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もう一度逢いたい。  作者: 杏
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本当の自分

5. 本当の自分


いつの間にか寝てしまい、携帯電話が鳴り止まない夢を見ていました。


目を覚ますと、すっかり日は高い位置になっていて、母親からの携帯電話が鳴っていました。


時間を見ると、母親との約束の時間はとうに過ぎていて、母親が心配をして何度も電話をかけていたようです。


電話に出て

『少し仕事が忙しくて寝不足だったから、ぐっすり寝ていたみたい、これから急いで行くよ』

嘘をついてしまいましたが、疲れていたのは、本当でした。


『用事は来週でも大丈夫だから、今日は、もういいからゆっくりしてなさい』

こんな事は、初めてだったので母親が心配している。でも、気持としてはゆっくりしたかったので、


『じゃあ来週は遅れずに行くから、今日はゆっくりさせてもらうよ』


そして母親との電話中も、ハンガーに下がったあの服を見ていました。


憧れの人が自分に好意を持っているという、世の中がひっくり返っても喜ばずにいられない事なのですが、私は本当に好意を持たれているのかが判らずに迷っていました。

それは、先輩の前にいる男は、自分で無くてもいいのではないか、という事でした。

先輩の言った“あとは貴方が決めて、私は従うわ”には、答えられないと思っていました。



とりあえず冷静になって、今出来る事を決め実行する事にしました。



早速、先輩に連絡をすると。

『もしもし、おそいよ』


『これから出かけられますか?』


『どこ行くの?』


『いいところです、これから準備して迎えに行きます』


『で、今日はラフな格好にしましょう』


『私、朝から何も食べてないの』


『僕も食べていないです、そこに行けば何かあるはずです』


『わかった、エントランスに着いたら電話して、すぐに行くから』


『じゃあこれからシャワー浴びるんで少し時間がかかると思いますが、多分1時間程度で行かれると思います』


『わかった、じゃあ後で』


すぐにシャワーを浴びて、肌に馴染んだTシャツに、お気に入りのジーンズと車の運転がしやすいスケートボード用のスニーカーを履きました。

そして、私の部屋を出てすぐのところにある月極め駐車場に行き、古くからの相棒のカバーをとり外しにかかりました。


相棒には少しでも雨風が入らないようにと、カバーを3重に掛けてあり、カバーの中は、ここのところの湿気で窓ガラスが雲っていました。


カバーをしまってから前に回り込んで、愛嬌のある相棒の顔を見ました。


私が借りている駐車場は、古くからの付き合いで大屋さんに頼んで小さな物置を置かせてもらっているのですが、その中は、ちょっとした工具や車の部品が入っているのでした。

私はその中から小さな助手席を取り出し、何年ぶりかに相棒に取り付けました。


次は、エンジンをかける準備でした。

この車は、今の車と違い、エンジンを掛けるには、色々と作業が必要なのです。

まず、ボンネットを開けてバッテリーの端子を繋いだ後、セルモーターだけをまわしエンジン内にオイルをいきわたらせます。次に燃料ポンプを動かして静かのなるのを待ちます。これはキャブレターにガソリンを送り終わる合図です。そしてチョークを引いて再度セルモーターを回してエンジンを掛けます。


今回もその手順を踏んでセルモーターを回して3度目でエンジンが目覚めました、これでもいつもメンテナンスをしているエンジンなので掛かりは良い方です。


その後チョークでアイドリングを2500回転程度に保ち、水温計と油温計が動くのを待ちます。


車の準備に20分ぐらいかかってしまいましたが、いつもよりだいぶ雑に作業をしていました。


時計を見ると既に電話をしてから1時間と少し経っていました。


かなりスピードを出したのですが、エントランス前には、長い素足を出した先輩が居ました。ホーンを鳴らすとすぐに気付いてくれて、そして笑顔でした。


『遅すぎよ』


ミニの周りを1周して

『やんちゃな感じが、晴に合ってる』


嬉しかったのですが、1つ問題がありました。

約束どおり先輩は確かにラフでした。ただ、体の線がくっきりの白のTシャツにジーンズのミニスカートそしてピンク色の踵の高いサンダルでした。長い髪の毛は、インディゴブルーのバレッタで一つにまとめられて、一見おとなしい感じだったのですが、私が中から助手席のドアを開けると、先輩は普通に乗り込もうとしていましたが、シートに収まる事が出来ませんでした。結局乗り込む事は出来たのですが、セクシーな物を見せて、色々なところをぶつけていました。


普通のミニでも車高は低かったのですが、私のミニにはロールバーが設置してあり、シートもレーシングシートになっているため乗り込むには、ちょっとしたコツが要りました。

私は先輩が乗る前にアドバイスをすれば良かったのですが、あられもない姿に話しかける事が出来なかったのです。そして先輩の方向を見る事が出来たのはシートに収まった後だったのですが今日は、水色と紺の縞模様でした。

私は、一旦ミニを降りて深呼吸をしてから助手席に向かいました。


『えっと、すっかり縞模様を見させて頂きました』


『だってこんな低くて狭い車で来るとは思ってなかった!』


『わかりました』


『今日もとっても素敵なんですが、これから僕の友人に会おうと思っていたもんで、出来たらもう少し刺激のない服装だといいんですが』


『わかった、少し待ってて』


先輩は、また縞模様を出しながらミニから出て行きました。

私は、鼻の奥の方が熱くなっていました。


15分ほどで戻って来た先輩は、とてもいい感じでした。上は白地に小さな花がたくさんステッチしてある襟付きのシャツにジーンズのサブリナパンツ、靴は紺のコンバース、ばっちり着こなしています。


そして今度は、このミニの乗り方もちゃんと教えて、ミニを走らせたのですが、車内はエンジン音がうるさく会話はほとんど無いまま走っていました。


行き先は、ミニのメンテナンスをやっている、ドッグハウスという店に向かっていました。


いつもだとドッグハウスには、30分程度で着いてしまうのですが、その日はスピードをあまり出さずに道を選んで走っていました。

それは先輩をドッグハウスのみんなに何といって紹介しようか悩んでいるからでした。


大学時代の先輩って言ったら怒るだろうか?

彼女とは言えないし・・・・・と考えていると、


『友達と会うって言ってたけど、どこに行くの』


『僕がいつも居るところで、この車を作ったところ』


『この車自分で作ったの?』


『手伝ってもらってですけどね』

私は自慢げに言うと


『そこで、私を何て言って紹介してくれるのだろう?』


まさに今悩んでいる事でした。


『妻でもいいのよ』


ブレーキを思い切り踏んでしまいました。


『とりあえず今日は友達ということでどうでしょう』

申し訳なさそうに言うと


『しょうがないね』


ほっとしました。



畑の真ん中に大きめの建物が見えてきました。ドッグハウスは元々何かの倉庫で使用していた建物を改装して、主に英国車を扱うガレージ風の車屋さんです。


私はいつものように売り物の車の間を通り抜けて店の奥の定位置にミニを止めました。そしてエンジンを止めて降りたのですが、すかさず異変に気付いて仲間達が助手席を除きに来ました。


それも当然、私が女性をここに連れてきたのは始めて、それも、他のやつらが連れてきた女性とはレベルが違う美人です、私は先輩を紹介するのにドキドキしながら助手席に回ろうとしたのですが、先輩は自分でドアを開けて床にひざ下の長い脚を下ろすとスッと立ち上がり、軽くウェーブのついた長い髪を手で押さえながら頭を下げました。


女性陣を含めた全員の視線が釘付けになっていました。


少しの静寂の後


『晴、どうしたんだよ、紹介しろよ』

ドッグハウスのオーナーに言われて、私がドキドキしていると、先輩は自分で自己紹介してくれました。


『松本花ともうします、晴さんとは大学が一緒で、今はお友達です、よろしくお願いします』


“今は”??・・・・・・先輩は何気に起爆装置を置いたのでした。


『どこで知り合ったんだよ』


『晴がナンパするはずが無いよな』

いつものやつらでした。


『大学時代の同級生だよ』

私は先輩の顔を見ながらでしたが、答えました。


『“今は”友だちって言ってたけど、それって過去に何かあったってこと?それともこれからってこと?』

起爆装置が起動しました。だんだん顔が熱くなって変な汗も出てきました。


『過去も現在も、ただのお友達です』

先輩が答えてくれた。


お友達と言ってくれたことは、助かったのですが、周りの厳しい視線を感じていました。


一通りの質問が終り、オーナーの奥さんが気を使って先輩をドッグハウスキッチンに連れて行きました。


そしてすぐに笑い声が聞こえてきました。


レース仲間の遠藤と横山の視線を感じながらカウンターで、コーヒーを入れていると、空のコーヒーカップが差し出されたので、そのカップにもコーヒーを入れました。


横山『スゲェ美人だなぁ本当の本当に友達なんだろうなぁ・・・』

『そうだよ、家の近くで偶然会ったんだよ』


『じゃあ、チャンスは、平等にあるってことだな』


『そ、そうだね』


遠藤『なんか美人すぎて怖いなぁ』


私も気になっていました。大学時代も美人だったのですが、今は化粧のせいもあるかもしれませんが冷たく鋭い感じがしていました。


私はいつものように作業つなぎに着替えると、1か月ぶりにミニをジャッキアップして下にもぐりこみ、稼動部分緩みが無いかを確認してからグリスガンでグリスアップしていました。


少しして、

『おやつが出来ました』

オーナーの奥さんの声でした。


そう言えば、先輩も私も朝から何も食べていませんでした。

見ると二つの大皿にいっぱい盛られたドーナツ、ここにいる人数で割っても一人5個はありそうです。先輩は既に齧ったのをひとつ持っていました。いつもの大きなテーブルに置かれたドーナツは見るからに美味そうでした。


自分のコーヒーを入れてから席につくと、先輩がすぐに隣の席に座りました。

それぞれみんな席に着き食べ始めました。その時とても気になっていたのが、コーヒーサーバの横にカップが置いてあるのですが、先輩はコーヒーを入れてこなかったのです。


私はドーナツを一口食べた後、当然のように喉がつまったので自分のコーヒーを飲み流し込みました。


先輩もすぐにドーナツをつまらせたようでした。

そして自然に私のカップを持ち、自然にコーヒーを飲み、自然に置きました。


私はそれを見てまたドーナツが喉に詰まったのですが、そこには、先輩の口紅がうっすら付いたカップしかありませんでした。咽返りをおさえながら、コーヒーを流し込むと、そこに居た先輩以外の全員の視線がありました。


横山は、視線では無く凄い形相で睨んでいました。


もう横山の顔は見る事が出来ませんでした。



私はもうドーナツを食べる事は出来ず、横山の視線が落ち着くのを待ってから、先輩にみんなの事を紹介しました。


最初にドッグハウスのオーナー鈴木さん、車のことはもちろん人生の事も相談できて頼りになる人、次にオーナーの奥さん由美子さん、とっても料理が上手でみんなのお母さんのような存在の人です、次は珍しい女性整備士の夕奈この子は、まだ20代なのですがミニのことはオーナーと同じ位知っていてレーサーとしても名が通っています。

この3人がドッグハウスのスタッフで、後は公務員の横山、設計士の遠藤この二人は私と同じでここで自分の車を作って、メンテナンスして、ドッグハウスの名前で、ミニのレースに出ています。既に7年ぐらいの付き合いである事を説明し終わりました。


先輩が私の思っていたとおり自分の事を話してくれたのでした。

『私は今、外資系証券会社に勤めています、趣味はヨガと車の運転で、車は2009年式アルファロメオGTに乗っています』

ここにいるのは、みんな車好きです、当然のようにどよめきが起こりました。


そしてすぐに横山からの質問でした。


『アルファロメオのGTに乗っていると言うことは、今までの車歴も凄いんじゃ無い?』


先輩が喋り出しました。

『最初がユーノスロードスター、次がフィアットバルケッタ、ランチャデルタインテグラーレ、アルファロメオ147GTA、で、今のGT』

驚いた車歴です。


次は遠藤からの質問でした。

『外資系証券会社と言うことは英語がペラペラ?』


『会社の中は、外国人だらけなので全て英語です』

また、みんながどよめいた、私も一緒だった。


私は、先輩が誰でも気兼ね無く堂々と話すのは、そうゆう環境で男と対等に働いているからだと納得できたのでした。


でも既に自分と先輩は釣り合いが取れていないと、躊躇しだしていました。


そして今度は先輩からの質問でした

『ここでスーパーセヴン買って面倒を見てもらうことはできますか?』


オーナー『もちろん面倒は見させてもらうよ、でもどのクラスのセヴンを買おうと思っているのかな?』


『これから勉強します』

先輩は笑顔でしたが、何処まで本気なのかわかりませんでした。


色々な意味でお腹もいっぱいになったので、ミニの点検を再開して油脂類の点検が終わったところで予定通り帰る支度をしていました。


横山『もう帰るのかよ』


『うん、今日はまだ行くところがあってね』


『すげぇ美人だけど・・・・なんか怖いから、立候補取り消す』


私は“早いな”と思ったのですが、怖いという言葉は私にもあてはまっていました。


先輩に『帰るよ』というと、こっちを見て口だけで、“もう帰るの”という顔をしていました。


そして、私は先にミニの運転席に座りエンジンを掛けると、先輩が助手席に乗ってきました。


『もっと話しをしたかったのに』


『この後も君を連れて行きたいところがあるんだ』


ミニをバックさせました。


『お先に』

みんなに言って走り出しました。



私は走り出してすぐに車を路肩にミニを止めて携帯電話を取り出し、あるところに連絡をしました。


『晴だけど今から行っていいかな・・・・うん、じゃあ・・・1時間後位に』

携帯電話を切りました。


先輩はどこに行くのか聞いてきませんでした。



『晴ってミニのレースで優勝して、クラブマガジンって雑誌に載ったことがあるんだってね』


『1回だけね』


『その時どんな気分だった』


『なんで』


『いいから教えて』


『疲れきっていて、なんかボーっとしていた』


『それだけ?』


『ん~みんなが僕のことを見ていて、今日この中で一番早かったのは僕なんだて思ったら“やったぁ”って気分になったかな』


『それで泣いちゃったの~』


『何だよ聞いてたならいいじゃん』


『どうして泣いたのかなぁ~と思って』


『ん~大袈裟だけど、お母さぁ~ん産んでくれてありがとう位思ったよ』


『へぇ~いいなぁ』


『花はそう言うこと無いの』


『あっやっとハナって呼んでくれた』


『あ~すみません』

凄く顔が熱くなった。


『何で誤るのよ、これから絶対ハナって呼んで、呼んでくれなかったら返事しないからね』


『わかりました』


『えっと、それで何のはなしでしたっけ?』


『一番の話しでしょ、私も何度か一番を取ったことはあったけど、何故かうれしくなかったの、すぐに次の事を考えちゃって、結局どこまでも続くのかなって感じがして、永遠に終わらない感じが嫌だったの』


『えぇ~頑張って、頑張って、やっと努力が報われて一番なったら、そんなすぐに次ぎなんて考えないですよ』

花は不に落ちない顔をしていました。


『わかった、人によって努力の量は違うけど、先輩じゃなくて・・・・花はそれほど努力しなくても一番になれちゃった感じ?』

言葉が変な感じがしている。


『努力をして一番になったこともあったけど・・・そんな感動はやっぱり覚えていない』


話しをしているうちに、目的地に着きました。


ミニを定位置に止め、

『ここ何処なの?隠れ処的民家風レストランとか?もしかして、口説かれちゃったりして』

冗談を言いながら、ミニから降りると私の後を歩いていました。


扉を開けて『ただいま』

すぐに母親が出てきました、


『今日は来ないって、言ってたのに、どうしたの』

母親は花を見て、びっくりしているようでした。


『あら、始めまして晴の母親です』

花もびっくりしていました。


『始めまして松本花と申します』

私の顔を見ていました。


母親は私と花を客間に通してくれて座布団を出し終わると

『お茶を入れてくるね』

嬉しそうに出て行きました。


花が小さな声で

『何で突然、晴の実家なのよ』


『まぁ色々考えてね』


『色々考えてって何処まで考えたの?』


『後の事は任せたけど、もしかしてそこまで決めたの?』


『そこまで決めるって、何を?』


『とにかく紹介したかったんだ』


『じゃあいいけど、どうしよう』


『こんな格好だし私どうすればいいの・・・・』

花はすごく不安そうです。


『そのままの花でいいよ』


『いいのかな』


『僕がいいんだから、そのままでいてくれればいいんだよ』


『わかった』


『始めて見たよ、花の動揺したところ』

またあの素敵な笑顔を見せてくれた。


『晴が女の子を家に連れてくるなんて、高校生以来なのよ、ビックリしちゃった、晴は何か頼り無いでしょ』

母親がお茶を入れて持ってくるとすぐに、私の小さい時の話を一通りしました。


『晴、今日はゆっくり出来るんでしょ、夜ご飯急いで用意するから』

と言ってくれたのですが、でも今日私には、まだやる事がありました。


『今日は、まだ用があるからこれで帰るよ』


母親から帰り間際に

『綺麗な人ね、キッチリ決めるところは決めなさい』

と言われ、まぁどれだけ頼りないのだろうと情け無くなりました。




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