第13話 武器
ピアータの言葉の強さに、アンガスたち蒼騎隊の猛者たちは、愕然とする。彼らの中で、これまでの生涯を通じて培ってきた世界の常識がぐらぐらと揺らぐような衝撃を覚えていた。
その中にあってピアータだけは、その目にギラギラと飢えた獣のような闘志で目を輝かせながら吠える。
「軍学校も、エルドア国――いや、破壊の御子の力の一端にすぎんのだろう。きっと奴はもっともっと恐ろしいものを隠し持っているだろう。そして、それをもって破壊の御子はこの西域そのものを破壊し尽くそうとしているのだ!」
自分の言葉に驚愕のまま固まっているアンガスら蒼騎隊の者たちを見やりながら、ピアータは挑発するように笑って見せた。
「どうだ? これでも、そなたらの敵としては物足りぬか?」
自分らに投げかけられた問いに、我に返ったアンガスらは仲間同士で顔を見合わせた。しばらくして、部下の決意を見て取ったアンガスはピアータへと頭を下げる。
「姫殿下の御意に疑念を抱いていたことを深くお詫び申し上げる。罪に問うとおっしゃられても、我らに何の不服もございません」
アンガスの言葉に、ピアータはその唇とつんと突き出して不快を示す。
「私は、それぐらいのことでケチをつけるような狭量ではないぞ」
アンガスはピアータの慈悲に感謝を述べてから続けて言う。
「かつて我らはダリウスが破壊の御子に敗れたと聞いたときは、ホルメアの獅子も老いたものよと嘲笑しておりました。『黒壁』が敗北した際も、ダリウスという柱がなければ、壁ももろくなるものだとさえ口にしておりました」
そのときの自分らを自嘲してからアンガスはその顔を険しくする。
「が、それは間違いであったと気づかされました」
すでにアンガスの顔からは侮りが消え、代わって現れたのは強い警戒と畏怖の表情である。
「今お聞かせいただいたことだけでも、我らの理解の範疇を超える異常さ。破壊の御子は、とうてい我らが考えていた程度のものではないと痛いほど理解いたしました。おそらく――いや、間違いなくダリウスと『黒壁』は破れるべくして破れたのでありましょう」
アンガスは自らの言葉を噛み締めるように、いったん言葉を切ると、軽く目を閉ざした。そして、再びその目が開かれたとき、そこに浮かんでいたのはピアータと同じ飢えた獣のような闘争心である。
「ならばこそ、我らが牙を剥くに相応しい敵かと」
それから不意にアンガスは表情を緩めると、おどけた調子で言う。
「それに、私は小さかった少年の頃、おとぎ話に出るような世界を滅ぼす恐ろしい魔物からお姫様を助ける勇者に憧れておりました。ピアータ姫を助け、この世界を破壊せんとする破壊の御子を討つのは、これぞまさに男の夢。男子にとって、これに勝る本懐がございましょうや?」
アンガスの冗談に、ピアータもまた笑って応じた。
「それは配役を間違っているぞ。私もおとなしく助けを待つ姫ではないし、貴兄らも勇者というにはいささか顔が怖すぎる」
ピアータはアンガスらとひとしきり笑ってから話題を破壊の御子の話に戻す。
「すでに貴兄らも理解したように、破壊の御子は恐ろしい敵だ。しかし、だからといって無闇に恐れる必要はないぞ。破壊の御子の力とは、巷で噂されるような恐ろしい魔法では決してない。あくまで知識であり技術であり、価値観にすぎん。ならば、それは私たちにも利用できるものであるはずだ」
この口振りに何かあるなと目を好奇に輝かせるアンガスたちの前で、ピアータは椅子から立ち上がる。
「私もまた奴を打ち倒すための武器を用意してある。――ついてこい」
そう言って広間から出て行ったピアータをデメトリアとアンガスたち蒼騎隊の者たちが追った。
すると、ピアータが連れてきたのは馬場であった。
馬場では百華隊の騎士たちが馬術の訓練の真っ最中である。あちらでは壕や塁壁に見立てた障害物を騎馬で跳び越えたり、こちらでは騎馬隊で陣形を組んで疾走したりしていた。
しかし、真っ先にアンガスら蒼騎隊の者たちの目を惹いたのは、馬場の脇にある馬房で馬丁に世話をされている馬たちである。
「何と見事な……!」
アンガスらは感嘆の声を洩らした。
その馬は、ピアータのためにドルデア王がわざわざ大陸の南から取り寄せた馬たちと西域で一般に飼育されている馬を交配させたものだった。
取り寄せた南方の馬よりはやや小柄だが、それでも西域の馬よりも身体が一回りは大きい。身体が小さくなっただけ力も弱くなったが、それでも西域の馬を圧倒している。それに身体が小さくなったおかげか、その脚の速さでは南方の馬をしのいでいるのを考慮すれば、決して弱体化とは言えない。また、西域の馬の気質も取り入れていたため、扱いやすさは格段に上がっていた。
ピアータが育てたこの馬たちは、この時代においてはいわば最新鋭の戦闘機や戦車のようなものである。蒼騎隊の猛者たちが軍事マニアの少年さながらに目を輝かせて馬を食い入るように見つめるのも無理はない。
アンガスらの反応に気をよくしたピアータは、得意げに胸を反らす。
「これだけの頭数を揃えるには、ずいぶんと父上には我がままを言ったものだ。重臣諸侯からは我がままが過ぎると苦い顔をされたが、それだけの甲斐はあった」
ピアータの声は誇らしげであった。
これだけの馬を揃えるには、父王へのおねだりだけでは足りない。何しろ、馬は大食らいである。当然、これだけの頭数となれば必要となる飼い葉は莫大なものだ。
それを確保するために、ピアータは自身が姫として拝領した領地の民に飼い葉を税として納めるよう推奨していた。そして、その代償として小麦の税収を大きく引き下げねばならず、おかげでピアータは大国の姫らしからぬ倹約生活を余儀なくされていたのである。
それだけに、この光景はピアータとっても感慨無量であった。
当初は馬にばかり目を奪われていたアンガスたち蒼騎隊の者たちだが、しだいにそれらを乗りこなす百華隊の馬術の腕に注目する。
「これは驚きました。私めも多少は馬術に自信をもっておりましたが、彼らに比べればようやく立ち上がったばかりの幼子のようなものだったとは」
そこに幾分かの謙遜は含まれているものの、称賛自体はアンガスの本心からのものだった。実戦さながらの重装備を身にまといながら馬を全力疾走させれば、自身の重さに身体を振り回されて落馬するのも珍しくはない。
しかし、百華隊の者たちは激しく揺れる馬上でも身体は安定しており、疾走の衝撃と揺れを十分に制しているのが見て取れる。そればかりか、壕や塁壁に見立てた障害物を馬に乗ったまま跳び越える姿などは驚嘆に値した。
アンガスの称賛に、ピアータは小さく鼻を鳴らす。
「驚くほどではない。あれには秘密があるのだ!」
ピアータは馬丁のひとりに声をかけると、ある物を持ってこさせた。
馬丁が持ってきたものを目にしたアンガスらは、訝しげな顔をする。
「これは……?」
ピアータは馬丁の持ってきたものを手にすると、自慢のおもちゃを披露するような子供のような顔で言う。
「これが、私が破壊の御子より盗み出した――いや。我が師より賜った新たな武器だ」
ピアータの説明を受け、アンガスたちは眉間にシワを寄せた。
蒼騎隊の者たちも、その存在については噂として聞いていた。しかし、それは未熟者の杖とも呼ばれ、馬術の熟練者を自負する蒼騎隊の者たちからすれば蔑視に値するものであった。だが、それを推奨しているのが自国の姫であり、自分らの指揮官ともなれば文句も言いがたい。
蒼騎隊の者たちは複雑な表情を浮かべた。
それにピアータは軽く笑って言う。
「頭から否定するな。これはなかなか良いものだぞ」
ピアータは百華隊の騎士に命じて何やら準備を始めさせた。
馬場の一角にいくつもの案山子が立てられる。案山子にはエルドア国の兵士が一般的に装備する兜や鎧が着けられ、仮想のエルドア国の敵部隊だと思われた。
何が始まるのかと好奇の色を浮かべるアンガスらに、期待してろと言わんばかりの笑顔でピアータは言う。
「これを利用すれば、あのような部隊を作ることも可能となる」
ピアータは、さっと右手を挙げた。
すると、馬場の奥から無数の馬蹄が轟いてくる。その重苦しい馬蹄の轟きが近づくにつれ、蒼騎隊の者たちは目を見開いて驚き、ざわめき始めた。
「何だ、あの者たちは?!」
驚きの声を上げるアンガスたちの前に現れたのは、異装の騎馬隊である。
驚愕に目を見開くアンガスたちの前で、異装の騎馬隊が仮想のエルドア国の部隊に襲いかかった。次の瞬間、すさまじい音とともに案山子が吹き飛び、叩き折られ、引き千切られる。
そして、瞬く間に案山子たちは残骸の山と成り果てた。
アンガスらは、しばらく自分らが目撃した光景を受け入れられずに愕然としてしまう。
そんな彼らを前にピアータは咽喉を反らして笑い声を上げた。そうしてひとしきり笑ってから、ピアータはアンガスらに「どうだ?」と言わんばかりの得意顔で振り返る。
「まずは貴兄らには、これになれてもらう。なあに。貴兄らほどの者たちならば、すぐに使いこなせよう。――異存はあるか?」
もはや蒼騎隊の面々に否やはなかった。
◆◇◆◇◆
その後、ピアータは蒼騎隊の主立った者たちに馬を見つくろわせるよう馬丁たちに命じた。歓声を上げて無邪気な子供のような顔で馬を選び始めたアンガスらに背を向けると、ピアータはデメトリアを連れて宿舎の方へと引き返す。
「デメトリア、私はこれより登城する。礼装を用意してくれ」
「私がいない間に、落馬して頭でも打たれましたか?」
デメトリアは真顔で尋ねた。登城する王女が礼装を着ていくのは、至極当然のことである。それを正気かと問われるのが、普段のピアータの行状を物語っていた。
ピアータは笑い声を上げる。
「私は、その戦場に応じた兵と武器を選べぬような愚将ではないぞ。これより王城で将軍や重臣や諸侯らを相手に戦うのだ。それに相応しい鎧を身につけるだけだ」
王女らしからぬピアータの言い草であった。しかし、デメトリアも「そういうことですか」と納得するのだから、彼女もまたずいぶんと主君に染められている。
「しかし、ずいぶんと破壊の御子を買われていらっしゃられるのですね」
デメトリアが知る限り、ピアータが人間にこれほど執着するのはダリウス以来である。
やはり師と尊敬したダリウスを打ち負かした破壊の御子のことは気になるのだろう。
デメトリアは、そう思った。
「ああ! 当然だとも、デメトリア。何しろ奴は、我が尊敬する師を打ち倒した強敵だ。そして――」
ピアータはギラギラとした目で言い放った。
「――私の理想を実現しようとする奴なのだからな」
デメトリアは小さく口を「え?」と開き、ピアータを凝視する。
「何を驚いている、デメトリア。当然ではないか。奴は言っているのだぞ。いかなる生まれであろうとも、いかなる種族であろうとも、誰もが平等であり、誰もが自由だと。そうだ――」
ピアータは苦笑を浮かべる。
「それはきっと、女であり、姫である私ですら、その対象に含まれるだろう」
しょせん女は男には遠く及ばないと言われてきた。
姫なのに将軍のまねごとをすると後ろ指を指されてきた。
いくら実績を積み重ねても、それは変わることはなかった。むしろ実績を積み上げれば上げるほどに風当たりは強まりこそすれ弱まることなどなかった。
しかし、破壊の御子の下ならば、そんなことはないだろう。
実際に破壊の御子の下には噂のエルフやハーピュアンの長もいるのだ。
そこでなら自分は平等に扱われる。もっと自由になれる。
そんな確信すらピアータは覚えていた。
「ならば、破壊の御子の下へ降られますか?」
デメトリアの言葉をピアータは笑いで応じる。
「それは無理だな。そのように賢く立ち回れるのならば、私はとっくにどこかへ降嫁している」
女の身で将軍として身を立てようと思えば、破壊の御子のところへ降るのが正しい選択に違いない。
破壊の御子のところでならば、自分はこの力を思う存分に揮える。そこでなら自分が望む自分であり続けられるのだ。
それは何と甘美なことだろう。
何という悦楽だろう。
しかし――。
ピアータは自分の手を見つめる。
「私は知りたいのだ。私のやっていることが、身の程知らずな女の愚行に過ぎないのか? 我がままな姫の道楽でしかないのか?」
ピアータは、ぐっと力を込めて手を握った。
「それを知るためにも、強い敵が必要なのだ。私が全身全霊をかけて戦ってなお打ち倒せるかわからぬほどの強大な敵が!」
尊敬していたダリウス将軍すら打ち破った強敵。単身から西域の雄と呼ばれた大国ホルメアすら滅ぼした征服者。そして、この世界すら破壊しようとする破壊者。
まさに破壊の御子こそが、ピアータが求めて止まなかった強大な敵なのだ。
ピアータは目をギラギラさせて言う。
「私は、破壊の御子を倒したい!」
破壊の御子に打ち勝つために、自分は人々に後ろ指を指されながらもやってきた。破壊の御子に打ち勝つためだけに自分は生きてきたのだ。
そんな確信めいた想いに、ピアータは身震いするような興奮を覚えていた。
そんなピアータにデメトリアは呆れ顔で言う。
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っておりましたが、どうやら姫殿下は私の思っていた以上の馬鹿だったというわけですね」
歯に衣着せぬ物言いをするデメトリアに、ピアータは大きく笑ってから言う。
「確かに、私は馬鹿だな! だが、馬鹿になることもできない賢い連中にはわかるまい。思いっきり馬鹿をやるというのは、存外楽しいものなのだぞ!」
ピアータは腹の底から楽しげな笑い声を上げた。
そんなピアータに、デメトリアは同じく腹の底から深いため息を洩らす。
「尻ぬぐいをする、私の身にもなっていただきたいものです」
何のかんのと言いながら自分についてきてくれる乳姉妹にピアータは破顔する。
「よし、デメトリア!」
そう呼びかけるピアータの顔には、獲物を追い求める飢えた狼のような獰猛な笑みが浮かんでいた。
「王宮の連中に、エルドア国への征西を嘆願しに行こうではないか」
◆◇◆◇◆
この日、王都ロマルニアの王城ではひとつの騒ぎが持ち上がった。
それは普段は勇ましい男装姿のピアータ姫が、喪を表す薄墨色の礼装を身にまとって登城したのだ。
これにびっくり仰天するゴルディアとパルティスのふたりの兄、さらには将軍諸侯や重臣たちの前で、ピアータは切々と亡き父王ドルデアへの敬慕を語り、その父を討ったエルドア国の非道を涙ながらに訴えたのである。
これに多くの将軍将校や重臣たちは目頭を熱くさせずにはいられなかった。
パルティスなどは号泣してピアータをひしと抱き締めると必ずや父の仇を討ち、妹の無念を晴らしてみせると誓ったのだ。
そして、このパルティスの宣言には多くの将軍諸侯らは喝采を挙げて賛同を表明したのである。
その中でただひとりの例外は、ゴルディアであった。
多くの将軍諸侯らが競い合うようにエルドア国への征西を声高に主張する中で、ゴルディアはひとり眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。
だが、ゴルディアは、この流れを止めようとはしなかった。征西への熱狂渦巻く中にあって、この流れを作り上げたピアータの姿をただジッと見つめていたのである。
こうしてピアータによってロマニア国はエルドア国征西へと一気に傾いたのであった
これが今年最後の更新となります。
みなさん、良いお年をお迎えください。そして、来年もよろしくお願いいたします。




