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破壊の御子  作者: 無銘工房
建国の章
311/548

第45話 式典

 蒼馬が王になるのを承諾すると、話は一気に進んだ。

 もともと国を征服した者が王となるのは、この時代においては当然の成り行きである。しかし、蒼馬がそれを拒絶していたがために、前代未聞のこととして様々な問題や混乱が生じ、どう対処すれば良いかわからずに事態が半年以上も停滞していたのだ。それが解決したことで、水をたっぷりとため込んだ堰を切ったがごとく、事態が一気に進展するのも当然であった。

 とはいえ、すぐに蒼馬の即位が行われたわけではない。

 まずは蒼馬の即位並びに新国家建国の儀を執り行うことを正式に国内へ公布した。その日取りは、王都ホルメアにおいてロマニア国軍を撃退した日より一年後の同じ日とする。そこにおいて蒼馬が王となると同時に建国を高らかに宣言し、これまでなし崩しに引き継がれていた国内の領主や官僚などの要職を蒼馬の名の下に正式に承認されることが決定された。これにより、これまで曖昧(あいまい)なままであった新国家が明確な形となって表れることになるのだ。

 また、そうしたことを西域諸国へと正使をもって伝えられたのである。

 これに対する西域諸国の反応は様々であった。

 まず、真っ先に反応を示したのは、ロマニア国である。いまだ意識が戻らぬドルデア王に代わり国政を()るゴルディア王子は、今回の蒼馬の即位と建国をホルメア国の強奪であり、王位の簒奪(さんだつ)であると強く批難の声を上げたのだ。そして、今なおホルメア国の主権は亡命したヴリタス王にあるとし、蒼馬たちにヴリタス王へ速やかな国土返還を要求するとともにロマニア国は国を挙げて、それを支援すると宣告してきたのである。

 しかし、このロマニア国の反応は、すでに予想されたものであった。また、宣告したゴルディア王子自身も兵を動かすなどの行動にまでは移さなかったこともあり、あくまで蒼馬たちを牽制するとともに周辺諸国の反応を(うかが)うためのものと大半の者は冷静に受け止めたのである。

 そして、そのロマニア国と蒼馬たちとに挟まれた小国バルジボアは、ヴリタス王のもとでホルメア国とはこれまでと変わらぬ友誼(ゆうぎ)を交わすと宣言した。また、蒼馬からの「互いに良き隣人としてありたい」という使者に対しても、セサル王は「それには、まず互いを尊重し合うことが必要であろう」と無用な干渉を拒絶して見せたのである。

 これは蒼馬に対する明確な敵対姿勢を示したロマニア国を(おもんぱか)っての対応であろう。

 しかし、そうしたロマニア国寄りの姿勢を示す一方で、セサル王は訪れた使者に託した蒼馬への親書の中で、蒼馬を「未来の朋友」とし、「ともに肩を並べ」などの表現を多用していた。

 これは明確な言葉をさけたものの蒼馬を自分と同等の存在――すなわち王と暗に認めた内容だったのである。

 また、自身は即位と建国の式典に正使を送るつもりはないと明言しつつも、チェズ侯爵が近々訪問したいと言っているので便宜(べんぎ)を図ってくれるように伝えてきた。

 チェズ侯爵は、絵画にしか興味を持たない暗君と噂されるセサル王を影で操っていると噂されるバルジボアの有力貴族である。ホルメア国の貴族とも血のつながりがあるチェズ侯爵は、亡国の姫君となったワリナ王女を気遣い、ご機嫌伺いをしたいというのが表向きの名目である。しかし、その来訪は即位と建国の式典と重なっており、その真意は式典への参列であるのは疑いようもなかった。バルジボアはふたつの大国に挟まれた小国のしたたかさを示したのである。

 このように蒼馬とは敵対を示すロマニア国と中立を図るバルジボア国に対し、蒼馬の即位と新国家建設に好意的だったのは、ジェボア国と八王連合国であった。

 ジェボアを実質的に支配する商人ギルドにとってみれば、今や大陸中央との交易に欠かすことができなくなった硝子や石鹸やウイスキーなどの珍品を生産する蒼馬との友好関係は重要である。また、これから本格的に着工される「ソーマの道」建設と、それがもたらす巨大な市場に参入するためにも、さらに友好関係を深めたい思惑もあった。

 そのため、蒼馬が即位と建国を正式に公布するや否や、ジェボア王から祝いの言葉と正式に友好を結ぶ旨の使者が送られてきたのである。さらに商人ギルドを動かす十人委員たちからも連名と、そして個々人からの祝賀の使者と献上品が届けられたのだった。

 そして、このジェボアにも負けず劣らず好意的な態度を示したのが、八王連合国の諸国である。八王連合国の諸国は、連合国の名で大々的に蒼馬の即位と建国を祝賀するとともに、それぞれの国から王族を含む国の要人を祝賀の使者として送ることを約したのだった。

 もちろん、これは八王連合国の脅威であるロマニア国を意識してのものである。

 そして、それは同じくロマニア国と緊張関係にある蒼馬も同じであった。八王連合国の使者が到着すれば、自ら出迎えるなど破格の待遇をもって歓待し、強い友好関係を示すことでロマニア国の牽制としたのである。

 しかし、こうした各国のせめぎ合いもまた、所詮(しょせん)は表面のものに過ぎなかった。

 陽の当たらぬ西域の裏側では、さらに激しい戦いが繰り広げられていたのである。

 各国が互いの腹を探り合おうと非公式の使者を行き交わせ、夜の闇では密偵たちが跋扈(ばっこ)し、密室で王や将軍ばかりか商人までもが権謀術数をめぐらせ、誰も彼もがこの蒼馬の即位と建国を自らの奇貨(きか)とすべく、暗躍していたのであった。

 そんな様々な思惑が入り乱れる中で、ついに蒼馬の即位と建国の儀が執り行われる当日を迎えたのである。


                  ◆◇◆◇◆


「ガラム大将軍殿。少しよろしいでしょうか?」

 色鮮やかな鳥の羽根や色布で胴鎧を飾り立て、その上に大将軍を示す紫色の外套をかけたガラムは、自分を呼ぶ声に足を止めた。

 そこは王都ホルメニアの王城にある大広間である。これから執り行われる即位と建国の儀に参列するため西域諸国から訪れた要人とその同伴者や従者らでごった返す中をガラムが振り返ると、そこにいたのは人間種の女性である。

 間もなく大事な式典が行われるというのに、ドレスではなく儀礼用らしき見た目を重視した鎧を身につけた人間種の女性に、ガラムは誰だろうかと判断に迷った。

 他種族とまざって暮らすようになってずいぶんと経つが、やはり人間種の顔はまだ見分けがつかない。そこで失礼にならない程度に小さく鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。周囲に漂う雑多な臭いの中から目の前の人間の臭いを嗅ぎ分けたガラムは、ようやく相手が誰なのか気づいた。

「デメトリア殿だったな。何か俺に用か?」

 ガラムに声をかけたのは、ロマニア国の大将軍ダライオスの孫娘であるデメトリアであった。

 おそらくガラムが自分を一瞬誰だかわからなかったのだろうと気づいたデメトリアだが、礼儀正しくそれを指摘するような真似はしない。代わりに胸に手を添え、小さく頭を下げる。

「知らぬ事とはいえ、貴国にとって、かように大事な式典の直前に訪れた私たちを歓待していただいたのみならず、こうしてお招きいただいたことに、改めてお礼を申し上げたいと思い、ご多忙とは承知しながらも声をかけさせていただきました」

 周囲の喧噪に負けないようにしたとしても大きすぎる声を張り上げてデメトリアは感謝の言葉を述べた。

 これにガラムもあらかじめ用意していた言葉で如才(じょさい)なく応じる。

「いや。貴女に参列いただければ、この式典にも(はく)がつくというもの。こちらこそ感謝しよう」

 そう口にはしつつも、ガラムは「何とも面倒なことだ」とげんなりしていた。

 デメトリアがわずかな供回りだけを連れて、王都ホルメニアにあるガラムの屋敷を訪れたのは、一週間も前のことである。

 仮にも大将軍の屋敷が王都にないのはよろしくないというポンピウスの進言を受けて蒼馬がガラムに与えた屋敷だが、いまだに石の壁に囲まれた生活に居心地の悪さを感じるガラムである。普段は郊外に天幕を張って起居していた。

 ところが、そんな空き家同然の自分の屋敷に女性とはいえロマニア国の人間が訪れたというのに、ガラムはびっくり仰天した。

 いったい何の用で来たのかと来訪を報せに来た兵に()けば、デメトリアは「祖父であるダライオス大将軍閣下がお預けになられた斧槍を粗末に扱っていないか確認にきた」と言っていると言う。

 いくら生真面目なガラムとはいえ、さすがにこの口実を鵜呑(うの)みにはできなかった。しかし、こうした腹の探り合いは苦手とするところだ。

 自分の手には負えないと即座に割り切ったガラムは、自分が知る限りもっとも腹芸が得意な人物に相談することにした。

「ソーマ様の即位と建国の式典に参列するためにいらしたのでしょう」

 相談を受けたエラディアは、そう即答した。

 しかし、これにガラムは首をかしげる。それならばそうと言えばいい話なのに、なぜわざわざ祖父の斧槍を確かめるという理由で自分のところへ訪れたのかが理解できなかった。

 それを率直に質問すると、エラディアは苦笑を浮かべて答える。

「公式にはロマニア国は私どもを認めておりませんから。こちらからは招待いたしましたが、それも突き返されております」

 驚きに目を瞬かせるガラムに、エラディアは続けて言う。

「とは申しても、ここで完全に断交してしまうのは、ロマニア国としてもあまり良いとは申せません。特に、私たちと実際に刀槍を交える将たちにとってみれば、死活問題。万が一に自分が捕虜となったときに交渉ができないとなれば斬首されるしかなくなってしまいますから」

 そこでロマニア国としては公式に認められないが、つながりだけは残しておきたい。ところが、以前からつながりを作っておいたホルメア国東部諸侯の大半はロマニア国へ亡命したか戦死してしまっている。影響力の強かった北部諸侯も先程の内乱で一掃され、残された西部と南部はともにロマニア国から距離があったこともあって、これまでつながりらしきものはなかった。

 どうせ最初から関係を構築しなければならないのならば、力が衰えた諸侯よりもいっそのこと大将軍となったガラムの方が良いと白羽の矢が立ったのであろう。

 そう説明されたガラムは、わずらわしい話にうんざりした。

 すると、その心の内を読んだエラディアは、くすりと笑う。

「これもまた大将軍の務めかと存じます」

 そう言われてしまえば、ガラムも納得せざるを得ない。

 やむなくガラムはエラディアに教えを請い、またエルフの女官数名を借り受けて、空き家同然だった屋敷を客人が迎え入れられるだけの体裁に整えたのである。

 ところが、ここでまた問題が出た。

 新たな軍の編成に加え、式典の準備と多忙なガラムである。とうていデメトリアたちの相手をしている余裕はない。そうなると、ガラムの代わりに式典までデメトリアたちを歓待する人が必要となる。

 通常、そうした役目はガラムの妻か家族でなければならない。

 しかし、ガラムはいまだ妻帯しておらず、また唯一の肉親であるシェムルは今一番多忙な蒼馬につきっきりで、とうてい頼めるはずもなかった。

 そこで、どうしたものかとガラムが相談すると、エラディアは「お任せください」と快諾し、すぐにひとりの女性を連れてきたのである。

「このシシュル! 全身全霊をもって、この大役を務めてご覧に入れます!」

 それは、ガラムの副官クラガ・ブヌカ・シシュルであった。

 興奮に蜜柑色の毛を総毛立たせて鼻息も荒いシシュルの姿に「これで大丈夫なのか?」とエラディアに目で問えば、「私どもが補佐いたしますので、ご心配には及びません」と答えられた。

 エラディアにそう言われてしまえば、ガラムも否とは言えない。そして、何よりも当人がやる気満々である。

 ガラムは「頼む」としか言えなかった。

「お任せ下さい! きっちり、しっかりと務めてご覧に入れましょう!」

 そう言い切ったシシュルであった。

 実際に大きすぎるやる気が空回りしてしまっているところも多々見られたが、それでもシシュルはエラディアたちの補佐もあり、今日まで大過なくガラムの代役としてデメトリアたちを歓待したのである。

 これにズーグは、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて、次のように言った。

「順調に、脚と角を取られているようだな」

 ズーグが口にした「脚と角を取る」とは、ゾアンが牛を生け捕りにする際に、まずその動きを封じるために脚を一本ずつ捕らえてから最後に危険な角を取って押さえ込むところから、目的を達するのに障害となるものを順番に処理していく、目的を達成するための下準備をするという「外堀を埋める」と似た意味を持つゾアンの格言である。

 そんな格言を言われる意味がわからずにガラムが顔をしかめると、ズーグは「おっと、牛が不機嫌になった」と言ってきた。

 ゾアンにとって牛は狩る獲物であり、家畜ともなる生き物だ。そんな牛と言われてムカッときたガラムは、「暇ならば、これをやれ」と自分の抱えていた仕事の一部をズーグに押しつけてやった。

 すると、ズーグは大げさに嘆いて見せる。

「おお! 我らが大族長にして大将軍殿は、何とも狭量なことだ」

 そう言いつつもガラムの多忙ぶりを知っているせいか、ズーグは押しつけられた仕事をそのまま持ち帰っていったのである。

 しかし、それがまたガラムには苛立たしかった。

 今ガラムがもっとも頭を悩ませている異なる種族の兵たちの(いさか)いの仲裁や軍の編成や兵糧と武具の手配などは、実のところズーグの方が手際は良い。そればかりか、ガラムが四苦八苦しながら学んでいる読み書きも、ズーグはそれなりにできるようだった。

 あいつを獣と侮っていた昔の俺を殴ってやりたい。

 ガラムは、そう痛切に思ったものだった。

「ガラム殿。いかがされましたか?」

 デメトリアの声に、彼女を前にしながら追憶に気を散らしていたガラムは、ハッと我に返った。その場を取り繕うように咳払いをひとつしてからガラムは「俺も式典を前に緊張しているようだ」と前置きしてから言う。

「突然の招待に困惑されただろうが、俺たちは堅苦しい格式や礼法にはこだわらぬ。どうか気楽に参列してくれ」

 あくまで即位と建国の式典の日に偶然居合わせたために参列するのだという立場のデメトリアを立てるため、ガラムもあえて周囲に聞かせるように大きな声で言った。

 それから、その目をふいっとデメトリアの横に向ける。

「ところで、俺に何か用か?」

 ガラムが目を向けたのは、デメトリアの侍女である。やけに目を惹く見事な金髪をしたその侍女は、先程から食い入るようにガラムを見つめていたのだ。

 すぐさまデメトリアが割って入る。

「この者はまだ見習いのため不作法をいたしました。ガラム殿にはご寛恕(かんじょ)を願いたい」

 それにガラムは「俺は気にしていない」と軽く受け流した。

 実際、ゾアンを見慣れていない人々から好奇の目を向けられることが多く、いちいちそんなものを気にも留めていられない。だが、そうした目の大半は、ゾアンへの不安と怯えが見え隠れしているというのに、この侍女の目は興奮と喜びでまるで子供のようにキラキラと輝いていたのだ。それが妙にくすぐったかっただけである。

 そういえば以前のソーマも俺をこんな目で見ていたな。

 そんなことを考えていると、「ご歓談中に失礼いたします」とマルクロニスが声をかけてきた。

「大将軍閣下。少々ご相談したいことがあるのですが、よろしいですかな?」

 人将のマルクロニスは、式典に人間種の要人が多く訪れる王宮の警備を任されていた。そのマルクロニスが相談というのだから、何か警備上に問題でも生じたのだろう。

 そう思ったガラムは、デメトリアに辞去を告げるとマルクロニスとともにその場から立ち去った。

 そうしてガラムの姿が見えなくなると、デメトリアは隣の侍女に声を潜めて言う。

「今の状況とお立場をお考えください、ピアータ殿下」

 金髪の侍女――ロマニア国のピアータ・デア・ロマニアニス王女は、けろりとした顔で答える。

「何も問題ないだろう。おまえとの約束どおり私は黙っていたぞ」

 祖父のダライオス大将軍から預けた斧槍を口実に、ガラムと面識を作っておくように命じられたデメトリアが、そのようなわけでしばらく(いとま)を戴きたいとピアータに願い出たところ、このお転婆な姫は「それなら私も連れて行け」と駄々をこねたのである。

 当然、デメトリアは大反対をした。ところが、ピアータは一歩も引き下がらず、連れて行かねば自分ひとりで乗り込んでやると言い出す始末である。そればかりかピアータへの諫言を頼んだ祖父のダライオスからも「どこのどなたとは言えぬが、これより刃を交える敵を直接目にするのも良いことだろう」と賛意を示された上で、「どこのどなたかに何かあれば、おまえと私の首だけでは収まらぬ。くれぐれも気をつけよ」と言ってきたのだ。

 それならば姫殿下をお(いさ)めくださいとよほど言いたかったデメトリアだったが、姫殿下と大将軍が結託していればそれを覆せるはずもない。やむなく身分を隠して侍女に(ふん)し、自分以外とは決して口を利かないのを条件に、こうして連れてきたのだった。

 それだというのに、とデメトリアは深々とため息を洩らす。

「殿下。『目は静かな雄弁家』と申します。あのような目で見られれば、誰であろうと気になるものです。他人の気を引くような真似は、お(つつし)みください」

 この乳姉妹の苦言もピアータには通じない。ピアータはガラムが去って行った方を見つめながら感嘆の声を洩らす。

「だが、見事な毛並みだったじゃないか。ああ、惚れ惚れするぞ。さぞ手触りも良いだろうな」

 ピアータはガラムの毛並みを思い浮かべ、うっとりとする。それから悪戯っぽい笑みでデメトリアに言う。

「なあ、デメトリア。何とか触らせてもらえるように頼めないか?」

「おやめください。仮にも一国の大将軍となった者を獣扱いすれば大問題です」

 即座にたしなめる。ここで少しでも甘くすれば、この主君は本当に実行しかねないと熟知しているデメトリアであった。

 しかし、そんな思いもピアータには通じない。

「そうか? ゾアンにとって毛並みを褒めるのは、人間にとって容姿を褒めるのと同じと聞いたぞ」

 そうあっけらかんと言い放った。

 そればかりか、さらにディノサウリアンの鱗はどんな触り心地か、エルフの耳に触ったら怒られるかなど、とうてい大国の姫君とは思えないことをぽんぽんと言い出す始末である。

 なぜ自分はこの方に仕えているのだろう?

 デメトリアは、そう本気で悩みながらも苦言を呈する。

「ご自分の立場をご考慮ください。そもそも仮にも大国の姫が身分を隠して敵対する相手のところへくるなど正気ではございません」

 すると、無邪気な子供のようだった表情だったピアータの顔が、鋭い剣のきらめきを帯びる。

「私なんて、かわいいものだぞ。――ほら。あそこにいる奴を見ろ」

 ピアータに促されてデメトリアが目を向けると、そこではどこかの国の要人の若い男が奥方らしい夫人を連れて歓談しているところだった。

 デメトリアは、わずかに眉をひそめる。

 以前どこかで見た覚えがある顔なのだが、それがいったいどこで誰だったか思い出せなかったからだ。

 すると、ピアータはとっておきの秘密を明かす子供のような口調でささやいた。

「バルジボア国のチェズ侯爵と名乗っているが、あれはセサル王自身だよ」

 デメトリアは「まさか?!」と驚いた。

 ピアータはセサル王の周囲の人々に目を向けながら言う。

「私以外にも気づいている他国の要人もいるようだが、皆気づかぬふりをしているな。礼儀正しいことだ」

 デメトリアは、信頼するピアータの言葉とはいえ、にわかには信じがたかった。ピアータがその素性を隠してこの場にいるのですらあり得ぬ行動なのである。それだというのに、いかな小国とはいえ国王自身が身分を偽った上で、ああして堂々と顔を晒して他国へ乗り込むなど、もはや正気のものとは思えない。

「さすが西域に、それと知られた暗君。身分を隠して他国に入るなど、やることが突拍子もない」

「あれは、暗君なんて可愛いものではないぞ」

 さりげなく自分にも当てこすってくるデメトリアに、ピアータは吐き捨てるように言った。

 ダライオス大将軍と兄王子ゴルディアという、軍事と政務のそれぞれの分野においてピアータが尊敬するふたりが、「確証はないが」と前置きしつつも「あれは危険だ」と口を揃えてセサル王を批評しているのである。

 そして、何よりもピアータ自身の直感が、セサル王を次のように訴えていた。

「あれは、亡霊だ。まともな生者の思考では、あれの思惑や行動は測れんぞ」

 おおかた興味本位で身分を偽って破壊の御子を見に来た愚か者という体裁を取っているのだろう。しかし、それでもせっかく長年かぶり続けてきた暗君の仮面を傷つけかねない行為だ。よほど自身で直接に破壊の御子を見たかったに違いない。

「気持ち悪い、亡霊め。宗旨替えでもしたのか? ずいぶんと破壊の御子にご執心ではないか」

 そんなことを言っていると、自分を見つめる視線に気づいたのか、セサル王がピアータの方へ顔を向けた。そして、セサル王は小さく手を上げて微笑みを投げかけて見せたのである。

 身分を偽っているとはいえ、仮にも一国の王が他国の侍女に注意を払ったのだ。当然、何事かと目を向けた各国の要人らも、しだいにピアータの存在に気づき始めた。

「くそ。そっちがバレバレだからといって、私まで巻き込むな。本当に(かん)(さわ)る奴だな」

 そう毒づくピアータの声が聞こえるはずもないのに、セサル王は獲物を前にした爬虫類のような非人間めいた笑みを浮かべてみせた。

「旦那様、いかがされましたか?」

 ピアータを挑発するセサル王に声をかけたのは、今はチェズ侯爵の夫人イベルナを名乗る「根」の女間者デリラであった。セサル王の視線を追い、侍女姿のピアータの姿を認めたデリラはさらに尋ねる。

「あの者が何か?」

 セサル王は軽い調子で答える。

「ああ。――あれはロマニア国のじゃじゃ馬だよ」

 デリラは驚いた。

 ロマニア国のじゃじゃ馬。すなわちピアータ姫である。

「大国の姫ともあろう者が、素性を偽って乗り込むとは、何とも大胆じゃないか」

 自分のことを棚に上げて言うセサル王に、デリラも呆れた。

 もし、何らかの理由をつけて破壊の御子にセサル王の身柄を拘束されでもしたら一大事である。セサル王は、表向きには国政に無関心な暗君を装っているが、裏では「根」の総帥として絶対的な権力を有し、国政のすべてを握っているのだ。そのセサル王がいなくなれば、バルジボア国は瞬く間に崩壊してしまうだろう。

 そう苦言を呈するデリラに、セサル王はくつくつと笑って応じる。

「滅びるならば、それも一興ではないか。どうせなら、この西域全土を巻き込むような盛大な終焉としたいものだ」

 平静を装いながらもデリラは、ゾッとした。

 そう言うセサル王の言葉は、まぎれもなく本心からのものだったからだ。

 教育と訓練によって徹底的に人間性を削り取られた密偵である自分たちよりも、セサル王は深い絶望と虚無を抱えている。

 そんなセサル王にかける言葉が見つからず、デリラは口を閉ざすしかなかった。

 そんなデリラの前で、不意にセサル王が顔を他へと向ける。

「どうやら、そろそろ式典が始まるようだね」

 セサル王の視線の先では、式典の祭場へと通じる大扉がゆっくりと開き始めていた。

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