第117話 ホルメニア攻防戦10-蹂躙
開け放たれた王都ホルメニアの城門の内側にいたのは、ロマニア国軍の将軍が予想していたような寡兵ではなかった。
そこにいたのは、数万に及ぼうかという人々である。
彼らは「ロマニアの侵略者を打ち倒せっ!」という怒号とともに、どっと城門からあふれ出た。
しかも、その先頭を駆けているのは――。
「ディ、ディノサウリアンっ!」
このセルデアス大陸に住まう七つの種族の中でも最強と呼ばれる半人半竜の種族だ。
人間種からすれば見上げんばかりの巨躯。しかし、それは決して見かけだけではない。その巨躯を支える太い筋肉が生み出す力は、脅威の一言。鋭い鉤爪が生えた腕のひとり振りで、人間種の身体など簡単にバラバラにできるだろう。
また、その身体を覆うのは、やわなナイフなどでは刃も立たない強靱な鱗が生えた皮膚である。この天然の鎧を身にまとった彼らを傷つけるだけでも至難の業だ。
かつて大陸の中央で活躍したという帝国の名将インクディアスが、その著書で戦場で犯してはならない過ちのひとつとしてディノサウリアンとの白兵戦を挙げたのはむべなるかな。
しかし、その反面で、ディノサウリアンは自らの強さに過信していた。それは種族全体が抱える宿痾と言っても過言ではない。
他種族との戦いともなれば、ただ敵へと突っ込み、蹴散らそうとする。策など考えはしない。白兵戦となれば自分らこそ最強だと信じるが故に、ひたすら敵へと突っ込むのだ。
それ故に、罠にかけやすい。
人間種などひ弱な猿と見下しているディノサウリアンは、簡単な挑発でもすぐに乗ってくる。そうして突っ込ませておいて、ディノサウリアンの怪力が届かない距離から矢を浴びせ、囲んで槍で突き刺せば良い。
それ故に名将インクディアスはディノサウリアンを「蛮勇あれども思慮なく。その力を恐れるとも、その種を恐れるに足らず」と評している。
それがセルデアス大陸における人間種の武将たちのディノサウリアンたちへの共通認識であった。
もちろん、それはこのときのロマニア国軍の将軍にとっても同じである。
破壊の御子は凶猛なるディノサウリアンたちを従えると言うが、そんな者たちなど取るに足らない。罠にはめて殺してしまえば良いのだ、とうそぶいてさえいた。
しかし、今や罠にはめられているのは、自分らの方である。
そこへ向けられたディノサウリアンたち。
ロマニア国軍の将軍は、ディノサウリアンなど恐れるに足りないと豪語していた過去の自分が、いかに愚かであったかを痛感した。
あんなのとまともに戦えるわけがない。
何かを言おうと口を開きかけた将軍だったが、その頭に飛んできた鉄球が直撃する。
それは、王都の城門から流れ出した群衆の先頭を駆けていたディノサウリアンが投擲した鉄球だ。人間の赤子の頭部程もある鉄球の直撃を受けた兜は、薄紙のようにひしゃげて弾き飛ばされる。そして、その内側にあった頭部は、熟れすぎたトマトのようにぐしゃりと潰れ、大量の血液と脳漿を周囲にぶちまけた。
その惨状を作った鉄球を投じたのは、言うまでもなく自他ともに蒼馬の旗下最強の戦士と認める男である。
「我こそは偉大なる竜の末裔にして、竜将たるジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージなり!」
ジャハーンギルは、大きく胸を反らして轟っと吠えた。
◆◇◆◇◆
「最初の一撃が勝敗を決めます!」
戦いを前にして蒼馬は、ジャハーンギルにそう語った。
「僕は王都の民衆を戦うように焚きつけます。ですが、それはあくまで一時的なものです。敵の強固な守りにぶつかったり、反撃に遭えば、そんなものはすぐに吹き飛んでしまいます」
蒼馬の前に腹ばいで寝そべるジャハーンギルは、そんなものだろうなと興味なさそうに小さく鼻を鳴らした。
ジャハーンギルに取ってみれば、鍛えられた人間の兵士ですら小猿にすぎない。それなのに槍の持ち方も知らない王都の住民らでは、自分ひとりでも蹴散らせるとすら思っていたのだ。
小さくあくびまで洩らし始めたジャハーンギルだったが、次の蒼馬の一言で目の色が変わる。
「そこで、ジャハーンギルさんの力が必要となります」
ゆらゆらと揺れていた尻尾が、鉄芯でも入れられたかのようにピンッと伸びる。それから、ひとつ地面を強く叩く。
「我は何をすれば良い……?」
くだらないことならば許さんぞと言わんばかりの口調である。
それに蒼馬はひとつうなずいてから言った。
「彼らの先頭に立ち、真っ先にロマニア国軍に斬り込んでください」
一頭の獅子に率いられれば臆病な羊の群れも狼となるという。それならば、もしその獅子が凶猛無比な竜であれば、臆病な羊の群れはどれほど凶暴な獣となるのか。
「しかも、ただ戦って勝つのではダメです! 敵を一切寄せつけず、圧倒的な力によって粉砕し、ただ蹂躙してください! それが出来るのはジャハーンギルさんだけだと思います!」
その蒼馬の言葉に、ジャハーンギルはゆっくりと立ち上がる。
かつてソロンは、ジャハーンギルは頭ごなしに命令するのではなく、重責を与えよと言った。
ジャハーンギルはただ頭ごなしに命令すれば臍を曲げてしまう。だが、期待をかければかけるほど彼はそれに応えようと奮起し、力を発揮するのだ、と。
その言葉は正しかった。
今やジャハーンギルからは、先程までの気だるそうな気配は欠片もない。それに代わって彼の身体を満たしているのは、焼けるような熱気すらともなった闘争心である。
その身体の奥底から沸き上がる闘争心と興奮と歓喜の渦を必死に押さえ込むジャハーンギルを前に、蒼馬は凶猛な竜を解き放つ言葉を発した。
「竜将ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージに命じます! 僕の親衛隊の任より一時離れ、民たちの先頭に立ち、敵と戦ってください!」
ジャハーンギルは歓喜の雄叫びを上げたのだ。
そして、その蒼馬の期待にジャハーンギルは十分に応えた。いや、十分以上である。
三人の息子に背中を任せたジャハーンギルは、ロマニア国軍の中に突っ込むと、その獰猛さをいかんなく発揮した。鉄球を投じれば甲冑ごと人間を挽肉にし、その鎖を振り回せば数人まとめてなぎ倒す。また、その手足を振り回すだけで、ロマニア国軍の兵士たちは木っ端のように吹き飛ばされるのだ。
それでも健気に槍の穂先を突きつけて挑みかかる兵士たちもいた。しかし、ジャハーンギルはそうした者たちすら歯牙にかけずに、ただ蹂躙していく。
さらに、それに続くのは今や蒼馬の親衛隊と呼ばれるディノサウリアンの戦士たちだ。その数はわずか百にも満たないが、いずれも一騎当千と呼ぶに相応しい戦士たちである。彼らはジャハーンギルによって崩された敵へと雪崩れ込むと、その暴威をいかんなく発揮し、ロマニア国軍兵士を殺戮していく。
そして気づけば王都へ雪崩れ込もうとしていたロマニア国軍の兵士たちはひとり残らず血だまりと肉片に変えられていた。
それは、あまりにすさまじい光景であった。
これにはディノサウリアンに続いてロマニア国軍に襲いかかろうとしていたホルメニアの人々も愕然としてしまう。彼らのその目には、一様にこの惨状を作り上げたディノサウリアンへの恐怖の色が浮かんでいた。
そんな群衆の中から、ひとりの男が飛び出してくる。
それは、人将のマルクロニスであった。
彼はロマニア国兵士の死体を踏み越えて、ジャハーンギルのところへ駆け寄ると声を張り上げる。
「さすがは、ジャハーンギル殿! まさに向かうところ敵なし! これほど心強い味方はありませんな!」
このマルクロニスの大げさな称賛に、ジャハーンギルはムフーッと鼻息を荒げた。
しかし、このマルクロニスの称賛は、何もジャハーンギルをおだてるだけのものではない。本当に聞かせたいのは、後方で自分らを見つめる王都の人々たちであった。
彼らに向けてマルクロニスは右腕を振り上げる。
「ホルメニアの民よ! 見よ、このディノサウリアンの勇士たちを! この方々がいれば、ロマニアの外道など恐れるに足りんぞ!」
その呼びかけに、ジャハーンギルの猛勇を目の当たりにして半ば放心していたホルメニアの民たちが我に返る。
その姿形ばかりか、人間では遠く及ばぬ苛烈な戦いぶりに、ホルメニアの人々はディノサウリアンたちに恐れすら感じていた。だが、それが自分らの味方であると思えば、その恐れも頼もしさへと変わる。
また、その想いの変化を後押しするように、マルクロニスの部下たちが声を上げて腕を突き上げた。
「この方たちがいれば恐れることはないぞ!」
「そうだ! ともにロマニアの外道どもを叩き返すぞ!」
「この人たちが味方だ! 俺たちの味方だぞ!」
それに釣られてホルメニアの民たちも歓声を上げた。
「こんな強い人たちが、俺たちの味方かよ!」
「こいつは頼もしいぜ!」
「おお! すげーぞ、こりゃ!」
口々に自分を誉め称えるホルメニアの民たちに囲まれれば、人間など貧弱な猿ぐらいにしか思っていないジャハーンギルとて悪い気はしない。
ジャハーンギルは腕組みをして胸を反らすと、ブフーッと一際大きな鼻息を上げる。
「我が敵を蹴散らしてやる! 我に続くが良い!」
そう言うとジャハーンギルとディノサウリアンたちは、彼らに恐れをなして遠巻きに見守っていたロマニア国軍の残存兵たちへと斬り込んだのである。
ムハー(゜∀゜)=3 (゜д゜*)スゴ(゜ロ゜*)スゴ(゜Д゜*)スゴ→ィッ!!!




