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破壊の御子  作者: 無銘工房
建国の章
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第48話 エルドア

 即位と建国の儀が無事に終わると、それは布告官を通じて王都の民たちへも告知された。

 王都の大半の民たちは、この蒼馬の即位と新国家エルドアの建国の報せを歓呼と祝福、そして興奮をもって受け入れたのである。

 そして、王都の民たちの興奮は、そのまま祝賀の祭典へと引き継がれていった。

 この日のために()んだばかりの花々や手作りの祝い(かざ)りで飾り立てられた王都の家々。その屋根に上った人は蒼馬とエルドアの名を声高らかに讃えながら、手にした籠から眼下へと花びらをまき散らした。花びらは綿雪のよう舞い散り、その下をきらびやかな衣装をまとった旅芸人の一座が音曲に合わせて芸や踊りを披露しながら練り歩けば、子供たちが甲高い歓声を上げながら後を追いかけていく。

 さらに王都の中央広場では、この日のために用意された二千樽ものワインと、大竜に曳かれた八十両の荷車に満載されたパンと肉が新王蒼馬の名の下で振る舞われた。これには王都の住民のみならず、わざわざこの祭りのために集まってきた国内外の人々までもがワインとパンや肉を手に、蒼馬と新国家エルドアの名を声高らかに讃えたのである。

 また、王城でも祝賀の宴が催された。

 諸外国の要人を迎え入れた祝賀の宴は、新国家エルドアの力と豊かさを示すための格好の場である。宴の席には、この日のためにヨアシュを通じて大陸中央より取り寄せた調度品ばかりではなく、ドワーフ謹製のガラスの器や銀製の食器が並べられ、高価な品には目の肥えた各国の要人らですら目を奪われた。

 さらにそこに盛り付けられた料理は、今や蒼馬の料理人として知られるマルコの手によるものである。そのマルコが「予算に糸目はつけない」という蒼馬のお墨付きの下に、自身の才能と趣味を遺憾なく発揮して調理された料理の数々は、多くの美食家たちをうならせ、マルコの名を舌と記憶に刻み込ませたのだった。

 また、他国では滅多に見られない人間種以外の種族による催しも好評を博した。

 ディノサウリアンが巨石を持ち上げてその怪力を披露すれば、エルフは(あで)やかな舞いで皆を魅了し、ドワーフたちは輪舞でコミカルなステップを踏み、ハーピュアンは美しい翼を使って舞い踊り、ゾアンが遠吠えのような歌声を上げれば、マーマンがそれと唱和する。

 即位と建国の儀の直後から始まった宴は、そうして盛況のままに夜を迎えた。しかし、宴はまだまだ終わる気配を見せない。

 そんな宴を皆と一緒に楽しんでいた蒼馬だが、その顔は酒精によって赤く染まっていた。すでに自分でもそれとわかるぐらい、熱を帯びている。

「おまえは、酒を飲むのはほどほどにしておけ」

 事前にシェムルからは、そう強く言い聞かせられてはいた。

 しかし、宴を主催し、また祝われる立場ではまったく飲まないわけにはいかない。それでもできるだけ控えていたのだが、元来酒にはめっぽう弱い蒼馬である。わずかに口にした酒が、体内を激しく駆け回っているのを感じていた。

 これはちょっとまずいかな。

 蒼馬は、そう思った。

 身内だけならばともかく、西域諸国から祝賀に訪れた要人らの前で醜態は晒せない。また、仮にも王となった者がいては皆も落ち着いて宴を楽しめないだろう。

 そう考えた蒼馬は早々に場を引き払うことにした。

「後はみんなで心ゆくまで楽しんでね」

 そう告げて、蒼馬は宴を中座した。

 王佐に任官したのを祝う人々に捕まっているシェムルの代わりに警護についてこようとするシャハタに、蒼馬は「せっかくだから楽しんできて良いよ」と提案するが、彼は(かたく)なに「私の務めです」と言ってついて来る。

 そんな生真面目なシャハタひとりを護衛につけ、やや心許(こころもと)ない足取りで自室に戻ろうとした蒼馬だったが、王都の街並みを見下ろせる露台(バルコニー)の近くまで来たところで、ふと足を止めた。

 大事な即位と建国の儀を無事に終え、身体は疲労でへとへとだ。しかし、心の方は緊張から解放された反動で、逆に(たか)ぶっていた。また、まだ日も暮れたばかりの(よい)の口である。このまま寝台に入っても、これではなかなか寝つけはしないだろう。

 そう思った蒼馬は、気まぐれに露台へと足を運んだ。

 夜空の星々の中に鎮座(ちんざ)した月が投げかける光に照らされて、ほの白く染まる露台。その露台の縁まで歩いた蒼馬は、欄干に手をついて眼下の王都を見下ろした。

 普段ならば宵闇の訪れとともに、王都もしだいしだいに眠りへと落ちていく時分である。

 しかし、今夜ばかりは違っていた。

 貴重な燃料を惜しげも無く使って灯された明かりによって、赤みを帯びて宵闇の中に浮かび上がる王都。そこへ目を()らせば、王都の民たちが黒いゴマ粒のように小さく見える。彼らは歓声や歌声を上げながら踊り、騒いでいた。さすがにその表情までは見分けられないが、彼らが自分の即位と新国家建設を喜び、祝ってくれていることだけは遠目でもわかる。

 その光景は、蒼馬の胸を熱くさせた。

 酒精に火照(ほて)った頬を心地よく冷ます夜風もあって、蒼馬はしばしその場で王都の夜景に見入っていた。

 どれほどそうしていたことだろうか。

 蒼馬は背後に人の気配を感じた。

 振り返れば、そこにいたのはシェムルである。

「邪魔したかな?」

 そう言うシェムルに、蒼馬はわざと(いか)めしい顔を作って見せた。

「困った。王佐は王のところへ自由に赴く権利があるので追い返せないぞ」

 冗談めかして言う蒼馬に、シェムルは笑いを含んだ声で答える。

「そうだな。私はおまえの王佐だ。おまえのいるところへならば、どこだって行ける権利があるのだぞ」

 そして、ふたりはしばし笑い声を上げた。

 それからシェムルは蒼馬越しに王都の夜景へ顔を向ける。

「ついに、ここまできたのだな……」

 シェムルの声には言葉では言い尽くせない想いが込められていた。

 蒼馬もまた万感を込めて「うん」とだけ返す。

 突如、異世界であるこのセルデアス大陸に落とされ、意識も定かではないままに入れられた砦の地下牢での出会い。いまだ自分が何者で、何をするかも知らぬままにシェムルの庇護下にあったゾアンの村での日々。

 そして、初めての戦い。

 平和な現代日本では漫画や小説の中かテレビ画面の向こう側のものでしかなかった戦いを目の当たりにした興奮。その中で自分の知識で勝利をもたらしたときの優越感。そして、恐怖と後悔。

 そのすべてを乗り越えて得た彼女の忠誠。

 あのとき、初めて自分はこの世界に受け入れられたと思った。

 この世界で生きていいのだと思えた。

 その彼女の忠誠に応えたくて、がむしゃらに突き進んできた。

 他人は自分を成功者と思うかも知れない。しかし、蒼馬自身は自分は成功よりもはるかに失敗の方が多かったと思っている。

 何度、(くじ)けそうになったことだろう。どれだけすべてを投げ捨てたいと思ったことだろう。

 だが、それを何とか乗り越え、蟻の一歩のような微々(びび)たる成功を積み上げ、ついにここまで来たのである。

 それも、すべてはシェムルが支えてくれたからこそだ。

 その想いに突き動かされた蒼馬は、王都の夜景を背にしてシェムルと向かい合うようにして立った。

「シェムル」

 蒼馬は彼女の名を呼ぶ。それから大きく両腕を開き、背後に広がる王都の夜景を示した。

「これが僕らのエルドアだ」

 これに、シェムルはわずかに目を見張る。それから、ふっと小さく笑いをこぼした。

「そうだな。これが、私たちのエルドアか……」

 しばしふたりは無言で見つめ合う。

 静かな、そして暖かい時間がふたりの間に流れた。

 それに次第に気恥ずかしくなったシェムルが茶化すように言う。

「ところで、ソーマ。また、自分のことを『僕』と言っているぞ」

 言われて気づいた蒼馬は、「あっ」と自分の口に手を当てる。やはりどうにも「私」とは言い慣れない。

「ダメだなぁ。どうしても気が緩むと、ついつい僕と言っちゃう」

 恥ずかしげに頭を掻いた蒼馬は、小さく口の中で「私」と何度も繰り返し呟いて練習する。それにシェムルはしたり顔で言う。

「いかに半身たる私の前とはいえ、気を抜きすぎだぞ、ソーマ」

 がっくりと気落ちしたように、蒼馬は大げさに肩を落として見せる。

「気をつけます、私の王佐様」

 それからふたりは再び小さく笑い合った。

「すみません、御子様」

 蒼馬と笑い合うシェムルに遠慮がちに声をかけてきたのは、気を利かせて露台への入り口がある通路で離れて待っていたはずのシャハタであった。

「どうかしたのか?」とシェムルが問うと、シャハタは顔をしかめて言う。

「酒に酔って喧嘩を始めた同胞たちがいるそうでして、御子様の権威で鎮めて欲しいと」

 蒼馬に従って幾度もの激戦を戦い抜いてきたゾアンの戦士たちである。良く言えば勇猛果敢で、悪く言えば血の気の多い連中だ。そこに酒が入れば、(いさか)いが起こるのも無理はない。

「《猛き牙》と《怒れる爪》は、どうしたんだ?」

 せっかくの敬愛する「臍下の君」との時間に水を差されたシェムルは、不機嫌そうな顔で言った。これにシャハタは申し訳なさそうな顔で答える。

「《猛き牙》は大将軍として他国の方の相手をしておられ、《怒れる爪》はドヴァーリン殿と飲み比べの真っ最中で忙しいとおっしゃられているそうです」

 ガラムの理由はともかく、ズーグの言い分にシェムルは顔をしかめた。それにシャハタは慌てて付け足す。

「それと、どうやら他の氏族の者同士との諍いらしく、できれば御子様に御出(おい)で願いたいそうです」

 シェムルは深々とため息をついた。

 他の氏族との諍いでは一方の族長が出てきても、かえってことを荒立てかねない。獣の神の御子の権威をもって仲裁するのが、もっとも無難であろう。

「わかった。すぐ行く」

 シェムルは蒼馬へ振り返る。

「ソーマ。私がいないのだから、いらぬ寄り道などせずに部屋へ戻れよ。おまえは目を離すとすぐに危なっかしい真似をするからな」

 そう釘を刺してから、シェムルは小走りにその場を立ち去った。

 しかし、シェムルが立ち去っても、いまだ冷めない興奮と高揚感に蒼馬の胸の中で心臓が激しく自己主張している。それが落ち着くまで、蒼馬はもうしばらく王都の夜景を眺めることにした。

 そうしてしばらく夜景を眺めていた蒼馬は、ふと気配を感じた。

「どうかしたの、シェムル?」

 てっきり、またシェムルが戻ってきたのかと思った蒼馬は振り返った。

 ところが、そこには誰もいない。

 誰かがいたと思ったのだが、それは気のせいだったのだろうか。

 そう思ったときである。

 ぞくりっと悪寒がした。

 何かが、いる!

 蒼馬は目を()らして、自分以外はいるはずがない露台を端から端まで見回した。しかし、誰もいない。

 やはり、気のせいだったのか?

 即位と建国の儀という大事を乗り越えたばかりで気が昂ぶっていたための錯覚だったのだろう。

 そう思い直した蒼馬は自嘲の笑みを浮かべる。

 そして、何気なく自分が立つ露台を照らす青白い光を追って視線を夜空へと向けた。すると、そこには地上へと青白い光を投げかける青い月が、満天の星空の中央に鎮座している。

 その美しい月に、蒼馬は自分の顔がこわばるのを感じた。

 そうだった。こんな月が輝く晩に限って、どこからか自分を見つめる視線を感じるのだ。

「……いるのはわかっている」

 緊張にカラカラになった口内に張りつく舌を無理矢理に動かして蒼馬は言う。

「アウラ」

 ささやくような蒼馬の声が露台に陰陰と響き渡った。

アウラ様とのやり取りまで1話に納める予定でしたが、執筆時間が取れないのと予想以上に長くなったので分割投稿します。

なお前章の予告では蒼馬の台詞が「これが僕らの国だ」となっていますが、あの時点ではエルドアじゃ意味わからんよなーってことで代わりに入れた台詞です。

エルドアには国名という意味もありますので。

これ以上、この台詞に言及するのは無粋になるので、あとは読者の想像にお任せします。

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