第123話 大将軍(中)
再びゾアンの投石とエルフの矢による攻撃が始まった。
さしものダライオスも雨のように降り注ぐ投石と矢をすべて防ぐのは不可能である。簡易の防塞の陰に入り、投石と矢の雨を避けた。
しばらくすると、これまでと同様に投石と矢が止まる。
また性懲りもなくしかけてくるか、と突撃してくるであろうゾアンの戦士たちを迎え撃つべく防塞より飛び出したダライオスは、その眉をしかめた。
ダライオスの予想に反して突撃してきたのは、たったひとり。四つ足となって全身を躍動させるかのように駆けてくるのは、黒毛のゾアンである。
これは名のある将でも出てきたか。
そう判断したダライオスだったが、それだけである。名があろうとなかろうと、ダライオスにとっては有象無象に変わりない。自慢の斧槍の一撃で片付けるだけのことだ。
「ふんっ!」
ダライオス大将軍はそのかけ声とともに斧槍を横殴りに振るった。
風を引き裂き、うなりを上げて自分へ振るわれた斧槍に対し、黒毛のゾアン――ガラムは後ろではなく前へと出た。そして、両手の山刀を鋏のように交差して斧槍の柄の部分を受け止める。
相手は見るからにたくましい体格の武将だが、しょせんは片腕である。いかな怪力の持ち主であろうと、力を込める利き腕だけではなく、それを支えるもう片方の腕がなければ、その力の半分も発揮できはしないのだ。
そう思ったガラムは斧槍を受け止めてから、そのまま一気に間合いを詰めて斬りかかろうとした。
ところが、である。
ガラムは、撥ね飛ばされた。
「何だとっ?!」
牛の突撃をまともに食らったかのようなものすごい衝撃を受け、ガラムは自分の身体が宙に浮くのを感じた。驚愕の声を上げながらもガラムは宙で身体を一回転させ、足から地面に降り立つ。無様に地面に叩きつけられずにホッとしながらも、その身体からはブワッと冷や汗が湧いた。
そんな馬鹿な!
ガラムは今起きたことがにわかには信じられなかった。
ガラムが平原最強の勇者と呼ばれているのは、ふたつの山刀を扱う技量だけからではない。その技量を支える強靱な肉体があればこそだ。その背丈のみならず腕や足の太さや胸の厚さにおいては、さすがにズーグには及ばないものの同じゾアンの戦士と比較しても抜きんでている。当然、その体重もそれなりのものだ。
その肉体を片腕一本で軽々と撥ね飛ばされたのだ。
このようなまねができるのは、ガラムが知る限りではジャハーンギルらディノサウリアンたちぐらいのものである。
まさか、あの人間はディノサウリアン並の力があるというのか?!
ガラムは改めて驚愕する。
そして、ダライオスはガラムに感心していた。
「ほう。私の斧槍を受けても立つか……」
ダライオスの斧槍の一撃は、たとえ柄の部分で受けようとも相手の骨をへし折る威力を秘めている。それは多くの戦場で実証してきたダライオス本人が一番よく知っていることだ。
ところが、見る限りでは黒毛のゾアンは撥ね飛ばされたものの、その身体に傷を負った気配はない。
これは久方ぶりに歯ごたえがありそうな敵だ、とダライオスは獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべた。
そんなダライオスに、ガラムは警戒しながら問いかける。
「……貴様、本当に人間か?」
その問いにダライオスは逆に問い返す。
「この私が人間以外に見えるのか?」
ガラムはしばし沈黙してから答える。
「人間にしか見えん。――だが、今の一撃は人間とは思えぬ」
その答えに、ダライオスは呵々と笑った。それから斧槍の先をガラムへと突きつける。
「私は、大将軍ダライオスなるぞ!」
ぶんっと風を斬って斧槍を振るう。そして、その石突きを地面に叩きつけるようにして斧槍を突き立てた。
「敵味方合わせれば数万の人がその命を燃やす戦という強大な獣の首根っこを押さえつけ、勝利を引き寄せんとする大将軍の腕から繰り出される一撃が、軽いと思うてかっ!」
口からほとばしる炎のような言葉に、怯む自分を感じたガラムは、それを振り払うかのように言い返す。
「俺とて、ソーマの軍の大将軍だ!」
それにダライオスは小さく目を見張った。それから目をすがめると、しばらく値踏みするかのようにガラムを見つめる。
「……貴様が大将軍だと?」
それはガラムに問いかけるというよりも、自分が聞いた言葉と内容を確認するためのものだったのだろう。ガラムの返答を待たず、その言葉を洩らした直後、ダライオスの形相が怒りで歪んだ。
「貴様がっ! 貴様ごときが大将軍だとっ?!」
怒号とともに、ダライオスの身体から熱波のような気迫が放たれる。
「私の前で、軽々しく大将軍を名乗るなっ!」
ずしんっと音を立ててダライオスが一歩前に踏み出した。
その姿に、ガラムは我が目を疑う。
ダライオスの姿が一回り大きくなったように思えたからだ。
さらに、ダライオスが一歩前に出る。
すると、またもやダライオスの姿が一回り大きくなった。そればかりかダライオスが一歩前に足を動かす度にその身体は大きくなり、ついには天を覆うほどになる。
あり得ない事態に驚愕するガラムに向けて、ダライオスは斧槍を振り上げた。
「そも大将軍とは、何ぞや?!」
怒号のような問いかけとともに振るわれた斧槍によって、ガラムは再び吹き飛ばされた。
「そは役職にあらず! 地位にあらず! 名誉にあらず!
大将軍とは、全将兵らが仰ぎ見る象徴である! 全将兵らが勝利すると信じるに足る希望である! 全将兵の命を預かる責務である! その将兵らの命を糧として戦わんとする覚悟である! そのすべてを背負って国へ勝利をもたらさんとする決意であるっ!」
さらにダライオスは言葉とともに斧槍を叩きつける。ガラムは避けることもままならず、必死に山刀で斧槍の攻撃を受け続けた。しかし、いくら受け止めようとも、ダライオスの一撃一撃は身体の芯まで響く衝撃となってガラムを苦しめる。
防戦一方となるガラムに向け、ダライオスは一際大きく斧槍を後ろへ振りかぶった。
「それすらも知らぬ下郎が、大将軍を名乗るなぁ!」
その怒号とともに振り下ろされる斧槍に、ガラムはさすがにこれは受けきれぬと恥も外聞もなく後ろに転がって逃げた。
その直後、ガラムがいた場所にダライオスの斧槍が炸裂する。爆弾でも爆発したかのように地面が爆ぜ、土煙が舞った。
地面に深々と埋め込まれた斧の刃に、ガラムはゾッとする。もし、あんなのを受け止めようとしていたら、山刀ごと自分は真っ二つになっていただろう。
斧槍を苦もなく地面から引き抜いたダライオスは言葉を続ける。
「私が認める大将軍と呼べる男は、ただひとり! その者は、兵には仁愛をもって接し、将には信義をもって遇し、敵には敬愛と知略をもって当たり、ただひたすら国の安寧を願い、その身命すべてを費やして大将軍を体現した男!」
そう吠えるダライオスの顔に、悲哀の色がかすめた。しかし、それは一瞬だけのことだった。すぐに前よりも激しい怒りが、それを塗りつぶす。
「私は、その男に打ち勝たんとした! 切望した! だが、私は仁愛も信義も知略も、いずれもその男に遠く及ばず。私が唯一誇れたのは、ただこの剛勇のみ! ならばこそ、私は剛勇のみをもって、あの男を超えんとした! そうせねばならなかったのだっ!」
ダライオスの顔に過去の無念と苦悩と屈辱の色が浮かぶ。
「されど、ただの武勇のみでそれをなさんとするは常道にあらず! 外道なり! 人外の領域なり!
ならば、私は人にあらず! 武の化身とならん!
いかなる強敵であろうとも打ち勝つ! いかなる大軍であろうと蹴散らす! いかなる苦境も切り払う! いかなる傷を負おうとも笑い飛ばす! それが将兵らが、かくあれと望む武勇の象徴であるならば、それをなさねばならぬ! そうして初めて剛勇しかない私に、将兵たちが大将軍として付き従ってくれるのだから!」
ガラムは、初めて気づいた。
鎧袖一触と敵を蹴散らしていたように思えたダライオスであったが、その鎧の至る所に大小様々な傷が刻まれていた。さすがに深手は負ってはいなかったものの、ダライオスがその身に受けた傷や打撲は数知れず、よく見れば鎧や衣服ににじむ血は、敵のものだけではなかったのだ。
それほどの傷を負い、これまで戦い続けてきた疲労を考えれば、とうに倒れていてもおかしくはない。
しかし、それでもダライオスは立ち続ける。戦い続けられる。
なぜならば、それが自らがロマニア国軍将兵数万の命と誇りを背負っているからという強い信念があるからだ。
「我が武勇は個のものなれど、それを支えるはロマニア国の数万の将兵の想い! 願い! 希望! 命なり! すなわち、我が武勇は万軍に相当するっ!!」
物理的な衝撃すらともなうダライオスの宣言だった。
冷静に考えれば、それはあり得ない話である。
個が衆に及ばぬのが戦いの常識だ。敵が五人や十人ならば、ひとりでも勝てるかもしれない。しかし、それが百や千ともなれば、いかに卓越した武人であろうとも戦いにすらなりはしない。
それを自らの武勇が万の軍勢に相当するなどとは、大言壮語も良いところである。
ところが、それをガラムは否定できなかった。
ダライオスの自らの武勇に対する揺るぎない自負と、今も見せつけられる人間の限界を超えた力がそうさせたのだ。
愕然とするガラムに向けて、ダライオスは斧槍を振るう。
「それを大将軍の何たるかも知らず、その責務も覚悟も矜持も決意も持たぬ貴様ごときが、私に敵うと思ってかぁーっ!」
ダライオスの横薙ぎの一撃を交差させた二刀の山刀で受けたガラムだったが、その衝撃までは受け止めきれず、たまらず身体が吹き飛ばされる。今度は受け身を取る余裕すらなく、無様に背中から地面に叩きつけられた。
「貴様ごとき下郎が大将軍を名乗るなど、私と奴に対する侮辱である! その素っ首を叩き落としてくれん!」
仰向けに倒れたまま起き上がれないガラムにとどめを刺さんと、ダライオスは斧槍を手に歩み寄った。




