第22話 墓守
「……お金が足りないの?」
蒼馬が尋ねるのに、ミシェナは「はい」と短く答えた。それから携えてきた羊皮紙の束をめくりながらミシェナは蒼馬に説明する。
「兵となった者たちへの報酬に、戦功を上げた者への褒賞、負傷者への補償と戦死者遺族への手当。そして、取り分けて戦災復興に莫大な費用がかかります」
ミシェナの言葉に、蒼馬はうっと声を洩らした。
ホルメア国の戦災復興に尽力しようと決めたのは、蒼馬である。それなりの覚悟はしていたものの、改めてその事実を突きつけられ、蒼馬はたじろいだ。
職務に忠実なミシェナは、淡々と報告を続ける。
「とにかく、ロマニア国軍による被害が大きすぎました。掠奪や焼き討ちを受けた村や街の被害が深刻です。また、そうした被害を被った村々を支援しようにも、まずはロマニア国軍が撤退時に焼き落とした橋や崖を崩して塞いだ道の復旧をしなければなりません」
本来ならば、それらはその土地を治める領主の仕事である。
しかし、ロマニア国軍の被害を受けた土地を治めていた領主の多くは、すでに戦死してしまっていた。仮に生き延びていたとしてもロマニア国軍の掠奪に遭い、復興にかかる資金に充てられる財産などありはしないだろう。
それに、いずれにしろ領主から統治権などの権益を取り上げると蒼馬が宣言している以上は、これからの管理はすべて国が負わなければならない。
つまりは蒼馬が国庫から支出しなければならなかった。
しかも、ミシェナからの悪い報告は続く。
「また、掠奪された上に踏み荒らされた農地の復旧も急務です。復旧が遅れれば、次の冬は大量の餓死者と流民で溢れてしまいます」
食糧不足は、この時代では最悪に数えられる事態のひとつだ。
その土地にいても食糧不足で餓死するだけとなれば、人は食料とそれを得る手段を求めて決死の覚悟でよその土地へと移動する。
しかし、その移動した先の土地とて、決して余力があるわけではない。
流民が大量に流れ込めば、今度はそこが食糧不足になってしまう。当然ながら、それによって元の住民と流民との間に諍いが生じるだろう。それはささいな喧嘩に始まり、行き着く先は暴動か虐殺である。
しかも、この問題の恐ろしいところは、食糧不足によって生まれた流民が別の土地で食料不足を引き起こして新たな流民を生み、またその流民が……というように、まるでドミノ倒しのように周囲に波及することだ。
蒼馬は思わず頭を抱えそうになってしまった。
さらにミシェナは追い打ちをかけてくる。
「それに備えて食料を備蓄しておきたいのですが、ソルビアント平原の小麦を備蓄に回せば、今度は小麦売却の収益が減り、予算計画を一から見直さなくてはなりません」
そこでミシェナはわずかに眉をしかめてから言葉を続ける。
「それと王宮の宝物庫の財を確認したところ一部が紛失しておりました。おそらくは、どさくさにまぎれて財を盗んで逃げた者がいたようです」
王都攻防戦の最中に、不心得者がいたようだ。王家伝来の宝物などは無事だったが、すぐに換金できそうな宝石や装飾品を中心にごっそりとなくなっていたのである。
そうした盗まれた財宝を取り返そうにも、犯人の特定すら難航していた。戦後に姿を消してしまった人も、どこかへ逃げてしまったのか、それともすでに戦死していて骸となって野晒しになっているかもわからない始末である。仮に財宝をもって逃げたのがわかったとしても、後を追うには遅すぎた。仮にロマニア国にでも亡命されていれば、もはやどうにもならない。盗まれた財宝の回収は事実上不可能だった。
そうしたことを説明し終えたミシェナは手にした書類を閉じると、苦笑いとともに蒼馬へ告げる。
「傷ついたホルメア国の人々をお救いになろうというソーマ様のお志は貴いと思います。ですが、先立つものがなければどうにもなりません。とにかく資金が足りないのです」
ミシェナの報告に、蒼馬はぐうの音も出なかった。
腹が減っては戦はできぬというが、それと同じように金がなければ政はできないのだ。
蒼馬はこの五年もの間に、ボルニスの街で農業や商業を発展させ、新たな産業を生み、莫大な財を成してきた。しかし、それはあくまで辺境の一都市の話である。西域の雄とも呼ばれた大国ホルメアを丸々ひとつ救済するには、さすがに及ばなかった。
ひそかに当てにしていた王宮の財宝も、期待よりもはるかに少なく、さらに一部が盗まれてしまっていたというのだから、弱り目に祟り目という奴だ。
漫画や小説などでは敵国を征服した主人公が宝物庫の財宝を手に入れて財政が豊かになるのに何で僕の場合は、と蒼馬は内心でぼやいた。
「臨時の賦役を課すしかないのかなぁ……」
領民たちを賦役として駆り出して橋や道を復旧させる手段もあった。民衆たちにとっても自分らの生活に直結する橋や道の復旧ならば納得してくれるだろう。
だが、賦役とは領民が領主に対して労働を提供する義務――すなわち労働力の納税である。当然ながら領民には小麦一粒、青銅貨一枚の報酬も支払われない。ただでさえ自分らの生活を取り戻すのに忙しいこの時期に、そんな賦役に駆り出されれば、頭では納得しても感情的には良く思わないに決まっている。
しかし、誰にも彼にもいい顔ばかりはしていられないのも現実だった。
国の統治を預かる者としては、たとえ批難されようとも決断しなくてはならないときもあるのだ。
だが、そうとわかっていても蒼馬自身も心情的には乗り気にはなれなかった。ようやく自分の治世が始まろうとしているこの時に、安易に賦役を課すのは得策には思えなかったからである。
しかし、だからといって一発逆転の案があるわけでもない。
どうにかならないものかと蒼馬は難しい顔で考え込んでしまった。
すると、そこにソロンが声を上げる。
「すぐに大金が手に入る方法があるぞ」
俄然、蒼馬は期待に目を輝かせて「本当ですか?」と尋ねた。
今この状況での提言である。一発逆転とまではいかないまでも、それなりの助けになるだけの大金なのであろう。
そんな蒼馬の期待に、ソロンはしっかりとうなずいて見せる。
「嘘ではないぞ。王都よりちょいと北に行ったところに小さな山がある。そこに莫大な財宝が眠っておるのよ」
眠っている莫大な財宝。
その言葉から蒼馬は現代日本で読んだ冒険小説の海賊の宝を思い浮かべた。しかし、あいにくと場所は海ではなく山だ。それならば海賊ではなく、山賊かも知れない。
「山賊の宝でも眠っているんですか?」
「山賊か!」
なぜかソロンは蒼馬の言葉にケラケラと笑い声を上げた。
「まあ、似たようなものよ。あそこには歴代のホルメア王の墓所があるのよ」
蒼馬は素っ頓狂な声を上げる。
「墓所?!」
王の墓所に亡骸とともに豪華な埋葬品を収めるのは良く聞く話だ。エジプトのツタンカーメン王は、あの有名な黄金の仮面の他にもたくさんの財宝とともに埋葬されていた。また、古代中国の始皇帝の墓であった始皇陵には、三十万人が三十日かかっても運びきれなかったというぐらい莫大な財宝があったらしい。
そこで、蒼馬はハッとする。
古代の王の墓には掠奪や盗掘はつきものだ。
エジプトのピラミッドの近くにある街は、元は盗掘者たちの村であったというのは有名な話である。ツタンカーメン王の墓の発見があれほど大きく取り上げられたのも、盗掘者の被害がほとんど及んでいなかったのが珍しかったからだ。また、始皇帝の始皇陵にいたっては楚の項羽によって暴かれて財宝を持ち出された後に火さえ放たれてしまっている。
それを思えば、ホルメア国が滅んだ今、略奪者や盗掘者が莫大な宝物が眠っているはずの墓所を狙わないわけがない。
「警備とかはどうなっているんですか?!」
椅子を蹴立てて立ち上がる蒼馬に、その慌てっぷりを笑いながらソロンは答える。
「安心せい。ホルニウス大公殿下が墓所を警備されておるわ」
ホルニウス大公はホルメア国の前王サドマの弟――つまり亡くなったワリウス王の叔父に当たる人物だ。
ホルニウス大公が務めている墓所の警備と管理は、名誉ある職務であるものの、実際のところは祭事と葬儀以外ではたまに墓所を見て回るだけの閑職である。
大公であるホルニウスがそんな閑職に就けられているのも、墓所の警備と管理自体が王位を継げずに臣籍へ降ったものの領地など持たない王の兄弟たちに墓所の維持管理費という名目で捨て扶持を与えるための職務であったからだ。
しかし、ホルニウス大公はそれに不平不満ひとつ洩らさず、今もなおわずかな私兵とともに墓所の警備を続けているとソロンは言う。
「かなりのご高齢の方でな。近頃は体調もよろしくないと聞く。おそらくは墓所を略奪者から守って死ぬつもりでいるのじゃろう」
とりあえずは墓所が掠奪されていないと知り、蒼馬はホッとした。
しかし、すぐに自分の顎に手を当てて蒼馬は考え込む。しばらくしてから蒼馬はポンッと小さく手を打った。
「そうだ! ワリナ王女! 彼女に墓所へ行ってもらおう!」
蒼馬の言葉に、その場にいた全員がギョッとした。
墓に行ってもらう。
すなわち、死んでもらうと言っているようなものだ。
「どういうことだ、ソーマ? すでに敗北を受け入れた者を墓に送るなどと……」
もし本当にそのつもりなら、たとえ自分の「臍下の君」でも――いや、「臍下の君」だからこそ許すわけにはいかないぞ。
そんな恫喝を込めて告げるシェムルに、蒼馬は慌てて弁解する。
「ご、誤解だって! 僕がワリナ王女を殺すわけないでしょ!」
ワリナ王女が健在であることは、彼女から蒼馬が国を譲り受けた正統性を保証しているようなものである。それに、王家へ特別な愛着がない平民であっても、自国の王族であったワリナ王女が殺害されたと聞けば、決していい気にはならないだろう。
いずれにしろ、今さらワリナ王女を殺害しても、蒼馬にとっては何の利益も得られないどころか不利益にしかならないのだ。
それではどういう意味なのだと問われた蒼馬は、自分の考えを説明する。
「そのホルニウス大公って人は、もうずいぶんな歳なんでしょ? それならワリナ王女を後任にしたらどうかなって思ってね」
「王女に墓守をさせるのか?」
シェムルの確認に、蒼馬は「そうだよ」と同意する。
「歴代の王様が眠る墓所なんだから、ちゃんと管理しないとね。財宝も一緒に埋められているなら、なおさら盗掘者の対策も必要だ。それなら、そこに眠っている王様たちの子孫であるワリナ王女を管理人にするのが適当かなって思ってね」
この蒼馬の考えに、みんなは驚いたように目を丸くした。
攻め滅ぼした国の歴代の王が眠る墓所は、征服者にとっては格好の掠奪の場である。その後に臣民となる民たちを傷つけることなく、また民から奪うものよりも王の亡骸とともに埋葬された財宝の方が金になる。
それに加え、滅ぼした国の王権を否定して貶めるために、歴代の王たちの亡骸を掘り起こし、鞭打ったり晒しものにしたりするのは征服者の常套手段であった。
ところが、蒼馬の現代日本人の感覚で言えば、王の眠る墓所と言えば古墳である。きちんと維持管理し、後世に伝えるべき貴重な歴史的遺産なのだ。掠奪するどころか、下手にいじくって損傷させてしまうだけでも大問題である。
さらに蒼馬は「それに」と続けた。
「名目だけでもワリナ王女に仕事を与えておいた方がいいと思うんだ」
王族ではなくなったワリナ王女には、当然だが収入源となるものがない。もう王族ではないので知りませんと彼女をほっぽり出すわけにはいかないので、現在は蒼馬が生活費を支給する形となっている。
だが、これをそのまま続けるよりもホルメア国にならって名目だけでも役職を与えて、その報酬として生活費を支給した方が良いだろう。
そんな考えを説明した蒼馬へソロンが確認する。
「なんじゃ。墓の財宝には手をつけんのか?」
「それは、やだよ」
ソロンの問いに対する蒼馬の答えは簡潔であった。
「死んだ人のものを奪い取って売り払うなんて気持ち悪い」
それにソロンは大笑いした。
「確かに、確かに。死人の身ぐるみを剥ぐのは気持ちいいものではないわな。抵抗もできぬ死人を鞭打ちにするは卑怯者。その身ぐるみを剥ぐは貧者。しかし、小僧は覇道を歩んでおるわ!」
ソロンの思わぬ高評価に、蒼馬は得意満面になった。
蒼馬はわざわざ隣に立つシェムルに向かってドヤ顔を作って見せる。これには蒼馬を深く敬愛するシェムルですら白けてしまい、しわを寄せた鼻の頭を指でこする「馬鹿馬鹿しくて付き合っていられない」というゾアンの特有の仕草で応じた。
そんな得意絶頂の蒼馬に、ミシェナは恐る恐る言う。
「ソーマ様。かつてはホルメア国の民のひとりであった私としては、とても素晴らしい考えかと思いますがぁ」
そこでわずかにためらってからミシェナは続けた。
「よけいに出費が増えてしまいましたよ?」
蒼馬は、あっと口を開いた。
ワリナ王女に墓所の管理を任せるなら、それ相応の用意をしなければならない。警備のための兵を新たに募らなければならないし、ワリナが居住する建物も必要となってくる。住居などはホルニウス大公が使っているものを流用できると思うが、高齢の老人ホルニウス大公と若い女性のワリナではどうしても勝手が違うだろう。それなりの改修が必要となるはずだ。
そして、それにはお金がかかる。
そもそもミシェナから資金が足りないとの報告を受けての話だったのに、気づけばかえって出費が増えてしまったのに蒼馬は愕然としてしまった。
とっくにそのことに気づいていたらしいソロンが大笑いをし、シェムルまで盛大に嘆息を洩らす。これには蒼馬もいたたまれなくなり、身体を小さく縮こまらせるしかなかった。
しかし、この余計な負担を増やしただけに思えた蒼馬の発案は、後に思わぬ効果を発揮することになる。
ホルメア国の継承を拒み、新国家を興そうという蒼馬の行動は、当時の常識からは大きくはずれたものであった。そのため、ホルメア国の人々――取り分けホルメア国の国政に関わっていた旧臣や諸侯などは、いまだに大きな不安を感じていたのである。
ところが、歴代ホルメア王の墓所を掠奪せず、むしろ費用までかけて保護した蒼馬の姿勢は、継承は拒んだものの決してホルメア国をないがしろにするものではないのだと人々の目には映った。これによって、それまで不安を抱えていた多くの者たちは安堵し、蒼馬の治世を受け入れるきっかけとなったのである。
そんなことになるとはこの時は考えも及んでいなかった蒼馬だが、墓所とワリナ王女の話は良案には違いない。ポンピウスなどの意見を聞いて内容を詰めた上で決定することにした。
その上で、さらに足りなくなってしまった資金をどうやって補ったものかとミシェナとともに頭を悩ませていた。
ふたりがウンウンと頭を抱えてうなっていると、何気ない世間話をするような口調でソロンが蒼馬に声をかける。
「ところで、坊主。最近、ジェボアの小せがれはやってきたか?」
ジェボアの小せがれとは、蒼馬と懇意にしているヨアシュ・シャピロのことである。
海洋商業国家ジェボアの大商人メナヘム・シャピロの秘蔵っ子とも呼ばれていたヨアシュだが、素行の悪さからメナヘムに勘当されて親子の縁を切られてからはボルニスの街で小さな商会を経営していた。しかし、それは表向きのことで裏ではシャピロ商会と蒼馬とをつなぐ重要なパイプの役割を担っている人物である。
「そういえば、最近顔を見てないですね……」
戦後処理の忙しさにかまけて気にも懸けていなかったが、ヨアシュはロマニア国軍を撃退して王都に帰還した際に戦勝を祝う書状と進物を贈ってきたきりで、それ以降もまったく顔を見せに来ていない。それを蒼馬は今さらながら気づいた。
ボルニスの街にいたときならば「私が目を離した隙に面白いことをやられては困ります」といって三日と空けずに顔を見せにきていたというのに、何かあったのだろうかと蒼馬は心配になる。
そんな蒼馬の心配をソロンは笑い飛ばす。
「あやつは根っからの『ジェボアっ子』よ。このような商機を見逃すはずはない。自分の売り物がもっとも高く売れる時を見計らってやってくるわ」
ソロンの言葉に半信半疑の蒼馬だったが、そこへちょうど女官が客が訪れたのを告げに来た。
「ソーマ様。ヨアシュ様がご挨拶にお見えになられました」




