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破壊の御子  作者: 無銘工房
龍驤の章
200/548

第66話 スノムタの屈辱6-重装槍歩兵

密集陣形の動きが理解しやすいように、最後に図を作ったよ。

がんばったよヽ(`д´)ノ

 アレクシウスから進軍の命令を受けたヒュアキスは、わずかに顔を曇らせる。

「あと少しで崩せるというのに……」

 弓兵同士の戦いは、こちら側の優勢であるのはもはや明らかだ。もう少しすれば敵の弓兵隊は総崩れになるだろう。

 しかし、このような削り合いでは、こちらの被害も馬鹿にできない。アレクシウスの判断もあながち間違いではなかった。

「よし。殿下のご期待に沿うとしよう」

 ヒュアキスは決断すると、伝令兵たちを呼び寄せる。

「第一軍は後退して、第二軍の後方に回るよう指示。第二軍は前進する。第三軍と第四軍は第二軍の側面を守りつつ、前方のドワーフたちを粉砕せよ!」

 命令を復唱した伝令兵たちがそれぞれの軍団へと駆けて行く。

「鼓手! 太鼓を叩け! 拍子は全軍前進だ!」

 ヒュアキスの命令を受けた大太鼓の鼓手は、その腕に渾身の力を込めて大太鼓を叩き始める。それから少し遅れて、各所に配置していた太鼓の鼓手たちも大太鼓の拍子に合わせて太鼓を叩き始めた。

 間近にすると内臓を震わせる大太鼓の音に身を浸しながらヒュアキスは、自らの兜の緒を固く締める。

「閣下。どうぞご照覧くだされ。この兜持ちめが、閣下の汚名を晴らしてご覧にいれましょう」


               ◆◇◆◇◆


 敵の後方から大きな太鼓の音が鳴り響くのと同時に、それまで激しく降りそそいでいた矢の雨がピタリと止まった。そして、地面に突き立てた大盾の守りを頼りにし、あれほど動かなかったホルメア国第一軍の中に何かさざ波のような動きが見え始める。

 いったい何事かと注視するエラディアの目の前で、いきなり第一軍が左右に割れた。

 これは敵が新たな手を打ってきたのかとエルフたちは警戒と緊張に包まれる。だが、ふたつに割れた第一軍は、そのまま後方にいる第二軍の側面へと回り込み始めた。

「お姉様っ! これは敵弓兵の後退では?」

 エラディアも姉妹と同じ考えであった。

 これは間違いなく敵弓兵の後退である。

 当初の自分らの目的を達したというのに、しかしエラディアに安堵の色はなかった。なぜならば、敵弓兵隊が後退するとは、その後方に控えていた敵主力がいよいよ前に出て来るということである。

 そして、敵軍のいたるところから打ち鳴らされる前進の太鼓の拍子に合わせて、大きな歌声が聞こえてきた。

「「進め、進め、ホルメアの勇者たちよ! 前へと進め! 戦友たちと肩を並べ、前へと進め! 後ろに続く戦友たちのために道を切り開け! さあ、戦友よ! 我とともに前へと進めっ!!」」

 それは五年前のボルニス近郊での戦いのときに聞いたホルメア国軍の重装槍歩兵が密集陣形で前進するときの歌だ。

 あたかも割れた海の中を押し通ったという預言者と民のごとく、左右に分かれた第一軍の間から敵が姿を現した。

 それは長大な槍を持ち、金属で補強した大きな盾を持った重装槍歩兵たちである。

 彼らは左右は互いの肩が触れ合い、前後は背と胸が合わさるように密集し、手にした盾を一部の隙もないくらいに並べていた。

 その姿は、まさに壁である。

 重装槍歩兵たちの薄い赤銅色の金属板を打ち付けた革鎧と革を貼り付けた盾の色とあいまって、それは長大な赤土の壁を思い起こさせた。

 これが近隣諸国にその勇名を鳴り響かせるホルメアの重装槍歩兵による密集陣形である。

 このときヒュアキスは、密集陣形を前列、中列、後列と大きく三つに分けて編成していた。


挿絵(By みてみん)


 まず、前列は横陣を敷いている。

 その基本となるのは、重装槍歩兵百人からなる中隊だ。重装槍歩兵を横に十人並べた列を十深度(縦に十列)とする隊列を組ませたこの中隊を横に三十隊並べて総勢三千人の重装槍歩兵による横陣が、前列である。

 その後方に、わずかに間隔を空けて中列が配置されていた。

 中列は、重装槍歩兵中隊ふたつを前後に並べたものを一組とし、組同士は隣接しないように間を空けて並んでいる。さらに、その後方にいる後列もまた、同様に配置されており、さながら格子模様のような配置であった。

 密集陣形は、その名のとおり兵を密集させることで攻撃力を集中させるのを目的とする陣形だ。兵を集中させればさせるほどその攻撃力は高まるのだが、それと同時に兵同士が過密すぎてしまうと陣形の柔軟性が失われてしまう。

 あえて中列と後列を普通の横陣ではなく、格子模様に配置しているのは、この柔軟性を補うためである。

 二個中隊で作られた組同士の間に空間があるため、戦況に応じて二個中隊の組を自由に動かせられるのだ。

 また、戦闘によって前列の兵が消耗し、疲労してきた際には、前列の兵を二個中隊の間を抜けさせて後方に下がらせられる。

 ただでさえ消耗して撤退しようというときに、悠長に後方の味方を大きく迂回しようとすれば、敵の追撃の恰好の餌食となってしまう。しかし、中列の隙間を抜けることで前列の兵は最小の移動で味方の後方へと下がれ、また中列の兵が追撃しようとしてくる敵を食い止められるのだ。

 さらに、敵としても同じく消耗し疲労しているところに、いきなり敵が万全の態勢の兵と入れ替わるのだから、脅威である。

 これが、ホルメアの最高の将軍と呼ばれたダリウスが、もっとも得意としてきた必勝の陣形である。

 しかし、理論を説明するのは簡単だが、戦闘という極限状態においてそれを実現させるには、日頃から厳しい訓練を施さなければならない。

 この密集陣形を実際に展開できるのは、ホルメア国では「黒壁」や一部の国軍の精鋭だけである。

 盾を押し並べて進軍を開始した第二軍に対して、まずエラディア率いるエルフ弓騎兵隊と弓箭兵隊が攻撃を仕掛けた。

「矢をつがえっ!」

 馬の足を止めたエラディアが号令をかけると、弓騎兵隊と弓箭兵隊のエルフの女性たちがいっせいに弓に矢をつがえる。

「――引けっ!」

 前に並ぶ弓騎兵隊はエルフィンボウを直射で、後方の弓箭兵隊は山なりの曲射で第二軍を狙う。

「――放てっ!」

 いっせいに放たれた矢が雨のように重装槍歩兵団へと降りそそいだ。

 しかし、その矢は、盾の壁によってことごとく阻まれる。

 五年前にも経験したが、やはりこの重装槍歩兵による密集陣形の射撃武器に対する防御は固すぎると、エラディアは(ほぞ)を噛む。

 いくら弓達者の多いエルフ弓箭兵とはいえ、遠距離から盾の隙間を狙うのは困難だ。隙間が視認できる距離まで近づけばそこを狙えもするが、あまり近づきすぎれば敵に白兵戦へ持ち込まれてしまう可能性が高くなる。弓兵が重装歩兵相手に白兵戦に持ち込まれるなど、最悪としか言いようがない。

 どうしたものかと判断に迷うエラディアの耳に、後方の本陣から太鼓が叩かれる音が聞こえてきた。

「エラディア殿。撤退の指示です」

 ハーピュアンと同様に通信兵代わりにエルフ弓騎兵隊に随伴(ずいはん)していたゾアンの女戦士が太鼓の拍子を読み解いてエラディアに伝えた。それに、エラディアはこくりとうなずくと号令をかける。

「弓騎兵隊は、弓箭兵より余った矢を回収!」

 エラディアの号令とともに、弓箭兵隊の者たちが余った矢をかき集めて馬上の姉妹へと手渡していく。エラディアもまた姉妹たちからもらった矢で矢筒をいっぱいにする。

「矢を渡した弓箭兵隊の者は、本陣まで撤退! 弓騎兵隊は、ゾアンの後方へ後退します!」

 エルフたちは弓箭兵隊と弓騎兵隊に分かれて撤退を始めた。

 そのエルフと入れ替わるようにして前に出たのは、ゾアンの戦士たちである。

 蒼馬最初の戦いである「ホグナレア丘陵の戦い」に端を発し、その勢いのままに行われた「ボルニス決戦」のときとは異なり、この日に備えて時間をかけて平原中に参戦を呼びかけて集めた大軍勢だった。

 その数は、およそ四千あまり。三十数年前のゾアン氏族連合軍には数では及ばないが、ソルビアント平原の大半のゾアンの戦士が参戦していることからも、彼らのこの戦いに懸ける意気込みが伝わってくる。

 だが、その意気込みが強すぎたのだろうか、ゾアンたちの足は速すぎた。

 気づけば両脇を固めるはずのドワーフたちの部隊を置き去りにして、ゾアンだけが突出した形になってしまう。

 あまりにもゾアンたちが前に出たため、ホルメア国討伐軍の第二軍はほとんど前に進まぬうちに足を止めることになった。

「愚かな(けだもの)どもめ! 戦術のなんたるかも知らんと見える!」

 そううそぶいたのは、このとき第二軍の前列を率いていた国軍に所属する将軍ヌミトスである。

「そんなに死にたければ、殺してやろう! さあ、来い! また我らの槍を喰らわせてやる!」

 ヌミトス将軍は三十数年前にソルビアント平原における戦いに従軍し、その際にダリウス将軍が率いる「黒壁」が自軍より数で勝るゾアンの大軍を蹴散らして、圧倒的な勝利を得る雄姿を目にしていたひとりである。

 そして、今回の戦いは数の優劣は逆転しているものの、ゾアンの大軍と重装槍歩兵の密集陣形との対決という、あのときの戦いを彷彿(ほうふつ)とさせるものだ。

 それだけに、ヌミトス将軍は興奮していた。

 あのホルメア最高の将軍と讃えられたダリウス将軍と同じ功績を挙げるのだ。ゾアンたちを蹴散らしたときのダリウス将軍の雄姿に自分を重ね合せ、ヌミトス将軍は(えつ)に入っていた。

 ところが、である。

 盾を押し並べて万全の態勢で待ち受ける密集陣形へ愚直に突撃してくるはずのゾアンたちが、槍も届かぬはるか手前で足を止めたのだ。

「何だ? 獣どもめは、ここまで来て怖気(おじけ)づいたのか?」

 ヌミトス将軍は(いぶか)しげに呟いた。

 この距離では、弓矢でも使わない限りは攻撃が届きはしない。しかし、ゾアンたちが弓矢を蔑視しているのは有名な話だ。まさか、それをたった五年で矯正して弓矢を使うようになったとは考えにくい。それにゾアンたちの姿を見る限り、そうした弓のようなものを所持しているようには見えなかった。

 困惑するヌミトス将軍が見つめる中で、ソルビアント平原全ゾアンの大族長にして、今や大将軍ともなった《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムが不敵に笑う。

「俺たちを親父たちと同じだと思うなよ」

 そして、すぐ脇に控えていた蜜柑色の毛の娘――シシュルに声をかける。

「皆に、攻撃の準備を! 積年の恨みを今こそ叩きつけろとな!」

 シシュルが腰にくくりつけていた太鼓を叩く音を聞きながら、ガラムは自分もまた腰帯に吊るしていた中央部分が幅広になった革帯を手に取った。


挿絵(By みてみん)


***************密集陣形解説図***************


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 近隣諸国にその勇名を鳴り響かせたホルメア国の重装槍歩兵たちを翻弄するゾアンたち。

 しかし、彼らを率いるガラムとズーグの顔には余裕どころか厳しい表情が張りついていた。

「あまり敵を甘く見るなよ、ズーグ」

「ああ。言われんでも、わかっている」

「そうだ。奴らはまだ出てきていないようだぞ」


次話「スノムタの屈辱7-○○」

***************************************************************

ゾアンたちが何を使うかは、まあバレバレですがいちおう次話のタイトルは伏字

四つ足で激しく身体を動かして走るゾアンにとっては弓矢や投槍は邪魔になりますが、あれならば問題ありません。それに、たいていの場所で補給も利くので、生まれついての遊撃兵であるゾアンには最適な武器なのです。

それにボルニス決戦でもやってますし、どこぞの銅山攻略でもしっかり使っていますので問題なし!

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