたのはいつも自分ではなかった。凛子はアルバムを閉じ、表紙をそっと撫でる。あの頃は一つ一つを「仕方がない」と飲み込んできたが、小さな出来事だと思っていたものが、いつの間にか積み重なっていたのだと、今なら分かる。


昼過ぎになると、近所のスーパーへ買い物に出かけた。今日は新じゃがいもが安く、玉ねぎと人参もかごへ入れる。精肉売り場では鶏もも肉を選び、「今夜は肉じゃがにしようかな」と考えながら歩いていると、小さな女の子が母親の手を握って嬉しそうに話していた。その姿を見て、凛子は以前、拓也と一緒に夕飯の献立を考えながらスーパーを歩いた日を思い出したが、足は止まらなかった。


帰宅してエプロンを結び、鍋へじゃがいもを入れて煮込み始める。醤油とだしの香りが部屋いっぱいに広がり、湯気で少し曇った窓を布巾で拭く。煮物は少し置いた方が味が染みることを凛子は知っていたので、その間に観葉植物の葉を一枚ずつ柔らかい布で拭いた。葉は光を受けて艶を取り戻し、部屋の空気まで明るくなったように見えた。


午後、スマートフォンへ会社の後輩からメッセージが届いた。


「朝倉課長、来週の歓迎会ですが、ご都合いかがですか?」


凛子はすぐに返事を書いた。


「ありがとうございます。ぜひ参加します。」


送信すると、画面には笑顔のスタンプがいくつも返ってきた。以前は誰かへ遠慮して予定を決めることが多かったが、今は自分で予定を決め、自分で返事を書いている。その当たり前が、少しだけ新鮮だった。


夕方、肉じゃがを食卓へ並べると、じゃがいもはほろりと崩れ、甘辛い香りが部屋を包んだ。凛子は一口食べてから、湯飲みへ温かいほうじ茶を注ぐ。窓の外では夕焼けがマンションの壁を赤く染め、小学生たちが「また明日」と手を振りながら帰っていく姿が見えた。


何度も何度も選ばれなかった日々は、消えることはない。けれど、その時間があったからこそ、自分まで自分を後回しにしてはいけないことを知った。誰かに一番を求め続けるより、自分の人生の一番を自分に返してあげる方が、ずっと難しく、ずっと大切だった。


凛子は食器を洗い終えると、明日着る白いブラウスへアイロンをかけた。布の皺が少しずつ伸びていく様子を見つめながら、静かにスイッチを切る。部屋の灯りは温かく、乾いた洗濯物はきれいに畳まれ、観葉植物は夜風に小さく揺れている。誰かに選ばれることを待つ暮らしは終わった。これからは毎日、自分で自分を選び続けていけばいいと、凛子は静かに思った。



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