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もう一度逢いたい。  作者: 杏
2/7

憧れ

2. 憧れ


その日の昼食は、いつもと変わらない弁当屋で、いつものローテーションのチキンフライ弁当を頼んで出来上がるのを待っている時でした。

何気に反対車線の歩道に目を向けると、女性が歩いていました、ただそれはどこかで見たことのある姿でした。

あの長い髪、思い出すのにそう時間はかかりませんでした、大学時代に憧れ続けた一つ上の先輩だったのです。

先輩の身なりは、薄いブリーフケースを小脇に抱えて、ひざ丈のタイトスカートにジャケットを羽織って、すっかりOLでしたが、あの長くしなやかな髪を揺らして歩く姿は以前と変わっていませんでした。

ただ、先輩は私の視線は感じることも無いようで、通り過ぎて行きました。すぐにでも声をかけたかったのですが、私には声をかける勇気などあるわけが無く、見ているだけで精一杯だったのでした。


そしてその日は、ビール片手に大学時代の写真を出して憧れだった先輩が、今も変わらずに綺麗だった事を思い出していたのでした。


その後、先輩を見かけることは無く、そんな事があったことすら、いつの間にか忘れてしまいました。


何ヶ月かたったある日、 丁度、仕事がひと段落して10時頃には自宅でゆっくりする事ができたので、久しぶりにお気に入りの古いレースのDVDを見ようと準備をすることにしました。

後はDVD鑑賞のお供であるビールをと、冷蔵庫を開けると、ビールはもとよりアルコール類が全く有りませんでした。

自分とした事が・・・と、意気消沈しDVD鑑賞をあきらめ、お茶を取り溜息をついてベッドに座ったのでしたが、やはりどうしてもDVDが見たくて、ビールも飲みたい衝動を抑えることが出来なくなって、すぐにお茶を元の場所に戻して、財布だけ持ってサンダル履きで外に出たのでした。


外はもうTシャツにスウェットで十分気持ちのいい季節になっていました。いつも買う近くの販売機までは、夏を感じる少し湿った風が吹いていました。


私は、いつもの販売機の前で、今日のDVD鑑賞には、どの銘柄にしようかと、多分独り言を言いながら迷っていました。


すると、“ドン”と、あまりにも不意だったので一瞬で何をされたのか分からないほどでした。誰かに後ろから押されて、販売機に顔をぶつけていました。


振り向くとクスクス笑いながら立っている人がいて、


『いつまで悩んでいるの』


後ろで待っている人が居たのかと思ったのでしたが、それにしても突き飛ばすのはひどく無いかと一言文句を言ってやろうと立ち上がったのでしたが、


『すみません』と言っていました・・・・・


ただ、すぐに影で女性だとは分かったのでしたが、今度は頭を小突かれて、


『昔と変わらないな・・・決めるのが遅い!いつまで悩んでいるの?』


聞き覚えのある声でした、なぜかドキドキしていました。


風がしなやかな髪を揺らしていて、


『もしかして花先輩?!!』


先輩は販売機のすぐ横にある、公園に居たようで、“販売機の前でいつまでも腕組んで悩んでいる、ドンくさいやつだな”と思って良く見ると私だったそうです。


私は、こんな夜にこんな格好で、“ドンくさいやつ”とまで言われたのでしたが、覚えてくれていただけで嬉しくなり、


『DVD鑑賞にビールが飲みたくなって買いに来たのですが、良かったら一緒に飲みませんか?』

自然に出た言葉でしたが、我に返って、なんてことを言っているのだろうと思っていました。


先輩は既に飲んでいたようで、

『DVD鑑賞は遠慮しておくけど、ビールだけなら付き合おうかな』


いい気分になって、500mlのビールを2本買って、先輩を誘って公園のベンチで飲む事にしました。


早速、先輩に渡すビールのプルトップを開けてから、自分のビールを開けてすぐに飲み始めてしまいました。


するとすぐに視線を感じて、先輩を見ると、先輩はまだ飲まずに、じっとこちらを見ていました。一人暮らしが長くなっていたので、行儀が悪くなってしまった思い、私は慌てて、


『いただきます』

と言ってからまた飲み出しました。


『取手君って本当に変わってないね』


『何処がですかぁ?』


『ビールを美味しそうに飲むところと、必ず女性のビールは開けてから渡してくれるところ』


『自分が早く飲みたいからですよ』

本当はみんなにそんな事はしていませんでした。


そしてなぜか一瞬、先輩が悲しそうに見えたのでした。


私達はそれから、他愛もない大学の時の事、就職の事、卒業してからの事を話し、仕事の事を話して、話の中から先輩の家と私の家は歩いて10分程なことを知ったのでした。


既にビールは無くなり時間も経っていましたが、私はいい気分になって喋り続けていました。


 すると突然、先輩が、


『あっ、門限が過ぎてる』


『三十路すぎて門限ですか?嘘でしょう?』


『三十路は大きなお世話!!自分で作った門限なの!!』


『じゃあ、送っていきますよ』


『送り狼だったりして・・・・』


『古いですねぇ~、既に絶滅しています』


『ちょっと考えるのも女性に対してのマナーだと思うけど』


『ほんのちょっとは考えるようにしますが、今はお腹一杯なので大丈夫です』


と言うと、先輩に頭を叩かれました。



先輩と歩き始めると、心地よい風が吹いて先輩の髪の毛が私の腕に触れました、昔と同じ良い香りでした、ただ今の香りにはタバコの匂いが混ざっていました。



程なく歩くと綺麗なマンションが見えてきました。エントランスの前まで送って、先輩は胸の前で小さく手を振って、


『ありがとう』


『またね』


『元気だそうね』



私も手を振って、先輩からもらった携帯電話番号を書いてもらったメモ用紙を大事にしまって別れたのでした。


女性の電話番号を仕事以外でもらったのは何年ぶりだろうか、何だか嬉しくなって、ポケットにしまったメモを何度も確かめながら家に歩きました。


飲み始めて時間が大分経っていたので、酔いも覚めていました。


『今日はもうDVDは無理だな』


と独り言を言いながら、自動販売機でビールを2本買い足して、家に帰り着いたのでした。


家についてからは、憧れだった先輩とドラマチックな再会を果たして、ひとりで事細かに思い出して飲み続けて2本目が飲み終わる頃には、さすがに酔いがまわりはじめました。


そしてベッドに入ろうとした時に、ちょうど先輩との分かれ際のことを思い出していました。


先輩の言った『元気だそうね』ってどう言う意味だったのだろう、いくら思い出しても先輩との会話には楽しい話しばかりで、元気を出さないといけないところがないのです。


私は気になってしまい、既に携帯電話を持っていました、そして女性らしい文字で書かれた電話番号のメモをじっと見ていました。


時間は午前1時半をまわって、迷っていました。でも5コールで切ると決めて電話番号を押したのでした。


呼び出し音と鼓動が聞こえ始め、1コール目2コール目が長く感じられて3コール目が鳴っている途中で、切ろうかと思った時に呼び出し音が切れて無音になりました。


『花先輩?』


それでも無音が続いていたため、再度、携帯電話を耳にあて直すと、携帯電話の向こうから、かすかにすすり泣く声が聞こえてきました。


『先輩!』

『先輩!』

言えることがありませんでした。何度か呼び、やっと先輩は、


『ごめん何でもないから、気にしないで』


泣き声でした、私は何を言っていいのかわからず、もう一度


『先輩』


『ごめん、もう遅いから切るね』


電話が切れられてしまいました。


私は携帯電話を握り締めたまま、今度はバスケットシューズを履いて先輩のマンションに向かって走り出していました。先輩のマンションの前に着く頃には、ビールを3本飲んだおかげで苦い物が上がっていました。


インターフォン前で息を整えながら、さっき先輩が押していた部屋番号を押して呼び出しボタンを押して少し待ったのですが、何の応答もありませんでした。

そして、もう一度呼び出しボタンを押すと、何の応答も無いままエントランスのドアが開いたのでした。


すぐにエレベータを探して乗り込んで、部屋番号から最上階ボタンを押し、エレベータの中に入ってから、もう一度息を整えていると、エレベータは静かに止まり扉が開きました。


先輩の部屋と思われる玄関の前で緊張しながらインターフォンのボタンを押すと、すぐにチェーンロックが外れた音がして、次に鍵が開けられた音がしたのですが、そのまま静かになってしまいました。


その後がとても長く感じました、


『先輩、花先輩』


小さな声で呼ぶと、少しドアが開いたのでした。

すぐにドアノブを引くと、そこには別れた時と同じ服装の先輩が壁にもたれかかっていました。

ただ、長い髪の毛は乱れ、強いアルコールの匂いがしていました。


『どうしたんですか?』


『もう大丈夫だから、何でも無いから』


涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑顔を作っていましたが、これ以上、泣いた顔を見られたくないのか、私に背を向けると、


『ごめん』


その場に座りこんでしまいました。

私はどうしていいのかわからないまま、


『もう、大丈夫、大丈夫だから』


何を言っていいのか分からず、自分でも意味不明でしたが、先輩を後ろから抱きしめていました。


先輩は、すぐに子供のように声を出して泣き始めました。

私には、そんな先輩を黙って強く抱くことしかできませんでした。


どれくらい先輩を抱きしめていたのか、いつの間にか先輩は寝息をたてていました。時々喉を引きつらせていましたが、すっかり寝ているようでした。

私はこの後どうすればいいのか悩み、すこし体制を変えようと、先輩から腕を離そうとしたのでしたが、先輩は私の腕を強く握り返して来たので、そのまま抱きしめていました。


そんな私にも睡魔がやってきました。

この時、私は先輩に対して憧れとは違う別な感情が生まれていたことを自分でも気付かずにいたのでした。



ふと気付くと、向かいの扉から明かりが漏れていて先輩はいませんでした。


私は昨日の事を一生懸命思い出していました。現実だったのか夢だったのかもはっきりせず、でも毛布が掛けられていて、明らかにここは自分の家ではなく、ドアの向こうが明るくなっていて、今の状態を把握するだけで精一杯で、心臓の音が耳から聞こえていました。


最初に、今日は土曜日で仕事が無いことで安心してから、明るくなっている廊下の先の扉をそっと開けました。


するとそこは、眩しいぐらい明るく真っ白な広い部屋でした。

そしてコーヒーのいい香りと心地良いサックスの音が流れていました。


私は、何を言って良いのか、わからないまま


『あのぉ~すみません今何時ですか?』


『もうすぐ10時です』


先輩の元気な声が聞こえてきました。


私はとても広く明るいリビングと思われる部屋に入って、先輩の姿を見つけると、先輩はパイル地のショートパンツにラフなTシャツ姿で、頭にはバスタオルを巻いてキッチンに立っていました。

次にかける言葉を考えたのですが、ビールのせいと前にトイレに行ってから大分経っていることもあって、先輩には言いづらい生理的現象がカウントダウンしていました。

そのため昨日の事を気遣って気の効いた言葉を考える時間はありませんでした。

誤魔化すことが出来ない尿意のため、妙な汗が流れだして、限界でした。


『先輩、トイレ貸して下さい』


気のきいた言葉は出ず、トイレの場所を聞き、用を済ませたことで、眠気をもよおすほどの幸せを感じて洗面所で手を洗っていると、そこには有って当然の洗濯物があり、その頂上には先輩がさっきまで身に着けていたと思われる、何ともやわらかそうなレース付きの物が目に入ってしまったのでした。


私はそれを見てドキドキしている自分に情け無さを感じましたが、他に歯ブラシが2本ある事や男物の化粧品や髭剃りが置いてある事に寂しくなっていました。


でも自分より1つ上の女性なら当たり前なことだと自分に言い聞かせて、冷たい水で顔を洗いリビングに戻ると、先輩がキッチンから出てきたのでしたが、良く見るとその格好は、露出度が多く目のやり場に困る服装でした。


『今日は休み?』


『はい』


『いま、ご飯用意しているからシャワーでも浴びてきて』


『えっ』


女性の家でシャワーを浴びる気まずさはありましたが、シャワーを浴びれば、昨日からの色々な事がすっきりするだろうと思い、シャワーを浴びる事にしました。


風呂に入ると、そこはまだ暖かく甘くいい香りが残っていて、明らかに少し前に先輩が入った事がわかったのでしたが、それにより自分の意思ではコントロール出来ない敏感になった自分自身がいました。


この状態のままでは、出る事もできないので、少し長めにシャワーを浴びて、最後に冷たいシャワーを浴びて落ち着つくことが出来ました。


すっきりして、もちろん部分的に落ち着いてリビングに行くと、先輩の頭にあったバスタオルは無く髪の毛は、ほぼ乾かされていて朝食も出来上がっているようでした。


『長いなぁ、どこ洗ってるのよ』


長かった理由を言えるわけが無く、冗談も言えず、ただ顔が熱くなっていました。


先輩の家はとても広く、キッチンの横が広いテラスになっていて、そこに朝食が用意してありました。


用意された物は変哲も無いといったら怒られますが、コーヒーとトーストにスクランブルエッグとオレンジジュースで、とても気持ちのいい日が射しこんでいて、よりおいしそうに見えました。

なによりも、何より口角がきれいに上がった先輩の笑顔が最高でした。


『どうぞ』


『いただきます』


トーストにかじりつきました。それは厚切りで、中はやわらかく拘りを感じる焼き方で、また、香り高く拘ったパンでした。


先輩は私の反応を見たかったようで、私の正面に座り両肘をテーブルに付いて私をじっと見ていました。

私はトーストを一口かじり何気に先輩を見ると、先輩の胸元はTシャツの襟の部分を切り抜いたVネックになっていて、そこには凝視してはいけない物が見えていました。元々先輩の豊かな胸は肘を付いた姿勢により、いっそう押し上げられていたのでした。

それを見て世の男性が冷静でいられる訳もなく、私は特にその手の物は、男性雑誌専門で実物は久しぶりだったため、鼻の奥が熱くなっていました。

一生懸命別な事を考えて、吹き出しそうになるのを必死でこらえて、視線を無理やり先輩の笑顔に戻したのですが、先輩の問いかけは、


『美味しい?』


私が返せた言葉は、ただの音


『ぐぐっ!!』


後はむせ返っていました。


先輩はそんな私を見て、笑っていましたが、まぶたの裏に焼きついたしまった物が頭からはなれず、正直、味を忘れさせてしまう衝撃でした。


ただ、先輩は昨日とは別人のように明るかったので、昨日の事には触れずに、目のやり場には困っていましたが、何とかその場をやり過ごすことができました。



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