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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
333/548

第11話 雌狼

 ダライオス大将軍の葬儀のために、一時的に実家のローガ家に戻っていた信頼する副官デメトリアの帰還をピアータは顔を輝かせて歓迎した。

 それから外套(マント)(ひるがえ)して指揮台の上からひらりとデメトリアの前に降り立ったピアータは沈痛な面持ちを作る。

「ダライオス大将軍閣下は、私にも祖父に等しい方であった」

 デメトリアの母を乳母としていたピアータにとって、ダライオスのローガ家とは物心がつく前からの付き合いだ。ダライオスにもデメトリアと同じく孫子(まごこ)のようにかわいがられていた。

「大将軍閣下の死は私も胸を痛めるものである。ましてや一族の者たちの心痛はいかばかりであったろう」

 ピアータの弔辞に、デメトリアは謝意を述べる。

「姫様の御言葉に、亡き祖父も冥府で喜んでおりましょう」

 しばしふたりは亡くなったダライオス大将軍を悼んで黙祷した。

「さて、辛気くさい話はこれまでだ」

 そう言ってからピアータはパッと顔を輝かせると、デメトリアを立ち上がらせてその肩をがっしりと掴む。

「もう一度言うが、よくぞ戻ってきてくれた、デメトリア! いつもは口やかましいと思っていても、それがないと寂しいものだったぞ」

 何かと型はずれな言動が多いピアータをいつも諫めるのがデメトリアである。しかし、それを口やかましいと言われるのはデメトリア当人にとってはいささか不本意なものだった。

「口やかましいと思うのでしたなら、そうさせないでいただきたいものです」

 デメトリアがぼやくと、ピアータは声を上げて笑った。

 それからピアータは目を鋭く輝かせると、自分たち主従のやりとりを無言で見守っていた男たちへと目を向ける。

「さて、おまえが連れてきた者たちを是非とも紹介してもらいたいのだが」

 デメトリアは「御意」と言って半身になると、片膝を突いたままの姿勢で待っていた男たちへと目を向ける。

「姫殿下もすでに噂をお聞きになられておりましょう。亡き祖父の遺言により、私めに預けられた者たちにございます」

 デメトリアの紹介に、ひとりの男が代表して顔を上げる。

「姫殿下のご尊顔を拝謁する栄誉を賜り、光栄に存じ上げる。私めは亡きダライオス大将軍閣下のもとで蒼騎隊を率いておりましたアンガス・ボルトナにございます。そして、これに控えるは蒼騎隊の部隊長たち。私とここにいる者たちに、外で待機している兵らを加えた蒼騎隊総勢五百余名。これより姫殿下の麾下(きか)に加わらせていただきます」

 彼らは蒼騎隊の猛者たちである。

 ホルメア国にあった最強部隊「黒壁」を手本とし、ロマニア国の大将軍ダライオスがそれを打ち破るためにロマニア国軍の騎士の中から選りすぐった者たちをさらに自らの手で鍛え上げたロマニア国屈指の精鋭部隊であった。

 ホルメア最高の将軍ダリウスを打倒すべく、ダライオスが私費を投じて設立された部隊であるために、ロマニア国軍と言うよりダライオスの私兵といった位置づけである。そのためダライオス大将軍が亡き後は、かねてから用意されていたダライオスの遺言により、孫娘であるデメトリアへと指揮権が引き継がれていたのだ。

「私の親衛隊に欲しかったのに」

 その措置には、パルティスは臆面もなく悔しがったものである。

 その後、兄のゴルディアから「臣下のものをねだるようなまねはみっともない」と注意を受けると、わざわざデメトリアのところへ足を運び、「兄上のおっしゃるとおり不用意な発言であった。許せ」と謝罪し、よけいにデメトリアを困らせたものだ。

 パルティスすらも欲して止まない精鋭部隊が麾下に加わったのにピアータは満面に笑みを浮かべながらもアンガスらの気持ちを慮る。

「貴兄らは、いずれも名にし負う勇士たちだ。今は亡き大将軍閣下の下にいた貴兄らからすれば、私のような小娘の下につくのを不服とする者も多いだろう」

 ピアータの言葉に、アンガスは「とんでもない」と答える。

「大将軍閣下は、よく口にされておりました。『ピアータ姫殿下が男であれば、何も言わずに大将軍職を譲っていた』と。また、我らがデメトリア殿に預けられたのも、事を荒立てることなく我らをピアータ姫殿下の麾下に加えんがための大将軍閣下のご配慮。これに何の異がありましょうや」

 アンガスの答えに、ピアータは「正直なことだ」と苦笑する。

 アンガスは、ダライオス大将軍の命令ならば文句はないと言っているのだ。彼らがピアータ個人の能力を認めたからでは決してない。

 しかし、ピアータはそれも当然だと納得した。

 何しろ自分はロマニア国では父王の溺愛を良いことに我がまま放題、勝手し放題のじゃじゃ馬姫だ。自分がアンガスらの立場であっても、そんなじゃじゃ馬姫の麾下に加えられて喜べるはずがない。

「これより貴兄らの目で、私が仕えるに値する者か評価してもらえばよい。だが、今はありがたいとだけ言っておこう。それと私は少なくとも貴兄らを失望はさせんぞ。私は、貴兄らが命を懸けるに相応しい強敵を用意してやる」

 これにアンガスは小さく笑ってから答える。

「さて、それはあの怨敵ダリウスと『黒壁』程度には歯ごたえがあるとよろしいのですが」

 アンガスは獰猛な獣のような笑みを浮かべた。

 ロマニア国の怨敵とも呼ばれたダリウスと、それに率いられた「黒壁」を打ち倒さんがために作られた蒼騎隊である。そのダリウスが戦場に散り、「黒壁」もまた打ち砕かれた今、彼らは自分らが牙を向けるべき相手に飢えていた。

 アンガスの反応に気を良くしたピアータは満足げにひとつうなずいてみせる。

「ちょうど良い機会だ。貴兄らも、私の敵がいかなる者か知っておく必要があろう」


                  ◆◇◆◇◆


 ピアータは練兵場から兵舎にある一番大きな広間へと場所を移した。

 軍議や宴の場にも使われる広間は、いまだ木材の木目も鮮やかで木の香りがする。ピアータは肩越しに自分の後に続くデメトリアへ自慢げに言う。

「おまえは初めてだったな。どうだ? 落成するまでずいぶんと待たされたが、これが百華隊の新しい拠点だぞ」

 新しく手に入れた玩具を自慢する子供のような表情を浮かべるピアータに、デメトリアは苦笑しながら答える。

「思ったよりも良い兵舎をいただいたものですね。ゴルディア殿下もずいぶんと奮発されたものです」

 ところが、それにピアータはムスッと顔をしかめる。

「だが、ダリウス閣下の首級の代価としては安すぎるぞ」

 ピアータの愚痴にデメトリアは、ゴルディアがこれほど奮発した理由を察した。

 先のホルメア国への征西における最大の殊勲と言えば、ロマニア国の怨敵とも呼ばれたダリウスを討ち取ったことに他ならない。敵国の王ワリウスの首級も同時に挙げてはいるものの、ロマニア国の武将ならば誰もが迷いなくダリウスの首級こそ重く見るであろう。

 ところが、それがまずかった。

 ロマニア国では今回のホルメア国への征西は、ロマニア国軍のラビアン河の渡河を阻んでいた最大の障壁マサルカ関門砦を奪い、河の権益を手にした大勝利としている。

 しかし、実情は王都ホルメニアにまで攻め上がっておきながら、破壊の御子によってさんざん蹴散らされた挙げ句、ドルデア王まで負傷させられ、講和によってマサルカ関門砦を与えられたにすぎない。

 口では何と言おうとも、誰もが内心では破壊の御子に大敗したのだと理解していた。

 そんなところに唯一の戦果とも言うべきロマニアの怨敵ダリウスの首級を挙げたのが、じゃじゃ馬姫と呼ばれるピアータである。

 これにゴルディアは頭を抱えてしまった。

 素直にピアータの功を認めれば、征西に参加した将軍諸侯らに「おまえたちは、じゃじゃ馬姫以下の働きしかできなかった」と面罵するに等しい。

 いまだ社会における女性の立場が弱い時代である。ましてや戦ともなれば、完全に男の世界だ。ピアータが将軍のまねごとができたのも、彼女を溺愛するドルデア王の庇護があればこそなのである。

 ところが、そのドルデア王の庇護を失った今、婦女子が戦に足を突っ込むことすら侮辱とすら思われても仕方ないというのに、戦場の功績においてピアータの下につけられれば将軍諸侯は不満に思うだろう。ただでさえ国が揺らいでいるところへ要らぬ騒動の種ともなりかねない。

 そこでゴルディアは苦肉の策として、まずはワリウス王の首級を挙げたダライオス大将軍を功一等にした。

 そして、ピアータはダリウスの首級を挙げたものの、ダリウスはすでに突撃の途中で他の将軍諸侯らによって痛手を受けていた。それがたまたま父王ドルデアの近くに控えていたピアータの目の前に飛び込み、ピアータはこれを討ったにすぎない。

 そのため、ダリウスの首級を挙げた功績は、突撃に多少なりとも抵抗した将軍諸侯らとの共闘によるものとし、ピアータはそうした将軍諸侯らとそろって功二等とされたのである。

 しかし、ダライオスからピアータの活躍を聞いていたゴルディアは、いかに国に要らぬ混乱をもたらさないように将軍諸侯らの面目を保つためとはいえ、それをもみ消してしまうのに心が咎めたに違いない。

 この兵舎は、そうしたゴルディアのピアータへの埋め合わせなのであろう。

「しかし、兄上もケチ臭い。ダリウス閣下の首級なのだぞ。城ひとつぐらいくれても良いだろうに」

 口を尖らせて兄をなじるピアータに、デメトリアは苦笑する。

「さすがに城は無理でございしょう。――ですが、ちゃんと姫殿下のご活躍を認めて下さる者もいらっしゃいましょう」

 決して口にはできないが、実際にその場に居合わせた将兵らの多くにピアータはその存在を強く植えつけていた。

 中でも政治的な駆け引きには縁遠い下級の将兵たちには自国の美しい姫という補正も加わり、今やピアータの人気はパルティスに匹敵しようかというものだったのだ。

 自分の言葉に、まんざらでもなさそうな表情を浮かべるピアータにデメトリアはクスッと笑いを洩らした。

 ピアータは広間の奥に(しつら)えた椅子に投げるようにして腰を下ろすと、従者に向けて「あの男を呼んでこい」と伝える。従者が広間から出て行くと、ピアータはアンガスたち蒼騎隊の男たちに向けて言う。

「これから、ある男の話を聞いてもらおう。色々と疑問や不審が出ると思うが、まあ最後まで話を聞け」

 いったい何を聞かされるのかとアンガスらが好奇と期待を胸にしばし待つと、先程出て行った従者がひとりの男を連れてきた。

 それは何とも野卑な感じの男である。身なりはロマニア国軍の服を着ていたが、山賊か野盗と言われた方がしっくりとくるような男であった。

 従者に続いて広間に入ろうとした男だったが、左右に居並ぶ蒼騎隊の猛者たちの視線を浴びて、尻込みしてしまう。

「安心しろ。さすがにこの者たちも人を取って食ったりはせん」

 笑いを含んだピアータの声に、男は小さく「へい」と言ってから恐る恐る広間の中央に進むと、そこで両膝を突いた。

「さて、何度も何度も同じような話ばかりさせて悪いが、それも仕事だ。おまえの話をここにいる者たちへ聞かせてやってもらおう」

 ピアータはそう前置きしてから男を見据えて言った。

「おまえはここに来る前は、どこにいたのか?」

 ピアータの問いに男は答えた。

「へい。あっしは、一年程前までエルドア国の軍にいやした」

最後に出て来たのは名もない元エルドア国兵士です。

こんな奴いたっけ?とか思わないでください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「さすがに城は無理でございしょう。――ですが、ちゃんと姫殿下のご活躍を認めて下さる者もいらっしゃいましょう」 ☓無理でございしょう ○無理でございましょう
[一言] 最近の安定した更新嬉しいです。こんなに面白いのだからもっと広まれ
[良い点] 大部分をゾアンで構成されるソーマの軍でしたが人間の比率が多くなったエルドア軍の話がとても気になります [一言] そもそもピアータの功績が公に認められていなかったのですね さらにエルドアの国…
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