風変わり軸
登場キャラ解説
・ナルバント
洞人族、男性、洞人族の長で職人、一番最初に出会った洞人族、洞人族では一番高齢
・オーミュン
洞人族、女性、ナルバントの妻、洞人族の中では一番細かい細工が得意
・サナト
洞人族、男性、ナルバントとオーミュンの息子、洞人族の中では中間くらいの年齢
・ヒューバート
人間族、男性、内政官、最近は人員が増えて仕事が楽になってきた。
・エグモルト・ダレル
人間族、男性、研究者、一応貴族、メーアバダルにやってきたけども、夫人との時間は少なめ、それよりも研究優先
――――獣人国の宿場で エリー
ある朝、鷹人族がこっそりと宿の窓に置いていった手紙からエリーは、いつかに感じた寒気の正体を理解することになる。
暗号で書かれたそれを破いて、四角い床置きランプの火で少しずつ燃やしながら目頭を抑えて頭痛を押し込んだなら、どうしたものかと頭を悩ませる。
ディアスが閃いたという新しい技術に関しての協定……道代わりとなるレールの敷設の許可に関するアレコレは、今回ではなく次回に回すべきだろう……初回にするような話ではないし、今すぐ必要な話でもない。
経済だけでなく軍事にも関わる話をエリーだけでまとめきれるとも思えず、モントやヒューバートの助力が必要になってくるはずだ。
それよりも今回気にするべきなのは、ドラゴンの腱に関することだろう。
今までは腱よりも甲殻や牙や爪といった、武器や防具になる素材の方が価値があるとされていた。
腱も弓や攻城兵器の仕掛けに使えはするが、ドラゴンの腱を使った弓を扱えるのは一部の者だけで、攻城兵器を作れるのは洞人族だけで……メーアバダル以外での価値は低い。
……つまり今ならば、新しい技術のことが伝わる前の今ならば、ドラゴンの腱を格安で手に入れることが出来る。
メーアバダルで余ってしまっている甲殻などと交換という形を取れば、かなりの量を仕入れることが出来る。
(でもねぇ、だからって仕入れすぎるのも良くないよのねぇ。
新技術のことが広まった際に、あの時の取引はそういうことか、なんて思われてしまうと、せっかくの友好にヒビが入りそうだし……目立たないくらいに程々に、相手に損させ過ぎない程度に抑えるべき……よねぇ。
……そうなると、どの程度に抑えるべきか……は、私だけでは判断つかないわねぇ。
ペイジンさん達に相談……すべきね、うん。
仕入れもペイジンさん達にしてもらった方が良いだろうし、今更あの人達が敵対するとも思えないし、こういった判断は早め早めが肝心、早速話し合いにいくとしましょう)
そう考えてエリーは、話し合いの前にと身支度を始めて……宿の者に用意してもらったお湯や水をたっぷりと使い、ついでに時間もたっぷりと使い、きっちりと身支度を整えてから、食堂で朝食を食べているだろうペイジン達の下へと足を向けるのだった。
――――イルク村の工房で ディアス
私の思いつきの一言は、結構なことだったらしい。
神殿やら酒場やら、色々な建築が終わってゆったりと仕事をしていた洞人族達が、忙しそうに駆け回っていて……普段は冷静なナルバントでさえも興奮気味で工作をしている。
トロッコを少し改造するくらいなら、そこまでの作業は必要ないと思うのだが……どうやらナルバント達にはもっと別のアイデアがあるようで、それの実現のためにと頑張っているようだ。
「あはははははー!」
「はやいはやーーい!!」
そんな状況の工房から少し離れた場所に敷かれた、円形のレールの上を走るトロッコから、セナイとアイハンの元気な声が響いてくる。
試走用とのことで敷かれたそのレールの上には、早速ドラゴンの腱が使われたトロッコが置かれていて……その上に乗ったセナイとアイハンが先程からトロッコをグルグルグルグルと走らせ続けていた。
「あの速度で動く荷車とは……本当に凄まじいな」
私の隣でその様子を見ていたアルナーが、そんな声を上げる。
「まぁ、あの速度で走らせられるのはセナイ達だけらしいからなぁ……」
私がそう返すとアルナーは、自分の手をじっと見つめて少しだけ悔しそうにする。
……私にはよく分からないのだが、ドラゴンの腱を縮めるのと伸ばすのでは、魔力の流し方が違うらしい。
弓矢のように一度だけの伸縮であれば大した技術はいらないらしいが、何度も何度も繰り返すとなると話は違ってくるようで……マヤ婆さんに習ったことでかなりの魔法の使い手となったアルナーでも繰り返し続けるのは難しいようだ。
セナイ達以外でもマヤ婆さんなら出来るそうだが……老体で速く動くトロッコの上に乗るのは難しいものがあり……あの速さで動かせるのはセナイとアイハンだけ、ということになる。
そうなるとナルバント達がどんなに立派な仕掛けを作っても無駄になりそうなのだけども……そこは洞人族の技術でなんとか出来てしまうらしい。
今、工房の隅の作業台でオーミュンが作っている仕掛けがそのためのものになるそうだ。
魔力の流れを制御する洞人族の髭を混ぜ込んだ歯車が、腱の動きに合わせて動き……ただ魔力を流しているだけでも、伸びたり縮んだりに合わせた流れに変化させてくれる……とかなんとか。
更にナルバントとサナトと、数人の洞人族達が完成させようと挑んでいる……何と呼んでいたか、風変わり軸、だったか……?
とにかくそんな軸が完成すると、ただ魔力を流すだけで相当な大きさの荷車でも走らせることが出来るんだとか。
私から見ると、上や下、手前や奥に引っ張られたかのようにひどく歪んだように見えるメーア鋼で作られているその軸は、往復の動きを回転の動きに変えられるんだそうで……更にはその歪んだ部分に複数の腱を使った仕掛けを繋ぐことが出来る……らしい。
複数繋ぐだけなら、わざわざ歪めなくても……なんてことを思うのだけど、真っ直ぐな軸では色々と問題がある……とかなんとか。
大きな荷車を走らせる場合、一つの腱では力が足りなくなるかもしれないが、三つ四つなら十分らしく……風変わり軸に複数の腱を繋ぎ、それらが同時に動き……軸を回し、その軸が車輪を回し、結果あのトロッコのように走るようになる……と。
何度かの説明を受けても私には理解しきれない話だったが、ヒューバートやエグモルトには理解出来たようで……新技術のお披露目があると聞いて薬草小屋からわざわざやってきたエグモルトは、話を聞き終えるなり頭を抱えて、それからしばらくの間、床を転げ回っていた。
自分が思いつけなかったということを悔しいと思うのと、風変わり軸の高度さに驚き……それを思いつける洞人族の発想力に驚き、自分よりも数段上の発想をしている洞人族に嫉妬し……同時に尊敬し。
そうやって感情の渦に飲み込まれたエグモルトは、転げ回ることでどうにか感情を処理しようとしたらしい。
そんなエグモルトは、何日か工房での作業を……死んだ魚のような目で見学していたが、今は薬草小屋に戻って自分の仕事を再開させている。
……洞人族達の地道な作業はお好みではなかったようだ。
一方ヒューバートは、後世にこの技術の発見と開発の記録を残すためとかで、毎日のように見学にやってきては、様子を詳細に書き記しているそうで……こちらは飽きることなく毎日毎日楽しそうにペンを走らせている。
私とアルナーも一応毎日顔を出してはいるが……仕組みがよく分からないし、出来ることもないし、顔を出すのはほんの短い間だけだったりする。
そんな訳で今日もそろそろ帰るかとそんなことを考え……未だに悔しそうなアルナーを励まそうと声をかけようとすると、珍しくナルバントから声をかけてくる。
「……坊、とりあえずの話じゃがのう、最初のレールはイルク村と荒野のトカゲ川水源を繋ぐものとするからのう。
海からの品が届くあそことここらを繋げば、利便性がうんと上がるはずで……最初の荷車もそのためのものに仕上げさせてもらうぞ。
氷を積む場所を最初から用意して、中の冷気が逃げないようにして……魚の運搬に向いたものにしたなら、色々と便利になるはずじゃからのう。
暑い荒野に氷を運ぶという使い方も出来るしのう……それで良いかのう?」
「それで構わないが……そんなに焦って作る必要はないからな?
その軸が出来ても色々と作るものがあるんだろうし、焦って変な失敗をしても怖いし……ゆっくりで良いぞ。
……しかしそんな便利なものが出来ると、馬車の出番はなくなってしまいそうだなぁ」
と、私が返すとアルナーがハッとした顔となる。
馬車や馬の出番がなくなるなんてと驚き、顔色を悪くし……そんなアルナーを見てか、首を左右に振ったナルバントが、微笑みながら言葉を返してくる。
「そんな心配は必要ないのう……と、言うか全くの逆で、馬車の出番はうんと増えるはずじゃ。
何しろ肝となる軸が、量産出来るようなもんじゃぁないからのう……レールを敷いたとしても重要な拠点同士を結ぶものだけとなるはずじゃのう。
メーアバダルで言うなら、荒野とイルク村、関所とイルク村、それと鉱山と関所を繋ぐのがせいぜいじゃのう。
そうやって物の流れが活発になると、活発になって増えた積荷を細かく、小回りが効く形で運ぶ馬車の有用性が増すからのう……むしろ馬車も馬も今の数倍の数がなければ足りなくなるじゃろうのう。
だから嬢ちゃんはそんな風に心配する必要はないからのう」
それもまた私にはよく分からない話だったが、ヒューバートには理解出来たようで……いつの間にか側にやってきてペンを走らせていたヒューバートが、その通りだとばかりに、うんうんと力強く頷く。
それを受けて安心したらしいアルナーは、にっこりと微笑んで……そろそろトロッコ遊びを止めさせるかとセナイ達の方へと足を向けて「そろそろ帰るぞー!」なんて声をかけ始める。
するとセナイ達は魔力を込めるのを止めて動きを止めるためのレバーを倒し……そうやって速度を落としてから、トロッコから飛び降り、こちらに駆けてくる。
それから2人で、
「あのねー、魔力を貯め込む仕掛けもないとダメだと思うよー」
「みんながまりょくいっぱいってわけじゃないから、だれかがまりょくを、こめてあげないとー」
と、楽しげに、なんとも弾む声をナルバント達に投げかける。
するとナルバント達はハッとし……悔しげに歯噛みし始める。
それを見てヒューバートが、
「あ、ああ……そのために使えそうなドラゴンの魔石は、売るなり使うなりして減ってますからねぇ……。
そうすると……軸や腱がいくらあっても、量産までは出来なさそうですね」
と、淡々とした言葉を口にする。
それを受けてナルバント達は頭を抱え……いつかに見たエグモルトのような表情をしてみせるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はその後のアレコレの予定です。




