パウダーピンク
4. パウダーピンク
既に3時をまわって、箱根は肌寒くなっていました。
私達は急いでGTに戻り、暫し車内の暖かさを味わってからGTのエンジンを掛けたのでした。
するとあのスーパーセヴンがGTの進路を塞ぐように止まり、ロールバーに手をかけてまるでジャングルジムに登るようにドライバーが降りてきました。
スーパーセヴンのドライバーは革のハンチングを被り、立派な白髭をたくわえて、とても雰囲気のある人でした。
私の横に来たセヴンのドライバーは、
『あんなに官能的な音をさせて走っているアルファーロメオを久しぶりに見たよ』
『ありがとうございます』
『これからどこに行くんだい?』
『御殿場に行きます』
『もう一度あの音を聞かせてくれないかね?』
確認するように先輩を見ると、笑顔でうなずいていました。
『じゃあ一緒に行きましょう』
『ありがとう』
セヴンのドライバーは嬉しそうに車に乗り込んで走り出す準備をしていました。
『それなら私、あの車の助手席に乗る』
『その格好じゃ助手席に座る事も出来ないですよ、パンツ丸出しならまだしもノーパンですよ』
『ちゃんと穿いてますぅ!!』
『それは良かったです』
『後ろ開けてくれる』
先輩からGTのトランクを開けるように言われました。
急いで外に出てGTのトランクから何かを持ってきました。
フライトジャケットとタイツらしき物です。
『こんな時のために』
どんな時なんでしょうか、先輩は助手席でサンダルを脱ぎ捨て、タイツを履き始めたのでした。
私の目の前で先輩は、タイツをスカートの裾までたくし上げ、
『いつまで見てるの?』
と言われて我に返ったのですが時遅し、先輩はスカートの裾をパッとめくりあげてタイツを腰まで引き上げたのでした。
その瞬間、私の目の前だけがスローモーションとなり、真っ白い太ももとパウダーピンクの柔らかそうな生地と一瞬おへそまで見えて、ゆっくりとスカートが元の位置にもどったのでした。
私の視線はパウダーピンクの位置で止まったままです。
『ちゃんとはいていたでしょ、はい終了!!』
頭を指で弾かれてやっと目が先輩の顔に戻りました。
私は必死になって
『それでも乗り込むのに、丸見えになりますよ』
『これは見えてもいいの』
『ほら』
パウダーピンクは、もう見えませんでした。
そして先輩は、外に出るとフライトジャケットの袖に腕を通しながらスーパーセヴンに駆け寄りセヴンのドライバーと話すと、すぐにセヴンのドライバーが助手席を片付けだし、先輩はセヴンのドライバーの手を借りて乗り込みました。
やはりスカートの中は、丸見えでしたが大胆にそれでも優雅にスーパーセヴンに乗り込んだのでした。
もう私にはセヴンのエキゾーストノートで何も聞こえませんでしたが、当然、いい車にいい女が大胆に車に乗り込んだので、周りの視線はやはり釘付けで、セヴンのシートに収まった先輩は、そんな視線も気にせずに長い髪の毛をフライトジャケットの襟の中にしまい込むと、4点ハーネスをセヴンのドライバーにされるがまま付けてもらい、準備OKのサインを私に送って来たのでした。
何だか不に落ちないところはありましたが、そこに先輩の笑顔がありました。
私はGTをスタートさせました。後ろには、セヴン従えて。
GTにも大分慣れたところだったので、シートポジションを再度合わせてから、タイヤのグリップを確認し、ギアを1速落としました。
そしてアクセルをレッドゾーンまで踏み込むとGTのエキゾーストは悲鳴のような高音を発して、セヴンを引き離しました。
それでも、コーナーではスーパーセヴンに余裕があるようでピッタリと後ろについてきました。
直線でセヴンを離し、コーナーでは追いつかれる走りを繰返したため、御殿場までわずか30分という速さで着いてしまいました、このためGTの水温計と油温計は赤い部分を指していました、私は足と腕が張ってしまい額には汗がにじんでいました。
GTを路肩に止めて窓を開けると、クラッチとブレーキパッドから焼けた匂いがしていて、後ろに止まったセヴンがエンジンを止めると静寂の中から先輩とセヴンのドライバーの笑い声が聞こえてきました。
先輩を迎に行くとセヴンのドライバーとすっかり仲良くなっていて、先輩はハーネスを外してセヴンのロールバーから飛び降りました。
先輩はお礼を言うとセヴンのドライバーも嬉しそうでした。
『今日は、アルファのすばらしい音と艶やかで官能的な女性、十分にラテンを楽しませてもらった、本当に楽しかったよ、ありがとう』
『セヴンも叔父さまも、とっても素敵よ』
再会の約束をしてセヴンのドライバーとは、そこで別れたのでした。
セヴンがエキゾーストノートを響かせて行く後ろ姿を見ながら、
『本物のラテンはフェラーリにイタリア女だけどね』
『あら、私とアルファロメオでは、何かご不満なのかしら?』
先輩の肘が勢いよく、私の鳩尾に入りました。
予定より少し遅くなっていましたが、今日の最後、御殿場のアウトレットにきました。
今まで何度か来た事があったのですが、行く所は決まってスポーツブランド店、そこでバスケットシューズを買ったぐらいでした。
先輩はというと、私が入った事の無いブランド店ばかりで、それも1つの店で5万から10万円を使っていました。そして5店目の会計の時に店員から限度額を越えていると言われ、別のカードを出したのですが一緒でした。
そこは私のカードを出して支払いを済ませました。
『ありがとう、後で返すね』
とても気まずそうでした。
それでも、買った荷物を抱えて歩き出して、先輩は何も無かったように話してきました。
『朝、食べたきりだけど何か食べて行く?』
『別に大丈夫です』
『じゃあ家で食べようか?』
『いいですね、手伝いますよ』
私達は駐車場に戻りGTのトランクに荷物を入れて、帰る事にしました。
途中まで順調でしたが、東名の大和トンネルと保土ヶ谷バイパスで渋滞にはまって、帰ってくるのに3時間以上かかり、途中、買い物もしたので、結局マンションに着いたのは10時を過ぎていました。
先輩は、先に食材を持ってマンションのエントランスで降り、私はGTを地下駐車場に止めてから、先輩の荷物を持って部屋に上がる事にしました。
GTを駐車スペースに止めてトランクから先輩の荷物を一旦地面に置いてから、全てを抱えてエレベータに乗り込み、最上階のボタンを押しました。
エレベータは動き出したのですが、すぐに1階で止まって扉が開きました。誰かが乗って来ると思い荷物をよけたのですが、誰も乗ってくる気配はありませんでした。
エレベータの外を確認するとマンションの集合ポストが見えたので、先輩の郵便物を見ていこうと思い、荷物を抱えてエレベータを降りたのでした。
集合ポストでは、先輩の部屋番号を探す必要はありませんでした。
そこには、入りきらない郵便物やメモが貼ってあり、いくつか下にも落ちていました。
見てみると金融関係の物ばかりで、メモで“*月*日までに20万円をお支払ください”や請求書でした、私は迷っていました。
私は、その中のメモを一つだけポケットに入れてから、荷物を持ってエレベータに乗り先輩の部屋に向かいました。
玄関を開けて部屋に入ると既に濃厚なチーズの香りが、立ち込めていました。ソファーとテーブルの間に荷物を置いてキッチンを見ると先輩は、今朝と同じ格好にエプロンを付けて立っていて、長い髪の毛は一つにまとめられていました。
キッチンに近づくと
『座って居て』
『ところで、あの車好き?』
『GTは僕の乗っている車とも国産車とも違う感じで、走る楽しさが伝わってくる車だと思った』
『違うスーパーセヴンのこと』
『今日助手席に乗ってみて、今度は運転してみたくなっちゃった』
『あの車いくらぐらいするの? 』
『色々種類があって、500万から1000万ぐらいだと思います』
『そんなにするんだ』
『出来た』
食事が出来ました。
食卓に並べられたのはゴルゴンゾーラとカニのトマトクリームパスタとホタテの貝柱のサラダとワイングラスが置いてありました。
とてもいい香りとお洒落に盛り付けられたパスタはまるで、レストランの物のようで、食欲と共に生唾を飲みこまずには居られませんでした。
ワイングラスに赤ワインが継がれ、先輩が『いただきます』と言ったのでした。
ワインを一口飲んでからパスタを食べたのでしたが、濃厚なチーズとカニの香りが口いっぱいに広がって程よいパスタの塩気と会ってまるで新鮮な、海栗を思わせるような味でした。
『美味い』
私が言うと先輩は、うれしそうでした。
おなかも落ち着きワインを飲んでいると、
『スーパーセヴンほしくない?』
『条件が揃えば所有したいですね』
『買ちゃおうよ』
『えっ、あの車はガレージとある程度自分でメンテナンス出来る工具が必要だし、普段の足としての機能は全く無いんですよ』
『晴の車を売って、GTとセヴンを家の駐車場に止めれば』
『えっ、僕も車は必要です』
『GTを使えばいいじゃない』
『今の車は気に入ってますし、ここまで来ないと車が使えないのは不便です』
『ここに住めばいいじゃない』
『えっ!!?』
『私、貴方に彼女とかいても構わないわよ、それか他に問題があるの?』
『他に問題なんか無いし、彼女なんか居ないし、万が一居たとしたらもっと問題ですよ!』
『だったら、もう一部屋あるし、とりあえずルームシェアということなら、深く考えなくても良くない?』
『どう?名案でしょ』
『先輩、どこが名案なんですか?』
『こういう話は、もっと時間をかけた方が良いと思います、それに今朝、後の事は僕が決めていいって言ってましたよね?』
『言ったけど』
『もう少し考えさせて下さい』
ポケットの紙を、ギュっと握っていた。
その後、その話題は出さずにワインを飲みながらまったりとして古い白黒の映画を見終えると、もうすっかり日曜になっていました。
私は一回、家に帰ろうと決めました、先輩には金曜から家がそのままになっている事を理由にしました。
『日曜日はどうする』
『日曜日は朝から実家に行く用事があるので、用事が済んだら電話します』
約束して帰る事にしました。
先輩は、一緒に玄関から出ようとしたので、
『少し一人で風に当たって帰りたいので、ここでいいですよ』
先輩の顔は見なかった。
『わかった、じゃあね』
先輩に手を振って別れた後、公園の横、自動販売機の前を通り、金曜日からのことを思い出して、ひどく疲れを感じて家に着きました。
そして、着ていた服を脱いで、それを見て、なぜかもう2度と袖を通す事は無いような感じがしていました。




