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破壊の御子  作者: 無銘工房
興亡の章
323/549

第1話 混迷

第五章「興亡の章」を開幕させていただきます。

話は隣国ロマニアから始まります。

 セルデアス大陸の西域にある大国ロマニア。

 その王都であるロマルニアに、大きな鐘の音が響き渡った。

 それは王城の目の前にある大聖堂の鐘の音である。その鐘は普段は時を告げる鐘として王都の民に親しまれているものであった。

 現代で言う午前零時に一点鐘とし、一刻(およそ二時間)ごとに数を増やして午前十時に六点鐘を打ち、再び正午に一点鐘とすることで王都の民に時を報せるのである。

 その大聖堂の鐘が鳴り始めたとき、一部の人々は不思議そうに空を見上げた。

 しばらく前に夜の訪れを告げる三点鐘(およそ午後四時の鐘)が鳴らされたばかりである。四点鐘(およそ午後六時の鐘)が鳴らされるにしては、まだ早過ぎる気がしたのだ。それでも大半の人々は、もうそんな時間になったのかぐらいで気にすら留めていなかった。

 そこに五つ目の鐘が鳴った。

 これに多くの王都の民たちが、驚いた顔で空を見上げる。

 いまだ太陽は完全には没してはいないのだ。いくらなんでも五点鐘(およそ午後八時の鐘)を打たれる時刻ではない。王都のそこかしこで民たちがざわめき始めた。

 さらに六つ目の鐘が鳴る。

 すると、それにざわめきが、ほとんど悲鳴のような声となった。

 天変地異の前触れであるかのように王都の民たちは悲壮な顔となり、もう鳴ってくれるなと祈るように空を見上げる。

 しかし、無情にも七つ目の鐘の音が鳴った。

 通常の刻限を伝える鐘の音にはあり得ない回数だ。そして、七とは七柱神に通じ、神々へと吉凶を伝えるために打たれる鐘の数である。

 国を挙げての慶事(けいじ)ならば、事前に王都の民たちへも報されているはずだ。そうした報せがなく、打たれた七点鐘は訃報に他ならない。しかも、それが王都の大聖堂の鐘ともなれば、考えられる七点鐘の意味はただひとつ。

 すなわち、国王ドルデアの崩御を告げる鐘であった。


                  ◆◇◆◇◆


 ロマニア国軍すべてを国王より預かる大将軍であるダライオスは、その鐘を王都に拝領した屋敷の私室で聞いていた。

「陛下が身罷(みまか)られたか……」

 ダライオスはしばし瞑目(めいもく)し、主君の死を(いた)んだ。

 すでに侍従長ブルーセスから、最近のドルデア王の容態が思わしくなく、そう遠くない日に身罷られるだろうとは聞かされていた。そのために、ドルデア王の死自体には驚きはない。

 しかし、それでもダライオスの胸には重苦しい悲しみが(よど)んでいた。

 ドルデア王は即位直後と、死の床につくことになるきっかけとなった先の戦いと、征西という国家の一大事業を二度も失敗するという大きな汚点を残している。

 だが、それでもドルデア王は在位中にロマニア国の基盤を強化し、近隣諸国と優位な講和を結ぶなどの数々の功績を残しており、決して無能な王ではなかった。

 ダライオスからしても、十分に仕えるに値した主君であったのだ。

 それだけに、ロマニア国は荒れるだろう。

 ダライオスは暗澹(あんたん)とした気持ちになった。

 本来ならば、まだ力があるうちにゴルディア王子へ王位を移譲し、ドルデアは前国王として新王の政権が安定するまで影から支えるはずだったのだ。それが西域統一という妄執にドルデア王が取り憑かれていたがために、ずるずると在位を伸ばし続けてしまったのである。

 その結果、ゴルディア王子は王にするには心許(こころもと)ないとドルデア王が思っているという誤解を招いてしまった。

 それは先のホルメア戦役におけるガッツェンの街退去の風評とあいまって、今やゴルディア王子を公然と批難する者まで現れてしまっている。

 ドルデア王不明の折、隣国との無用な戦いは避け、まずは国内の安定と統一を取り戻すことが大事と訴えるゴルディア王子に対し、武闘派の諸侯や将軍らは先の征西において潰されたロマニア国の面子を取り戻し、ドルデア王を負傷させた代償を支払わせるべしと激しく気炎を上げているのだ。

 そうした者たちの中には、「あのような柔弱な王子に剣を捧げられるものか」と()(ざま)(ののし)る者すらいるとさえ耳にする。

 そこで、ダライオスはふと眉をひそめた。

 確かにゴルディア王子は軍事に関しては素人で、優柔不断なところがある。しかし、それでもゴルディア王子は王子だ。次の主君となるであろう方をああまで悪し様に罵るものだろうか?

 まるで何者かが、陰から将軍や諸侯を煽っているかのようだ。

 そんな気味の悪さを感じたダライオスであった。だが、今はそれを追求している余裕はない。その不快感をダライオスは一時脳の片隅に追いやった。

 いずれにしろ、ドルデア王が破壊の御子との戦いの傷によって身罷られたとあっては、報復を訴える武闘派の諸侯や将軍らがさらに勢いづくのは明白だ。逆に、王の代行でしかないゴルディア王子は苦境に立たされるであろう。

 これは早急に対処せねばなるまい。

 そう決断したダライオスは何を思ったのか、部屋の片隅に置かれた木彫りの馬の彫像を手に取った。そして、小さな気合いとともに、それを握り締める。すると、バキリッと音を立てて馬の彫像が真っ二つに割れた。(にかわ)の痕が残る断面を覗かせて真っ二つに割れた馬の彫像の胴の部分は、中がくり抜かれ、空洞となっていた。そして、その空洞の中に納められていたのは、細長い木箱である。

 ダライオスは、いったんその木箱を片手で捧げ持つと頭を下げて瞑目した。それが終わるとダライオスは部屋の扉を開けて大声を張り上げる。

「誰かある?!」

 その呼び声に姿を現したのは、ダライオスが特に目をかけている若い従者の青年であった。

「何か御用でございましょうか、閣下?」

「これより宰相殿の屋敷に向かう。供をいたせ」

 そう告げると、ダライオスもまた大将軍の礼装を身につけて外出の準備をする。そして、若い従者に自分愛用の斧槍を預けて屋敷の庭に出ると、すでにそこには急な外出にもかかわらず五名の騎士たちが主人を待っていた。

「よし。――火急の用件で外出する。ついてまいれ」

 騎士たちに声をかけたダライオスは、愛馬の鞍に手をかけると、ひと息に自分の身体を馬上に引き上げる。そして、馬丁から手綱を受け取ると、馬の脇腹に小さく蹴りを入れて走らせた。

 屋敷の門から飛び出したダライオスと騎士たちは、月明かりだけを頼りに宵闇の中を宰相の屋敷を目指して馬を駆けさせる。

 その途中、右腕一本で手綱を操って馬を駆けさせながら、ダライオスはふと違和感を覚えた。

 はて? 王都は、かように静かであったろうか?

 王都ロマルニアは西域でも有数の都市だ。灯りが貴重な時代とはいえ、それでもまだ宵の口であれば人の姿があって当然である。ところが、宰相の屋敷へ向かうにつれ、どんどんと人の姿を見なくなり、ついには姿ばかりか気配すら消え失せていた。

 ドルデア王の訃報に王都の民が悲嘆に暮れていたとしても、いささか静かすぎるような気がする。

 そんな不審を覚えていたダライオスの耳に、ザアッと何か無数のものが風を切る音が飛び込んできた。

「ぬぅっ!」

 ダライオスは握っていた手綱を離して自らの外套の端を引っ掴むと、気合いとともに腕を振るった。

 その直後、無数の矢がダライオスに殺到する。

 ダライオスの外套は、丈夫な布を二重にし、その間に薄く伸ばした鉄片をいくつも仕込んだ特注の外套であった。それを一振るいすれば、矢を払いのける防壁となるのだ。

 ダライオスの肉体に突き立つはずであった無数の矢は外套に打ち払われ、バラバラと地面に落ちる。

 しかし、さすがのダライオスも乗っていた馬までは守り切れない。無数の矢が突き立てられた馬は、大きくいななきながら前脚を折るようにして倒れると、駆けていた勢いのままに地面を転がった。

 その巨体からは想像もできない身軽さをもって転倒する直前の馬から飛び降りたダライオスは、地面に上で一度だけでんぐり返って勢いをつけてから両足で立ち上がる。

 そのダライオスを囲むように、あちらこちらの物陰から黒装束の一団が現れた。その数は、およそ十人あまり。その手には冴え冴えとした月の光を反射する凶刃が握られていた。

 この襲撃者へ向けてダライオスが吠える。

「何奴?! 私をダライオスと知っての狼藉(ろうぜき)かっ?!」

 夜気を吹き飛ばすかのような大音声である。

 それは襲撃者を威圧するとともに、王都の住民にこの襲撃を知らしめるためのものであった。

 ところが、周囲の家々からは住人が騒ぎに気づく気配がない。

 おそらくは人払いがされている。

 外部からの救援が得られないと判断したダライオスは、ちらりと後方を見やった。すると、そこには随行していた騎士たちがひとり残らず射殺され、哀れな骸を路上に晒している。唯一生き残っていたのは、斧槍を担いでいるお気に入りの若い従者だけであった。

 これは自力で、この窮地を脱せねばならぬ。

 そう覚悟を決めたダライオスは、油断なく襲撃者を睨みつけながら斧槍を渡すように従者へ腕を差し伸ばした。

「どこの手の者だか知らぬが、愚か者ばかりと見える! この命を()りたくば、この千倍の人数を揃えて来るが良い!」

 自らの武勇を万軍に相当すると豪語するダライオスならではの挑発であった。

 しかし、襲撃者はダライオスを遠巻きに威嚇してくるだけである。

 ダライオスは眉間にシワを寄せた。

 こちらを威嚇するだけの襲撃者の様子のみならず、いつもは何も言わずとも腕を伸ばせば打って響くように求めるものを渡してくれる従者がいまだに斧槍を寄越さない。

 ダライオスが不審を覚え始めた頃である。

 どすっと鈍い音がした。

 それとともに、ダライオスは自分の右脇腹から焼けつくような痛みが伝わってくるのに驚きの声を上げた。

「な! 何だとっ?!」

 驚愕の表情を貼りつけたダライオスが肩越しに右後ろを振り返れば、そこで自分の右脇腹へ身体をぶつけるようにして短刀を突き立てていたのは、自分が目をかけていた若い従者である。

 若い従者はダライオスの脇腹をえぐるように短刀をねじってから引き抜くと、素早く後退して襲撃者たちの輪に加わった。

 襲撃者たちも、それをさも当然と言わんばかりに無言で互いの間隔を調整して包囲の輪に若い従者を迎え入れる。

「貴様っ! いったい、いかなる所存かぁ?!」

「我が王よりの伝言です」

 ダライオスの怒号に、若い従者は淡々とした言葉を返す。

「『大将軍殿には、ロマニア国軍を率いて破壊の御子を打ち倒してくれるものと期待していたのに、とても残念だ』と」

 ダライオスは混乱した。

 ロマニア国の王ドルデアは崩御したばかりである。まさか、ドルデア王の遺志で自分を殺害しようとしていたとは、とうてい考えられない。

 若い従者が言う「我が王」とはいったい誰なのだ?

「『破壊の御子とエルドア国は、刻一刻と強大に成長する怪物。一刻も早くその息の根を止めねばならぬ現状では、ゴルディアの臆病さはもはや害悪。その後援たる大将軍殿もまた(しか)り。斯様(かよう)な非情な手段を取るのもやむを得なかった。許して欲しい』」

 これまでの明朗闊達な好青年だと思っていた若い従者の氷のように冷たい声を聞きながら、ダライオスは必死に頭を動かせる。

 この従者は、自分を助けるために戦死した傭兵の遺児だった。父親の功績に報いるために、わざわざ自分が遺児だった若者を引き取って育ててきたのだ。

 それがいつから暗殺者に入れ替わった?

 このとき、ダライオスの脳裏に紫電が閃く。

 いや! 最初からか? 最初から、こいつは他国の手の者だったのか? こいつの父親は傭兵だった。だが、ロマニア国人ではない。どこだ? どこの出身だと言っていた?

 ダライオスの脳裏に、この若い従者の父親だった傭兵が母国の名を口にした過去の情景が浮かぶ。

「バルジボア……?!」

 ダライオスの脳裏に、爬虫類めいた笑みを浮かべた男の姿が思い浮かぶ。

「貴様、あの亡霊の手先だったのかぁっ?!」

 ダライオスの腹の底から、これまで自分を騙し続けてきた若者と、自分の愚かしさへの怒りが湧き上がる。

 それをもって立ち上がろうとしたダライオスだった。

 しかし、ダライオスは逆に膝を折る。

「な、なんだと……?」

 おかしい。膝に力が入らない。

 この程度の傷ならば、これまで戦場で何度となく負ってきた。これよりも深く大きな傷ですらものともせずに戦い続けたこともある。

 しかし、どういうわけか膝に力が入らなかった。

 そればかりではない。出血によるものだけではない奇妙な痺れを感じる。そして、それは膝だけではなく、手の指や舌までをも覆い始めていた。

 身体の変調に困惑するダライオスに向け、従者だった暗殺者は淡々と告げる。

「『古今東西、戦場では無敵を誇った英雄たちの命を奪うのは、裏切りの刃。そして――』」

 暗殺者は見せつけるようにダライオスを刺した短刀を突き出す。

「――『毒なのだよ』と」

 ダライオスの血で濡れた短刀の刀身には、いくつもの細い溝が彫られていた。それは刃に塗られた毒物が落ちないための工夫である。

「おのれっ! あの毒蛇めがっ!」

 もはや半ば回らなくなりつつある舌で怒声を上げたダライオスに、暗殺者たちが殺到した。宵闇の中に、立て続けに刃が肉をえぐる鈍い音がする。

 そして、群がっていた暗殺者たちが退くと、そこにはダライオスがうつぶせに倒れていた。自身の血潮で地面を赤黒く染めていく中で、ダライオスの身体はもはや二度と動くことはなかったのである。

 こうして、国王ドルデアの崩御に続き、ロマニア国軍の支柱たる大将軍ダライオスもまた凶刃に倒れた。

 しかし、それすらも今宵始まるロマニア国の混迷の序曲に過ぎなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言]  呆気ないな。
[一言] 読み返していて思ったのですが、ドルデア王には復帰してほしかったですね。 彼が蒼馬を見習って、どのような国政の改革をするか楽しみにしていたのに。 そして、どんな惨めな大失敗をするかを含めて期待…
[一言] 前書きに4章とありますが、 燎原、胎動、龍驤、建国と来て 興亡は5章かと、思われます。
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