1 表金だったら問題はない説
コンコン。
校長室の前にやって来た碇が、その扉をノックした。
すると中から校長が、
「入りたまえ」
と言ったので、碇と俺は、
「失礼します」
と言って扉を開けた。
すると来客用のテーブルの奥にあるソファーに校長が居て、
その向かって右側にあるソファーに二人の見知らぬ人物が座っていた。
一人は茶色のスーツを着た、四十代半ばくらいの男。
そしてもう一人は紺色のブレザーを着た、俺らと同年代の男やった。
茶色のスーツの男が監督で、もう一人は野球部の奴やろうか。
この前来た定山っちゅうのとは違う奴やけど。
とか思っていると、校長が眉を潜めて俺に言った。
「はて、私が呼び出したのは松山君だけのはずだったんだが?」
「ただの付き添いですよ」
素っ気なく答える俺。
すると校長は特にそれを気にするでもなく、碇の方に向いて言った。
「松山君、こちらにいらっしゃるのが、
今日はるばる君をスカウトしたいと言って来てくださった、
大京山高校野球部監督の夏田堅二さんと、キャプテンの皆上智彦君だ」
「あ、えと、松山碇です。どうも」
校長にそう言われた碇は、おずおずと大京山の二人に頭を下げた。
そしてその二人の正面のソファーに、碇と俺は並んで腰かけた。
すると大京山の夏田監督が、開口一番こう言った。
「早速だけどズバリ言おう。
松山君、ウチの高校に転校して、野球部に入ってくれないか?」
「え~と、それは以前からお断りしていたはずなんですけど・・・・・・」
申し訳なさそうに答える碇。
それに対する夏田監督の言葉はこうやった。
「それはつまり、ウチの野球部に入ってもいいという事だね?」
「何でやねん!」
思わずツッコミを入れる俺。
そして続けた。
「碇は大京山には行かないって言うてるんですよ!
分かったらさっさと帰ってください!」
「おい君!夏田さんに何て事を言うのかね⁉」
俺の言葉にそう言って校長が声を荒げる。
しかし夏田監督は、
「構いませんよ」
と余裕の笑みを浮かべながら、碇に続けた。
「松山君、君の中学時代の活躍は十二分に知っている。
そしてその力が、まだまだこれから伸びる事もね。
しかしそんな君の才能も、こんな弱小校では伸びるどころかしぼむ一方だ」
「失礼やな!これからウチの部も、強豪校になるんですよ!」
と俺。
するとそんな俺に構わず、夏田監督は碇に言った。
「私は君の才能を大きく評価しているんだよ?
ウチのチームがこれからも甲子園で勝ち続けていく為には、
是が非でも君の力が必要なんだ。
だからこの通り、ウチのチームに入ってくれ」
そう言って頭を下げる夏田監督。
それに対して碇は、うつむき加減にこう返す。
「あの、そう言ってもらえるのは光栄なんですけど、
僕はやっぱり大京山には・・・・・」
「へぇ、見た目よりも意志が固いんだな」
夏田監督は溜息混じりにそう言うと、隣に座るキャプテンの皆上に、
「おい、アレを出してくれ」
と声を掛けた。
すると皆上と呼ばれたそいつは傍らに置いていた鞄から白い封筒を取り出し、
それをテーブルの上に置いた。
中には何か分厚い物が入っているのかして、
その封筒はやけに膨らんでいた。
とりあえず、俺は聞いた。
「何ですかこれ?」
すると夏田監督は事もなげにこう答えた。
「現金百万円だよ」
「ええっ⁉」
驚きの声を上げる俺。
一方碇も驚いた様子で夏田監督に尋ねた。
「あ、あの、これ、どういう事ですか?」
「プレゼントだよ。ちなみに、ウチのチームに入ってくれると言うなら、
あと四百万円出す用意がある」
「よ、四百万円・・・・・・」
思いがけず提示された金額に、息を飲む碇。
つまり大京山に行けば、碇は現金五百万円を手にする事が出来るという事か!
五百万円といえば、うまい棒が五十万本買える金額!
(五円チョコに至っては、百万個も買えてしまう!)
何ちゅう大金や!
でも待てよ?
これっていわゆる裏金ってやつとちゃうんか?
そう思った俺は、目の前の百万円を指さしながら言った。
「ちょっと、これって裏金とちゃいますの?」
それに対して夏田監督は、
「失礼な事を言うな!これは裏金じゃあない!」
と叫び、威風堂々とこう続けた。
「裏金というのは裏でコソコソ渡す金の事だろう!
しかし私は公の場で堂々と金を渡そうとしている!
だからこれは裏金ではなくて表金だ!」
「なっ⁉」
何ちゅう屁理屈や。
碇を自分のチームに引き入れる為なら、どんな事でもするってかい。
でもこれは明らかな不正行為で、許されてええ事やない。
「校長先生!これは明らかな不正行為ですよ!今すぐやめさせてください!」
俺は校長に訴えた。すると校長は、
「ZZZ・・・・・・」
寝ていた。
しかも明らかにタヌキ寝入りやった。
あんたは反則を見逃す大阪プロレスのレフリーか!
「ちょっと校長先生⁉何寝たフリしてるんですか⁉
あんたはこういう不正を止めんとあかん立場の人でしょう⁉」
俺はそう叫ぶが、校長は寝たフリを決め込んでいる。
そんな中夏田監督が、強い口調で碇に詰め寄った。
「さあ松山君!君がウチのチームに入ってくれさえすれば、
現金五百万円は君の物だ!さあどうする⁉さあさあ!」
この監督、完全に碇を金で釣るつもりやな。
碇はどう答えるやろう?
まさか目の前の現金に目がくらんで、大京山に入るとか言わんやろうな?
そんな事言うたら俺が絶対に許さへんぞ!
俺やったら例え五百万円を目の前に積まれても!
大京山なんかには絶対行かん!
多分、恐らく、願わくば・・・・・・。
すると碇は、夏田監督に頭を下げながらこう言った。
「あの、このお金は受け取れません」
「何ぃっ⁉どうしてだね⁉」
碇の言葉に、今までタヌキ寝入りをぶっこいていた校長がガバッと起きて叫んだ。
一方夏田監督は取り乱すでもなく続けた。
「ここまでしても首を縦に振ってもらえないとはな。
何が君をそこまで頑なにさせているのかな?」
「それは・・・・・・」
と言って、碇は俺の方をチラッと見やった。




