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破壊の御子  作者: 無銘工房
建国の章
312/536

第46話 七種の宝器

 白く細い指が添えられた鼈甲(べっこう)(くし)が、香油で固められた黒髪を音もなく()いた。

「よろしゅうございます、ソーマ様」

 櫛を手にしたエラディアは、自らの力作を前に花がほころぶような柔らかな笑みを浮かべた。

 すべてを彼女に委ね、自身は軽く目をつぶっていた蒼馬は、ゆっくりと瞼を上げる。すると、まず視界に飛び込んでくるのは、目の前に置かれた鏡だ。

 そこに映るのは、蒼馬が知る自分の姿ではなかった。

 手入れが楽だからと乱雑に短く刈られた黒髪は香油でしっかりと固められ、櫛で丹念に整えられている。やや重く感じるのは量感を増すために付け足された毛髪のせいだろう。スキンケアなどというものには無頓着なため、荒れてかさついていた肌は、数時間かけて香油を擦り込み、もみ上げられ、乳児のようなしっとりとした柔らかさを取り戻していた。いつもは気にも留めていなかった眉も小刀で形を整えられている。それは目許に入れられた濃いめの化粧とも相まって、普段は柔弱とすら言われる蒼馬の顔立ちに凜々しさを加えていた。

 エラディアたちの手腕に、蒼馬は満足げにひとつうなずいた。

「うん。――ありがとう、エラディアさん」

 エラディアへ感謝の言葉を告げてから、蒼馬はその視線を横へ向けた。

 そこにいたのは、シェムルである。彼女もすでに色鮮やかに染め上げられた胴鎧を着て、その上から色とりどりの鳥の羽根を飾り付け、顔に色土で隈取りのような紋様を描いて準備を終えていた。

 着飾ったシェムルを前に椅子から立ち上がった蒼馬は尋ねる。

「どうかな、シェムル? 僕は――私は変じゃないかな?」

 王になるのを決断してから、蒼馬は自分を「僕」と言うのをやめて「私」と言うようにしていた。

 王になると言うことは、これまで以上に強い権限を有し、重い責任を負うことである。

 しかし、だからといって自分を変えるつもりはなかった。だが、それと同時に自分で決断した以上、甘えは許されない。

 その決意を表明するためにも、これまでの子供っぽい自分の呼び方を変えたのである。

 もっとも、そうした蒼馬の決意も周囲にはあまり理解されなかった。この世界の大半の言語には、日本語とは異なり「僕」や「私」といった一人称の違いがない。そのため、ほとんどの者の耳には、蒼馬が口にする一人称から、これまでの気弱なニュアンスが消えた程度の認識でしかなかったのだ。

 せっかく意を決して一人称を変えたつもりが、その決意も空回りしていただけという結果に、蒼馬はひそかに落ち込んだのは余談である。

 しかし、まだ蒼馬自身も「私」と言うのにはしっくりこなかった。また、周囲の人々にも妙な顔をされてしまうこともしばしばだ。いまだに、ついつい「僕」と言ってしまうことも多い。

 こればっかりはなれるしかないな、と蒼馬は自嘲気味に苦笑する。

 そんな蒼馬を頭の先から爪先までしげしげとみやってからシェムルは満面の笑みを浮かべた。

「うむ。新たな出発の日に相応しい()()ちだな」

 シェムルから太鼓判をもらった蒼馬は「ありがとう」と笑みで応えた。

 すると、ちょうどそこへひとりのエルフの女官がやってくる。

「ソーマ様。そろそろお時間となります」

 それに蒼馬は緊張に身体を小さく震わせた。それから「わかった」と短く答えると、静かに目を閉じて肺腑の底まで息を吸い込む。そして、身体を縛る緊張をともに吐き出すかのように、ゆっくりと息を吐いた。

「よし! ――さあ、行こうか、シェムル」

「どこへなりとも。我が『臍下(さいか)(きみ)』よ」

 ふたりは式典の場となる祭場へ向かった。

◆◇◆◇◆

 目の前で祭場の大扉が観音開きに開くと、その向こうから自分へ向けられた人々の好奇の視線が物理的な圧力すらともなって押し寄せてくるのを蒼馬は感じた。

 思わず後じさりかけた蒼馬を支えるように、他人からは見えない位置からシェムルの手が背中に添えられる。そのシェムルの手に勇気をもらった蒼馬は、力強く前へと足を踏み出した。

 今し方、自分らがくぐった大扉から正面にある祭壇へとまっすぐに赤い敷布が敷かれている。その両脇には、勇壮な装いのディノサウリアンたちが直立不動の姿勢で立ち並んでいた。

「ソーマ・キサキ様のお成りにございます!」

 蒼馬の入場をエルフの女官が告げると、ディノサウリアンの壁の向こう側にいた各国の要人や大商人などの名士たちの間からざわめきが洩れた。

「あれが、そうなのか……」

「あの方が噂の……」

「あれが『破壊の御子』……」

 そうした声の多くは、拍子抜けしたものだった。

 主要な招待客とは事前に挨拶を済ませていたが、それ以外の招待客らは今日この場で初めて蒼馬の姿をその目する者が多い。

 そうした者たちは、これまで流布してきた数々の蒼馬の悪名などから、残虐非道な荒くれ者か、おどろおどろしい魔法使いめいた姿を想像していた。ところが、実際に目にした蒼馬の姿は化粧で凜々しさを出しているとはいえ、その元は柔弱と言われる顔立ちの青年である。彼らが想像していた「破壊の御子」とは、ほど遠い姿であった。

 参列した多くの招待客が、これが本当に悪名高い「破壊の御子」なのかと、拍子抜けしたのも当然である。

 そんな好奇の視線を全身に絡みつかせながら、蒼馬は一歩一歩しっかりとした足取りで赤い敷布の上を歩いて行く。

 そして、突き当りの祭壇へと上った蒼馬は小さく鋭い息を吐いて自分に活を入れてから、くるりと(きびす)を返した。

 とたんに、これまで以上の視線の圧力が蒼馬を襲う。

 しかし、今度はその圧力を撥ね除け、蒼馬は胸を張った。

 ここまで来たのだ。もはや気後れなどはしない。

 蒼馬は参列者の視線の圧力を真正面から受け止めた。

「これより、即位と戴冠の儀を執り行う!」

 祭壇の横手にいるエルフの女官が声を張り上げた。

「ソーマ様の下に集いし七つの種族の代表は、前へ!」

 その呼び声とともに、このセルデアス大陸に住まう七つの種族――ディノサウリアン、マーマン、ドワーフ、エルフ、ゾアン、ハーピュアン、人間の代表がそれぞれ前へと進み出てきた。

「この度の新国家の建国に際し、そこに住まう七つの種族になぞらえ、新たなる戴冠宝器を七つ制定した!」

 その声とともに、それぞれの種族の代表者の後ろに戴冠宝器を捧げ持った従者が並ぶ。

「制定された戴冠宝器は、七つの種族にいったん預けられる! 各種族の代表者は、ソーマ様を王として認めるならば、預けられた戴冠宝器を捧げよ! 不服とあらば、戴冠宝器とともにこの場より立ち去れ! その結果をもって、各種族の総意と見なす!」

 当然、この場にきてまで蒼馬の戴冠に否を唱える種族はいないだろう。だが、それでもこの思わぬ趣向に、招待客の間から感嘆の声が洩れた。

「まずは、ディノサウリアン!」

 創世の神話において誕生した順に従い、最初に呼ばれたのはディノサウリアンであった。そして、その代表はもちろんジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージだ。

 ジャハーンギルの装いは、ディノサウリアンの強靱な肉体を誇示するような軽装であった。上半身には金で縁取りされた金属製の肩当てを左肩につけ、反対の右肩には薄布をかけただけで、その分厚い胸や太い腕を遠慮なく晒していた。下半身もまた一枚の白い布をスカート状に巻きつけているだけである。

 その白い布から突き出た尻尾を左右にゆっくりと振りながら蒼馬の前まで進み出たジャハーンギルは、後ろについてきた従者が捧げ持つ戴冠宝器を片手で掴み取ると、それをズイッと蒼馬へ差し出した。

 それは、一振りの宝剣だ。

 鞘に収められているために直接は見られないが、両刃の直刀である。ドワーフが鍛造し、鏡のように磨かれた刀身を持ち、鍔元には大きな紅玉をあしらい、柄には金糸と銀糸が巻かれ、柄頭には七つの種族を象徴する七色の飾り紐が付けられていた。

「宝剣は、王の武力を表す」

 ジャハーンギルは、ぶっきらぼうに言った。

 その言葉とともに宝剣を蒼馬は受け取る。

「確かに受け取りました」

 すると、祭場の一角にいたディノサウリアンたちが拳を突き上げて歓声を挙げた。

 その歓声の中で蒼馬から宝剣を受け渡されたシェムルは、素早く蒼馬の左脇に回り込む。そして、その場で膝を突くと、蒼馬の衣装の腰に付けられた留め金に渡されたばかりの宝剣を吊るした。

 ジャハーンギルは鼻から荒い息を洩らすと、自分が渡した宝剣を腰に吊るす蒼馬の姿に、何度も満足げにうなずいて見せた。

 次に戴冠宝器を捧げるのは、マーマンの番である。

 マーマンの名を呼ぼうとした進行役のエルフの女官は、そこではたと困った。

 戴冠宝器を捧げて下がるはずのジャハーンギルが動かない。飽きることなく蒼馬の姿をためつすがめつ眺めているのだ。

 さすがにエルフの女官も困った顔になる。すると、仕方なくジャハーンギルの三人の息子たち――メフルザード、ニユーシャー、パールシャーが父親を三人がかりで引きずり下ろした。

 ようやく即位の式が進行できるとホッと胸を撫で下ろしながらエルフの女官は声を張り上げる。

「次に、マーマン!」

 海水が満たされた桶のような小さな輿(こし)に乗って蒼馬の前に進み出たのは、ジェボアの沖にある島に住むマーマンたちの戦士長であるオルガであった。

 七種族の平等を謳う蒼馬だが、現在彼のところにはマーマンは片手で数えられるほどしかいない。しかも、海とは縁が少ない元ホルメア国の王都であったホルメニアにいるような者たちは、マーマンの中でも(わけ)あり、変わり者ばかりである。当然、種族を代表できるような身分の高い者などいるはずがなく、また蒼馬の下でこれまで大きな功績を挙げた者もいない。

 しかし、これより興す国の国是ともなるべき理念にはマーマンの存在が欠かせなかった。

 そこで式典のために訪れていたマーマンのアドメテー姫に、その護衛として付き添ってきたオルガに客将となって蒼馬へ戴冠宝器を捧げる役を担ってもらえないかと頼み込んだのである。

 当初は、無骨な戦士である自分には過ぎた大役であるとオルガに断られた。ところが、腹違いの妹姫であるアドメテー姫は「オルガが客将となれば海と陸の架け橋ともなり、双方の利益になる」と正論をもってオルガの意志を押し切り、引き受けてくれた経緯がある。

 そのため、傍目(はため)からは毅然と振る舞っているように見えるオルガだが、よく見ればその顔色は青く、虚ろな目をさまよわせており、唇を小さく震わせながら「なぜ私が……」としきりに呟いていた。

 その様子に思わず蒼馬が小声で「大丈夫ですか?」と尋ねると、オルガはハッと我に返る。

 その拍子に肌を晒した上半身と銀色の長い髪に、これでもかとばかりに飾り付けられていた金銀の鎖や真珠などの宝石が、いっせいに音を立てた。

「大丈夫です。私は常に冷静沈着です」

 心配顔の蒼馬に小声でそう応じてから、オルガはその場を取り繕うように咳払いをひとつした。それでようやく腹も(くく)れたのか、オルガは高らかな声を上げる。

「宝珠は、王の財を表します」

 輿に乗っているため戴冠宝器を手渡せないオルガに代わって従者となったエルフの女官が蒼馬へ捧げたのは、黒瑪瑙(めのう)の宝珠であった。

 ドワーフの名工たちの手によって丹念に磨き上げられた人の拳ほどもある大きな黒瑪瑙は、まるで夜空を思わせる深い黒色だ。そこに白い(しま)が、あたかも風になびく雲のように入っている様は幻想的であった。表面に彫り込まれた草木や鳥獣を意匠化した紋様のわずかな溝には、金箔や銀箔を押し込まれており、遠目でもその姿を浮き上がらせている。

 その宝珠の一端には金の台座が取り付けられており、そこからは銀の鎖が輪となって伸びていた。

「良き王となられませ」

 宝珠を手に取った蒼馬に向けて、オルガは微笑みかけた。

「私もそうありたいと思います」

 そう答えた蒼馬から宝珠を預かったシェムルは、素早くそれを蒼馬の首にかけた。

 すると、人数は少ないものの列席していたマーマンたちは海中ですら遠くまで響かせることができるマーマン特有の声を祭場全体に轟かせる。

「次にドワーフ!」

 マーマンの次に前へと進み出たのは、ドワーフのドヴァーリンである。髭に無数につけた飾りをジャラジャラと鳴らし、反り返るように胸を張ってズンズンと赤い敷布の上を蒼馬のところへと歩いて行く。

 蒼馬の前に立ったドヴァーリンが蒼馬へ差し出したのは、金の指輪であった。その精緻な紋様が刻み込まれた細い輪の部分に、時折キラリッと輝くのは埋め込まれた宝石の欠片である。

 そして、輪に比べて大きな指輪の頭には、8と∞を重ね合わせたようであり、二匹の蛇がのたうつようにも見える紋章が刻印されていた。

 それは王の決裁書に()される印章である。

「印章は、王の誓いを表す」

 そこから精緻な細工が生み出されるとは思えないドヴァーリンの芋虫のような太い指から、蒼馬は印章を受け取った。

 すると、ドヴァーリンはニカッと笑う。

「わしらに無理難題を振るのもほどほどに、な」

 心当たりが多すぎる蒼馬は、苦笑をもって返す。

「善処します」

 そして、蒼馬は受け取った印章をいったんシェムルに預ける。シェムルは印章の向きを確認しながら、輪を外側から支えるようにして持ちなおすと、それを蒼馬へと向けて差し出した。蒼馬は右手の中指を立てると、その指を印章の輪に通す。それを見届けてからシェムルは、蒼馬の指にしっかりと印章をはめた。

 それから蒼馬は自分の指にはまった印章を皆に見せるように手の甲を皆に向けて大きく手を挙げて見せる。

 すると、ドワーフたちはいっせいに足を踏み鳴らして歓喜の声を上げた。

「次に、エルフ!」

 次に進み出たのは、エルフのエラディアである。

 この大事な式典に際して、彼女の装いは質素と言っても良いものだった。

 身につけているのは、月桂冠のような枝葉を編んだ額冠と、その細い肢体に巻きつくような白いドレスのみ。そして、神秘の力があるとされる宿り木の枝を申し訳程度に一本胸元に挿しているだけだった。

 しかし、誰もそれをみすぼらしいとは思わない。

 なぜならば、彼女自身こそがいかなる黄金にも宝石にも勝る美そのものだからだ。

 ドレスの裾をわずかに揺らめかせて滑るように足取りで進む彼女の姿に、参列した多くの男性陣から感嘆と劣情の吐息が洩れる。

 多くの男性の視線を独り占めにしながら蒼馬の前に立ったエラディアは、ふわりと微笑むと戴冠宝器を差し出した。

王笏(おうしゃく)は、王の権力を表します」

 それは一振りの小ぶりな杖――王笏である。

 大陸中央より取り寄せた銘木を基礎に、そこにエルフたちが手ずから精緻な細工を彫り込み、その上に数種の薬品を加えた樹液を丹念に塗り、乾かしてはまた塗りと何度も何度も繰り返して作り上げた名品であった。

 差し出された王笏を受け取った蒼馬は、それをシェムルへ手渡す。すると、シェムルは宝剣とは反対側となる蒼馬の右腰のベルトに、手渡された王笏をたばさんだ。

「私たちのすべてをソーマ様の御身のために」

 王笏を身につけた蒼馬の姿に、普段は常に微笑みを顔に貼りつけて本心を見せないエラディアであったが、このときばかりはその目尻にわずかに涙を浮かべていた。

 それに蒼馬は頬を赤らめながら答える。

「ありがとう」

 それとともにエルフたちはいっせいに弓の弦を弾いて鳴らして蒼馬を祝福した。

「次に、ゾアン!」

 エルフの女官の声とともにゾアンの代表として進み出たのは、もちろんファグル・ガルグズ・ガラムである。

 大将軍の装いのガラムは力強い足取りで蒼馬の前に立つと、ついてきた侍従が捧げ持つ戴冠宝器を受け取った。そして、大きく腕を振るって戴冠宝器をはためかせる。

 それは一枚の外套であった。

 ガラム自らがソルビアント平原の北にある山へと赴き、山刀一本で仕留めた巨大な熊の毛皮で作ったものである。裏地には大陸中央渡来の赤い布が裏打ちされ、襟元には細い金の鎖があしらわれていた。

「外套は、王の庇護を表す」

 ガラムの言葉とともに渡された外套を受け取った蒼馬は、それをシェムルへと預ける。シェムルは預かった外套を蒼馬の衣装の両肩につけられた留め金を使って固定し、胸元に金の鎖をかけた。

「妹が連れてきた死にかけた人間のガキが、俺たちの王になるとは奇妙な運命だな」

 しみじみと語るガラムの言葉に、蒼馬はまったく同感であった。

「私も、本当にそう思います」

 それとともにゾアンたちがいっせいに遠吠えのような声を上げて蒼馬を祝福した。

「次に、ハーピュアン!」

 ハーピュアンの代表は、もちろん鳥将ピピ・トット・ギギである。

 自身の羽根に勝る装身具はないとうそぶくハーピュアンのピピも、今日ばかりは身を飾っていた。

 縦長の布の中央に空けた穴に頭を通し、身体の前後に垂らした布を縄で縛るだけの簡易なハーピュアン独自の衣装だが、その布は色鮮やかな刺繍が隙間なく施されており、腰を縛る縄も金糸や銀糸を混ぜ込んだ豪華なものである。また、ハーピュアン自慢の翼にも、金銀珠玉の飾りがいくつも飾り付けられていた。

「襟飾りは、王の威を表します」

 手が使えないピピに代わって従者となったエルフの女官が差し出したのは、鳥の羽根で作った襟飾りであった。

 素材となった鳥の羽根の大きさや鮮烈な色合いを見れば、それがただの鳥のものではなく、ハーピュアンたちのものであることは一目瞭然である。大陸中央の貴族らが一時期競い合うようにして求めたとも言われるハーピュアンの羽根だ。その美しさは、もはや言うまでもない。

「私たちの翼は、御身のためにこそ羽ばたきましょう」

 その襟飾りを受け取る蒼馬に向け、ピピは片膝をついて翼を伏せるようにして広げるハーピュアンにとって最上の礼を取った。

「よろしく頼みます」

 そう答える蒼馬から襟飾りを受け渡されたシェムルは、身につけたばかりの外套の襟へとそれを取り付けた。

 襟飾りを誇示するように蒼馬がわずかに顎を上げて胸を張ると、ハーピュアンたちはいっせいに翼を打ち鳴らして祝福する。

「最後に、人間!」

 そして、七種族最後となる人間種の代表は、人将のマルクロニスである。それに従う従者が捧げ持つのは分厚い一冊の本であった。

 これまでの戴冠宝器の多くが金銀珠玉などで飾られた華やかなものであったのに対し、その本は分厚い皮の表紙の縁を金属片で補強した無骨な作りのものである。それは本自体の分厚さとも相まって、どこか重苦しい雰囲気を漂わせていた。

 それは新たな国の法を書き記した法典である。

「法典は、王の自戒(じかい)を表す」

 その言葉とともに差し出された法典を受け取る蒼馬に、マルクロニスは不意に笑みをこぼした。

 それに目でどうしたのかと尋ねてくる蒼馬に、マルクロニスは冗談めかして言う。

「君を初めて目にしたときの過去の自分に、『将来この少年が王となるんだぞ』と言っても信じられなかっただろうと思ってね」

 それに蒼馬もまた冗談をもって返す。

「私は今でも信じられませんよ」

 これにマルクロニスは小さく笑い声を上げた。

 蒼馬は受け取った法典をいったんシェムルに渡してから再度それを受け取ると、左の小脇に抱えるようにして持つ。

 すると、セティウスら人間の参列者が歓声を上げた。

「今、ソーマ様の許に七つの戴冠宝器がそろった!」

 そう宣言する進行役のエルフの声が、わずかに感激に震えていた。

「ここに七種族すべての支持を得て、ソーマ様は王となられる!」

 このセルデアス大陸に住まう七種族の数に合わせた七つの戴冠宝器――宝剣、宝珠、印章、王笏、外套、襟飾り、法典のすべてが蒼馬の手にそろった。

 これにより蒼馬は七つの種族の人すべてから王に即位するのを承認されたことになる。そして、即位する権利を認められた蒼馬が王冠をかぶることで、正式に新国家の王となるのだ。

 エルフの女官の宣言に、蒼馬の臣下となる者たちは改めて歓声を挙げ、列席した他国の要人らも手を叩いて祝福した。

 その歓声と拍手が鎮まるのを待ってからエルフの女官はさらに声を上げる。

「王冠をここへ!」

 その声とともに祭場の大扉が開き、そこから静々と入ってきたエルフの女官が高く捧げ持ってきたのは、黄金の王冠である。

 採光用の小窓から差し込む陽光を反射し、燦然(さんぜん)と輝く王冠の姿に、居合わせた各国の要人らの関心が、ぐっと高まった。

 それは、誰がこの王冠を蒼馬に被せるのか、である。

 通常、セルデアス大陸では新王の戴冠を執り行うのは、その国で信仰されている神に仕える神官か巫女たちの役割である。神の代理人である神官や巫女が新王へ王冠を被せることで、神がその王の即位を認め、新たなる国の門出に祝福を与えるということを示すためのものだ。

 かつてのホルメア国や西域諸国の通例に従えば、それは人間の神に仕える神官の役割であった。また、近年では大陸中央より伝わった聖教が土着の信仰を押しのけて台頭してきたため、聖教の神官が王冠を被せる役を担う国も出てきている。

 しかし、人間種以外の種族を迫害する聖教への(いきどお)りから挙兵したことで知られる蒼馬だ。人間種でありながら、人間の神を信仰していないことでも知られていた。だが、だからといって他の七柱神を信仰しているわけでもない。

 そして、何よりも蒼馬が死と破壊の女神アウラの御子なのが問題であった。

 わずかに残された伝承が正しければ、アウラは人間の神を含む七柱神よりも創造神に近い高位の存在だ。そんな大神の御子であるのならば、あえて下位である七柱神から祝福を得るより、アウラそのものから祝福を受けるのが筋である。

 つまり、蒼馬に王冠を被せるのは、アウラに仕える神官や巫女の役割なのだ。

 ところが、その存在を語ることすら禁じられた死と破壊の女神アウラである。一部の人を除けば、数年前まではその存在すらほとんど知られていなかった。そのため、アウラに仕える神官などいるかすらもわからない。

 さりとて七柱神のいずれかを選べば、蒼馬はその種族を重用していると思われてしまい、後の統治に禍根を残してしまう。かといって平等に七柱神すべてから祝福をもらおうにも、王冠はひとつきりしかない。

 では、わずかながら信仰されている創造神の神官ではというと、これもまた問題がある。死んで世界を創造した創造神では、新たな国家の門出には、いささか不吉だからだ。

 いったい誰が蒼馬に王冠を被せるのか?

 そんな好奇と期待の視線を集めながら、蒼馬はゆっくりと口を開いた。

「この王冠をかぶる前に、私はひとつの役職を新たに定めたい」

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