最終話 ぼっちが学年二大美少女に憧れた結果
――そして、今。
「………それじゃ、早速部屋の整理でもして来るわね」
一方的に告げた彼女はくるりと後ろを向いて、居間から離れようと歩き出す。
俺は、動けない。
幼馴染だから、一緒に住んでいるからこそ、プライバシーには気を遣ってきた。
後で話せばいい、今日はもう遅いし。
彼女の後ろ姿を見つめながら、そんな考えが頭をよぎった。
飛鳥が自室の扉に手を掛ける。
これでいい。今は。
――背中の痕が、ひりひりと痛んだ。
「待ってくれ」
気付けば、俺は今まさに出て行こうとしていた飛鳥の手を掴んでいた。
「……離しなさい」
彼女は俺に背を向けたまま言った。
「悪い、それは聞けない」
「……離して」
「まだ話は終わってないんだ」
「………はなしてって……いってるじゃない……!」
俺は無意識のうちに、肝心な部分を言葉にするのを避けようとしていたことに気づく。
これじゃ駄目だ。
あいつらに叩かれた背中の痛み。
その熱に――彼らの想いに、応えなければならない。
「ゆっくりでいいから、俺の話を聞いてくれ」
少し、彼女が落ち着くのを待った。
繋いだままの手のぬくもりが、きっと大丈夫だと俺に思わせてくれた。
俺達はまだ、終わってないはずだ。
隣に座った彼女は幸いにして、もうこの場を離れようとはしていなかったが、依然として顔は背けたままだ。
俺は言うべきことを吟味しながら、口を開く。
「言葉が足りなくて悪い。俺はお前のことを嫌いになんて、なってない」
「……じゃあ。また、いままでみたいに――むかしみたいに。いっしょにいてくれるの?」
彼女が僅かな希望を見出したようにこちらを見て、たどたどしくそう言った。
今までみたいに、飛鳥と一緒に住んで、一緒に飯を食って、笑い合う。
望むべくもない話だ。
そりゃ、あの頃みたいに戻れたら――。
「――駄目だ」
咄嗟に零れた俺の言葉に、飛鳥はピクリと肩を震わせた。
そして、さっとその目を伏せる。
「そうよね……いまさら、むしがいいわよね。こんなの」
「違う、そうじゃない」
俺は慌てて、彼女のまた後ろ向きになりかけた思考を否定する。
以前のような関係に戻れたなら。
そう願った帰り道も、あった気がする。
だけど今の俺は、そんな風には到底思えなかった。
あの頃みたいじゃ足りない。今更その程度じゃ満足できない。
「じゃあ……どういうことなの?」
「分からないか?」
「わからない。……でも、ききたくない。きっとわたしにとって、よくないことだから」
中間テストで。球技大会で。夏の旅行で。
いつだって、彼女には見透かされたように感じていたのに、一番大事な部分は伝わっていなかった。
でも、それも当たり前かもしれない。
どれだけの日々を一緒に過ごしていたって、俺達は違う人間だから。
「俺はもうどうしても、何があってもお前と離れるなんて二度としたくない。だけど、それでも俺が一緒に住むのをやめようって言ったのは、このままじゃ俺はきっとまた、お前に頼っちまうと思ったからだ」
「っ!……そんなこといったって、どうせ……!」
彼女へ向けた感情を、好きとか嫌いとか、今更そんな単純な言葉で表すのは不可能だ。
この胸を焦がす思いを、決められた形に落とし込むことなんて出来はしない。
それでも、何もかも全部ひっくるめて、たったひとつの関係に。
人生で、家族の次に見てきた横顔を見た。
泣き腫らした彼女の瞳は、それでも――昔から変わらず――綺麗だと思った。
「なぁ、お前ってそういうとこあるよな。人の言うことなんて全然聞かねぇし。多分今俺が何言ったって、聞いちゃくれないよな」
「……」
「いやまぁ、お前が今泣いてる原因は半分俺がつくったみたいなものだけど……それは、ともかく。だからさ、言葉じゃ伝わらないなら、行動で示すことにする」
「――嫌なら、避けてくれ」
そして俺が、手を繋いでいても僅かに残っていた彼女との距離をさらに詰めたが、未だに飛鳥はこちらを見ようともしない。
……事ここに至っても、いまいち締まらなかった。
こういうことをするなら、本当はもっといいシチュエーションがある気がした。
こんな、花火も終わって何のイベントもない夜に、いつも過ごしているリビングの床に、二人座り込んでなんて…………ああ、でも。
存外、俺達には相応しいかもしれない。
だって、多分お互いにとって、いつだって当たり前のように近くにいる存在だったから。
むしろ、こんな日常的な日にこそ、か。
その折れそうな程華奢な肩にそっと手を掛けてようやく、飛鳥はこちらに顔を向けた。
そして今までにないほど近付いた、大きな瞳が驚きに染まるのが分かって。
俺は、彼女の唇を奪った。
一瞬だけの接触。
すぐに、顔を離す。
「これでも、伝わらないか?」
……避けられたら、多分ショックで死んでた。
そんな内心を隠し平気な振りでいると、飛鳥は普段の彼女からは信じられない程、か細い声で言った。
「…………ほんとに、わたしで……いいの?」
「飛鳥じゃなきゃ駄目だ」
「わたし、ぜんぜんうまくはなせないし、おもいこみがはげしいし、つめたくあたっちゃうかもしれない。けんかになるかも」
「いいよ、それくらい。俺も多分、大分拗らせてるし、お互い様だ。それに、また仲直りしてくれるだろ?」
「うん。……うん」
「お前には返し切れないくらいでかい借りがいくつもある。だから――これから俺の一生かけて、返させてくれ」
「~~!」
そこでとうとう、目の前の少女は泣き出してしまった。
大丈夫、大丈夫と彼女の背中を撫でながら思う。
……そうだった。
飛鳥は昔から、よく泣く奴だった。
暫く待って、落ち着きを取り戻した彼女はぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「いつだって、貴方は私を助けてくれた。私の王子様」
隣に座った彼女をまともに見れず、俺は顔をあらぬ方向に背けた。
それでも繋いだままの手は、離れることを許さない。
「なっ! ……自分で言ってて、恥ずかしくないのか」
「恥ずかしくなんてないわよ。だって、本当のことだもの」
「――貴方のことを、ずっと見てきた。中学の途中で、だんだん距離が出来ても。高校に入って、不健康そうな顔をするようになっても」
「そして、いつか貴方は本気になった。貴方のことをみんながちゃんと理解したら、たくさんの人に貴方は好かれると思った。それは、とっても嬉しいことだったはず。でも、実際そうなったら、私は嫌だった。私が、私だけが最初から貴方を見ていたのに」
ねぇ、と飛鳥は――俺のとっびきりの幼馴染は――じっと正面からこちらを見た。
「私は、本当はこんなに面倒くさい女なの。貴方の1番にして欲しいの」
「……最初から、そうだよ」
「………………分かりにくいのよ、貴方」
俺の返事に、そんな風に呟いた彼女は、もうさっきまでの駄々っ子のような姿は嘘だったかと思うほど平然としていて。
そしていつもの、彼女らしい、魅力的な澄まし顔で口を開く。
「……まぁ、いいわ。それより、もう一つ。私から、ちゃんと言葉にしておきたいことがあるの。聞いてくれる?」
――もし。
『二宮誠では、前川飛鳥に釣り合っていないのではないか?』
ここに至るまで俺を苦しめたこの問いに、答えを出すとするなら。
背中を押してくれたあいつらには申し訳ないが、やっぱり俺みたいなクズじゃ、彼女には釣り合っていないと思う。
きっと百人に聞けば、九九人がそう答えるだろう。
「何だよ?」
――だけど、それが何だって言うんだ。
否定し続けよう。
意地を張り続けよう。
飛鳥に一番相応しいのは自分だって、一番彼女を幸せに出来るのは自分だって、百人目の俺は叫び続ける。
飛鳥は、俺と繋いでいない方の手で、順番に俺達を指さした。
――これまでは覚悟が足りていなかったのだと思う、結局のところ。
だけど、もう迷わない。
そう決めた。
「あい、らぶ、ゆー」
――繋いだ手の先、彼女の存在を感じたから。
<俺と面倒臭い彼女と必然の決別 了>
<ぼっちが学年二大美少女に憧れた結果 了>
-あとがき-
最終話までお付き合い頂きありがとうございました。これで、この物語は完結となります。
勿論、二宮と二人の女の子、それに周りの友人達はこれからも様々な出来事を経験し、そのたびに彼らの関係も少しずつ変わっていきます。しかし、これは二宮誠の成長の物語ということで、ひとまずはここで完結とさせて頂きます。いつか、後日譚なども書くかもしれません。
ここまで読んで下さった皆さんには、本当に感謝しています。ブックマークやptの数字には何度も励まされましたし、作品の感想を頂いた時は緊張しましたがそれ以上に嬉しかったです。また、もしこの作品を面白かったと思ってもらえましたら、評価の方して頂けると幸いです。
改めまして、ご愛読ありがとうございました。




