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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
199/548

第65話 スノムタの屈辱5-弓勝負

 エラディアは、ままならない戦況に苛立ちと焦燥に駆られていた。

 そもそも弓騎兵そのものが、このセルデアス大陸西域では初の兵種なのである。誰もが、この弓騎兵をどのように教練し、実戦でどのように運用すれば良いか知らなかった。

 それは弓騎兵の発案者である蒼馬もまた例外ではない。

 蒼馬は本を読んでパルティアンショットやモンゴル帝国の騎兵の戦い方を知っていた。だが、それは「逃げるふりをして、追いかけてきた敵に矢で攻撃して大きな損害を出した」程度のものでしかなかったのだ。

 仮に騎馬民族の人でもいれば助言を得られたのだろう。

 しかし、もともと馬がおらず、また平原はゾアンの勢力圏であった大陸西域には、騎馬民族がいなかったのである。ヨアシュを通じて探せば、馬の原産地である大陸の南や中央辺りにはいたかも知れないが、それには五年はあまりに短すぎたのだ。

 結局は、実行部隊長であるエラディアとともに、手探りで部隊を運用しているのが実態だったのである。

 また、ヒュアキスが看破したように、弓騎兵隊の練度も決して高くはなかった。

 エラディアを含め、誰もがいまだ矢を射ながら馬を御するのもおぼつかない状態だ。そのため、矢を射ずに馬を操るのに専念する者を前に走らせ、何とか部隊として動かしている状態なのである。

 それでも弓騎兵をこの戦いに投入したのは、ひとえに敵の弓兵を排除するためだ。

 蒼馬たちの主力となるのは、言わずと知れたゾアンたちである。

 ゾアンはその種族としての特徴から、重装の鎧や盾などといった防具が身につけられない。そんな彼らに矢が降りそそげば、甚大な被害が出てしまう。敵の主力である重装槍歩兵とぶつかる前に、そんなことになればただでさえ少ない勝ち目がなくなってしまうだろう。

 そうさせないためにも、何としてでも敵弓兵を蹴散らさなくてはならなかった。

 しかし、真っ向から敵弓兵団にぶつかるには、こちらのエルフ弓兵たちもまた数で劣る。

 そこで敵の意表を突き、動揺させるために、あえて練度が低いのを承知した上で弓騎兵隊を投入したのだ。

 弓騎兵を初めて見た元ホルメア国軍の兵士であるマルクロニスやセティウスの驚きの大きさから、エラディアは十分に期待できると踏んでいた。

 ところが、エラディアが見る限り、予想したよりも敵の動揺は少なかったようだ。

 ホルメア国軍は初めて目にする弓騎兵に対しても不用意には動かず、期待していたような陣形の大きな乱れは生じていない。

 これにはエラディアも、自分の読みが間違っていたと痛切に悔やむしかなかった。

 だが、このエラディアの分析は間違いである。

 真実は、あまりにも弓騎兵の衝撃が大きすぎて、第一軍を率いるラキウス将軍をはじめとした各部隊の指揮官たちが、どう対処すればよいかわからず動けなかっただけなのだ。

 しかし、経緯はどうあれホルメア国第一軍は、深刻な被害も受けずにエルフ弓箭(きゅうせん)兵隊との矢の応酬に入ってしまった。

 こうなると、やはり兵数の差がものを言う。

 しだいに弓騎兵の衝撃も薄れてきたホルメア国の弓兵たちは、訓練されたとおりに矢を射るようになってきた。エルフ弓箭兵隊が今は技量でしのいでいるが、遠からず数で押されるのは目に見えている。

 今からでも、さらなる弓騎兵による攻撃によって敵を混乱させられないか?

 エラディアは戦況を見ながら、そう考えた。

 しかし、これまでどおり敵の前で移動しながら矢を射るだけでは効果は薄い。それよりも敵の側面から攻撃した方が良いぐらいは、戦闘の初心者であるエラディアとて理解している。

 だが、第一軍の側面を襲うということは、第三軍と第四軍の前に横腹を晒すということだ。そうなると問題なのは、第三軍と第四軍に見える戦車部隊である。速さのみをいえば騎馬にひけをとらない戦車なら、いくら俊敏な騎兵といえども、その晒した横腹をえぐられないとも限らなかった。

 そのため、これまでずっと第一軍の側面への攻撃は躊躇(ちゅうちょ)してきたのである。

 しかし、第三軍と第四軍ともに第二軍の側面を守ったまま動こうとはしない。

 これは多少の危険は承知の上で、第一軍への側面攻撃に移るべきかとエラディアは考え始めていた。

 その矢先である。

 主力となる第二軍の重装歩兵軍の側面を守っていた第三軍と第四軍が、音を立てて動いたのだ。

 しかし、それもわずかに前進しただけである。すぐに両軍ともに待機状態になってしまった。

 エラディアが知り得ようもないことだったが、それは「黒壁」副軍団長のヒュアキスの指示によるものである。

 この広い戦場において、わずか五十歩だけ前に進める。

 ともすれば無意味にも思える行動だが、エラディアにはそれで十分だった。

 動かないと思っていた第三軍と第四軍がわずかなりとも前進したのである。たったそれだけでエラディアは第一軍の側面に回るのは危険すぎると判断してしまったのだ。

 ともに将才に恵まれなかったエラディアとヒュアキスだったが、その経験値の差が明確に表れた展開である。

 そうとは知らず新たに打てる手を模索するエラディアの見ている前で、またひとりのエルフの女性が矢に当たり倒れてしまう。

 その姿にエラディアは、唇を強く噛み締めた。

 ともに恥辱に耐え、泥をすすって生きてきた同胞である。たとえ血のつながりはなくとも、それ以上に強い絆で結ばれた姉妹たちだ。そんな彼女たちが、傷つき、倒れていくのに何も感じぬはずがない。

 しかし、ここで簡単に引き下がるわけにはいかなかった。

 何としてでも自分たちの手で敵の弓兵に打撃を与えておかねばならないのだ。

 だが、そんなことをエラディアが考えている間にも、弓箭兵隊からまたもや犠牲者が出てしまう。

 その光景を断腸の想いで眺めていたエラディアは、あることに気づいた。

 姉妹に犠牲をしいている矢に特徴があるのだ。

 第一軍から雨のように降りそそぐ矢の大半は、ごく普通の人間が使う矢と大差ない。

 ところが、その中に姉妹たちを的確に狙う異質な矢が含まれているのだ。

 それは、とてつもない威力の矢であった。

 ホルメア国第一軍とエルフ弓箭兵隊が矢の応酬をしているのは、大きく山なりに矢を射なければ相手に届かない距離である。そのため、敵に命中しても矢の威力は落ちており、よほど当たり所が悪くなければ軽傷ですむ。

 ところが、その矢は直射に近い軌跡を描いて飛んでくるのだ。そのため、その威力たるや他の矢とは比較にならない。志願兵の持っていた盾に命中すると、凄まじい音と衝撃をともなって(シャフト)の半ばまで(つらぬ)く。これが直撃でもすれば、身体すら貫通するだろう。

 エラディアからは見えなかったが、他のものよりも長大なその矢の先端についているのは、この時代では一般的な青銅製の(やじり)ではなく、より貫通力の高い鉄製のものである。

 しかし、それを知らなくてもその矢がとてつもなく凶悪なものであることは遠目でも明らかだ。

 特殊な弓兵がいるの?!

 早急にその敵を確認し、できれば排除しなければならない。

 そう判断したエラディアは自分の真後ろに追随する副隊長格の女性に声をかける。

「指揮権を一時的に預けます! このまま攻撃を続行しなさい!」

「はいっ! ――お姉様はっ?!」

「私は、厄介なお客の相手をします! ――誰かふたり、ついてきて!」

 そう叫んだエラディアは、二騎だけ連れて弓騎兵隊から離れた。

 そして、いったん激しく矢の応酬が繰り広げられている場を抜けると、ゆっくりと馬を走らせながら敵軍を見やる。

 しばし敵軍を見つめていたエラディアの目が、カッと見開かれた。

 見つけた!

 深い森の中で、生い茂った枝葉や灌木(かんぼく)の茂みの中に身をひそめる獲物を見つけて狩りをするエルフの目が、敵軍の中にひそむ異様な姿の男たちをとらえた。

 動物の毛皮を頭からかぶり、自身よりもはるかに長大な弓を引く屈強な男たち。エラディアはその名を知らなかったが、それは西域最強の弓使いガウ族の狩人たちだった。

「ふたりは私の援護を!」

 狙うのは、ガウ族の狩人の中でも熊の毛皮をかぶった大男である。その技量といい、周囲の狩人たちの反応といい、あの男が狩人たちの頭と思って間違いないだろう。

 頭さえ仕留めれば、いかな部隊であろうと烏合(うごう)の衆になる。

 それはソーマが良く口にしていた言葉だ。

 それを実践すべく、エラディアは熊の毛皮の男だけに狙いを定めて馬を走らせた。

 敵はエルフ弓騎兵隊に目を奪われ、わずか三騎で近づくエラディアたちは目に入らない。エルフィンボウに矢をつがえると、エラディアはギリギリと弦を引き絞った。

 厳しい自然や賢い獣を相手にする狩人の中には、時折自己に降りかかる危険に異常なまでに敏感な者がいるという。そのガウ族の狩人の男も、そうだったのだろう。

 エラディアの矢が届く距離に入った途端、それまでまったく気づいた素振りも見せなかった男が急に振り返った。そればかりか、まるで長弓を軸にして回転するように、一瞬にしてエラディアへとつがえた矢を向けてくる。扱いが難しい長大な弓だと言うのに、信じられない早業であった。

 まずい!

 そう思った瞬間、エラディアは右足を(あぶみ)から外す。そして、自身の身体を馬上から左に投げ出した。

 そのとっさの判断が、エラディアの命を救った。

 次の瞬間、狩人の矢がエラディアの頭部をかすめて飛んだ。

 自分たちが使うよりも長く重い矢が、轟っと音を立てて風を引き裂きながら飛び抜けるのにエラディアはゾッとする。一瞬遅ければ、額を射抜かれるどころか首ごと持って行かれたかもしれない矢の勢いだ。

 しかし、それでエラディアの危機が去ったわけではない。

 矢を回避するために身体を投げ出したエラディアに、今度は高速で後ろに流れていく地面が彼女の命を削り取ろうと迫ってくる。

 これでも子供の頃は誰よりも木登りが上手だったのです!

 そう自分を叱咤すると、エラディアは両足でしっかりと馬体を締めつけるように挟み込み、落馬しようとする身体を支えた。

 そして、そんなエラディアを救おうとしたのか、単にバランスを取ろうとしたのか、馬もまた身体を逆へと傾けてエラディアを助ける。

 まるで馬の脇腹から生えたような態勢になりながらも、エラディアはそれでも手放さなかったエルフィンボウに矢をつがえて引き絞り、それをガウ族の狩人の眉間へと放った。

 エラディアの放った矢はホルメア兵たちの間をすり抜けて、こちらに矢を放ったばかりのガウ族の狩人へ吸い込まれるように飛ぶ。

 しかし、無理な態勢で放った矢は狙いをわずかに()れてしまう。矢が命中したのはガウ族の狩人の左耳だった。矢に耳を半分近く引きちぎられたガウ族の狩人は痛みのあまりうずくまり、人垣の中に隠れて見えなくなってしまった。

 それを確認する間もなく、エラディアは右手を伸ばして鞍の突起を掴むと、渾身の力を込めて身体を引き上げる。彼女が身体を鞍上(あんじょう)に戻すと、ようやく馬も傾けていた馬体を元に戻した。

 危なかった。

 第一軍に背を向けて安全圏へ離脱しながら、エラディアは心臓が早鐘のように打つ胸に手を当てる。

 今でも白い歯がカチカチと鳴るのを止められない。未熟な馬術であのようなまねができたのは、まさに奇跡でしかなかった。実はすでに自分は頭から落馬して、死ぬ間際の夢でも見ていると言われた方が得心できるほどだ。

「ああ、風の神よ。貴神の御加護に感謝いたします」

 思わず長年ついぞ唱えたことがない神への感謝の言葉を洩らしてしまう。すると、乗っていた馬が不機嫌そうに首を振った。身を乗り出して馬の顔を覗くと、その目がまるで「俺のおかげだぞ」とでも言いたげである。

「ごめんなさいね。でも、ありがとう。助かったわ」

 馬の首筋に胸を押しつけるようにして身体を預けると、馬も現金なものでコロリと機嫌をなおした。

 そうして馬の背に揺られながらエラディアは、先程の矢の手ごたえを反芻(はんすう)する。

 とうてい戦い続けられないような深手を与えられたようには思えない。

 しかし、敵の矢が届くと身をもって知れば、どんなに豪胆の人間であろうと、敵の矢への対処に気が削がれてしまう。そうなれば、これまでのように射撃に集中できないはずだ。

 完全にあの特殊な弓兵の動きを封じるとまではいかないが、多少の妨害にはなっただろう。

 今はそれで満足するしかないと割り切ったエラディアは、とにかくあの弓兵の存在を後方へ伝えようと馬上から空に向けて大きく腕を振るう。

 すると、ひとりのハーピュアンの娘が馬の脇へと舞い降りてきた。

 彼女は、将に任命された者たちと迅速な連絡を取るためにと蒼馬がエラディアに専属でつけたハーピュアンの伝令兵である。

「本陣のソーマ様へ伝令をお願いするわ」

 エラディアはハーピュアンの娘に、手短に用件を告げた。


               ◆◇◆◇◆


「エラディア様より伝言です。敵弓兵の中に、強力な弓を使う連中がいるそうです。指揮官狩りは慎重に、とのことです」

 その翼を活かし、瞬く間に最前線から本陣へ舞い戻ったハーピュアンの伝言を受けた蒼馬は難しい顔になる。

 実は、数が少ないハーピュアンを効果的に活用するために、ハーピュアンたちによって敵部隊の指揮官を直接攻撃することも蒼馬は考えていたのだ。

 しかし、それほど強力な弓を使う弓兵が、もし敵指揮官の周囲に配置されていたとしたら、それも難しくなった。下手をすればハーピュアンが撃ち落される恐れがある。

 現在、蒼馬のところには、わずか二十人足らずしかハーピュアンはいない。

 たったふたりを撃ち落されただけで、その戦力が一割減になってしまう。そうなると、自分らが敵を圧倒していると自負する偵察や伝令網に支障をきたす恐れもある。今の段階では、ハーピュアンたちに危険な橋は渡らせられない。

 だが、この時の蒼馬の読みは、少し的を外していた。

 ホルメア国が雇い入れたガウ族の弓兵は、すべてが第一軍に配属されていたのだ。

 だが、それに代わり、(いしゆみ)を持った兵がハーピュアン対策として連隊長以上の者のそばに配置されていたのである。

 これはアレクシウスの手配であった。

 ボルニス決戦時にダリウス将軍の部隊をハーピュアンに強襲されたことが軍団崩壊のきっかけとなったのを知ったアレクシウスは、この時代では最新鋭の装備である弩を国庫から持ち出させていたのだ。

 その読みこそ外していたものの蒼馬の用心深さは、アレクシウスの置いた危機を回避していたことになる。

 しかし、蒼馬はじりじりと焦り始めていた。

 矢の応酬を続ける両軍の様子を見れば、エルフ弓箭兵隊は技量ではホルメア国の弓兵を今は圧倒してはいる。

 だが、個の優劣の差を数で埋め尽くすのが戦争だ。

 徐々にではあるが、数で劣るエルフ弓箭兵隊が押され始めているのが見て取れた。

 今すぐにでも撤退させてやりたい。

 しかし、そうなると次に敵の弓兵と相対するのは、何の防御策も持たないゾアンたちである。彼らの足をもってしても、白兵戦に持ち込むまでに二射か三射は矢の洗礼を受けるだろう。そうなればエルフ弓箭兵以上の死傷者が出る恐れがある。そんな状態で敵の主力である重装槍歩兵団とぶつかれば、その結果は火を見るよりも明らかだ。

 今はエルフたちにがんばってもらわないといけないとは思いつつも、火であぶられるような焦燥を覚えずにはいられない。

 そして、それよりも蒼馬を焦らせるのが、敵軍から感じる雰囲気だ。

 敵は二倍以上の兵力だというのに、それにおごることなく、淡々と定石を打ってきている。

 この圧倒的な兵数と物量によって、じわじわと押し寄せてくる雰囲気。

 それは蒼馬にとっても忘れがたいものである。

「嫌な空気だ……」

 蒼馬の背筋に、冷や汗がひとつ流れた。


               ◆◇◆◇◆


 しかし、エラディアや蒼馬以上に弓兵同士の潰し合いとなった戦況に苛立っていたのはアレクシウスである。

「何とも無様な戦いだな」

 指揮官用の戦車の上に建つ(やぐら)に置かれた椅子に座るアレクシウスは、しきりと肘掛を指で叩きながら、そう呟いた。

 アレクシウスが理想としている戦いとは、圧倒的な戦力をもって敵を押しつぶす戦いである。それなのに、このような互いに戦力を削り合う戦いなど彼の美意識に反していた。

 椅子から身を乗り出したアレクシウスは、眼下の衛士に声をかける。

「これ以上は無駄な削り合いにしかならん。第一軍を下がらせろ」

 そして、討伐軍にはアレクシウスがもっとも好む圧倒的な戦力をもって敵を押しつぶす戦いができる軍団がいるのだ。お気に入りの玩具を振り回す子供じみた興奮を覚えつつアレクシウスは、命令を下す。

「第二軍のヒュアキスへ伝令。敵を押しつぶせ、とな」

 ホルメア国討伐軍の主力である重装槍歩兵団が、ついに動こうとしていた。


挿絵(By みてみん)

 ついに動き出した第二軍――重装槍歩兵団。

 その強固な守りの前にはエルフ弓箭兵の矢も通じない。

 それに対して蒼馬は、ガラムとズーグの両雄率いるゾアンたちに前進を命じた。

 そして、激突しようとするホルメア国重装槍歩兵団とゾアンたち。

 敵を前にしてガラムは不敵に笑う。


ガラム「俺たちを親父たちと同じだと思うなよ」


次話「スノムタの屈辱6-重装槍歩兵」

 

 

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