第39話 悪あがき
破壊の御子が辺境諸侯軍を一蹴し、アッピウス侯爵をはじめとした北部諸侯はことごとく討たれ、その首を取られた。
破壊の御子はメンダックスの反逆に激怒し、これを誅するべく軍勢を率いて王都に向かっている。
破壊の御子が辺境諸侯軍を一蹴したとの報せに、日和見していた各地の諸侯らも次々と「反逆者メンダックスを討つべし」と兵を挙げて破壊の御子に合流しているらしい。
このような虚実が入り交じった噂が、あたかも枯れ野に放った野火のごとく一気に王都ホルメニアに広まっていた。
ロマニア国軍が王都へ迫ってくる危機にも静観を決め込んだ北部諸侯へ密かに憤りを覚えていた王都の住民らは、この蒼馬の勝利の報せに喝采の声を上げたのである。
それとともにメンダックスが私利私欲から北部諸侯と結託し、王都と王位を簒奪しようとしていたというほぼ真実に近い情報が洩れてしまうと、王都の住民らの怒りと不満は一挙にメンダックスへ向けられた。
ただでさえ王都の門を閉じられ、通行と物流を遮られてしまい生活に支障が出ているのである。その上、王都の住民の間では同情もあって密かに人気の高かったワリナ王女を害して王位を簒奪しようとしたとあっては、もはやメンダックスの評価は地に落ちたどころか、地の奥底深くにあるゲノバンダの糞尿の沼にまで到達したようなものだ。
街角に立って公然とメンダックスを声高に批難する者の周りに人々は集まり、メンダックスの悪行を糾弾する落書が至る所で目についた。そればかりか、中には破壊の御子の軍勢がやってきたら自分らの手で門を開いて迎え入れようと決起を促す過激な内容すらささやかれたのである。
これにはさすがのメンダックスも手をこまねいてはいられなかった。兵に完全武装させると槍や剣を抜き身のままで巡回させ、王都の住民らを威圧して押さえ込もうとしたのだ。
しかし、それも無駄に終わってしまう。
巡回していた兵たちが何者かに襲撃され、袋叩きにされる事態が相次いだ。これにメンダックスの私兵らは尻込みしてしまう。もはや誰も巡回に出ようとはせず、主であるメンダックス同様に堅く城門を閉じた王城に閉じこもってしまったのである。
これに王都の住民らはさらに勢いづき、日中から巡回の兵たちから奪った武器や旗を戦利品のように掲げて「メンダックスを王都から追い出せ! 破壊の御子を王都に迎え入れろ!」と気勢を上げたのだった。
もちろん、そうした住民らの後ろでは、エラディアからの依頼を受けて暗躍するトゥトゥの手の者たちの扇動があったのは言うまでもない。
そうした刻一刻と悪化する事態の中でなお謁見の間にある玉座にしがみつくメンダックスのところへ悲壮な顔をした息子のパダックスがやってきた。
「父上。また兵が逃げました。このままでは王城すら維持できません……」
ただでさえ数を減らしていた傭兵たちは、すでにひとり残らずメンダックスを見限って、どこかへ逃げてしまった。私兵の中からも脱走者が続出し、もはやメンダックスの手勢は数えるほどしか残っていなかったのである。
「そんなこと言われんでもわかっているわ!」
メンダックスは激昂して叫んだ。
言葉のとおり、メンダックスにもわかっていた。
破壊の御子とアッピウス侯爵を出し抜き、自分こそがホルメア国の王になるつもりでいた。それだというのに蓋を開けてみれば、この始末である。破壊の御子には反逆の計画が事前に露見しており、それを逆手に取られてまんまと自分は罠にはめられたと見て間違いない。
そして、これが罠であったのならば共謀者であったアッピウス侯爵も、すでに囚われたか亡き者とされただろう。
もはや誰がどう見ようとも、この反逆は失敗である。
日々の糧にすら困窮していた貧乏貴族の自分がホルメア国の王になる一世一代の大勝負と思って決起した結果が、これだ。
メンダックスは、がっくりと打ちひしがれてしまう。
そこに城外から、どっと人が沸くような声が聞こえてくる。
「いったい、何が起きた?!」
悪い予感を覚えたメンダックスが慌てふためいていると、まだわずかに残っていた兵のひとりが謁見の間に駆け込んできた。
「大変でございます、メンダックス様!」
荒げた息を落ち着かせるために、兵はいったん言葉を切ってから続けて言う。
「破壊の御子の軍勢が姿を現しました!」
兵の報告に、メンダックスは悲鳴も上げられずに無意味に口を大きく開くだけだった。
さらに兵からの報告が続く。
「これに王都の住民らは歓声を上げ、破壊の御子らを迎え入れるために王都の門を開こうと殺到しております。もはや我らにこれを食い止める術はなく、程なく破壊の御子の軍勢が王都に入ると思われます!」
メンダックスは慌てて玉座を蹴立てるようにして立ち上がった。
「いかん! すぐに城門を固めよ! 城門さえ固めれば、王都が落ちてもこの城ならばそう易々とは落ちん! パダックス! すぐにおまえが行くのだ!」
そう言って息子のパダックスを城門へ急ぎ向かわせると、謁見の間にはメンダックスひとりだけが残された。すると、メンダックスは巣穴から顔を覗かせるネズミのようにキョロキョロと周囲を見回した。そして、誰も居ないのを確認すると、メンダックスはドタバタと足音を立てて謁見の間から飛び出した。
「くそっ! 死んでたまるか!」
謁見の間から王宮の奥へと向かう通路を駆けながら、メンダックスはそう吐き捨てた。
古今東西、反逆を失敗した者に待つのは、もっとも残酷な死である。
斬首や縛り首ならば、まだマシだ。過去には、飢えた蟲がうごめく穴に放り込まれて生きながら貪り喰われる刑や、内側に棘がついた大きな鉄籠に放り込まれて眠るどころか座って休むこともできずに立たされ続け、ついには狂い死ぬという刑に処せられた者もいる。
それほど権力者にとって反逆とは許しがたい罪なのだ。
しかし、それでもメンダックスは死ぬなどまっぴら御免であった。
処刑も御免だが、潔く自決する気もさらさらない。たとえいかなる醜態を晒そうとも、どのような罵詈雑言を浴びようとも、生きて生きて、生き延びてやる。
そんなメンダックスが逃げ込んだのは、王宮の奥に軟禁されていたワリナ王女の部屋であった。
「ワリナ王女殿下! お助け下さいっ!」
メンダックスは蹴破るような勢いで扉を開けるなり、突然の来訪に驚くワリナ王女の前に平伏した。もし、その場を蒼馬が見ていれば「フライング土下座!」と大喜びするような切れのある平伏である。
「私はワリナ王女殿下が辱められているという嘘を信じてしまっただけなのです! それがための義に駆られた上での行動にございます! 私も騙されたのです! どうかご理解くださいませ!」
そうまくし立てるメンダックスに、一時の驚きが過ぎたワリナ王女は温和な彼女には珍しくキッと目を吊り上げると厳しい声を上げる。
「嘘をおっしゃられないで。あなたはアッピウス侯爵様と謀り、ソーマ様と私を亡き者にし、この国を我が物にしようとしたのでしょう! すでに城の中で、それを知らぬ者はおりませんよ!」
何しろ自分が蒼馬に陵辱されて殺されたことになっていたのだ。いくら人が良いワリナといえど、さすがにメンダックスの思惑を察していた。
しかし、この期に及んでも、メンダックスは言い訳をする。
「いえいえ、決してそのようなことはございません! このメンダックス、今は亡きワリウス陛下により引き立てられた深い恩顧を思えばこそ、ワリナ王女殿下をお救いせんと――」
「見苦しいまねはおやめなさい!」
ワリナ王女はメンダックスの妄言を遮ると一喝した。
「今さらながら、その醜態。おそらくは王都から逃れたソーマ様が、アッピウス侯爵様を打ち破ったのではありませんか?」
メンダックスは、ぎょっとした顔になった。余計な事を知られないようにワリナ王女の周りは固めていたはずだ。それなのに、なぜそれを知っているのかと半ば茫然とメンダックスが口にすると、ワリナは諭すように言う。
「あなたは、もうお忘れになったのですか? ソーマ様は、ホルメア国最高の将軍と謳われたダリウスおじさまを退け、あの『黒壁』をも正面から打ち破った方なのですよ。どんなにアッピウス侯爵様が戦巧者といえど、最高の将軍と最強の軍団よりも強いソーマ様に敵うはずがないではありませんか」
これにメンダックスは顔をうつむかせて、平伏したまま全身をプルプルと震わせる。
それを哀れに思ったワリナ王女は、「せめてソーマ様へは寛大な御処置を下さりますようお願い申し上げましょう」と告げた。
しかし、それは助命という意味ではない。せめて苦しませずに死刑にしてくれるようにお願いすると言う意味の言葉だ。
もはや死は避けられないという事実に、メンダックスは言葉を失い、ただ身体を震わせることしかできなかった。
しばらくそうして身体を震わせていたメンダックスだったが、伏せたままボソッとこぼす。
「……もはや、これまでか」
不意にメンダックスは、ガバッと顔を上げた。心労と睡眠不足から落ち込んだ眼窩の中で血走った目を極限にまで見開き、怒り狂う獣さながらの表情でメンダックスはワリナ王女へ食ってかかる。
「この小娘が! たかが王家に生まれただけで何の苦労もなく人の上に立った小娘が、賢しらな口を叩きおって! いいだろう! こうなればおまえを殺して、すべてはおまえの陰謀であったと罪をかぶってもらおう!」
メンダックスは怒り狂っていた。それは助命嘆願を退けられたからではない。これほどメンダックスが怒り狂うのは、ワリナ王女の表情や言葉からにじむ哀れみにである。
諸侯や重臣ばかりか宮廷に勤める下働きまでが自分を「裾持ち」と軽蔑しているのをメンダックスは知っていた。それらの陰口に対しては、口では「成功者への嫉み」とあしらっていたメンダックスだったが、それでも屈辱を感じなかったわけではない。
しかし、メンダックスの家は、貴族とは名ばかりで日々の糧にすら困窮するような家柄である。それでは頼るべき後ろ盾も権威も伝手も、とうてい望めない。さりとて自身の能力も他人と比べて秀でているとはとても言えなかった。
それでもなお成り上がろうと思えば、屈辱を飲み込み、恥を投げ捨て、ワリウス王に媚びへつらうしかなかったのだ。
取った手段については、他人は眉をひそめるだろう。
しかし、それでもメンダックスはその身を切り刻むような忍耐と砂漠から一粒の砂金を見つけ出すごとき労苦の果てに、臣下の最高峰とも言うべき宰相となったのである。
それをいくら兄王子に冷遇されていたとはいえ、たかが王家に生まれたというだけで臣下ばかりか民たちにまで慕われているワリナ王女に哀れみをかけられたのだ。
それにメンダックスは激怒したのである。
「メンダックス様! 正気ですか?!」
メンダックスの狂態に、顔色と言葉を失うワリナ王女に代わって侍女が声を上げた。これにメンダックスは唾を吐き散らしながら叫び返す。
「ああ! 正気も正気よ! どうせ、このままでは破壊の御子に殺されるだけ。それならば、ダメで元々。わずかな可能性でもあれば、試してやるだけよ!」
そう言うなりメンダックスは隠し持っていた短刀を取り出すと、それをもってワリナ王女の命を奪わんと立ち上がった。
「さあ、王女様。おまえら王族は国のためにいるそうじゃないか! だったら、最後はホルメアの民のひとりである俺のために死んでもらおう!」
短刀を片手にジリジリと近づくメンダックスへ侍女たちがワリナ王女をかばいつつ必死に声を上げる。
「メンダックス様! どうぞ、落ち着かれてくださいませ!」
「うるさい、だまれ!」
しかし、メンダックスは怒声を返す。
「貴様らも死にたくなければワリナをこっちに寄越せ!」
見せつけるように短刀を振って見せるメンダックスに、侍女たちはそろって顔色を失った。その中で侍女たちよりも青い顔をしたワリナ王女が、それでもなけなしの矜持を振り絞ってメンダックスをキッと睨む。
「メンダックス様の狙いは、私のみ。この者たちには用はないのでございますね?」
その口振りにワリナ王女が何を言わんとしているかと察した侍女たちが小さく悲鳴を上げた。それには目もくれずメンダックスは答える。
「そうだ! おまえさえ殺せれば良いのだ!」
嘘である。
この一連のやりとりを見られたのだから、当然メンダックスはこの場にいる侍女らも口を封じるつもりだった。しかし、それよりも今は確実にワリナ王女を殺害するのが優先である。そのための嘘だった。
そして、その程度のことはワリナ王女も薄々は察していた。だが、それでも今はそれにすがらなければならない。
ワリナ王女は唇の震えを止めるため、一度ぎゅっと口を堅く引き結んでからメンダックスに言う。
「それならば、私は逃げも隠れもいたしません。――さあ、あなたたちはお逃げなさい」
言葉の後半は周囲の侍女たちに向けられたものだった。
王女の側付きの侍女といえば、この時代の婦女子にとっては憧れの職である。未来の女王となるか、もしくは国内の有力貴族へ降嫁するであろう王女と個人的な面識があれば、侍女としての行儀見習いを終えた後の嫁ぎ先に困ることはないからだ。
しかし、兄王子のアレクシウスによって冷遇されていたワリナ王女の侍女とあっては、嫁ぎ先は引く手あまたどころか、かえって疎まれかねない。そのため、そのなり手に事欠く有様だった。
それを知るだけに、ワリナ王女は申し訳なさも手伝って侍女には優しい主人であったのだ。
自らの足でメンダックスのところへ行こうとするワリナ王女を血相を変えた侍女らが押しとどめる。
「いけません、姫様! 私たちが食い止めている間にお逃げ下さい!」
また、侍女たちもそんな曰くつきの王女付きに推挙されただけあって家族から冷遇されていた者たちばかりであった。それだけに自分らに優しく接してくれるワリナ王女を敬愛する者たちだったのだ。
互いが互いを助けるようとする主従の美しい姿だったが、今のメンダックスにはそれは自分の卑小さを思い知らされるだけの光景でしかない。
「もう良い! まとめて殺してやる!」
メンダックスは、目を血走らせて短刀を振り上げた。
更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
現在、同僚のひとりが長期療養に入ったために私の仕事が忙しく、なかなか執筆時間が取れない状況です。
何卒ご理解のほどをよろしくお願いいたします。




