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破壊の御子  作者: 無銘工房
建国の章
293/548

第27話 茶会

「ワリナ王女のこと?」

 蒼馬はそう答えながら「何か問題でもあったかな?」と最近ワリナ王女について何か報告があったか記憶を探った。

 しかし、心当たりと言えば、つい先頃ワリナ王女に王城の後宮から王都にある離宮へ移ってもらったぐらいのものである。 

 西域に「一城に二君なし」という言葉がある。ひとつの城にふたりの王が並び立つことはないという意味の言葉だ。

 新たに王城の主となった蒼馬と、それまでの主であった王族のひとりであるワリナがともにいるのは具合が悪い。そうした理由で離宮へ移ってもらったのだが、それも元大宰相ポンピウスと事前に相談し、さらにワリナ王女本人にも蒼馬の口から直接説明して理解を得た上でのことだ。しかも、離宮へ移る当日には蒼馬自身が見送り、礼を失さないように最大の配慮をしたつもりである。それなのに問題があったとは、とうてい思えなかった。

 しかし、何か気づいていなかった問題でもあったのかと蒼馬が問うと、メンダックスは「そうではございません」と前置きした上で、次のように言った。

「ワリナ元王女殿下のご処置は、ソーマ様の寛大なる御心によるものと私どもは重々承知しております。ですが、地を這う虫が空を飛ぶ鳥の心を知らぬように、無知蒙昧(むちもうまい)なる民はいまだにソーマ様の御心を知りません」

 民を無知蒙昧などと(いや)しめてまで蒼馬を持ち上げようとするメンダックスの物言いに、当の蒼馬本人は眉をしかめた。だが、平伏しているメンダックスはそれに気づかぬまま言葉を続ける。

「それがために、王都の民の間でワリナ元王女殿下に対して()からぬ噂が流れているのでございます」

「善からぬ噂?」

 蒼馬がおうむ返しに尋ねると、メンダックスは「御意にございます」と言ってから言葉を続けた。

「ワリナ元王女殿下はソーマ様に見向きもされない醜女(しこめ)であるとか、手も触れたくないようなおぞましい病にかかっているなどと、耳にするのも汚らわしい噂にございます」

 それに蒼馬は、そんな馬鹿なと思った。

 長い年月の間、選りすぐりの美男美女を血筋に取り込んできた王族である。その王族のひとりであるワリナ王女も、十分に整っている容姿の持ち主だ。現代日本の美的感覚を持つ蒼馬ですら、下手なアイドルよりもかわいいとすら思っていた。

 また、ワリナ王女は病弱であるのは事実だが、それも決して伝染病の(たぐ)いではないと聞いている。

 それでもこれまで蒼馬がワリナ王女に近寄らなかったのは、ひとえに自分が征服した相手を力尽くでものにしようする奴だという誤解を恐れてだ。

 たとえ実際に指一本触れていなかったとしても、不用意に接触するだけでも、そこからあらぬ噂を立てられかねない。

 そんな懸念からワリナ王女を遠ざけていたのだが、それがかえって彼女に不名誉な噂を立てさせてしまったとあれば自分の失策である。

 すぐに蒼馬は対処しなければと思った。

 しかし、相手は根も葉もない噂である。どうすれば実態のない噂を打ち消せるか蒼馬は悩んだ。

 すると、メンダックスが「恐れながら」と言上する。

「ソーマ様のご慈悲ゆえに遠ざけられていたのを理解できない愚昧(ぐまい)が、ワリナ元王女殿下の離宮への転居をきっかけに妄言という形となったものと存じます。それならば、ここはソーマ様からワリナ元王女殿下と親しくお会いになられれば、そのような妄言はたちまちのうちに消えてなくなりましょう」

 それに蒼馬は、しばし考え込んだ。

 確かに征服者の自分が年頃の娘を遠ざけたがために出た噂に思える。それならば、できるだけワリナ王女と親しくして見せた方が良い。これまではあらぬ噂を警戒していたが、さすがに半年近くも経てばさほど気にせずとも大丈夫だろう。

 そう判断した蒼馬は、メンダックスに言う。

「わかった。できるだけ早く、ワリナ王女と会おう」


                  ◆◇◆◇◆


 蒼馬とワリナ王女の対面は、とんとん拍子で話が進められた。

 事前にメンダックスが手配していたのか、蒼馬がワリナ王女に会うと決めると、あれよあれよという間に段取りがつけられていったのである。そうして気づけば、メンダックスの陳情の翌日には、午後の茶会にワリナを招待するという話が決まっていた。

 しかし、ことは昨日の今日である。

 いくらなんでも早すぎる話に、当の蒼馬本人が尻込みしてしまった。

 世間では、凶悪な亜人類どもを手足の如く使って大国ホルメアを滅ぼした恐ろしい破壊の御子と呼ばれる蒼馬だが、相も変わらず女性に対しては奥手のままである。

 まずもって、どんな会話をすれば良いかすらもわからなかった。ましてや相手のワリナ王女は、自分が攻め滅ぼした国の王女である。言葉ひとつかけるのにも気をつかわねばならない。

 それでも、これまで蒼馬は何度かワリナ王女と対話したこともあった。

 しかし、それらはすべて国権の移譲やワリナ王女への処遇など政務にかかわるときばかりである。そのため話す内容も事前に決まった事務的なものだったこともあり、さほど気も遣わずにすんでいたのだ。

 それがいきなり、お茶を楽しみながら仲良く会話しましょう、である。

 奥手の蒼馬にとっては、いきなり乗り越えろと言われるには壁が高すぎるものだった。

「やっぱり、急すぎるから後日にしない?」

 すでに離宮からワリナ王女がこちらに向かっているであろう間際になって尻込みする蒼馬に、シェムルは深々とため息をついてから、次の一言を投げかける。

「このへたれが……」

 蒼馬はぐうの音も出なかった。

 そうこうしているうちにも時間が経ち、ついにワリナ王女が離宮から王城へとやってきた。女官長のエラディアが直々にワリナ王女を出迎え、蒼馬が待つ茶会の部屋へと連れてくる。

「本日は、お招きいただきありがとうございます」

 ワリナ王女もやはり緊張しているようだ。普段でも血の気の薄い顔をさらに青くさせながら、たどたどしく蒼馬へ挨拶をした。

「政務を終えた後の息抜きにしている私的な茶会です。あまりかしこまらず、気を楽にしてください」

 今にも卒倒しそうなワリナ王女の様子に、蒼馬はそう声をかけてから椅子に座るように促し、自らも対面に腰を下す。すると、すかさずエルフの女官たちがゾアンのお茶を用意してくれた。

 それが終わってエルフの女官らが壁際へと下がると、とたんに気まずい雰囲気が漂い始める。

 このままではまずいと思った蒼馬は、とにかく適当な話題を振った。

「今日は良い天気でよかったですね」

 いきなり難易度の高い話題を振って、コケたら大変だ。まずは誰でも答えを返しやすい簡単な話題を振る。そして、ワリナ王女が答えを返せば、さらにそれをきっかけに自分が答えを返してと、話を膨らませる完璧な計画だ。

 そう確信する蒼馬は、壁際で控えるエルフの女官であるエーリカが露骨に失望したような目になるのは見なかったことにする。

 いかなる返答が来ようともすべて迎え撃つ覚悟の蒼馬へワリナが発したのは、次の言葉であった。

「そうですね……」

 沈黙が舞い降りた。

 やばい、やばい、やばい!

 蒼馬は顔に笑顔を貼りつけたまま焦った。

 天気の話題からワリナ王女が何か返してくれるのを期待していたというのに、いきなり止められてしまった。例えるならキャッチボールをするつもりで投げたボールが返ってこない状況である。いろんな返答を想定して返しの言葉を考えていたのに、それを使う間もなく終わってしまった。

 蒼馬は焦りを飲み込むと、次の会話のボールを投げる。

「離宮に移られてから、何か生活で困ったことはありませんか?」

 身近な話題ならば口数の少ないワリナ王女も何か返せるはずだ。

 そう期待した蒼馬へワリナ王女は恐る恐る言う。

「……特にございません」

「そうですか。それは良かった」

 良かったんだが、良くない。

 蒼馬はさらに焦る。

 ワリナ王女が離宮での生活に問題はなくても、これでは会話が続かない。

 その後も蒼馬とワリナ王女の会話は噛み合わなかった。

 それは蒼馬が奥手であるだけではない。ワリナ王女もまた兄王子のアレクシウスに長く(うと)まれていたため、茶会や様々な王族の行事に加われずにいた。そのため、この年頃の王族ならば当たり前の社交術が身についていなかったのだ。

 さらに、そこにワリナの引っ込み思案な性格も加わった挙げ句、このような惨状となってしまったのである。

 このいたたまれない空気に、ついに蒼馬が「茶会はこれでお開き!」と言いかけたそのとき、エラディアが割って入った。

「ご歓談中に失礼いたします。お菓子を用意いたしました」

 そう言ってエラディアが手ずから蒼馬とワリナ王女の前に置いた皿には、薄茶色の丸い板の上にゼリー状のものを乗せた菓子が何枚も並べられていた。丸い板に乗せられているゼリー状のものはそれぞれ色が異なっている。それがきれいに並べられている様は皿の上に描かれた色鮮やかな絵画のようであった。

 見たこともない菓子に、ワリナ王女は恐る恐る尋ねる。

「……これは?」

 エラディアは、にっこりと微笑んでから答えた。

「クラッカーにジャムを乗せたものにございます」

「ジャム……!」

 ワリナ王女は驚きに目を小さく丸くした。

 砂糖や蜂蜜とともに果実を煮込んで作るジャムの歴史は古い。そして、ここセルデアス大陸においても果実が食べられない季節のための保存食としてジャムが作られていた。

 しかし、砂糖が生産されていない西域においては、大半は蜂蜜を用いたものである。そして、いまだ養蜂が行われていないこの時代においては、蜂蜜は野生の蜜蜂の巣から入手するしかなく、そのためにジャムは王族でも滅多に口にできない高級品だった。

 ワリナ王女はジャムを乗せたクラッカーを一枚つまみ取ると、恐る恐る口へと運ぶ。

「……! 甘い」

 このジャムはジェボアを介して手に入れた砂糖で作ったものである。蜂蜜より直接的に訴えてくる甘味の暴力がワリナ王女の舌を直撃した。

 しかも、ジャムを乗せてあるクラッカーの少し強めの塩味が、さらにその甘味を引き立てるのだ。

 これにはワリナ王女も驚いた。

 その様子に好感触を得たエラディアは小さく礼をする。

「ワリナ王女殿下は、食べ物のお好みが厳しいとお(うかが)いしておりましたが、お口に合ったようでうれしゅうございます」

 それからエラディアが、蒼馬に目配せをする。しばし、きょとんとした蒼馬だったが、エラディアが自分へ話題を振ってくれたのに気づき、泡を食って飛びつく。

「えっと。食べ物の好みが激しいというと、食べられないものがあるんですか?」

「はい。お恥ずかしいですが、肉類が苦手でして……」

 ワリナ王女が言うには、肉類は臭みが苦手で食べられないという。それは獣肉に限らず、鶏肉や魚肉などもダメだそうだ。

「それでは普段は何を食べているんですか?」

「果物とパンを少々……」

 ワリナ王女の答えに蒼馬は「道理で」と思った。

 この時代の同年代の女性と比較しても、ワリナ王女の身体は小さく、そして細い。果物とパンだけしか食べないと聞けば、それもそうだと納得できた。

 そんなことを蒼馬が考えている間に、ワリナ王女は別のクラッカーを手に取り、さくっと小さく囓り取る。

「ジャムの色が違うと思っておりましたが、それぞれ違う果実を使ったジャムなのですね」

「そのとおりにございます。まず、この赤いものは――」

 エラディアがそれぞれのジャムに使った果物を説明した。それに小さくうなずきながら聞き入っていたワリナ王女は、説明が終わると感嘆の吐息を洩らす。

「驚きました。このようないくつもの種類のジャムを一度に目にしたのも、このようなものに乗せて食べたのも初めてです」

 この時代では、ジャムは特定の果実を厳選して作られるのではなく、そのときに入手できた数種類の果実をごった煮にして作る物である。また、食材というより嗜好品や薬として扱われていたため、壺などの容器に棒や指を突っ込んで、それを舐め取るのが一般的な食べ方であった。

「すべてはソーマ様の故国の流儀にございます。何でも、料理は舌だけではなく、その盛り付けの美しさなど目でも楽しむものだとか」

 エラディアに「そうでございますよね?」と目を向けられた蒼馬は、慌てながらも答える。

「えっと、味や見た目だけじゃなくて匂いとか、後は調理中の油の弾ける音とかも含めて楽しむのが料理なんです」

 現代日本にいた時に読んだ料理漫画の主人公が言っていたことをそれっぽく蒼馬が語ると、ワリナ王女は感心したように目を輝かせた。

 さらにエラディアは口添えする。

「ワリナ王女殿下は、異国のお話にご興味がおありと伺っております。ですが、ソーマ様の故国には、殿下すら聞いたことがない甘味の数々がございます。いかがでしょうか? これは良い機会と(おぼ)()し、お話をお伺いなされては?」

 後宮の奥からあまり外に出なかったワリナ王女は、貴族の子女の(たしな)みとして刺繍をする以外では本を読むのを好んでいた。特に好きなのは大陸の他の地域から取り寄せた戯曲本などである。

 そんなワリナ王女が、初めて耳にする異国の話への興味と、そして何よりも甘味の誘惑に逆らえるはずがなかった。

 ワリナ王女は恐る恐る尋ねる。

「恐れながら、ソーマ様の故国のことをお聞かせ願えませんでしょうか?」

 エラディア様、ありがとう。

 思わず蒼馬は、その場で有能な女官長の足許にひざまずいて拝礼しそうになった。

 せっかく掴んだ会話のきっかけである。蒼馬は必死に記憶を掘り起こしながらお菓子の話をした。

 そうして話しているうちに、しだいに互いの緊張も和らいでくる。

 ようやく相手を観察する余裕を持てるようになってきた蒼馬は、ワリナ王女が時折ちらりちらりとシェムルへ目をやるのに気づいた。

 当のシェムルもそれに気づいていたらしく、訝しげに鼻にシワを寄せている。

 どうやら自分の気のせいではないと判断した蒼馬はワリナ王女に尋ねた。

「彼女を気にしているようですが、どうかしましたか?」

 もしかしたらゾアンを怖がっているのかも知れない。

 そうだったのならば、それは杞憂(きゆう)である。彼らも同じ人だ。外見が異なろうとも、意味もなくゾアンを怖がることはない。

 ましてやここにいるシェムルは苦境に陥った自分を代償も求めず救ってくれた恩人であり、それ以降もこうして自分を支えてくれている大事な人だ。彼女には百万の言葉をもってしても感謝しきれない。それほど素晴らしい人なのだ。

 もし、ワリナ王女がゾアンだと言うことでシェムルを恐れているのならば、そのような熱弁を振るって擁護するつもりで蒼馬は尋ねたのだが、ワリナ王女の答えは予想とは異なるものだった。

「あの……そこにいらっしゃるゾアンの方は、ソーマ様の第一の臣と呼ばれるお方でございましょうか?」

 ワリナの言葉に、シェムルは鼻をひくっと動かす。それから誇らしげに張った胸に手を当てて、答える。

「そうだ! 私はファグル・ガルグズ・シェムル! (あざな)は《気高き牙》! そして、ここにいる『臍下(さいか)(きみ)』キサキ・ソーマの第一の臣である!」

 いかにも得意満面といった様子で名乗りを上げるシェムルに、ワリナ王女は「やっぱり」と小さく手を叩いた。

 そして、ワリナ王女は心なしか弾んだ声で、こう言った。

「ソーマ様を前にご無礼とは存じますが、この方とお話をしてもよろしいでしょうか?」

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