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もう一度逢いたい。  作者: 杏
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素顔の君

6. 素顔の君


私達は実家を出て、自分達の家の方向に向かっていました。


『今日も君の家で何か食べたいのですが、いいですか?』


『いいわよ、何が食べたい』


すこし考えて言いました。

『肉じゃが』


『了解!』


『でもなんか試されている感じがするんだけど?』


『何をですか?』


『和食が出来ないとか』


『そんなことないですよ、肉じゃがって家によって味とか見た目も違ってて、美味しいじゃないですか、それだけですよ』


『なるほど、やはり、自分の口に合うか試されるという事、嫁になるための第一の壁か、頑張ろう!!』


『なんだかよくわかりません』


途中、スーパーで食材を買い、ミニを駐車場に止めて歩いて花のマンションに向かう事にしました。二人で歩いて10分ほどであの販売機が見えてきました。そこから間もなくして花のマンションが見えてきました。

マンションのエントランスに着つくと花は集合ポスト側に立って、私の視界に集合ポストが入らないようにしてエレベータホールに歩きました。


エレベータ乗っている時、なんて長い時間を花と過ごしているのだろうと考えていました。

花の部屋の階に着いてエレベータをおりると部屋の前にスーツ姿の男が立っていました。


花は持っていたレジ袋をその場に置くと

『ここで待ってて』

少し強い口調でした。


花は、その男に近づいて、私に聞こえないように話しをしだしました。


私は大体察しがついていましたが、知らない振りをして話が終わるのを待っていました。話はすぐに終わりスーツ姿の男が私の居る方向に歩いて来きました。

私は何事も無かったようにそのスーツ姿の男を見ていると、花はその男を追いぬいて私と男の間に入ったのでした。するとその男は花の顔に自分の顔を近づけて舌打ちをしたのでした。

その後、男はエレベータに乗り込むまで私達の事を見ていました。


花は私の手を強く引いて玄関に入ると、すぐにドアの鍵を閉め、無言のまま部屋に入ったのでした。


レジ袋の置く音が妙に大きく聞こえるだけで、二人とも黙ってソファーに座っていました。


『何か気まずくなっちゃったね、この後どうしようか』

花は沈黙が我慢できなかったようでした。


私はそれでも黙っていました。


花は黙ったまま手で顔を覆っていました。


もう限界でした。

『僕は今日、自分の全てを見せたつもりだよ、・・・・』


私が話し終わる前に、花が少し大きな声で喋り始めたのです。

『ごめんなさい、私、やっぱり駄目』


『貴方とは、基本的に生きる世界が違うみたい』


『君の本心じゃ無いよね、君は何かに苦しんでいて、僕に迷惑がかかると思っているんだよね』


『ちがう、わかったの、私と貴方の居る世界が違いすぎて、貴方では私の全てを理解する事は出来ないって事が』


『僕では、駄目だってこと?』


『そう、ごめんなさい・・・・』


また長い沈黙が続いたのでしたが、もう言う事はありませんでした。


『わかったよ』


そして思っていた事を全て言うことにした。

『大学時代、僕は君が憧れの存在だった。それが突然の再会と君からの言葉で、すっかり舞い上がってしまった。でも少し冷静になって考えて、君の前に居る男は僕で無くてもいいので無いかと感じていたんだ、だから君の気持を確かめる為に、僕の全てを見てもらって、君の気持ちが変わらなければ、僕は君の過去にどんな事があろうと君の全て受け止めようと決めたんだ』


『だから今日の最後は君の家でと、思っていたんだ、でも結論は出てしまったね』


『あきらめるよ』


言い終わってすぐに廊下を通り抜けて玄関を出た。


いつの間にか走っていた、悲しかった、悲しくて、悲しくて涙があふれた、家に帰れば金曜日に戻るんじゃないかと必死で走った、家に着いてすぐにあの時見るつもりでいたDVDを流しても涙が止まらなかった。


私の短すぎる春は終わった。


胸の真ん中にぽっかりと穴が空いたように月曜からの仕事は、全く身が入らずにミスばかりをしてみんなを困らせてしまった。


ボーっとしている時間が多く、話をしていてもうわのそら、元に戻るまで1ヶ月もかかってしまった。



そして3ヶ月が過ぎて、一見立ち直ったようでしたが、あのマンションの方向へは行っていませんでした。


ただひとつ自分の中で終わりに出来ていない物がありました。あの時の服でした、捨てる事も出来ずにいました。

これを返せばあの時の事を全て終わらせるような気がしていました。でも全て無かった事になってしまうのも辛かったのです。


その日の朝は、気持ちが前向きで今日しかないと思い立って行動する事にしました。

無心になって行く準備を進めて、私は、あのマンションに向かいました。

あの自動販売機の前を過ぎると、あの時と変わらないマンションが見えて来ました。エントランス前に着いてまず深呼吸をしてから中に入り、部屋番号を確かめながら押して再度深呼吸をしてから呼び出しボタンを押したのでした。


ところが呼び出し音が鳴っているだけで反応は無く何度か押してみたもののやはり反応はありませんでした。


考えを巡らせて、やはり今日で終わらせようと、持って来た物を置いて行く事にし、集合ポストを見ると、花の部屋のポストには何も有りませんでした。


ポストには少し大きすぎる荷物を詰めていると、

『松本さんはちょっと前に引っ越しましたよ』

住人が教えてくれました。

結局、服は持って帰って洋服箪笥の奥にしまいこみ、もう見る事はありませんでした。



週末は、ミニのメンテナンスかサーキットを走っていました。

そして半年が過ぎようとしていたある日。


仕事終わりに飲みに誘われて、11時過ぎにいい気分で家に着くと普段ダイレクトメールばかりのポストに、白い封筒がありました。


手にとって、一瞬で頭が冴えたのでした。


その封筒には、“松本 花”と書いてありました。


私は、まだ酔いの醒めきって無い足取りで部屋に入り、玄関の靴を蹴飛ばし、かばんをベッドに投げて、机の引き出しからハサミを取り出したのでした。そして慎重に封を切ると中には綺麗に折りたたまれた便箋が3枚ありました。


何度も瞼をふいて、何度も瞬きをして読んだのでした。




取手 晴様



今年も余すところわずかとなりました。


ご無沙汰しておりますが、お変わりないでしょうか。


私の方は、あれから色々な事があり、あの場所を離れました。


今は、田舎で農家を手伝いながら、なんとか暮らしています。


あの時、私がした事は、どう謝っても許される事ではないと思っています。


でも、貴方が私にしてくれた事は、私の人生の何ものにも代えがたい生きる希望となっています。


だから、貴方にとって嫌な思い出になっても、あの時の本当の事を書く事にしました。


思い出したく無かったら、読まずに捨ててください。



以前の私は、何に関しても満たされる事は無く、気持ちの安らぐ日はありませんでした。抑える事の出来ない欲求のために、次から次へと新しい物へ、少しでも気持ちが満たされる物を探し続けていました。


その頃は資格や会社の昇進などを目標にして達成していたため、そのキャリアを使って、少しでも有利な場所に転職して収入を増やしていました。

その時がほしい物と収入のバランスが取れていて、収入にあった生活を送っていたと思います。


ところがある日、古くからの友人に誘われて、初めてホストクラブという場所に行きました。そこは、私のような欲求を満たすことの出来ない女の溜まり場で、気に入ったホストを見つけると自分の方に向かせるために湯水のようにお金を使い、誰よりもお金を沢山使う事で、そのホストを独占できるのでした。


私は、都内でも有名なホストクラブで、一人の男に夢中になりました。当然その男を独占するために、高額なお酒を何本も注文し、ブランド品を買い与えて彼をお店のナンバー1にすることで他の女から独占しました。

その後その男は私の家にも来るようになり、男も私に夢中になっていると思いこんでいました。でも、その男が夢中になっていたのは、私のお金で、その時既に5千万円以上貢いでいました。


それでも私は、自分がおかしくなっている事に気がついていませんでした。その後も男をつなぎ止めるために、ブランド品を買い与え、お金を渡し続けて、私は金利の高いところに借金をしていました。そしてお金を借りる事が出来なくなって、男は私の所から離れて行きました。

その後、間もなく取り立てが、家や会社に来るようになって、私の落ち着くところは何処にも無くなってしまいました。


そんな時、貴方と出会い、懐かしい話しをして久しぶりにお金の事を忘れて心の底から笑えたのです。でも、貴方が帰った後は、それまで以上に寂しくなってしまいました。


そして貴方が私を心配して息を切らして家まで来てくれて、朝まで一緒に居てくれたのでした。


私の荒んでいた心は貴方の優しさに包まれて、この一瞬が一生になればと思いました。


あの時、優しくしてくれる人なら誰でも良かったと言ってしまえば、その通りです。


でも、あの時の複雑に絡み合った私の心は、純粋で一途な貴方で無ければ紐解くことは出来なかったでしょう。


そして、貴方の事を知れば知るほど、私の中で貴方と一緒に居たいと言う気持ちが高まっていきました。


ところが、あの日家の前に居た男に貴方の事を聞かれた時、私のしていた事が、貴方と貴方の家族にまで迷惑がかかる事になると知りました。


部屋に入って、貴方の言う通りに私の全てを話して貴方に私を受け止めてもらえば、私は幸せだったのでしょう、でも、あの時貴方と貴方の周りの人を不幸にする事は出来ないと思ったのでした。


貴方の私に対する気持ち考えて、あれが私の最後に出来ることでした。


貴方が“君の過去を全て受け止める”と言ってくれた時どれだけ心が揺らいだか、貴方が出て行った後、何度追いかけようと思ったか、でもこのままでいいんだ、これが一番良い方法なんだと自分に言い聞かせました。


あの時、私は苦しかったけど一番欲しい物を我慢しました。


私は父親を早くに亡くし、母親の苦労を見て来ました、その母親から『女でも男に頼らずに生きていけるような仕事を持て』と言われて育って来たせいで、人に甘える事を許さない、人を頼る事は負けを認める事だと育てられました。そのためにいつでも、一人で生きて行けるように新しい物を見つけては追求していくようになったのだと思います。


でも、いきなり貴方の実家に行った時、私は本当に動揺して貴方に頼りました。その時貴方の優しさに触れて、とても心地よく安らいだです。私はそこで初めて人に頼ることは、負けたのでは無くて、全てを人に委ねて安心する事だと知ったのでした。


もう少し早くあなたと出会えて居ればと、都合の良い事を考えたりもしましたが、今はこれで良かったのだと思っています。


私は今、やっと本来の自分を取り戻すために、全てを清算して出なおしています。


今の生活は以前と比べて比較になら無いほど、地味になりましたが、とても自然でいることができます。


貴方との2日間で私は再出発することができました。全て貴方のおかげです。


本当ならば、会ってお詫びをしたいのですが、貴方に会えば、優しい貴方の言葉で私の気持ちが揺らいでしまいそうなので、会わない事にさせてもらいます。


貴方の気持も考えずに自分勝手でごめんなさい。


でも、遠くから貴方の無邪気でいる姿やレースでの活躍は、いつまでも見守らせていただきます。


それと貴方は、とっても思いやりがあって、男として無邪気で魅力的な人です、車に注ぐ積極性を少しだけ女性に向ければ、きっといい彼女が出来ます。そして早くお母さんを安心させてあげて下さい。これは女の先輩としてのアドバイスです。


偉そうに、ごめんなさい。

色々とありがとうございました。


さようなら


松本 花










手が震えていた。

喉が詰まって息苦しかった。





字が滲んだ便箋を封筒に戻した。








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