第60話 走れ
2話分くらいあります。
少し騒いだ後、俺たちは卓袱台を囲んで座った。
「しっかし、あいつが告白とはな。されることは腐るほどあっただろうが、あいつからってなると、初めてなんじゃねぇか?」
今はすっかり神妙な顔をした小田がふむ、と頷く。
「柊氏は中学が一緒なのでござったっけ」
彼の言葉に頷いた柊はでもな、と首を捻った。
「ちょっと唐突な気もするな。何かきっかけがあったんじゃねぇか?」
言われて、そんなものがあったかと頭を巡らせるが、何も思いつかない。
しかし、橘が何かに気がついたようにこちらを見た。
「あ。もしかしたらあれかな。ほら、覚えてないかい? 旅行の帰りの電車で、君が灯里と出掛けるって話をした時」
「……ああ、言われてみれば、まぁ」
そんな話をした時もあった。
確かに、あの場には未来もいた。
小田はえ? という顔をしているが、こいつは寝ていたから聞いていなかったか。
柊も寝ていたはずだが、橘にパチンと指を鳴らして応えた。
「それだな。……焦ったか」
え?
彼の突拍子もない発言に困惑したが、更に驚いたことに、俺以外の2人はふむと頷いていて。
「待ってくれ。あの未来が、そんな俺が誰かと遊びに行ったかどうかなんてことで焦らないだろ」
たまらず口を挟んだ俺に、橘は肩を竦めた。
「『その程度で』。そう思うかい? でも、そういうものじゃないかな。君は、君の好きな人が、異性と二人で出かけたらどう思うんだ」
「……」
彼の言葉に、自分の思い違いに気付かされる。
そうだ。
彼女を特別扱いするのはやめたんじゃなかったか。
彼女も、俺達と同じように喜んで、悲しむ、どこにでもいる人間のはずだ。
ならば、そんなことがあってもおかしくはないのか。
リビングは一瞬静かになっていたが、その時小田がどこかそわそわしながら、こちらを伺うように言った。
「それで二宮氏。その……返事は、どうしたんでござる?」
「…………断ったよ」
「!……そうで、ござるか」
らしくもなく神妙な顔をした小田だったが、柊はそっと息を吐くに留まった。
「まぁ、そんな気はしたが。……理由は……って、聞くまでもねぇか」
俺の頭には、一人の女の子が浮かんでいた。
――いや。いつだって、俺は彼女のことばかりだ。
「前川さんか」
橘はあくまで、さらりと言った。
前川飛鳥。
学年二大美少女のクールな方にして、文武両道の優等生にして、俺の幼馴染にして、ルームメイトにして、クラスメイトにして、親友にして、相棒にして、保護者にして――俺がただ一人、惚れた相手。
そうだ、その通りだ。
でも。
「だけど、あいつと俺じゃ……」
最近ずっと考えていたことを話そうとした矢先。
俯いていた小田が突然、話に割り込んできた。
「……ところで、二宮氏、アニメは好きでござるか? ゲームは? ラノベは?」
「何だよ、急に。……好きだよ、それは」
唐突な話題の転換に戸惑ったが、肯定する。
それを見て小田はデュフ、と笑いを零した。
「拙者も大好きでござる。そして拙者が特に好きなのが、恋愛シミュレーションゲームでござる。ヒロインがいて、主人公がいて、イベントが合って、好感度が上がって、親しくなって、告白して――ざっくりそんなゲームでござる」
知っている。
いわゆるギャルゲーと呼ばれるゲームのことだろう。
プレイしたことはなかったが、知識としては知っていた。
「こういう仕組み、いいでござるよな。数値化して見えてれば、何をどれだけすればいいか分かるでござるし」
でも、と小田はいつの間にか真剣な顔をしていた。
「現実は、違う」
「何がイベントで、どこが分岐点で、好感度はどのくらいで――なんて、全く分からないし。会話の選択肢は無限にあって、ほんのささいな言葉やすれ違いで、離れ離れになって二度と会わないかもしれない。人と人は特別なことがなくたって、特別な関係だと思っていたって、いくらでも離れてしまう。だからこそ――今。動かなくちゃいけない」
彼の話はいつだって唐突で、しかも内容も滅茶苦茶で、言葉が足りていないことが多い。それでも、そこには確かに響くものがあった。
「辛いことから逃げるのは簡単だ。だらけようと思えばどこまでも墜ちていける。そしてそれでも、死ぬことはない。多分、生きていくだけなら何とかなる。勉強なんてしなくたって、何かに打ち込まなくたって、それでも世界は何も変わらない」
「それでも、そうであっても、そうであるが故に」
「そんな中でも意地を張って、かっこよく生きたいと、そう思うのなら。――誰でもない、己に忠を尽くせ」
そして、バチリと背中を叩いてくる。
結構強めに叩かれて、俺はちょっとむせた。
だ、大丈夫でござるか!? と慌てる小田に苦笑する。
……口調戻ってるし。
まぁでも、こいつらしいか。
そんな俺達のやりとりを見ていた橘が、静かに口を開く。
「二宮」
「君の言いかけた通り、今の段階で、もしかしたら君よりも彼女に相応しい人間がいるのかもしれない。ひょっとしたら君が彼女の傍を離れたって、いつか、彼女の隣には別の人間が現れれるのかもしれない」
――その通りだ。それが俺の懸念していることだった。
「前川さんは何でも出来るように見えて、実際はかなり口下手で、感情表現もうまくないから、要らない誤解を受けることも多い。……最近になって、俺も何となく分かってきたよ」
「だから彼女を理解して、隣に居てあげられる人がいたらいい。だけど、それは――君じゃなくてもいいのかもしれない」
橘の言葉が胸に突き刺さる。
きっと、その言葉が真実だと俺自身心のどこかで分かっていたからだ。
「だけど」
橘圭介は、俺の親友にして、最高のライバルは、言った。
「――俺は、それが君だったらいいと思う」
「それが、入学してから、ずっと君と彼女を見てきた俺の感情だ」
近寄ってきた橘は、強く俺の背中を叩いた。
背中に走る痛みは強烈で、でもその分だけ俺に熱を与えてくれた。
柊がおらよ、とスマホを投げてきた。
慌てて受け取ると、画面には『通話中』の文字。
……?
彼に視線で促され、通話相手が不明のままスマホを耳元に当てた。
「もしもし……?」
『――あ、誠?』
「っ!」
思わず柊の方を振り返った。
『もしもし?』
喉元まで出かかった彼への文句は、スマホから流れる綺麗な声に中断される。
「おう……こちら二宮だ」
『……えっと、柊君から話は聞いたよ。…………飛鳥ちゃんに、言いたいことがあるんだよね?』
「…………おう」
言いたいこと、とぼかしているが。……俺も、多分未来も本当は分かっていた。
彼女に残酷なことを聞かせていると自覚する。
『うん。……普通に、言えば良いんじゃない? それが出来ない関係には、見えなかったけど』
「俺は……でも、俺じゃきっと飛鳥には、相応しくないんだ」
口をついてでる情けない言葉を聞いて、彼女は暫しの沈黙の後にぽつりと言った。
『…………あのさ。今更、こんなこと聞くのはあれだけど。……私のことって、どう思ってる?』
「……優しくて、でも強くて、周りを笑顔に出来る、めちゃくちゃ素敵な女の子」
『……そっか。そう、思ってくれてるんだ。――それなら、誠は大丈夫だよ。きっと飛鳥ちゃんにだって張り合える』
なんで分かる、と思わず零れかけた言葉は、俺の憧れた少女の一言で止められた。
『だって、誠は……そんな私が、初めて好きになった人なんだから』
「…………!」
絶句。
何も言えないでいた俺に、通話口の向こうの彼女はくすりと笑った。
『あれ、これじゃ足りない? じゃあ、誠の良いところベスト百八でも発表する? ぷれぜんてぃっどばい、水瀬』
「……いや、良いよ。十分だ」
最早逃げるのは許されないと理解した。許してはいけないのだ。水瀬未来が好きだと言ってくれた俺を、俺は認めなければならない。そうでなければ、ここまでしてくれた彼女に顔向けできない。
彼女達の前ではかっこつけていたい。
それが、今の俺の始まりだったことを思い出す。
『そっか、残念』
「未来」
『ん? 何?』
「ありがとう」
『……いいよ。それより、上手くやるんだよ。今度は、三人で花火に行こう』
『ああ、絶対だ』
じゃあ、と言って彼女との会話を切り上げ、スマホを柊に返して俺は立ち上がった。
「俺と、それとこれは……あー、あいつの分な」
柊がニヤリと笑い、思いきりその手を振りかぶった。
――せっかくだし、その猫背をなんとかしようか! ビシッとまっすぐ立って!
俺はかつて彼女に言われたことを思い出し、しゃんと背筋を伸ばした。
直後、背後に強い衝撃。
……何気に、一番痛かったかもしれなかった。
そして。
「行くのかい?」
「ああ」
立ち上がった俺に向けた橘の言葉に、頷く。
ここにいる三人と、俺の最も尊敬する彼女に貰った言葉が、身体の内で熱い血となって巡っていた。
橘の家の玄関を飛び出し、走り出す。もう間違えないように。
<俺と面倒臭い彼女と必然の……
まだ。終われない。
――思えば。
最初から、あの日助けてもらったその時に、既に恋に落ちていたのだろう。
初めてちゃんと話をした。
二人でカフェに行った。
勉強会をした。
打ち上げをした。
困っていたときにまた手を差し伸べてくれた。
不器用な表情で、それでもどこまでもやさしくて。
デートをした。
球技大会で彼の努力を知った。懸命な姿が目に焼き付いた。
旅行に行った。
今までの日々は誰が何と言おうと、私の宝物だ。
恋敵を応援するような真似までして、馬鹿みたいかもしれない。
でも、これが私だから。
親友と、恩人。大好きな二人に幸せになって欲しいって思う気持ちは確かにあった。
……どうやら、飛鳥ちゃんのことを不器用だとずっと思ってきた私だったけど、人のことは言えないみたいだ。
生きるのが、下手くそ。
彼との話を終え、ぼんやりと自分の部屋のベッドに腰掛けていた私は、傍に転がしたスマホから声が零れてきていることに気づいた。
『二宮、もう行ったぞ』
その声に、私は再びスマホを取り上げた。
「……あ、そう?」
私が返事をすると、柊君が薄らため息を吐いたのが分かった。
『…………なんで、このタイミングで告白なんてした? 今の二宮に告ったって、上手くいかないことぐらい、お前なら分かっただろ』
比較的近くに住んでいて、かつ社交性の高い彼と私が知り合ったのは中学に入ってすぐだった。それはいつも一緒にいるメンバーの中でも、付き合いの長さで言えば、誠と飛鳥ちゃんの次に長い関係だ。
「…………そうだね。それでも、今しかないとも思った」
『確かにあいつらは最近少し……ぎくしゃくしてたみたいだが。それだけじゃ決め手にはならないだろ。……それとも、どうしようもなかったのかよ?』
人付き合いの上手な彼から見れば、誠の心が最初から一人にしか向いていないことは明らかだったらしい。……私だって、本当は気付いていた。
でも、自分を抑えられなかった。
こんなことは初めてだ。
これまで、ちょっと話をしただけの人が、一目惚れだなんだと言って私に好きだと告げてくる度、どうしてその程度の関係で告白なんてするのか、上手くいくはずがないと分からないのか、そう思っていた。
だけど、今なら彼らの気持ちも少しは分かる気がした。
「うん、どうしようもなかった」
何か悩んでいる風の誠を気晴らしに連れ出そうとした。――という建前。それもあるにはあるが、実際は彼が何で悩んでいるかも、どうしたらいいかも分かっていた。
それでも、それを伝えるのを遅らせてまで二人きりで出掛けたのは、誠に自分の想いを伝えることで、彼が少しでも迷ってくれればと願ったからだ。
彼が飛鳥ちゃんとの関係に疑問を抱いた今だけがチャンスだと思ったから、その可能性に賭けた。
だけど、誠は迷わなかった。
元から分が悪い賭けだとは思っていたけど、思わず大好きな親友に嫉妬してしまいそうな程に。
私の言葉に、柊君はただ、そうかと呟いた。
『……でも、もっとどうしようもないことがあって。それは、私は……こんな自分が嫌いじゃないってこと』
通話口の向こうで、彼が息を呑む声が聞こえた。
『……お前は、それでいいのかよ』
「あれ、優しいね。私のこと心配してくれてるんだ」
『優しくはねぇさ。でも、まぁ中学からのよしみでな』
「……あ、もしかして口説いてる? ごめん、今はちょっと無理」
『……』
私の軽口が、今にも決壊しそうな心の裏返しだと聡い彼には分かったのかもしれない。柊君はしばらく沈黙に徹した。
私は息をゆっくりと吐いて、心を落ち着ける。それを待ってから、彼は再び口を開いた。
『……まぁ別に。諦めなくても良いんじゃねぇか。二人共かなりめんどくさい性格してるし、すんなり上手くいくなんてとても思えねぇよ』
「…………うん」
『――二人の愛は永遠に続きました。なんて、物語じゃあるまいし。今更そんなの信じてるほど、お前ももうガキじゃねぇだろ?』
「……うん」
『それに、二宮はお前のことをかなり信用してる。立場としては、そんなに悪くはないだろ』
「うん」
『だから、そんなに思い詰めることでもねぇんじゃねぇか』
私はくすりと笑って答えた。
「……結局、慰めてくれるんだ。優しいね?」
『ばっ!……だからちげぇって』
焦ったような声を出した柊君との通話を切って、ベッドから立ち上がる。
彼の言う通り、まだ何も終わってなんかない。
ここから、また始めるのだ。
でも、今は。
「……ちゃんとやらないと、許さないから」
部屋から窓の外を見ながら、大好きな二人を思い浮かべ、呟いた。
・現在のステータス(10段階)
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友情:∞




