一難去ってまた一難
「なんだろうと、一撃入れた」
俺はニヤリと笑って、煽るように言う。
「俺たちの、勝ちだな」
「……」
白峰は固まったまま、自分の膝上を見つめていた。
そこには、粉砕された黒い石の粉と、かすかに擦れた痕が残っている。
数秒の静寂。
やがて、晶は深いため息を吐き、そのまま地べたに寝転んだ。
「……参ったよ。まさかあんな攻撃をしてくるなんてね」
俺は息を整えながら、その場に座り込む。
白峰は納得がいかない様子で、目を細めて俺を見つめた。
「鉱素で一時的に伸ばした……? いや、違うな。結晶構造がないから、形の制約を受けない……?」
黒い石の粉を指先で拾い上げ、ボソリと呟く。
「これが、君の石なのかな」
「さあどうだろうな。企業秘密だ」
そんな話をしていると、茂みからひよりが飛び出して来た。
「ねえ黒瀬くん! 今のって能力だよね!?」
「……そうだな」
「でも、黒瀬くんって非晶者じゃ……」
白峰が肘をつきながら、肩をすくめる。
「非晶者だから能力がない、なんて誰が言ったの?」
「え?」
「彼は"測れなかった"だけだよ」
白峰の考察を余所に、俺は立ち上がった。
「今はそんなことより魚食べるぞ」
そう言って俺は、香ばしく焼けた魚をひよりの口へ突っ込んだ。
「んぐぇ。あっつ! 熱いよ黒瀬くん!」
「そういえばお前、島をどれくらい回った?」
魚をかじりながら俺が聞くと、白峰は少しだけ目を上げた。
「海岸周りと、少しだけ山に登ったかな」
「思ったより広いな」
「広いというより、地形が複雑だね」
白峰は焼き魚の串をくるりと回しながら、淡々と続ける。
「この島、たぶん火山島だよ」
「火山島?」
「うん。崖の岩肌を見たけど、溶岩が冷えた跡みたいな層があった。それに、ところどころ硫黄っぽい匂いもする」
「へえ……」
ひよりが熱そうに口をハフハフさせながら、素直に感心する。
「だから土も全部同じじゃない。黒い砂の場所もあれば、白っぽく崩れやすい地面もある。歩きやすい場所と危ない場所の差が大きい」
「なるほどな」
「それと、水はあるけど、少ない」
「上流を押さえるのが大事ってことか」
「そう」
ひよりが魚を食べながら、ふと首を傾げた。
「じゃあ、食べ物は? 動物とか木の実とか、いっぱいありそうだけど」
その問いに、白峰は少しだけ間を置く。
「……少ない」
「少ない?」
「うん。見つけた範囲では、明らかに足りない」
白峰は火の番をしながら、平然と言った。
「島の大きさに対して、受験者の数が多すぎる。食料の量が、それに全然追いついてない」
「わざと、ってことか?」
「たぶんね。この試験、能力だけを見るつもりじゃないみたいだ」
ひよりが顔をしかめる。
「そんなの、最初から生き残れない人出るじゃん……」
「出るだろうね」
白峰はあっさり言った。
「だからこそ、最初に消えるのは誰か、じゃなくて『誰が最後まで食料を残せるか』を見るんじゃないかな」
俺は黙って魚をかじった。
火山島。
少ない食料。
多すぎる受験者。
……つまり、最初から全員を生かす気はない。
「学校側、かなり性格悪いな」
「同感」
白峰が苦笑する。
「でも、面白い試験だとは思うよ」
「……面白いで済ませるの、白峰くんだけだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
それ以降は会話も交わされず、それぞれが黙々と魚を食べていた。
そうして次に放たれたのは――
「……誰か来る」
という、ひよりの静かな声だった。
「え?」
「光が揺れてる。三人……いや、四人かな」
俺は反射的に立ち上がる。
煙だ。火を使えば、当然目立つ。
「どうする?」
ひよりが不安そうに聞いてくる。
白峰はゆっくりと立ち上がった。
「四人くらいなら追い返せると思うよ」
「……戦うのか?」
「必要ならね」
白峰は周囲に置いてあった水晶を手元に集める。
「こっちは三人。相手は人数が分かっているだけで、能力も分からない。でも、僕たちは情報がある。……追い返した方がいい」
白峰らしい判断だった。
戦力差、情報差、地形。
全部考えた上で、勝てると判断している。
「そうだな、追い返した方がいい」
「よし、それじゃあ――」
白峰が水晶を構えた、その瞬間。
「あとは頼んだ」
「……え?」
「逃げるぞ、ひより」
「えええええっ!?」
白峰の動きがピタリと止まった。
「いや、待って。今、僕が戦う流れだったよね?」
俺は左手で焼き魚をパクリながら返す。
「そうだろ」
「君たちが残る選択肢は?」
「ない」
即答だった。
白峰は数秒、俺を呆れ顔で見つめる。
「僕を囮にする気?」
「だって協力するって言ったろ」
「君、僕を仲間だと思ってる?」
「思ってるから背中を預けるんだ」
「じゃあなぜ置いていくの?」
「一番勝率が高いから」
「……」
白峰は少しだけ困ったように、けれどどこか楽しそうに笑った。
「普通は仲間を守る場面じゃないのかな」
「守る?」
俺は首を傾げる。
「お前が負けると思ってるのか?」
白峰の目が、ほんの少しだけ大きく開く。
数秒の沈黙の後、白峰はハッと息を吐き、小さく笑った。
「……本当に面白いね、君は」
「ひより、走るぞ!」
「白峰くんごめんねえええっ!?」
そんな叫び声と白峰の苦笑いを背に、俺たちは焼き魚を持ったまま、逆方向の森へ全力で走り去るのだった。
【鉱石豆知識:硫黄】
硫黄は、火山の近くで見つかることが多い元素鉱物です。
一般的な鉱物は、複数の元素が組み合わさってできていますが、硫黄は硫黄元素(S)だけでできた単体の鉱物です。
火山では、地下から上がってきた火山ガスに含まれる硫黄成分が、地表付近で冷えて固まることで硫黄の結晶ができます。
特徴的なのは、その鮮やかな黄色。
ただし、硫黄は見た目とは裏腹に、金属のような硬さはありません。 モース硬度は約2で、爪でも傷がつくほど柔らかい鉱物です。
また、硫黄は燃えると青い炎を出し、独特の刺激臭を持つ二酸化硫黄になります。
火山の近くで感じる「卵が腐ったような匂い」は、硫黄そのものではなく、主に硫化水素によるものです。
私は箱根に行った時に、黒たまごの匂いと勘違いしてました。




