7 小暮の生い立ち
という訳で、近所の公園にやって来た俺と米蔵さん。
日は傾き、辺りは大分と暗くなり、
公園で遊んでいた子供達もすっかり居なくなった。
そんな人気のなくなった公園のベンチに、俺と米蔵さんは並んで腰かけた。
そして少ししてから、米蔵さんは語り始めた。
「双葉はな、中学を卒業するまで野球をしていたのじゃ」
「知ってます。中学の全国大会で優勝したんですよね?」
「そうじゃ!あの大会はワシも見に行ったんじゃが、
双菜の活躍は本当に素晴らしかった!」
米蔵さんは目を輝かせながらそう言った。
が、すぐに力なくうなだれてこう続けた。
「ところがあの子は高校に入った途端、野球を辞めてしもうた。
あれだけの才能を持っているというのに・・・・・・」
「彼女は、いつから野球をやっていたんですか?」
「五歳の時からじゃ。
その時の誕生日にワシがグローブとバットをプレゼントしたのがキッカケでな。
というのもワシ自身、学生時代に野球部だったんじゃ。
甲子園に出場する事はできなんだが、
ワシは野球を通じて色々な事を学ばせてもらった。
そんな野球の面白さや素晴らしさを孫にも知って欲しくて、
野球道具をプレゼントしたんじゃ。
すると双菜は殊のほかそれを気に入ってくれてな。
それから双菜は野球に熱中するようになったんじゃ。
あの子は女の子じゃが、生まれついての野球の才能があったらしく、
メキメキと野球がうまくなっていった。
そしてさっきも言うたように、中学では全国優勝までやりおった。
その時ワシは確信したんじゃ。
この子なら必ずや甲子園で通用する選手になれる。
ワシが果たす事のできなかった夢を、
この子なら叶えられるかもしれんと!
・・・・・・じゃが中学を卒業する間際になって、
双菜は突然野球をやめると言いだしたんじゃ。
ワシがいくらその理由を尋ねても、あの子はそれを教えてはくれなんだ。
そしてワシから逃げるように、
京都の実家を出て大阪の高校に入学してしまいおった。
それからは全く音信不通になってしもうてな。
でもワシは、あの子が野球を辞めた事が信じられんかった。
信じたくなかったのじゃ。
だから今日、双菜が残していった住所を辿って、
あの子が住んでいるというアパートを訪ねたんじゃ。
そしてワシは久し振りに双菜と会う事ができた。
ところがあいつときたら、話も聞かずにいきなりワシの前から逃げ出しおった。
ワシは慌ててそれを追いかけたのじゃが、
少しも走らんうちにすぐに息が上がってしもうてな、
バテて動けんくなっていた所に、君が声を掛けてくれたという訳じゃ」
「そう、やったんですか。
おじいさんも、彼女がどうして野球を辞めたのかが分からないんですね」
「別に甲子園に出ろとまでは言わん。
ただもう少しだけ、あの子が野球に打ち込んでいる姿を見たかった・・・・・・」
「確かに、ここで辞めてしまうにはあまりに勿体ないですからね。
俺ももう一度野球部に入ってもらえないか、彼女に頼んでみますよ」
「ありがとう。じゃが、もういいんじゃ」
「え?いいんですか?」
俺の首まで絞めたのに?
と思ったが、米蔵さんは穏やかな口調で続けた。
「双菜ももう高校生。
その双菜が自分の意思で違う事を始めたのなら、
それを無理に辞めさせる権利はワシにはない」
「でも、おじいさんは彼女が甲子園に立つ姿を見るのが夢なんでしょ?
さっきあんなに熱心に話してくれたやないですか」
「それはワシの夢であって、双菜の夢じゃあない。
それに君に話を聞いてもらって、ワシの心の整理もついた」
「おじいさん・・・・・・」
「話を聞いてくれてありがとう。ワシは京都に戻るよ。
学校で双菜に会ったら、体に気を付けるように伝えておくれ」
「分かり、ました・・・・・・」
俺がそう言って頷くと、米蔵さんは、
「よっこいショウフクテイツルベ」
と言い、ヨボヨボした足取りで公園の出入り口の方へ歩いて行った。
米蔵さんはさっきああ言うたものの、その後姿はひどく淋しげに見えた。
なので俺は思わず立ち上がり、米蔵さんの背中に向かってこう言った。
「あ、あのっ!双菜さんに会ったら、
たまにはおじいさんに連絡入れろって言っときますから!」
すると米蔵さんは立ち止って振り返り、
さっきよりは幾分明るい笑みを俺に見せ、
再び前に向き直って公園を去って行った。
最後に笑ってはくれたけど、俺は何とも言えない切ない気持になった。
明日、もう一度ちゃんと小暮と話をしよう。
俺は改めて心に誓った。
そして同時に、何か他に大事な事を忘れているような気がした。
何やったっけ?
・・・・・・あ、そうや。
ワカメ・・・・・・。




