第41話 推戴
後世では「アッピウスとメンダックスの乱」と呼ばれることになる内乱から、すでに三日が経過していた。
メンダックスによって妨げられていた物流も回復し、王都ホルメニアは早くも以前と変わらぬ活気を取り戻していた。
それは反乱を企てたメンダックスの一派がもともと小勢であり、そのほとんどが王城の制圧に向けられていたために王都自体への被害がほとんどなかったせいだけではない。王都を奪還した蒼馬が、まずは民の生活を元に戻すことが大事と、王都の復興に尽力したおかげでもある。
いずれにしろ街を行き交う王都の民の顔は明るく、つい先日内乱が起きたばかりとは思えぬ程であった。
そうした活気を取り戻した王都の街並み中をホルメア国の大宰相と呼ばれたポンピウスを乗せた一両の馬車が、ゆっくりと走っていた。
「馬車を止めなさい」
馬車が王都の中央広場にさしかかったとき、ポンピウスは御者に命じて馬車を止めさせた。御者が手綱を引くと、馬たちは小さくいななきながら脚を止める。わずかな衝撃ととともに馬車が停止すると、ポンピウスは馬車の小窓から、外の様子を窺った。
すると、人間ばかりかゾアンやドワーフなどの雑多な種族が行き交う広場の中に小さな人集りがあるのが見受けられた。
それは今回の反乱の首謀者として晒されたメンダックスとパダックスの首を見物する人集りである。
一度は蒼馬に臣従を誓っておきながらも反乱を起こし、また旧主であるホルメア王族のワリナ王女まで亡き者にしようとしたふたりの罪は、とうてい許せるものではなかった。
厳しい尋問の末に反乱の真相が明らかにされると、メンダックスとパダックスのふたりは公の場において裁判にかけられたのである。そこで死刑が確定すると、ふたりは即日王都の広場において衆人環視の下で斬首に処せられたのだった。
その際、メンダックスはその首が胴体から離れる間際まで見苦しく命乞いを続けたのだが、それに応える者は誰ひとりとしていなかったという。
そうして斬首に処せられたふたりは、首は肉が腐れ落ちて骨になるまで王都の広場に晒され、身体は荒野に放置されて獣の餌にされたのである。
厳しい処罰ではあったが、首だけとなったメンダックスを眺める王都の人々からは、いたわしさや哀れみといった色は欠片も感じられなかった。
もともと民衆から人気がなかったメンダックスである。そこにきてワリナ王女を殺害し、王家の乗っ取りまで目論んでいたとあっては、地に落ちていた評価がさらに地中に埋まってゲノバンダの沼に到達したようなものだ。そのため、ふたりの晒し首を眺める民の目は、もはや「ざまあ見ろ」と言わんばかりであった。
また、ふたりを除いたメンダックスの一族の人間たちは、命こそ取られなかったが、領地ばかりか家財の一切を没収されて国外追放とされた。それでも当座の生活費だけは残されたのは、蒼馬のせめてもの恩情である。
そうしたメンダックスたちへの処罰と比べ、同じ反乱の首謀者であったアッピウス侯爵は、いまだ蒼馬へ臣従を示していなかったために敵将として丁重に扱われた。刎ねられた首は遺体に縫いつけられた後、領内にあった一族の墓地へと埋葬されたのである。
また、その遺族たちも処罰されることはなかった。さすがに領地の統治権は取り上げられたものの、今後も侯爵家として家名を名乗ることを許されたのである。
そうした蒼馬の公正かつ寛大な処置に、王都の人々は大いに喝采を上げたという。
それはとりもなおさず、この国の民が破壊の御子の支配を受け入れつつあるということの現れだった。
それを民という形としてまざまざと見せつけられるのに、生涯をホルメア国に尽くしてきたポンピウスの胸中は複雑であった。
だが、これも新たな時代の到来なのだろう。
そうポンピウスは胸の内で洩らした。
巨木が倒れた後に若芽が芽吹くように、無敵を誇った獅子が草原の王の座を若き獅子に奪われるように、盤石と思っていた大国もまた滅び、その後に若き力が台頭してくるのもまた世の理なのだろう。
そう自分を納得させたポンピウスは、ため息をひとつ洩らすと、その小さな身体を馬車の中に敷かれた座布団に深く埋めた。
「もう、良い。馬車を王城へ向かわせなさい」
ポンピウスの言葉に、御者は馬に軽く鞭を入れ、再び馬車を走らせ始めた。
車輪が石畳の道を叩く小さな衝撃を感じながらポンピウスが思うのは、これからのことである。
ポンピウスは、破壊の御子から新たな国の要職に就いてくれないかとの要請を再三再四にわたり受けていた。
それ自体は、このような老骨にありがたいことだとは思う。
しかし、それでもポンピウスは蒼馬へ仕える気は毛頭なかった。
自身の能力が劣っているとは思わない。だが、老い先短い自分が要職に就いては、かえって後に問題を残してしまう。そして、何よりも自分は死ぬまでホルメア国の臣であり続けたいからである。
それを余人は、つまらぬ意地と笑うだろう。
しかし、意地のひとつも張れずに死んでは、先に逝った友に合わせる顔がない。
かつてサドマ王を挟んでともに並び立った、今は亡き友の顔を思い起こしたポンピウスは口許に微笑みを浮かべた。
滅びたホルメア国の臣である自分が成すべきことは、もはやただひとつ。
この大きな変革の渦にあって、翻弄され傷つくであろう元ホルメア国の民だった者たちのわずかなりとも助けになるために道標を残すことである。
そんな決意とともに王城に入ったポンピウスは、早くも女官長として王城を掌握しつつあるエラディアのところへ顔を出し、蒼馬の所在を尋ねた。
すると、すでに政務を終えた蒼馬は、ワリナ王女を招いて午後の茶会を開いていると言われる。
エラディアに聞けば、近日中にホルメア王家の陵墓へ向かうことになっているワリナ王女とそれまでの間に少しでも親交を深めておこうと、内乱後はこうして毎日のように蒼馬は王女を茶会に招いているという。
それに、ポンピウスはホッと胸を撫で下ろした。
ホルメア国の臣下としては、ワリナ王女の行く末は大きな懸念のひとつである。同じ臣下であったメンダックスとアッピウス侯爵の反乱のせいで、破壊の御子とワリナ王女との間に亀裂が生じるのではないかと危惧していたが、それは杞憂であったようだ。
そんなポンピウスの胸中を慮り、エラディアは何気ない口調で告げる。
「以前はシェムル様を介されてばかりでしたが、最近ではおふたりが直接に言葉を交わされることも多くなりました」
ご心配には及びませんと言外に伝えられたポンピウスは感謝の意を込めてエラディアへ一礼した。
それからポンピウスが蒼馬へ拝謁させていただきたいと申し出ると、エラディアから「それならば茶会にご一緒されてはいかがでしょうか?」と提案される。
それはポンピウスにとって願ってもないことだった。特にこれから蒼馬に持ちかける話は、今の立場を慮って公式の場にあまり顔を出さないワリナ王女が同席してくれた方が何かと都合が良い。
でき得ることならばとポンピウスが言うと、エラディアは蒼馬の了承を取り付けに女官を向かわせてくれた。
しばらくして蒼馬の了承の言葉を携えて戻ってきた女官にポンピウスが案内されたのは、王宮の庭園の一角である。
照明器具のない薄暗い屋内よりも開放的な外を好む蒼馬の嗜好に合わせ、王宮の庭園の一角に設けられた東屋のような柱と屋根だけの建物で茶会が開かれているらしい。
そこへ女官に案内されるポンピウスは、小さく驚いた。
東屋に近づくにつれ、ワリナ王女の笑う声が聞こえてきたからだ。
王侯貴族の子女らしく控えめな笑い声だが、それでもあの引っ込み思案な王女が声を上げて笑うのは、かつてのホルメア国の王宮ではありえないことである。
良い傾向だと胸を暖かくさせるポンピウスが東屋に着くと、そこでは蒼馬とシェムルとワリナ王女がにこやかに歓談しているところだった。
「突然の来訪だというのに、こうして茶会にまでお招きいただき感謝の言葉もございません」
ポンピウスはまず蒼馬へ感謝の意を示すと、それに蒼馬は笑顔で応じる。
「ポンピウスさんなら、いつでも歓迎します。いっそのこと、このまま一緒に仕事をしてくれても構いませんよ?」
軽い口調で誘いかける蒼馬に、ポンピウスは苦笑を浮かべて頭を下げる。
「老いては机より寝台が恋しくなるもの。そればかりはご容赦を」
自分に仕えないかと冗談交じりに誘いかける蒼馬に、ポンピウスもまた冗談を交えて辞退する。これが最近では恒例ともなった蒼馬とポンピウスのやりとりであった。
続けてポンピウスはワリナ王女にも挨拶の言葉を述べる。すると、ワリナ王女も朗らかな笑顔で挨拶を返してくれた。
もはやワリナ王女殿下の今後のことに自分が憂慮すべきことはないだろう。
嘘偽りのないワリナ王女の笑顔に、そう確信したポンピウスはしばらく雑談を交えた後、最後の務めを果たすべく蒼馬へ問いを投げかける。
「ソーマ様におかれましては、今なおすべての者が平等に暮らせる国を建国することを目指される気持ちにお変わりはございませんか?」
「もちろんです」
蒼馬は即答した。
「今は、そのための行政機関をどのような形にするか、みんなと詰めているところです」
とりあえずは各種族から代表を選出してもらい、その者たちによる議会を立ち上げて国を運営していこうと考えていた。そして、ゆくゆくは種族ごとではなく、現代日本のようにすべての国民による選挙によって議員を選出していくのを構想しているのだが、どうにもみんなの反応が悪い。自分の構想があまり理解されていないように蒼馬は感じていた。
しかし、それでも新たな国の大事な一歩目である。
たとえいかなる困難が待ち受けるのがわかっていても、蒼馬はじっくりと腰を落ち着けて取り組むつもりであった。
そうした構想と自分の決意を語り終えた蒼馬は、次の言葉で締めくくった。
「大変なことだとは、僕もわかっています。それこそ猫の手も借りたい――って言ってもわからないか。とにかく、老人の手でも借りたいですね」
猫の手という言い回しはポンピウスにも意味はよくわからなかったが、老人の手とは要職に就くのを拒む自分を当てこすった言葉なのはわかる。ポンピウスは「意外と、しつこい」とは思いつつ、その場は笑顔で誤魔化した。
それから椅子に座ったまま居住まいを正すと、蒼馬を真正面にするように身体の向きを変える。そして、ひたりと蒼馬の目を見つめながら、真剣な面持ちで言う。
「すべての者たちが平等に暮らせる国を打ち立てるというお考えは、いと貴いものと思います。されど、あえてこの老骨は具申いたします。ソーマ様――」
ポンピウスは一字一字を区切るように、はっきりと告げた。
「王になられませ」
しんっと辺りが静まり返る。
その中で、しばらく目をパチクリとさせて驚いていた蒼馬は、困惑を苦笑に変えてから、こう言った。
「僕は王様になんてならないよ?」




