第116話 ホルメニア攻防戦9-扇動(後)
先週は家族が夏バテで倒れちゃったので更新できませんでした。ごめんなさい。
今週からちゃんと更新するからね!ヽ(`д´)ノ
「どうやら出番を奪われたようじゃな」
集った王都の人々が上げる気勢と熱気が渦巻く広場の片隅で、そうソロンがからかうのは、マルクロニスであった。それにマルクロニスは刀創だらけの顔に苦笑を浮かべると、肩をすくめてぼやいてみせる。
「せっかくの見せ場でしたが、致し方ありませんな。しょせん私はしがない中隊長補佐あがり。それに比べて、あの方は『黒壁』の将校ですからな」
今回、王都の人々をロマニア国軍との戦いへとけしかけるのに、蒼馬は何も無策で乗り込んで来たわけではない。
何しろ扇動する相手は、これまで自分らと戦ってきたホルメア国の人々だ。その中には自分たちとの戦いによって命を落とした者の家族もいるだろう。ともにロマニア国と戦おうと焚きつけるつもりが、かえってそんな人々の逆鱗に触れ、自分たちが叩き殺される恐れも考えられたのだ。
そのため蒼馬はソロンと相談し、マルクロニスの部下たちをサクラとして群衆の中に多数紛れ込ませていたのである。
彼らは今も気勢を上げる群衆の中にあって、ロマニア国軍を打ち倒せ、破壊の御子とともに戦えと、周囲の誰よりも声を上げて、その務めを十分に果たしていた。
そして、人々を発奮させるきっかけとなった蒼馬の侮辱に反対の声を上げるのもまた、そうしたマルクロニスの部下の役割であったのだ。
ところが、実際にその声を上げたのは、アドミウスである。
これは、まったくの想定外のことだった。
だが、結果は想定以上のものだ。
何しろアドミウスはホルメア最強の軍団と呼ばれた「黒壁」の将校である。その黒い鎧を着たアドミウスの言葉を無視できるホルメア国の将兵などいない。あれほどホルメア国の人々が発奮したのも「黒壁」の将校であるアドミウスの言葉だからこそだ。
今も気勢を上げる群衆のただ中で声を張り上げるアドミウスをソロンは手にした杖の先で指し示す。
「あの者、きちんと自分のなした役割を承知しているとみた」
ただ単に蒼馬の言葉に反発するのではなく、自らもまた人々を挑発し、奮起させた上で蒼馬とともに戦うと明言した。
これは、アドミウスが明らかに蒼馬の意図を承知した上で、あえてそれに乗ったとしか思えない。
捕虜となったときは、あれほど自分の首を刎ねろと口やかましく騒いでいた男である。
しかし、いかなる心境の変化があったのか、この王都の開城を求めるポンピウスとの会談以降、アドミウスは自分を殺せとぴたりと言わなくなっていた。そこに来て今回の蒼馬の思惑に自ら乗ったところを見ると、どうやらアドミウスはその指揮下に入ってもいいぐらいには蒼馬に好意的になっているようである。
それはマルクロニスも同感であった。
「ソロン老。これはかねてよりの懸案を解決するに、良き人材ではございませんかな?」
マルクロニスが言う懸案とは、蒼馬の軍に人間の将が不足していることだ。
すでに蒼馬のところには数千人からの人間の兵士が従っている。それに加えてホルメア国西部を征服して以来、蒼馬に従う人間種の兵が急増していた。
しかし、それを指揮する将となると、マルクロニスとセティウスのたったふたりだけしかいない。しかも、このふたりとも元は中隊長補佐と小隊長と、小部隊の指揮官にすぎず、数千人からの兵士を統率するなど初めての経験である。そのため、いまだに兵を動かすのにも苦慮している状態であった。
そうした現状から、かねてより人間種から将となる新たな人材の発掘が急務であったのだ。
その点で見れば、ホルメア国最強軍団「黒壁」の将校であったアドミウスならば能力と経歴ともに申し分ない。また、その経歴から彼が蒼馬に仕えるという事実は、今後のホルメア国統治にも大きな影響を与えるだろう。
このマルクロニスの提案に、ソロンはわざとらしく目を見張ると「ほう!」と驚いて見せた。
「人将殿は、あの者を迎え入れると言われるか」
ソロンがマルクロニスを名前ではなく人将と役職で呼んだのは、自分より経歴も能力も優れた者を迎え入れて人将の地位が脅かされても良いのかという意味だ。
その意味を察した上でマルクロニスは言う。
「やり手がいないので、私がやっているだけです。正直、人将などとは手に余りますな。私もそろそろ歳ですので、職を辞して貯めた小金でボルニスの街で小さな酒場の主人となって余生を送りたいと思っていたところです」
そこでマルクロニスは困った顔で頭を掻いた。
「後はセティウスに任せたいところですが、あいつも将としての知識も経験も不足している。教えたくとも、私も似たようなものですからな。ならば、あの方を入れればセティウスにとっても、良き手本、良き競い相手となるのではと思ったしだいです」
マルクロニスの答えに、ソロンはカラカラと笑い声を上げた。
「自らの立場に固執せず、広く人材を得ようとする。これ、まさに将たる者の素質。人将殿も、しっかりと将をしておるわい」
これに、マルクロニスは「恐縮です」と頭を下げた。
◆◇◆◇◆
蒼馬に焚きつけられた人々は、アドミウスを先頭に広場から列をなして移動を始めた。
彼らが向かうのは王城の近くにある武器庫である。
アドミウスに先導された人々は口々に「ロマニアを倒すための武器を寄越せ!」と叫びながら、武器庫へ殺到したのだ。
その光景に、元ホルメア国の将校や重臣らは顔を蒼白にした。
敵に城を攻められたとき、住民らに武器を押しつけて戦わせることはままある。しかし、それはあくまでやむにやまれぬ状況だからこそだ。本来は、住民らが武器を手にすることは権力者にとって不本意なことである。
また、住民側にとっても同様だ。
住民らが汗水を流して働いて税を納めてきたのは、権力者に自分らを守ってもらうためである。それなのに、自分らが武器を手にとって敵と戦わされるのは不本意なものでしかない。なぜ自分らが戦わなければならないのだという想いがどうしても生まれてしまうものだ。
ところが、今気勢を上げて武器庫へ向かう住民はそうではない。
自分から率先して戦う武器を寄越せと口々に叫んでいるのだ。
これではまるで反乱ではないか。
その光景を前にした元ホルメア国の将校や重臣らは、一様にそう思った。
支配階級にある彼らにとって、民衆の反乱ほど恐ろしいものはない。
しかも、破壊の御子と名乗る男は、城壁に頼っての籠城戦ではなく、王都より打って出てロマニア国軍を討ち滅ぼそうと言っているのだ。
もし仮にこの怒り狂う民の炎が国中に伝播でもしたら大変である。ロマニア国軍を打ち払った後に、その牙がホルメア国へと向けられないとも限らないのだ。
そのため、彼らは武器庫を閉鎖し、住民らを力ずくでも家に戻させるべきだと蒼馬のところへ慌てて進言した。
ところが、それに蒼馬は次のように言い切った。
「民に反乱を起こされたなら、起こされた方が悪い」
現代日本では、政府に不満を持つ人々がデモ行進をしても、それは権利として認められている。また、ニュースの報道で知る世界各国で起きる民衆の暴動などは、コメンテーターなどが現地政府の問題を提起してくれた。
そのため、蒼馬の中では民衆が反乱を起こすのは、よほど政府や権力者に問題があるという認識が根付いていたのだ。
しかし、そんなこととは知らない元ホルメア国の将校や重臣らは、この蒼馬の言葉に恐怖した。
この反乱としか思えない光景を前にしても、そう言い切れる圧倒的な自負。そして、猛り狂う住民すらも、まるで自分の手の内だと誇るかのような傲岸さ。
元ホルメア国の将校や重臣らの目には、そのように映ったのである。
そんなこととは露とも知らない蒼馬はシェムルを伴って武器庫周辺を見下ろせる城壁に足を運ぶと、住民らの様子を見下ろした。
眼下では、すでにアドミウスを先頭とした住民らが武器庫を開き、中から次々と武具を運び出していた。
しかし、いくら王都の武器庫とはいえ、限りがある。しかも、敗残兵や戦える若い男たちばかりか、そこには女子供年寄りまでもが武器を求めて殺到したのだ。瞬く間に武器庫は空になってしまう。武器がなくなっても収まらない人々は、近くにあった家やその家具を叩き壊して作った即席の棍棒を手に気炎を上げ始めた。
その光景を蒼馬と一緒に眺めていたシェムルが不安げに言う。
「しかし、ソーマ。あいつらで大丈夫なのか?」
種族全体が狩人であり、戦いともなれば女でも戦士として戦場に赴くゾアンにとって、本来は騎士ではない住民らが戦おうと立ち上がるのには、あまり違和感を覚えていない。しかし、シェムルの目から見れば、今気勢を上げている住民の大半は戦士として心許なく見えた。
それもそのはずだ。何しろ彼らの多くは、これまで武器など手に取ったことがない普通の民たちである。
頭数だけは多く、今は蒼馬に焚きつけられて気勢を上げてはいるが、いざ本当に戦いとなれば、どうなるかわからない。最悪、敵の姿を見ただけで武器を放り捨てて逃げ出してしまう恐れすらあった。
そのシェムルの心配は、もちろん蒼馬も承知していた。
「だから、そうならないように僕の最強の力を貸すつもりだよ」
そう言う蒼馬にシェムルは小さく首をかしげてみせる。
「最強の力?」
それに蒼馬は意味ありげに笑って見せた。
「うん。――万夫不当の力をね」
謎の戦士「ついに我の出番 ムハー(゜∀゜)=3」




