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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
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第120話 追撃

 楼門から下りた蒼馬は、すぐさま主だった面々たちを呼び集めた。

 そうして集められた面々の中で、真っ先に蒼馬が声をかけたのは、ハーピュアンを率いる鳥将ピピ・トット・ギギである。

「ピピさん。撤退するロマニア国の状況は?」

 頭からぴょこんと伸びたコバルトブルーの羽根を揺らしながら、ピピは答える。

「ロマニア国の軍団は、カリレヤ平野の方へ撤退しております」

 人間種から見れば少女にしか見えない童顔のピピが、しゃちほこばって報告する姿は、どこか背伸びをする子供を思わせる微笑ましい光景だ。だが、これでも彼女はれっきとした成人女性である。

「態勢を整える様子もなく、カリレヤ平野に向かっているの?」

 蒼馬の疑問にピピはうなずいてから答える。

「はい。そうした気配があればすぐに連絡が来るはずですが、今のところそうした連絡はありません」

 ピピの報告に、蒼馬は少し首をかしげる。

 あれほど激怒したドルデア王ならば、このまま撤退するのを納得するとは思えない。王都から距離を取ったところで軍勢を集め直し、再度王都へ侵攻してくる可能性が高いと蒼馬は想像していたのだ。

 さすがのドルデア王もゾアンの奇襲に頭に上っていた血も下がったのか。

 そう思った蒼馬だったが、そこへガラムが意外な情報をもたらした。

「ソーマよ。わずかだか生き残ったロマニア兵を捕虜としたのだが、そいつらから面白い情報が得られた」

 生真面目なガラムが面白いというからには、よほどの情報なのだろう。そう予想していた蒼馬も、次のガラムの言葉には驚いた。

「ドルデア王が矢を受けて負傷したらしい」

「それは、本当?!」

 思わず大きな声を上げてしまった蒼馬に、ガラムはうなずいて見せる。

「捕虜となった兵たちは、その場に居合わせたわけではないので、真偽は定かではない。また、重傷だったとも軽い怪我ですんだとも、中には死亡したともと情報が錯綜(さくそう)している。だが、少なくともドルデア王が矢に当たり、負傷をしたのは間違いないようだ」

 せっかくここまで攻め寄せたのに、王都への未練も感じさせないロマニア国の撤退ぶりを見れば、ドルデア王は重傷ないし死亡している可能性が高いと蒼馬は考えた。少なくともドルデア王自らが軍の指揮を()れない状態だからこそ、その情報が兵たちに広まる前に撤退しようというのだろう。

「それなら、僕らの好機だ!」

 蒼馬はぐっと握り拳を造った。

 ただでさえ急な撤退にロマニア国軍の統制は乱れている。そこへドルデア王が負傷し、指揮が執れないとなれば、その混乱はまだまだ続くだろう。

 なし崩しに王都ホルメニアを掌中に収めたが、当初の予定ではコンテ河で「黒壁」を打ち破った後は、再びボルニスの街に引きこもるはずだったのだ。それだけに現在の予定外であるホルメア国征服によって得られた新たな領土の統治と再建を考えれば、できうる限りそれに注力したい。それなのに今後ロマニア国との小競り合いでも続けば、ただでさえ不足するであろう人や資金を削られてしまう。

 そうならないためにも、ここで数年は立ち直れないぐらいの打撃をロマニア国軍に与えておきたいところだった。

 とはいえ、自分が煽ったとはいえ、こちらは多くの民衆を抱えている。統制の取れていない民衆では、いったん動かせばそれを止めるのは困難だ。ロマニア国軍が軍を再編成する動きを見せれば、正面からぶつかり合わないよう制御できる程度に手綱を絞るつもりであった。

 だが、ドルデア王が倒れたならば話は別だ。

 蒼馬は決断する。

「ロマニア国軍を徹底的に叩きます!」

 皆の口から、感嘆とも興奮ともつかない声が上がった。それに皆の戦意は十分だと確信した蒼馬はさらに続ける。

「ゾアンのみんなには、すぐさま撤退するロマニア国軍の追撃を行ってもらいます。――ガラムさん、行けますか?」

 戦意は十分でも、ゾアンたちはついさっきまで敵を挟撃からの分断包囲と獅子奮迅の戦いを披露したばかりである。その疲れを心配する蒼馬に、ガラムは自分の胸をドンッと叩いて見せた。

「無論だ。むしろ、ここで休めと言われれば、戦士たちは機嫌を悪くするだろう」

 ガラムの自信に満ちた言葉に、蒼馬はひとつうなずいた。

「では、ガラムさんは、〈牙の氏族〉と〈たてがみの氏族〉のゾアン戦士たちを率いてロマニア国軍の本隊を追撃してください。バヌカさんは副将として補佐をお願いします」

 そこで蒼馬はエラディアへと顔を向ける。

「エルフ弓騎兵隊も、ガラムさんとともに追撃をお願いします」

 それに女官長服ではなく、乗馬用のズボンを穿()いたエラディアが、それだけはいつもと変わらぬ優雅さで「承知いたしました」と一礼した。

 それを見届けてから蒼馬は再びガラムへと向きなおる。

「ガラムさん。追撃といっても、無理に交戦する必要はありません。遠くから矢で攻撃し、隙あればゾアンの戦士たちによる突撃と撤退を繰り返してください。被害が出そうなら、突撃をする素振りだけでも良いです」

 この蒼馬の説明にガラムはピンッとくる。

「なるほど。牛の群れを散らす要領だな」

 ゾアンが牛の群れを狩るときは、狩人たちで群れを取り囲み、わざと姿を見せたり、音を立てたりして牛を驚かす。そうして驚いた牛が混乱し群れから飛び出してきたところを一頭ずつ仕留めていくのだ。

 それと同じようにロマニア国軍に圧力をかけて統制を失わせ、小部隊に分散したところを叩こうというものだとガラムは理解した。

「そのとおりです。――ドヴァーリンさん、ジャハーンギルさん、マルクロニスさん」

 次に蒼馬に名を呼ばれた三人は、それぞれ髭を揺らし、鼻息を荒げ、剣の柄に手を当てる。

「三人は、それぞれの部隊を率いて僕とともに行動。これを本隊とし、ガラムさんの後に続きます。僕らはガラムさんたちが散らした敵を掃討しつつホルメア国の人々を助け出します」

 そう言ってから蒼馬はマルクロニスに顔を向ける。 

「ホルメア国の人々を助けるのは、マルクロニスさんの部隊を中心に行ってください」

 すでに蒼馬がホルメア国の降伏を受け入れ、ロマニア国軍を撃退しているとは、いまだ伝わってはいない。そうした人々を救済するには、いきなり異種族であるよりも同じ人間種であるマルクロニスの部隊がやった方が混乱も少ないだろうという判断である。

 さらに蒼馬は念を押す。

「ここまで来て敵と誤認されて同士討ちなんて馬鹿げた事態は避けたいです。僕らは敵ではない。味方だということをホルメア国の人々に教えるのを徹底させてください」

「承知した。――そのために、セティウスの部隊にエラディア殿の部下と、できれば他の種族の手をお借りしたいのだがね」

 マルクロニスの部下であるセティウスは、今回は本隊のさらに後から来る輜重(しちょう)隊を任されていた。マルクロニスは助けたホルメア国の人々に食料や衣服を配給する人手にエルフを頼みたいという。

 その要請の理由を蒼馬が尋ねると、マルクロニスは答える。

「人間のみの方が、ホルメアの人々に受け入れられやすく混乱も少ないでしょうな。ですが、異種族への偏見を払拭(ふっしょく)するためならば、傷つき疲れ切ったところに食料や衣服を手渡してくれるその手が異種族の手であった方がよろしい」

 そこまで言ってからマルクロニスは苦笑いを浮かべると、なぜかエラディアへ小さく頭を下げてから続けて言った。

「特に、それが美しい女性であったならば、これほど効果的なことはないでしょうな」

 納得である。

 蒼馬は、マルクロニスの要請に応えるように皆に指示を下した。

 女性であることと美貌を利用するというのに、エラディアは「それならば、私の姉妹たちの得意とするところです。お任せください」と上品に微笑んで見せた。

 ただ微笑んだだけなのに、なぜか怖い。

 何だか飢えた虎の前に哀れな子羊を投げ出してしまったような罪悪感を蒼馬は覚えるが、今は考えないことにする。 

 それよりも今はロマニア国軍への対策が先だ。

「次に、ズーグさん」

「おう! いよいよ俺の番か」

 蒼馬に名を呼ばれたズーグは、遠足前日の子供のようなワクワクとした表情で応じる。

「ズーグさんは、〈爪の氏族〉の戦士たちを率いてホルメア国中に散った残敵の掃討をお願いします」

 厳格な軍規もなく、集められた兵士たちも急遽徴募された者が多いこの時代の軍は、いったん敗走となると容易に兵たちが分散してしまう。

 いまだ通信機などない時代である。いったん散ってしまった兵たちと連絡の取りようがなければ、彼らを呼び戻しようがなかった。また、はぐれてしまった兵たち側から取ってみても、本軍に合流したくともできない。

 そうなると本軍からはぐれた兵たちは、独力でロマニア国を目指すことになる。

 そんな彼らが、ただ闇雲にロマニア国へ撤退しようとするだけならば良い。

 だが、多少でも目端が利く指揮官に率いられた部隊ならば、行きがけの駄賃として、またこちらへの嫌がらせとして見つけた村の掠奪や放火、道や橋を破壊していくだろう。

 それでは後の復興にも差し支えが出る。

 そうならないためにも、ロマニア国軍の本軍だけではなく、そうしたホルメア国中に散ってしまったロマニア国軍の部隊にも対処しなければならなかった。

 しかし、広いホルメア国に散ってしまったロマニア国軍の部隊を掃討するのは容易ではない。それをやるには敵を追う機動力は無論のこと、優れた追跡能力、的確な判断力、そして何よりも高い索敵能力が求められる。

 そして、その大役に蒼馬はズーグを任じたのだ。

 それにズーグは満面の笑みを浮かべる。

「おうおう! 任せてもらおう!」

 しかし、ただ与えられた重責と闘争への期待に浮かれるだけに終わらないのがズーグである。

「当然だが、ソーマ殿の『(あみ)』を貸してもらえるのだろうな?」

 そう挑発的な物言いをするズーグに、蒼馬は「もちろん」と答えた。それから蒼馬はピピへと目を転じる。

「ピピさん。ズーグさんの支援をお願いします。ホルメア国東部に『網』を広げてください!」

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