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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
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第131話 王国への道(後)

「素晴らしい!」

 バルジボア国の王宮で、バルジボア国王セサルは感嘆の声を上げていた。

 ロマニア国軍とともに行動していたセサル王だったが、王都ホルメニア攻略の直前に適当な理由を作ってドルデア王の許から離れ、別行動を取っていたのである。

 もちろん、それはロマニア国軍が王都攻略しようとするときに、破壊の御子がしかけてくるであろうという予測の上のものだった。そして、その予測は的中し、そのおかげで蒼馬の大反攻にも巻き込まれず、こうして悠々と自国の宮殿に舞い戻っていたのである。

「何とも素晴らしい! まさか、余の策略を蹴飛ばし、一気にホルメア国の大半を我が物とするとは! 何たる偉業! 何たる英断ではないか!」

 西域を破壊の御子とロマニア国で二分させるという自分の策略が失敗に終わったというのに、セサル王は上機嫌であった。

 この世すべては喜劇に他ならない。

 そううそぶくセサル王にとって、自分の予想外の事態はむしろ心躍る物語の展開なのである。

 そして、セサル王の喜びそれだけに留まらない。

「なるほど、なるほど。何と興味深い男なのだ、破壊の御子とやらは!」

 感嘆の言葉を洩らしながらセサル王が目にしているのは、バルジボア国の間諜組織「根」の密偵がもたらす破壊の御子に関する情報である。

 これまでもセサル王は蒼馬についてありとあらゆる手を講じて、その情報を集めようとしていた。しかし、ボルニスの街では女官長エラディアが蒼馬の周辺をがっちりと固め、水も洩らさぬ態勢を整えており、さしものバルジボアの「根」も侵入する糸口が掴めずにいたのである。

 だが、万全の態勢を整えられたボルニスの領主官邸より戦場へと蒼馬が出てきたことにより、これまで得られなかった詳細な情報がセサル王の許へ届けられるようになったのだ。

 そのひとつひとつに興奮した様子で目を通していたセサル王は、そのうちひとつを手に取ると目を輝かせて言う。

「特にすばらしいのは、これだ!」

 そこに書かれていたのは、蒼馬がロマニア国軍への大反攻の一部始終を記した報告書であった。その中でも特にセサルが注目したのは、王都前での虐殺である。

「さすがの破壊の御子も追い詰められて、ついに化けの皮がはがれかけたか」

 そのセサル王の言葉に、疑問の声が上がる。

「追い詰められて、でしょうか?」

 そう言ったのは、「根」の女間者デリラであった。

 ホルメア国の王弟ヴリタスを誘惑し、セサル王の意のままに操っていた彼女だったが、蒼馬の大反攻が始まってすぐにヴリタスの許から逃げ出し、扇情的な踊り子の服から王宮に勤める女官の服装に着替えて何食わぬ顔でバルジボア王宮に務めていたのだ。

 納得がいかない様子のデリラに、セサル王は声をかける。

「そうだとも、デリラよ。おまえは、そうは思わぬか?」

 セサル王の問いに、デリラは頭を下げて恭順を示しつつ、「浅薄なる身では、そうとしか思えませぬ」と答えた。

 しかし、デリラならずとも多くの者も、そう思うであろう。

 広大なソルビアント平原を領有していたとはいえ、たかが辺境の一都市の領主でしかなかった破壊の御子が、西域でもその名を知られた「黒壁」を正面から撃破。ホルメア国の西部を支配下においたのみならず、あの元大宰相ポンピウスを口説き落としてでの無血開城だ。

 まさに、追い詰められたどころか、大躍進と言えよう。

「いや。追い詰められたのだよ」

 セサル王は、酷薄な笑みを浮かべる。

「人の性格は、大きく攻勢と守勢の性格に分けられる。そして、破壊の御子は、間違いなく守勢の性格だ」

 噂で聞く敵兵ごと山を焼き払った「ホグナレア丘陵の戦い」に始まり、わずかな手勢で砦をだまし討ちにし、ボルニスの街を陥落させ、あのダリウス将軍すら打ち破った「ボルニス決戦」、そして「黒壁」を壊滅させたコンテ河での戦い。

 そのいずれも破壊の御子は、自分が敵に勝てる状況を整えてから敵に臨んでいる。力と勢いによって事態を打破しようという性格では決してあり得ない。

「守勢の性格では、現状はよほど辛いものなのだろう」

 さすがに破壊の御子といえど、コンテ河手前での決戦以降の展開すべてを読み切っていたとは思えない。ルオマの街攻略ぐらいまでは予想していたとしても、それ以降のアレクシウス王子の失踪からロマニア国軍のラップレーへの渡河、カリレヤ会戦のそのすべてを読み切れるはずがない。

 そんなことが可能であれば、もはやそれは神の所行である。

 しかし、いかに異質と呼ばれる破壊の御子といえど、人の身にすぎない。ならば、「黒壁」を打ち破って以降の行動は、よく言えば臨機応変。有り体に言ってしまえば行き当たりばったりといえよう。

 ならば、何の準備もできなかった今回に垣間(かいま)見えたものこそ破壊の御子の本性に近いはずだ。

 セサル王は、ちょっとした稚気(ちき)を覚えてデリラに質問する。

「なあ、デリラ。おまえが初めて人を殺したのは、いつだ?」

 思わぬ質問に、わずかにためらってからデリラは答える。

「六つのときにございます」

 相手は名も知らぬ男だった。

 生まれてすぐに「根」の間者として育てられていたデリラが六歳になったとき、間者の教師がどこからか見ず知らずの男を連れてきた。そして、縄で縛り上げられ、地面に転がされたその男を前に、教師はデリラにナイフ一本を渡すとその男を殺せと命じたのである。

「初めて人を殺してどうだった?」

 セサル王はニヤニヤと笑いながら意地の悪い質問をする。それにデリラは、素直に答えた。

「恥ずかしながら、動揺いたしました」

 それまでにも教師や先輩らが、その手で人を殺すのを何度も見てきた。また、訓練においても躊躇なく敵を殺せるように厳しく教育を受けていた。

 だが、実際に自分の手で人を殺めたとき、デリラは自分が激しく動揺したのを覚えている。

「では、そのとき『根』の者たちは、おまえを優しくしてはくれなかったか?」

 セサルの問いに、デリラは「御意」とうなずく。

 いつもは鬼のように厳しい教師たちが、そのときばかりは動揺するデリラを慰め、その手腕を称賛し、良くやったと誉め称えたのである。

「自分と同じ人の命を奪う。初めての禁忌破りに怯えぬ者はいない。動揺せぬ者などいはしない。そこに優しく声をかける。『良くやった』と『素晴らしい』と誉め称えるのだ。初めて犯した罪に怯える者に、おまえは正しいのだと肯定してやるのだ。動揺する者に、おまえは間違っていないのだと安堵を与えるのだ」

 セサル王は、その唇の片端を吊り上げて笑って見せた。

「そうすれば、人はその肯定と安堵を与えてくれた者に依存するのだよ」

 あのときの教師たちの行動は、そういう意図があったのかと驚きながらデリラは率直に思ったことを口にする。

「まるで詐欺師のやり口でございますね」

 それにセサル王は、しばし笑ってから言った。

「人を騙して金品をせしめるのは、詐欺師という小悪党にすぎん。だが、群衆を騙して国を奪い取るのは、英雄という大悪党というものだ」

 セサル王は、ぎしっと椅子を(きし)ませながら前のめりになると、目の前のテーブルの上に広げた破壊の御子についての報告書を凝視する。

「しかし、こいつは英雄と言うには、いささか臆病すぎるな」

 英雄とは時代を切り開く力を有するものだ。

 確かに破壊の御子は、ホルメア国とロマニア国の両雄による西域の覇権争いという歴史に終止符を打ち、新たな時代の幕を開けさせた。

 だが、そこには英雄の力の発露が感じられない。

 セサル王は知り得た情報から、破壊の御子の本質を推し量る。

「こいつは博愛を装いながら、自己偏愛の臭いを感じるぞ。無私を気取りながら、追求するのは利己そのもの。戦いを罪科と言いつつ、やっていることはその罪科を積み上げることばかり。やさしい言葉を吐きながら、どれだけの敵を虐殺したのやら。仁愛を掲げながら、自分の理想を押し通す様は暴君そのもの。しかし、その理想には、こいつ自身の理念が感じられぬ」

 セサル王は知り得た情報ひとつひとつを色にし、まだ見ぬ破壊の御子ソーマ・キサキなる人物を脳裏に描き始める。

「臆病で、我が儘で、欲深く、自分勝手で、小さくて、何の理念もない。すなわち――」

 セサル王の脳裏で踊っていた絵筆が、ぴたりと止まる。

 そこに描かれた破壊の御子の像は――。

「――ただの人?」

 セサル王の胸のうちに「そんな馬鹿な」という否定する想いが湧くが、それよりも強く直感がその推測は正しいと訴えていた。

 確かに多少の軍才や弁舌の才はあるのは認める。しかし、破壊の御子の本質は、決して英雄や仁君などではないと、セサル王の直感は訴えていたのだ。

「まさか、ただの人が、これほどの偉業を成したというのか? 莫大な知識と異質な思考というだけで、まさかこれほどのことを?!」

 自分の口にした言葉に、セサル王はハッとした。

「異質だと……?」 

 なぜ、こいつは異質であり続けられる?

 どんなに色濃い絵の具であろうと、大海に落とせば薄まり消え失せてしまう。それと同じように、どんなに異質なものであろうと、いつしかその異質さも薄まり消え失せてしまうものだ。

 すでに破壊の御子の名をこの西域で聞くようになってから、早五年もの月日が経っている。それなのに、なぜ今もなお異質であり続けられるのだ? なぜ、その異質さを保ち続けていられる?

「……そうか。そういうことか」

 どれほど経った頃だろうか。突然、黙り込んでしまったのにデリラが心配し始めた頃、セサル王の口から、ぽつりと小さな声が洩れた。

「なるほど、なるほど。そういうわけか。それは必死になるはずだ。それは亜人どもを救おうとするはずだ。そして、国を打ち立てようとするはずだ」

 セサル王の目が、どす黒い絶望に染まる。

 その目に映るのは、過去の情景。

 毒によって命を落とした愚かな兄王子や姉姫。

 自分を呪いながら目の前で自害した弟王子と、毒を(あお)った妹姫。

 そして、自分を侮ったがために毒を盛られて悶絶して死んだ重臣たち。

 セサル王は、くつくつと笑う。

 この世界に絶望した自分は、人をやめて蛇となった。

 誰もが目を背ける、沼地を這いずる小さく哀れな一匹の蛇に。誰もが恐れる猛毒を持つ一匹の蛇に、だ。

 しかし――。

「破壊の御子。貴様は、この世に絶望していない。いや、絶望すらしていなかったのか。貴様は、この世を――していたのだな」

 セサル王の言葉は誰かに聞かせるものではなく独白である。そのため、デリラはセサル王が最後の方に何と言ったか聞き逃してしまった。だが、なぜかデリラは、とてつもない不安を覚えた。

 そんなデリラにも構わず、セサル王は声を荒げる。

「亜人どもの救世主?! 奴隷どもの救い手?! 解放者?! 改革者?!」

 セサル王は椅子の背もたれに背中を押しつけるように()()り、狂ったような笑い声を上げた。

「笑わせてくれる! こいつは、とんだ破壊者ではないか! とんだ虐殺者ではないか! とんでもない暴君ではないか!」

 デリラは、その姿にゾッとした。

 そこからは、享楽(きょうらく)をむさぼり、退廃を好むいつもの主人からは想像も出来ない激しい感情が垣間見えたからだ。

 怯えるデリラの見る前で、セサル王は爬虫類めいた笑みを浮かべる。

「いかんなぁ。これは余が教えてやらねばなるまい。この世界の絶望が、どれほど甘美な味なのかということを」

 再びセサル王は、くつくつと笑い始めた。


                    ◆◇◆◇◆


 ロマニア国の金の雌狼。

 バルジボア国の毒蛇。

 この危険きわまりない二匹の獣たちが、蒼馬の前に立ちふさがろうとしていた。

 しかし、蒼馬は、それを知らない。

――今、セルデアス大陸に伝説と語られる王国が誕生する。


蒼馬「僕は王様になんてならないよ?」

ソロン「我が名は、アウレリウス・エルバジゾ!」

ミシェナ「お金が足りません」

ポンピウス「彼の者は、万里を翔る大鵬。なれど、御しがたし」

ヨアシュ「腐った果実は早急に取り除くのが貿易船での心得ですからね」

ワリナ「ソーマ様は、へたれの玉なしなのでしょうか?」


――建国にともなう騒乱。


兵士「北部諸侯連合が、王都奪還とワリナ王女救出を旗印に兵を起こしました!」

アッピウス侯爵「この私が奴隷どもより国を救った英雄となるのだ!」

貧相な男「このホルメアを手に入れるのは破壊の御子でもアッピウスでもないわ。最後に笑うのは、この私よ」


――そして、その陰で生まれる破壊の御子の悪夢。


 手にした壺を見下ろして苦笑する蒼馬。

「まったく、僕は何を考えているんだか」


次章「建国の章」


 無数の灯りがともる王都の夜景を背に腕を広げる蒼馬。

「シェムル。これが僕らの国だ」

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