第4話 弔意
この西域で、今もっとも勢いのある国はどこか?
その問いを投げかけられた西域の人間ならば、様々な反応を返すであろう。
ある者は好意とともに、ある者は好奇を示し、そしてまたある者は怒りをもって、しかし口にするのは同じひとつの国の名である。
すなわち、新興国エルドアの名を――。
◆◇◆◇◆
エルドア国が興ったのは、わずか三年前である。
かつて、そこにあったのは大国ホルメアだった。その西域の雄とも呼ばれた大国ホルメアを滅ぼしたのは、ひとりの人間種の少年であったという。ホルメア国によって滅亡寸前にまで追いやられていたソルビアント平原のゾアンたちを率いたその少年は、瞬く間に平原の砦を落とし、地方都市ボルニスを奪い取る。
そして、その討伐に差し向けられた西域全土にその名を知られるホルメア国最高の将軍ダリウスをも退けたのだ。
いったいゾアンを率いる人間種の少年とは、何者なのか?
当然湧いた疑問への答えに、西域全土の人々が驚愕する。
秘匿されていた大神――死と破壊の女神アウラの御子。
破壊の御子ソーマ・キサキ。
それこそが、少年の正体であった。
その後、破壊の御子ソーマ・キサキは、その禁断の知識を解放して辺境の一都市に過ぎなかったボルニスの街を瞬く間に小国に比するような大都市へと発展させ、さらに西域の人々を驚かせたのである。
しかし、それを座視するホルメア国ではなかった。
新たに討伐軍を編成し、破壊の御子を討ち滅ぼさんとしたのだ。
これに破壊の御子はその邪悪な魔力と、凶猛な亜人類どもの軍勢とをもってホルメア国軍を迎え撃った。
さらにそこへ三十年ぶりの征西となるロマニア国の乱入もあり、ホルメア国全土が、剣と槍が交差し、血飛沫と断末魔の悲鳴が飛び交い、一瞬ごとに人の命が消える地獄と化したのである。
しかして、その地獄を制したのは、またもや破壊の御子だった。
数百年続いた大国ホルメアの息の根を止め、同じく大国ロマニアの軍勢まで退けた破壊の御子は、新国家エルドアの建国を宣言する。
この西域に数百年ぶりに誕生した新国家エルドアに、西域中の人々の耳目は集中した。
当初、予想されていた亜人類と差別されていた人間種以外の種族による人間種への迫害などはなく、エルドア国は多種族の融和を説き、共存共栄を謳ったのである。
国の内外を問わず、そうした急激な変化に戸惑う者も多かった。
しかし、それは多くの混乱を生み出しながらも、着実に、そして飛躍的にエルドア国を発展させていったのである。
そして、建国よりすでに三年。
もはや、それを誰もが認めざるを得なくなっていた。
死と破壊の女神アウラの御子と言われる破壊の御子ソーマ・キサキとそのエルドア国こそが、これから起きるであろう西域の騒乱の中心となるであろうことを――。
◆◇◆◇◆
かつてのホルメア国の王都であり、今や新興国エルドアの王都となったホルメニア。このホルメニアにある王城の謁見の間に、若い男の声が響いた。
「ロマニア国王ドルデアが亡くなったのは、間違いないんだね?」
その声を発したのは、今や西域中の話題の渦中の人物である破壊の御子ソーマ・キサキ――現代日本からこの異世界であるセルデアス大陸へ召喚された、ただの高校生に過ぎなかった木崎蒼馬である。
蒼馬がこの世界に召喚されてから早九年の歳月が流れていた。今や蒼馬も二十四歳の立派な成人である。
しかし、その顔にはいまだに少年の面影を色濃く残していた。この時代の絶対権力者として畏怖される王には似つかわしくない、どこか頼りなさを感じさせる面立ちだ。だが、それで蒼馬を侮る者などこの場にはいない。
「御意にございます、ソーマ陛下」
コバルトブルーの美しい翼を地に伏せるように広げ、蒼馬へ敬意を示しながら答えたのは、エルドア国のハーピュアンたちを率いる鳥将ピピ・トット・ギギである。
頭部から突き出た一房の髪にも似た羽根を揺らしながらピピは答える。
「およそ三日前の夕刻に、ドルデア王は意識の戻らぬまま息を引き取ったそうです。その翌日にはゴルディア王子の名の下に、ドルデア王の崩御が正式に告げられ、国中へ喪に服するようとの触れが出されました」
この空を翔る有翼の種族ハーピュアンがもたらす情報の速さと確かさについては、蒼馬は絶大なる信頼を寄せている。ロマニア国王ドルデアが亡くなったのを事実として認めた。
「これは、ちょっと困ったことになるかなぁ……」
蒼馬は玉座の背もたれに身体を預けながら、そう洩らすと、それを聞きとがめる者がいた。
「なあ、ソーマ。何を困ることがあるのだ?」
それは蒼馬の斜め後ろに控えていたシェムルである。
しかし、これは非礼な行為である。仮にも蒼馬は一国の王なのだ。その蒼馬へ何の断りもなく声をかけるなど、本来はあってはならないことである。柔弱とすら言われるほど温厚な蒼馬自身は問題にしなくとも、周囲の臣下たちが批難の声を上げ、糾弾すべきものなのだ。
ところが、その場に居合わせた者は誰ひとりとして彼女を咎めない。
なぜならば、それこそが王佐たる彼女の特権なのである。
「以前からロマニア国では、この国へと再度の征西をすべしって意見が武闘派とも言うべき人たちから上がっているらしいんだよ」
そもそもドルデア王が三年もの間、意識不明だったのは先のホルメア戦役における王都ホルメニアでの戦いによる負傷が原因だった。
そのため、ロマニア国の武闘派と呼ばれる者たちからはドルデア王の仇を討つべしという声が大きかった。
そこに来てドルデア王が亡くなったのだから、当然その声がさらに大きくなることは想像に難くない。
そんな憂鬱な想いを振り払うように頭を小さく振ってから蒼馬は成すべきことに意識を向ける。
「いずれにしろ、ドルデア王が死んだんだ。この国として何らかの対応を取らなくっちゃ行けない」
そこで蒼馬は困った顔を作った。
「この場合、どうしたら良いのかな?」
これが蒼馬の美徳である。
いまだこの世界の常識には疎い蒼馬には、わからないことが多い。しかし、わからないことを恥として隠そうとはせず、正直にわからないと告げる。簡単なようでいて、これが意外と難しい。下手な自尊心から虚勢を張り、結果として大きな過ちを生むことも珍しくないのだ。
即座に「恐れながら」と発言の許しを求めたのは、ゾッとするほど美しいエルフの美女。このエルドア王宮の女官長を務めるエラディア・オールドウッドその人であった。
「国として弔意の使者を送るべきと考えます」
その提言に、蒼馬は少し悩む。
「今でもまともに国として扱ってくれていないのに、私たちとの戦いが原因でドルデア王が亡くなったこのときに、弔意の使者を受け入れてくれるかな?」
エルドア国が建国して三年の月日が経つが、いまだロマニア国は正式にはエルドア国を認めていない。
ドルデア王の慈悲を受けておきながら、恩知らずにも刃を向けたのみならず、ロマニア国の友好国であったホルメア国を力によって不当に占拠するならず者ども。
それがロマニア国におけるエルドア国への公式見解であった。
エラディアはひとつうなずいて蒼馬の懸念を認めつつも、さらに言う。
「このときだからこそと考えます」
いかに敵対しているとはいえ、亡き王への弔意を伝える使者を追い返したとあっては、ロマニア国は狭量とのそしりを免れない。腹の中では腸が煮えくり返っていたとしても、弔意の使者を受け入れざるを得ないだろう。
そして、国王の葬儀となれば、それは他国や地域の有力者からの弔意の使者が一堂に会する外交の場ともなる。そこでロマニア国がエルドア国の弔意の使者を受け入れた姿を見せつけられれば、新興国エルドアの存在を確かなものとすることができる。そのためにも弔意の使者を送るべきだとエラディアは進言した。
これに蒼馬は大きくうなずき、この提言を受け入れたのを示す。
「そうなると、問題は弔意の使者の人選だね……」
いったい誰を派遣すべきか?
蒼馬は謁見の間に居並ぶ信頼する臣下を見回した。
まず目に留まるのは、眉間から鼻筋を通り右頬にかけて一筋の刀傷が走る黒毛のゾアン――ファグル・ガルグズ・ガラムである。
今やエルドア国の大将軍である彼ならば弔意の使者としての格式は申し分ない。
しかし、蒼馬はその考えをすぐに否定した。
ことはこちらを敵視している国への弔意の使者である。下手をすれば命を取られかねない。
いや、と蒼馬は思い直す。
自分がロマニア国の武闘派の立場なら、ガラムを侮辱して挑発し、先に手を出させておいて、それを理由に開戦の口実にするはずだ。
それを事前にガラムに説明しておけば、彼ならばいかなる恥辱にも耐え抜くだろう。しかし、そのような目にガラムを遭わせるわけにはいかない。
そうなると次に目が向くのは、赤毛に隻眼の巨漢のゾアン――クラガ・ビガナ・ズーグである。
粗暴に見えて意外としたたかなズーグならば、ロマニア国の武闘派の挑発も切り抜けられかも知れない。
そう考えたところで、酒が入ったときの彼の喧嘩っ早さを思い出して、即座にその考えを却下した。
そうなると、他に誰がいるか?
蒼馬はさらに臣下の顔ぶれを眺めていく。
蒼馬の視線に人将マルクロニスは苦笑を返し、地将ドヴァーリンには自分らにできるわけがないとばかりに鼻で笑われた。他の者たちにも礼儀正しく視線を外されるか、私には無理だとばかりに苦笑いを返されるばかりである。
ただひとりだけ「我に任せよ!」という熱い視線を投げ返してくるのは、ディノサウリアンを率いる竜将ジャハーンギルだ。
しかし、今度は蒼馬の方が礼儀正しく視線を外させてもらった。
さて、どうしたものか?
蒼馬は眉間にシワを寄せて悩んだ。
エルドア国の欠点は、武将以外の人材の不足である。
興ったばかりの若く活力に満ちた新興国にありがちなことだが、武勇に優れた武将はそろっていても、老獪な駆け引きが求められる外交の人材が欠けているのだ。
唯一の例外は、女官長のエラディアであった。
彼女ならば能力的には問題ない。しかし、いまだ女性が軽視される時代である。ましてや高級娼姫とはいえ奴隷であったエラディアを公使として派遣すれば、かえって侮辱と取られかねなかった。
これはどうにも八方手詰まりかな?
ロマニア国へ弔意の使者を送るのが最善手だとは理解しつつも、それを実行に移せる人材がいない。
蒼馬は困り果ててしまった。
すると、そこにエラディアが声を上げる。
「ご安心下さいませ、ソーマ様」
どういう意味だろうと蒼馬が目で問うと、エラディアはぴくりと小さく耳を動かして謁見の間の大扉へと目を向ける。
「弔意の使者を任せるに足る方をお呼びいたしておりましたが、ちょうど到着いたしたようでございます」
エラディアの言葉が続く間に、謁見の間の大扉がゆっくりと開く。
そして、開ききった大扉からカツンカツンッと規則正しく床を杖の石突きで鳴らしながら入ってきたのは、仙人のような白く長い髭を垂らした老人――ソロンであった。
「ふんっ! 何じゃい。雁首揃えて愚にもつかん話し合いか?」
このときのソロンは普段の飄々とした雰囲気はどこへやら、不機嫌さ丸出しの剣呑な顔つきであった。彼らしからぬ様子に戸惑う人たちを前に、エラディアは平然と言う。
「ソロン老ならばロマニア国の情勢にも通じ、また既知の方も多うございます。その弁舌は百官を相手取っても不足なく、此度の弔意の使者としては最適でございましょう」
そこでエラディアはソロンへと顔を向ける。
「それに当人もまた、それを強く望まれましょう」
エラディアの言葉に、ソロンはケッと吐き捨てる。
「この性悪めが。人の心を見透かした気になり、ずけずけとものを言いよってからに……」
ソロンが悪態をつくと、エラディアはニッコリと何も知らない純真な乙女のような笑みを返した。
「あら。甘い蜜で包んだ言葉でソロン老の歓心が得られるのならば、いくらでもそういたしますが?」
それにソロンは舌を伸ばしてゲエッとえずいて見せる。
「冗談ではない。胸やけどころか、後で歯痛に悩まされるわ」
そうしていがみ合うエラディアとソロンを眺めながら蒼馬は考えていた。
エラディアが言うとおり、ロマニア国の弔意の使者としてソロンほど適した人材はいない。その能力はもちろんのこと格式もまた十分だ。それに、ひねくれ者のソロンが不機嫌さを丸出しにしても召還に応じたのは、弔意の使者という大役を引き受けるつもりだからに違いない。
でも、と蒼馬は思う。
ロマニア国にとってはソロンは卑劣な裏切り者だ。特に王都ホルメニアでの戦いではドルデア王を挑発し、負傷させてしまうきっかけを作った当人である。
そんなソロンがのこのことドルデア王の葬儀に顔を出せば、とうてい生きて帰れるとは思えなかった。
「やっぱり他の人にするか、弔意の使者を送るのはやめた方が――」
そう言いかけた蒼馬の言葉を断ち切るように、一際高くソロンの杖が床を突き鳴らした。
そうして謁見の間にいるすべての者の視線を集めたソロンは、ふんっと鼻を鳴らす。
「わしが弔意の使者となろう。弔いの品は、そっちで適当に決めておけ。輸送の手配はわしがしておく」
それだけ言うとソロンはくるりと踵を返した。
謁見の間から出て行こうとするソロンを蒼馬は慌てて呼び止める。
「大丈夫なんですか、ソロンさん?」
蒼馬の呼びかけに、ソロンは足を止める。
そして、肩越しに振り返ると、ニカッと笑って見せた。
「なぁに。古い馴染みの死に顔を見てくるだけよ。大したことないわ」
そう言うとソロンはカラカラと笑い声を上げた。




