第12話 軍学校
「あっしはもともと傭兵団の頭目をしておりやした」
そう言って男は語り出した。
男は、もとは傭兵団を率いて戦場を渡り歩いていた傭兵だった。しかし、傭兵などというものは、そう長く続けられる稼業ではない。運良くこれまで生き延びてこられたが、年齢も三十を数える頃になれば、そろそろ安定した生活も欲しくなる。
だが、商売なりを始めるには元手が必要だ。ところが、傭兵などという明日をもわからぬやくざな稼業では貯蓄などしていない。そもそも傭兵団と言っても同じ村で食い詰めた者同士が集まってできた小さな傭兵団である。知る人ぞ知るどころか、知る人はいるのか? というぐらい大した実績も実力もない弱小傭兵団だ。
そんな傭兵団では大した稼ぎもなく、今さら焦ってもどうにかなるとは思えなかった。
さて、困ったぞと思ったところに男は建国したばかりのエルドアの噂を聞いたという。
「エルドアって国で、兵を集めている。しかも、生まれも育ちも関係ない。力さえあれば、流民だろうと奴隷であろうと高く取り立ててやるって噂だったので、あっしは仲間たちとともにエルドアの軍に志願いたしやした」
男は傭兵団の頭目であった経歴を買われ、当初から小隊長待遇で雇われたという。
エルドアの軍は、何かあると軍規、軍規と口やかましく、勝手気ままな傭兵稼業が長かった男には窮屈な場所であった。しかし、これも安定した生活のためと思えば我慢するしかない。
そんな忍耐と努力の甲斐もあって、男は小隊長から二個小隊の隊長、中隊長の補佐へと順調に出世していった。
「あっしの下には貴族の野郎とかもいたし、逆に上には農民あがりもいやした。そのときは噂は本当だったんだなと喜んでいやした。中隊長にあがるかと言われたときなんて、そりゃ天にも昇るかと思ったぐらいで。へい」
この西域では一般に中隊は百人からなる部隊である。よほど目立った功績を上げるか、有力者の後ろ盾がなければ騎士以外にはなることはできないと言われていた。今やエルドア国の人将として知られるマルクロニスもまた、その長年の功績は認められつつも中隊長にはなれず、その補佐に留め置かれていたぐらいである。
憧れともいうべき中隊長への道を示されたときの喜びを思い出したのか、男は顔をほころばせた。しかし、すぐにその顔をしかめる。
「ところが、中隊長にあがるには、軍学校に行かないとダメだと言われやした」
すでに何度も話を聞いていたピアータが、絶妙な間で合いの手を入れる。
「その軍学校とやらは、どんなところなのだ?」
「へい。まったく戦い方を知らない農民や商人のガキなんかが兵士になる前に戦い方を教わるところだそうです。
あっしら傭兵あがりは免除されておりやしたが、中隊長に上がるには、ここを出ていないといけないってことで、あっしも行ったわけです。
実際に行ってみると剣を振ったり、走ったり、穴を掘ったり、天幕を張ったり、後は講師とかいう奴が昔の戦の話や偉い奴の話をするのを聞いたり、ダラなんとかってのとインクダスのなんとかって本を読み聞かせられたり、まあ色々とやらされるところでやした」
男が宙に目を向けて思い出しながら語るのに、ピアータが苦笑とともに指摘を入れる。
「それは、ダリウスの指南書とインクディアスの兵法書だろ」
ピアータに言われたとおり黙って男の話を聞いていたアンガスたち蒼騎隊の者たちの間から、小さな驚きの声が洩れる。
「へい。その、ダリウスの何たらと、インクなんたらでした」
男がピアータの言葉を認めると、蒼騎隊の者たちからざわめきが洩れ始めた。
その様子を目の端に入れながらピアータは口許に愉快げな笑みを浮かべて、さらに尋ねる。
「他にも、確かラウザールの従軍記にラピトゥスの戦記なども読み聞かされたとか言っていたな?」
「へ、へい。そんな名前のもありやした」
男が肯定するのに、蒼騎隊の者たちは再びざわめいた。
ピアータはそのざわめきが落ち着くのを待ってから、男に尋ねる。
「そのような本を読み聞かされるのだ。軍学校とやらは、本当は貴族の子弟ばかりだったのではないか?」
すると、男はしっかりと首を横に振った。
「いえ。本当に、農民や商人のガキどもがたくさんいやした」
蒼騎隊の者たちの間から、今度はどよめき声が上がった。
たまらずアンガスが声を上げる。
「お、お待ち下さい、姫殿下?!」
しかし、ピアータは苦笑を浮かべながらアンガスをたしなめる。
「最後まで黙って聞けと申したであろう。後でいくらでも聞いてやる。――すまなかったな。話を続けろ」
言葉の後半は男に向けられたものだ。男はひとつうなずいてから話を続けた。
「とにかく、あっしには退屈なところでした。何しろあっしには字は読めねぇし、計算てのもよくわからねぇ。でも、平民にゃそれが普通でしょ? こりゃ、身分で差別をしないというのは嘘っぱちで、実はこうして振り分けてやがるんだなって思いやした。それで、文句を言ったら『専属の副官を就ければ良い』と言われやした」
ピアータに「それは何だ?」と問われ、男は答える。
「あっしみたいに力があっても字が読めない隊長の代わりに命令書を読んだり書いたり、いろいろ手助けする奴らしいです。あっしも、じゃあそうしてくれって、ひとり紹介してもらいやした」
そこで男は顔を不機嫌そうにゆがめた。
「しかし、こいつが俺の母親かって思うぐらい口うるさい奴でしてね。やれ糧食が足りない。やれ武具が足りない。やれ準備が足りない。やれ命令と違う。もう、うるさいのなんのって。だいたい戦いなんてものは、結局は気合いでしょ? びびった奴から死んでいくもんだ」
男が上目遣いにした目で「そうでしょ?」と同意を求めるのに、ピアータは「そうだな」と軽く流した。それだけでも男は安心したのか、口調に熱を帯びさせて続ける。
「それであっしは我慢ならなくなって、そいつをボコッてやったんですよ。そうしたら次の日に、偉い奴が『おまえは追放だ』って抜かしやがる。それで、あっしも頭来て、こんな国にいてやるもんかとばかりにエルドアを出て、この国に来たってわけでやす」
そうして男の長い話は終わった。
◆◇◆◇◆
ピアータに侍従から褒美の金をもらうように言われた男は軽い足取りで広間から出て行った。
それを見送ってからピアータは広間に残った蒼騎隊の男たちへ向けて、意地悪い笑みを浮かべながら尋ねる。
「さて、貴兄ら。今の話をどう思う?」
ピアータの問いに、しかし蒼騎隊の者たちはとっさに言葉に窮した。しばらく互いの顔を見合わせて牽制し合っていたが、ようやくアンガスが皆を代表してピアータに尋ねる。
「正気とは思えません。破壊の御子とやらは、何を考えておるのですか?」
アンガスの顔は困惑ばかりか混乱のあまりに、気持ちの悪い脂汗をじっとりとかいていた。
「傭兵上がりのあの男ばかりか農民や商人の者にまで、ダリウスの指南書に、インクディアスの兵法書――」
ダリウスの指南書は、ホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスが先代のホルメア王に乞われて書いた将兵の心得である。ダリウスを怨敵と呼ぶロマニア国ですら、その評価は高く、将軍ならば一度は目を通しておくべきだとひそかに言われるものだ。
さらに、インクディアスの兵法書は百年程前に大陸中央で活躍した将軍が書いたもので、もはやセルデアス大陸で戦いに携わる者にとっては必読書と言っても良い。
「さらには、ラウザールの従軍記にラピトゥスの戦記を読み聞かせていたとは……」
ラウザールの従軍記は、従軍神官であったラウザールが補給を軽視した将軍によって大軍が飢えによって崩壊していく様を克明に書いたものである。
飢えて倒れていく兵士らの様子や、その日に弔った餓死者の数を事細かに記しており、単なる軍の悲劇としてよりも補給を軽視した場合の被害を知る上で貴重な教訓ともなる本だ。
また、ラピトゥスの戦記は、大国を相手に決して正面からは戦わず、現代で言うゲリラ戦と占領地の民衆を慰撫して味方につける戦い方によって、ついには大国を滅ぼした小国の将軍ラピトゥスの戦い方を記した史記である。読み物としても面白いが、何よりも寡兵で多勢と戦うときの心得が学べる傑作だ。
蒼騎隊の隊長であったアンガスは、ダライオスからいずれの本も一度は目を通しておくようにと言われて知っていたが、おそらく部下の中には本の名前すら知らない者もいるだろう。
「軍学校とは何なのですか?」
アンガスの声は、最後の方は悲鳴に近かった。
「騎士でもない者たちに戦い方を――戦術を教えるとは。破壊の御子という奴は、何を考えているのでしょうか?!」
単に剣の振り方や槍の扱い方を教えるだけならば理解できる。部隊の兵の動かし方を教えるぐらいならば、納得もしよう。
しかし、男の話が嘘でなければ、軍学校とやらでは戦術や下手をしたら戦略まで教えていたことになる。
すなわち、戦わされる訓練でも戦う技術でもない。
勝利を得るための知識である。
それがアンガスたちには信じられなかった。
自ら小麦ひとつ育てず、所有する領地から税を得るのは騎士の特権である。それと同じく騎士にとって戦うこと自体もまた、ある種の特権でもあった。
戦などで農民などの平民を駆り出すこともある。そのときには簡単だが軍事訓練も行われるだろう。
だが、そこで教わるのは勝利を得るための方法ではない。
こう命令したときは、こう動け。この太鼓の音のときは、こうしろ。騎士の命令を聞け。それに逆らうな。
そんな騎士の命令を聞き、実行するための訓練でしかない。なぜならば、たとえ農民たちを使ったとしても、戦いとはあくまで騎士が行うものに変わりないからだ。
そして、戦うことで日々の糧として税を得られているのを考慮すれば、すなわち騎士とは戦いを特権とし、それを家業として糧を得ている人たちと考えられる。
そんな騎士たちにとって、勝利を得るための戦術や戦略は、いわば家業の秘伝とも言うべき知識であった。それを身分にこだわらず教えているというのは、今で言うならば特許ともなる技術を無料で公開しているようなものだ。
アンガスたちが驚愕するのも当然であった。
ましてや貴族や騎士たち支配階級の人間たちにとって、農民などの被支配階級の人間たちは庇護する対象であるのと同時に、反乱を起こして自分らを脅かす潜在的な敵でもある。
そうした者たちに戦いの知識を教えるなど、自社の秘匿していた技術を競合他社へ洩らし、独占市場を自ら放棄する愚行に等しい。ましてや、それは命をやりとりする知識である。奪われるのは市場ではなく、自らの命だ。
被支配階級を潜在的な敵とする支配階級の者たちにとっては、とうてい考えられないものだった。
うろたえるアンガスらにピアータは笑い声を上げる。
「貴兄らの困惑は、良く理解している。私にとっても既知のものだからな」
自らを大国の姫としては常識外れと自覚しているピアータにとっても、最初に男から話を聞いたときは我が耳を疑ったものだ。
「だが、貴兄らも経験があるだろう。敗走の際に、殿軍となった時だ。そこで敵を防ぎ止めねば味方に多大な被害が出てしまう。それだというのに、兵士たちが恐れをなして逃げてしまうときの苛立ちを。速やかに進軍せねば好機を逃してしまうときだ。それなのに掠奪に走り、進軍の歩みを止めるばかりか要らぬ騒動まで起こす味方の兵らへの怒りを」
ピアータの指摘するものは、ダライオス大将軍とともに常にロマニア国軍の先鋒として、また敗走時には殿軍として戦い続けてきた蒼騎隊には馴染みのものである。
「だが、一兵卒に至るまで、その戦いの重要性を騎士並に理解していたとしたら、どうだ? 味方と国を助けるために殿軍となったとき、一兵残らず立ち止まり戦い続けるだろう。好機を逃してはなるものかと、誰もが脇目も振らずに進軍してくれるだろう」
ピアータは自分の言葉がアンガスらの心に十分と染み入るのを待ってから、次の言葉を続けた。
「エルドア国で騎士は名前だけのものとなった。しかし、その軍の大半は一軍を率いるだけの力を持った騎士によって構成されていると思え。――どうだ? これだけでも十分に脅威であろう」
アンガスらは、うなった。
それは、まさに理想の軍団だ。将軍の命令が末端の兵士にいたるまで行き届くばかりか、小さな部隊までもが軍の目的を理解し行動する。将を目指す者ならば、一度はそのような軍団を率いてみたいと切望するものだった。
しかし、そのために身分制度を揺るがすようなまねをして良いかと問われれば誰もが答えに窮するだろう。
動揺し、困惑するアンガスに向けてピアータは宙を仰ぎ、過去の自分を振り返る。
「かねてより奴は、身分を廃して皆が平等となる国を作るとほざいていた。私は、これを一分の本気もあろうが、異種族の者たちを従えるための破壊の御子の方便と思っていた」
この時代において身分制度とは、世界の理に等しかった。
太陽が東から昇って西へと沈むように、騎士は戦い、農民が畑を耕し、職人がものを作り、商人がそれを売る。
これが世界の理であり、常識なのだ。
「国中から常識はずれだのと呼ばれる私ですら、そう考えていた。いや、そう考えるしかなかったと言うのにだ!」
ピアータは、自身を世間の常識からは外れた存在だと自覚している。
他の王侯貴族の子女たちが礼装を着て、舞踏会場で華麗なステップを踏んでいるときに、ピアータは女だてらに鎧を身につけ剣を手にし、馬に跨がって戦場を駆けていた。王侯貴族の子女たちが詩や恋文のやりとりに一喜一憂している間に、ピアータは剣と槍での命のやりとりに得も言われぬ興奮を覚えていた。王侯貴族の子女の嗜みである裁縫や刺繍や茶会での作法など、さっぱりだ。代わりにピアータが知っているのは馬術や兵法や戦場での作法である。
こんな王女が他にいてたまるものか。
自身をそう思うピアータですら、身分制度を否定してはいない。
あくまで自己が例外の存在であると認識した上で、自己とその周囲のわずかな範囲だけを世界の理から外に置いているにすぎなかった。
「だが、破壊の御子は本気でやろうとしてる。本気で身分制度を廃し、王も騎士もいないすべての者が平等という国を作ろうとし、それを実行しているのだ!」
傍若無人とそしりを受けているピアータとて、自身を常識外れと自覚するが故にその行動によって無用な混乱が起きないように配慮していた。
ところが、破壊の御子はそうではない。多少の配慮はしているのは認める。しかし、基本的に破壊の御子は自身の価値観を絶対のものだと思っている節があった。それによって周囲に混乱が起きようとも、自分の価値観を正しいものとし、それを押し通そうとする強い決意のようなものが感じられるのだ。
確かに、破壊の御子のやろうとしていることは正答なのかも知れない。
実際に破壊の御子の施策は現時点では功を奏し、エルドア国をより発展させているのだ。それは認めざるを得ない。
そして、それだけに破壊の御子の思想は広まるだろう。
それは身分によって虐げられている者ばかりではない。今は身分によって恩恵を甘受している者たちまでもが、いつかは歓喜と歓呼をもって迎え入れることになる。
そんな予感をピアータは覚えていた。
「破壊の御子は、この世界を変えようとしている! いや! それは変えるなどと生やさしいものではない。奴は――」
しかし、その変化はあまりに急すぎるようにピアータは感じていた。
海の方が広くて餌も多いからと、小さな池で泳いでいた魚たちを海に投げ入れ、果たしてどれだけの魚たちが順応できるだろうか?
大半の魚たちは死ぬだろう。
しかし、わずかに生き延びた魚たちはより広い住処と豊富な餌を得て大きく育つ。そして、それをよしとする。
破壊の御子のやっていることは、そのような暴挙なのだ。
それはもはや変えるなどという生やさしいものではない。
あまりに急激な変化。
それは、こうとも呼べるのではないだろうか?
「奴はこの世界を破壊しようとしている!」
ピアータは、そう断言した。
~ネタ~
蒼馬「(´・ω・`)ショボーン」
ガラム「おい、陛下が落ち込んでいるようだが、どうかしたのか?」
シェムル「また、いつもの病気だ。――今朝、『正体を隠して軍学校に入って「俺やっちゃいました?」するんだ!』と、またわけのわからんことを言って出かけたんだが、十歳も年下の子供に剣の実技でボコボコにされ、行軍訓練中に体力が尽きてぶっ倒れ、軍事演習の将棋では全敗し、まるっきり見込みがないと入学すら認められなかったそうだ。それで帰ってきてから、ずっとあの調子だ。うざったくてたまらん」
ガラム「ふむ。それは、いつもの病気だな。それならば仕方ない」
蒼馬「ヽ(`д´)ノ ウワァァァン!!」




