第5話 単身
「アウレリウスが、エルドアの弔意の使者としてやってきたと?!」
ドルデア王の大葬に合わせて次々と王都ロマルニアを訪れる近隣諸国や地域の有力者などの弔意の使者を受け入れ、その対応に当たっていたゴルディアだったが、その報せにびっくり仰天した。
このときゴルディアは王宮の書斎で大葬の段取りを確かめていたのだが、その手から大葬の段取りを記した紙がバサバサと音を立てて落ちたのにもしばらく気づかぬ有様である。
すでにエルドア国から弔意の使者を送るという先触れの使者は来ていた。そのため弔意の使者が到着したこと自体には驚きはない。
しかし、それがまさか今はソロンと名乗っているアウレリウスとは思っても見なかった事態である。
先触れでは、弔意の使者が誰とまでは告げられていなかった。しかし、ゴルディアはそれがアウレリウスであることを半ば確信していた。そこでラビアン河の渡し場に、もしアウレリウスが弔意の使者として訪れた場合は、難癖を付けてでも良いので追い返せと厳命しておいたのだ。
ところが、いまだに渡し場よりアウレリウスが訪れたとも、エルドア国の弔意の使者の一団が来たとも報せがきていない。
それだというのに、アウレリウスが弔意の使者を名乗って王城の門を叩いているというのだから、ゴルディアも驚かざるを得なかった。
これはいったいどういうことだと洩らすゴルディアに、ソロンの来訪を報せに来た侍従は「おそらくではございますが」と前置きして答える。
「ご当人はロバに乗り、荷物持ちの小者ひとりだけを連れてやってこられたのです」
侍従の言葉に、ゴルディアは「何と?!」と絶句した。侍従もまた困惑顔で続ける。
「そのあまりのみすぼらしい格好に、王城の門衛たちも当初は取り合わず、その場に偶然アウレリウスの旧知の方が通りかからねば追い返していたところでした」
おそらくは渡し場も王都の門でも、ソロンを弔意の使者とは気づかずに素通りさせてしまったのでしょうと、侍従は言葉を締めくくった。
その報告に、ゴルディアは唖然としてしまう。
いくら故国とはいえ、今やロマニア国は敵地である。そこへやってくるのに、まさかロバ一頭に跨がり、連れてきたのは小者ひとりだけとは予想外も良いところだ。渡し場や王都の門を守る兵士が、それがエルドア国の使者とは思わなかったのも無理はない。
アウレリウスは何をするにも人を驚かさねば気がすまぬのか?
思わずそう嘆かざるを得ないゴルディアだった。
しばらくしてようやく我に返ったゴルディアは、深いため息とともに椅子に腰を下ろす。
「国境ならばともかく、王城の門まで叩いた弔意の使者を追い返すわけにもいかぬか……」
そうぼやいてからゴルディアは侍従へ命じる。
「血の気の多い連中に知られる前に、信頼の置ける者を護衛につけろ。弔意の使者を斬ったとあっては、ロマニア国の沽券にも関わる。――急げよ」
小走りに侍従が部屋を出ると、残されたゴルディアは盛大なしかめっ面を作った。
ロマニア国にとって、アウレリウスは卑劣な裏切り者であり、亡き父王ドルデアの死の遠因ともなった者である。それが葬儀にのこのこと顔を出しに来たと聞けば武闘派の将軍諸侯らはただではすまさないだろう。
「何とも面倒なことだ……」
そうぼやいたゴルディアの予想は的中した。
程なくして怒りに顔を真っ赤にした将軍諸侯らが大挙してゴルディアのところへ押し寄せてきたのである。
「あの卑劣な裏切り者の首を刎ね、亡き陛下の御前に捧げずして如何にしろとおっしゃられるか?!」
「左様! あの皺首を御前に捧げてこそ、陛下も安らかに眠れると言うものにございましょう!」
唾を飛ばして自分へと詰め寄る将軍や諸侯たちをゴルディアはなだめる。
「落ち着け。仮にもアウレリウスはエルドアからの弔意の使者だぞ。これを斬れば、亡き陛下の葬儀を血で汚すばかりではない。西域中にロマニア国が狭量との誹りを受けるのだぞ」
しかし、それに血の気が多い将軍が食ってかかる。
「そもそも反乱奴隷と亜人類から弔意の使者が送られること自体が恥辱ではございませんか?!」
「卿が言うとおりである」
今なおもエルドア国を国とは認めず、反乱奴隷と亜人類どもの集団と見下す将軍の意見に、ゴルディアは頭ごなしに否定せず、あえて同調しつつも、その侮りを諫める。
「しかし、エルドアがかつてのホルメア国のほぼすべてを掌握しているのは事実。この事実は決して軽んじられるものではない。アウレリウスを害すれば、必ずやエルドアは我が国の非をあげつらい、兵を挙げる。これまでにない大戦となるのだ」
それに多くの将軍らは「亜人類ごときを恐れるのか!」と憤慨するのに、ゴルディアは深いため息で答える。
「そうなったとき、近隣諸国はエルドアの言い分を正当なものと見なす。世評もエルドアに味方しよう。そうなれば、我が国は西域中から孤立するのだぞ」
それでも将軍諸侯らは食い下がる。
「ならば、あちらに非礼があったとして手討ちにいたせばよろしいではないか?!」
「このたわけが!」
ゴルディアは即座に却下した。
「相手は小者ひとり連れただけの老人なのだぞ! 如何な理由があろうと、それを殺せば世間はロマニア国の非道と見なす! 卿らは、か弱き老人ひとりを取り囲んで嬲り殺したとの汚名を被りたいのか?!」
ゴルディアも内心で舌打ちを洩らしていた。
これが多数の護衛を連れた使節団ならば、その中には軽率な者もひとりぐらいはいただろう。そうした者を挑発し、エルドア国側から非礼を働かせれば良かったのだ。
ところが、ソロンと小者ひとりではその手も通じない。
護衛をひとりもつけずに来たことで、ソロンはより強固な世評という護衛をつけたのである。
我が師ながら、何とも忌々しいとゴルディアは内心でこぼした。
それでも納得いかない将軍諸侯らは、さらに食い下がる。
「非礼と言うならば、わずか小者ひとりしか連れずにやってきたことこそが非礼でありましょう!」
仮にも他国への使者なのである。使者の装いにも、それ相応の格式が求められるものだ。弔意であるため華美とはならないまでも人数を揃えて立派な行列を仕立てて訪れるのが礼儀である。
そう糾弾する諸侯のひとりに、ゴルディアは諭すように言う。
「アウレリウスめは、エルドア国の弔意の使者である前に、亡き陛下のただの友人として弔意を示したく、あえて単身でやってきたと言っているそうだ」
それがどうかしたのかという顔になる将軍諸侯らに、ゴルディアは苛立ちとともに吐き捨てる。
「わからぬか!? これが友好国ならばいざしらず、いきなり斬り捨てられてもおかしくない敵地に、その危険を承知した上で、あえて友として弔意を表したいと単身で乗り込んだのだ! これは非礼どころか、他であれば私ですら天晴れな心意気と称賛したいほどだ!」
ゴルディアは人差し指を立てた手を大きく振って外を指し示す。
「外に出て、近隣諸国や地域の有力者たちからの弔意の使者として訪れた者たちがする噂話を聞いて来るが良い! 腹立たしい程の称賛の嵐よ! そうした者たちの前で、アウレリウスを斬れと言うのか?! 卿らは、このロマニア国の名を汚濁に投げ入れろとでも言うのか?!」
このゴルディアの言葉は嘘ではなかった。
すでに王城の門で門衛と押し問答をした騒動もあって、ソロンが単身で弔意の使者として乗り込んだことは周知のものとなっていたのである。そして、それを聞いた他の弔意の使者たちの批評もまた、ゴルディアが言うとおりであったのだ。
押し寄せてきた将軍や諸侯らはゴルディアの正論の前に反論の言葉を失った。しかし、その顔を見ればとうてい納得しているようには見えない。ゴルディアは念を押す。
「良いか。アウレリウスを危害を加えることは断じて許さん! これをこのゴルディアの名において、しかと命じておく!」
そうして将軍諸侯らを追い返したゴルディアは、すっかり疲れ果てて椅子に腰を落とすように座り込んだ。そして、頭痛でも覚えたかのように額に手を当てる。
ガッツェンの街での騒動以降、ただでさえ武闘派と呼べる将軍諸侯からは軽視されていて、その関係改善に頭を悩ませているのだ。そこにきて、なぜ彼らの意向を拒絶してよけいに関係悪化を招きかねないまねをしなくてはならないのか。
ゴルディアは、途方に暮れてしまった。
「迷惑をかけるが、よろしくお頼みいたしましょう」
それが王宮に入ったソロンからの伝言であった。
まったく腹立たしいことに、自分がロマニア国の名誉のために武闘派の将軍諸侯からアウレリウスを守らなくてはいけないことを見透かした上での言葉である。
亡き父王ドルデアが若い頃、アウレリウスにこてんぱんに論破された諸侯らに対して「アウレリウスを敵に回すとは同情を禁じ得ない」と洩らしていたが、ゴルディアはその言葉を痛感していた。
「まったく。相変わらず人の神経を逆撫でることにかけては天才芸だな、アウレリウス」
将軍諸侯らを追い返せはしたものの、これで彼らがおさまるとはとうてい思えなかった。地位もあり名誉も重んじる彼らですら、そうなのだ。血の気の多く、短慮な若い将校などが暴発する恐れが高い。
それをどうやって押さえ込むかと思案していたゴルディアだったが、ふと何かを思いついた顔になる。
「我が身の危機を転じて好機となす、か……」
それは、かつてアウレリウスと名乗っていた頃のソロンより教わった言葉であった。そして、今まさに敵地へ単身乗り込むソロンが実践していることである。
しかし、この言葉にはさらに続きがあった。
「敵の好機を転じて危機となせ……」
ゴルディアの目が剣呑な光を帯びた。




