入学実戦試験
教室に戻ると、すでに何人かの生徒が席についていた。
能力測定直後ということもあり、話題は当然その結果に集中していた。
「お前、ランク何だった?」
「Cだった」
「普通だな」
「普通って言うなよ」
あちこちから、そんな会話が飛び交っている。
俺は指定された席を確認した。
窓側。悪くない。
席へ向かうため、教室を横切る。
その瞬間、わずかに教室の空気が変わった気がした。
先ほどまで続いていた雑談が、一瞬だけ途切れる。
小さな声が耳に届く。
「あいつ……例の小石じゃね?」
「測定不能の?」
「同じクラスなんだ」
珍しいものを見る好奇の目だった。
それが、むしろ厄介だ。
良くも悪くも、入学初日で名前だけは広まってしまったらしい。
椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預ける。
その隣から声がした。
「黒瀬」
顔を向ける。
先ほど水晶と判定されていた少年だった。
「えーと、お前は」
「白峰晶。アキラでいい」
淡々とした声。
少し意外だった。
今の自分に話しかける理由は、普通ならない。
E評価、測定不能。
多くの者は、興味本位で遠巻きに見るだけだ。
「サクでいい」
そう返すと、晶はわずかに口元を緩めた。
俺は続けて軽口を叩く。
「ああ、小石って呼ばれてたな」
小石――非晶者に対する俗称。
本来の性質や個体差を無視し、ひとまとめに嘲る呼び方だ。
「……気にしないのか」
「何がだ」
「その呼ばれ方だ」
「小石って言葉か?」
少し考える。
「まあ、別に」
「……」
「そもそも、小石と言っても色々あるだろ」
晶の目がわずかに動いた。
「色々?」
「ああ」
机に頬杖をつく。
「黒い石もあれば白い石もある。硬いものもあれば脆いものもある。それを全部まとめて小石と呼んでいるだけだ」
軽く笑う。
「雑だと思わないか?」
晶は黙ってこちらを見ていた。
その視線は、測定時の観察に似ている。
分析する目だ。
「……本当に気にしていないのか」
「さっきから同じことを聞くな」
苦笑する。
「傷ついていないと言えば嘘になる。だがな」
窓の外へ視線を向ける。
「価値は、名前だけで決まるものじゃないと思っている」
話が少し逸れたかもしれない。
そもそも、彼は何か目的があって話しかけてきたはずだ。
嘲笑でも、馴れ合いでもない。
「で、水晶の家系が俺に何の用だ」
晶はわずかに間を置いた。
「……気になった」
「何がだ」
「測定結果だ」
「ああ、E評価か」
晶は首を横に振る。
「そこではない」
身を少し乗り出す。
「鉱石は構造そのものだ。規則正しい格子配列があるから硬度も性質も決まる」
手を見つめ、晶は淡々と言った。
「存在量ではなく、結晶化可能な条件なのに結晶化しない」
「へえ。よく見てるな」
「……不気味なんだよ。計算が狂う」
晶の透明な瞳の奥で、整然とした計算が狂わされたかのような、小さな惑いが揺れていた。
「通常なら非晶者は鉱素反応すら出ない」
「でも朔、君は違う」
「鉱素はある。結晶構造だけが存在しない」
「そんな物質、僕は知らない」
「……だから、気になった。」
思わず笑う。
「正直だな」
そのときだった。
「おーい」
教室前方から声が響く。
いつの間にか、一人の男が黒板の前に立っていた。
灰がかった髪に、眠たげな目。
だが妙に人懐こい雰囲気がある。
教師には見えない。
「担任がいるのに随分と余裕だな」
そう言いながら、男は黒板に名前を書く。
『灰原』
「今日からお前たちの担任だ」
教室がざわつく。
「若いな」
「本当に教師か?」
そんな声が漏れる。
灰原先生は気にする様子もなく、教室を見渡した。
「まず言っておく」
空気が引き締まる。
「この学園では、ランクがすべてではない」
その言葉に、何人かが反応する。
先ほどの測定結果――A、B、C、D、E。
それぞれの評価が脳裏に蘇る。
「ただし、誤解するな。ランクが無意味だと言っているわけではない。お前たちが見たのは、あくまで現時点の評価だ。過酷な環境では、それだけでは生き残れない」
チョークを指先で回しながら、黒板の前に立つ。
「まず、お前たちが最も気にしている話をしよう。Sランクについてだ」
教室の空気が明確に変わる。
誰もが知る最上位評価。
「例えば、生徒会長――天城玲奈」
教室がざわつく。
「ダイヤモンドだから最強?」
灰原は笑う。
「逆だ」
「最強だからダイヤモンドなんじゃない。」
「ダイヤモンドを、誰より理解したから最強なんだ。」
先生は静かに教室を見渡す。
「逆に言えば――どんなに一見すると無価値に見える石だろうと、型にハマらない異端だろうと、扱い方次第で幾らでも上に行けるということだ」
静寂が落ちる。
「そして、凝灰岩でも到達する」
……凝灰岩。
正直、宝石ですらない。
なのにS?
石って、やっぱり分からない。
教室がざわつく。
「凝灰岩?」
「ただの岩だろ」
「地味すぎる」
「そうだな。かつての俺もそう思っていた」
……今、何か重要なことを言わなかったか。
黒板に一文字が書かれる。
『凝灰岩』
「これが俺の石だ。火山灰が固まってできた岩石。派手さはない。宝石でもない。だが、弱いと思ったことはない」
空気が変わる。
コン、と教壇が鳴った。
直後、床の石畳がぐりと歪み、灰色の岩塊が音もなく競り上がる。
「なっ……!?」
誰も反応できない。
魔法でも超能力でもない、純粋な「鉱石の制御」。
パチンと灰原先生が指を鳴らす。
競り上がった岩が一瞬でサラサラとした灰へと崩れ――次の瞬間には鋭利な灰の槍へ、巨大な盾へ、そして元の床へと戻っていた。
さっきまで岩が生えていたはずの床には、最初から何もなかったように傷一つ残っていない。
灰原先生は黒板から離れ、教卓にもたれかかった。
「硬さが強さとは限らない。柔らかさが弱さとも限らない」
黒板を軽く叩く。
「重要なのは、自分の石をどこまで理解しているかだ。それだけは覚えておけ」
そして、何気なく続けた。
「とはいえ、お前たちはまだ、この学園の正式な生徒じゃない」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
「入学式は終わりましたよね?」
「測定も受けました」
灰原先生は頷く。
「測定はした。だが、それは入口に過ぎないんだよ。鉱石学園は、能力者を集める場所じゃない。ここで学ぶ資格を選別する場所だ」
ざわめきが広がる。
俺はわずかに眉を上げた。
まだ正式な生徒ではない。
その意味を考える。
「試験、ということですか?」
誰かが尋ねる。
灰原先生はわずかに口元を緩めた。
「その通りだ」
黒板に書く。
『入学実践試験』
「それから七日間の実地試験を行う」
教室が静まり返る。
七日?
……旅行、なわけないか。
「場所は離島だ。そこで七日間、生き延びろ」
多くの質問が投げられる。
「先生、それ死人出ますよね?」
「去年は何人残ったんですか?」
「帰れなかった人は?」
「……毎年、脱落者は出る」
灰原先生の声は淡々としていた。
「おいおい、俺にはちゃんと能力もあるし金まで払ったんだぞ!それなのに入れない?死ぬかもしれないって、だったら金返せよ!」
白灰色の髪の生徒が叫ぶ。
「帰りたければ今のうちだと言ったろ。入学金も返ってくる。命をかける義務まではない」
「……マジで返ってくるのか?」
「でも帰ったら親父に殺されるし……」となにやら呟いてる。
「だが、この学園に残るなら条件は一つ」
「七日後、指定地点に到達した者のみが正式な生徒となる」
「重要なのは、そこで何を見て、どう生き延びるかだ。七日あれば、能力だけでは生き残れないことは分かるだろう。食料を確保しろ。水を確保しろ。地形を把握しろ。危険を避けろ。仲間を使え。そして、利用されるな」
一拍置く。
「それをすべて、自分の石で行え」
息を呑む音がどこかで聞こえた。
無意識に、ポケットの中の袋を握る。
七日間。
離島。
生存。
「この学園が欲しいのは優秀な能力者じゃない。極限でも生きて帰れる晶者だ」
能力測定は始まりではなかった。
ただの入口だ。
本当の開始は、これからだ。
灰原先生は教室を見渡す。
眠たげな目のまま、しかし確信を持って。
「この七日で、お前たちは初めて“石を持つ者”として評価される。そこで脱落する者は、それまでだ。残った者だけが、この学園に存在する意味を得る。……さて」
語気を強める。
「覚悟はできているな?」
黒板にはまだ文字が残っている。
『入学実践試験』
俺はそれを見上げ、わずかに息を吐いた。
石ころ扱いのまま終わるつもりはない。
だが――七日間の離島生活は、正直面倒だ。
そう思った瞬間、灰原先生が付け加えた。
「なお、船は明朝出発する。準備時間は今日のみだ」
……は?
さすがに早すぎるだろ。
もう、誰も質問しなかった。
七日、離島。
生き残れ。
その四文字だけが、教室の空気を支配していた。
試験当日。
船が砂浜へゆっくりと乗り上げる。
「降りろ」
教師の短い一言だけが飛んだ。
新入生たちは顔を見合わせながら、一人、また一人と島へ降りていく。
俺も砂浜へ足を下ろした。
潮風が強い。
見渡す限り、海と森。
人工物らしいものはほとんど見当たらない。
……本当に島だ。
全員が降りたのを確認すると、教師たちは何も言わず船へ戻っていく。
「え、ちょっ――」
誰かが声を上げた。
しかし返事はない。
エンジン音だけを残して、船はゆっくりと離れていく。
その姿を見送りながら、昨日の灰原先生の言葉を思い出した。
『七日間、生き延びろ』
その意味を、ようやく理解した。
俺たちは本当に置いていかれたのだ。
持ち物は、学園から支給されたリタイア用のボタンだけ。
これを押せば救助は来るらしいが、当然その時点で強制退学になる。
もちろん、押す気などさらさらない。
……ちなみに、ポケットに忍ばせていたツナマヨおにぎりは、乗船前の荷物検査で見事に没収された。
くそぉ。
生徒たちはまだ、去っていく船に気を取られ、叫んでいる。
今のうちに森の方へ進んだ方がいい。
時間が経てば、それぞれ徒党を組むなり食料を探すなりし始めるはずだ。
出遅れれば、その時点で飢え死にが見えてくる。
まずは水場だ。
水さえ確保できれば、生存率は一気に上がる。
食べ物は、そのあとだ。
俺は森へ入った。
木々をかき分けながら1時間ほど歩く。
やがて、水の流れる音が耳に届いた。
「……当たりか」
足を速め、音の方へ進むと開けた水場に出た。
水は澄んでいて、細い流れが岩の隙間を縫って落ちている。
遠目には、悪くない。
俺は沢のそばへしゃがみ込んだ。
「……ここでいいか」
喉が渇いていた。
考えるより先に、水へ手を伸ばす。
冷たい。
思わず何口も飲み込んだ。
「生き返る……」
少し落ち着いてから周囲を見回す。
木陰もある。
魚もいそうだ。
拠点にするなら悪くない。
そう思って、小枝を集め始めた。
十分ほど経った頃だった。
ふと、上流へ視線を向ける。
……。
水は、上から流れてくる。
もし上流に誰かいたら?
毒を流されたら。
死骸でも沈められたら。
いや、この学園なら——鉱石能力で何か仕掛けられてもおかしくない。
俺は小枝を持ったまま立ち尽くした。
「……やっぱりやめよう」
せっかく集めた枝をその場へ戻す。
少し惜しい。
でも、ここは人が集まりすぎる。
目立つし、逃げ道も少ない。
「最初の場所に執着すると死ぬ」
そう自分に言い聞かせて、俺は沢沿いを上流へ歩き始めた。
十分ほど歩いただろうか。
水音はまだ聞こえるが、森の影が少しずつ深くなっていく。
やがて、沢を見下ろせる小高い場所に出た。
木が数本。地面はそこそこ乾いている。
雨風を完全に防げるわけじゃないが、最低限ならなんとかなる。
「……ここか」
周囲を見渡す。
下の沢や森の奥へ続く斜面も見える。
悪くない。いや、かなりいい。
水場からは少し離れている。
だが、近すぎない方がいい。
白っぽい岩が多く露出していて、地盤も硬い。
……まあ、ここでいっか。
俺は立ち上がった。
まず、落ち葉を集める。
乾いた枝も拾う。
太すぎる木は折れないが、細い枝なら使える。
それを適当に組んで、地面に直接寝ないように敷く。
簡易の寝床が完成した。
見た目はひどいが、ないよりはずっとましなはずだ。
石を数個拾って、周囲に自然なように散りばめる。
ここは、俺の場所だと分かる程度でいい。
一通りやってから、俺は腰を下ろした。
ふう、と息をつく。
思ったより、やることが多い。
こんな慣れてない環境に置かれると、普段の何倍も疲れる。
だが、手を動かしていると余計なことを考えなくて済む。
ふと、水場の方を見下ろした。
数人の生徒がいる。
さっきまで船を見ていた連中だろう。
一人で行動していたはずの奴も、いつの間にか二人組になっている。早い。
みんな、思ったより頭の回転が速いらしい。
それはそうか。
この試験に通るために、ここにいるのだ。
のんびりしていたら、すぐ食われる。
しばらくすると、水場の方で声が上がった。
「おい、そっちは俺が先だろ!」 「先とか関係ないだろ、早い者勝ちだ!」 「水、くめるだけくんでるじゃねえか!」
ああ、始まった。
水の取り合いだ。
まだ殴り合いというほどじゃないが、空気がぴりついている。
少しでも遅れれば、巻き込まれていたかもしれないな。
俺はその様子を少しだけ見てから、立ち上がった。
そして、もう一度周囲を見渡す。
見晴らしはいい。
だが、それだけじゃない。
森の奥から、何かが動く気配がする。
風じゃない。獣でもない。
もっと小さい、だが確かな気配。
――誰かいる。
そう判断した瞬間、俺は身体を低くした。
見つからないように、物陰へ寄る。
木の幹の向こう。斜面の下。
水場から少し外れた岩陰に、別の生徒がいた。
一人か。
男か女かも分からない。
荷物もない。
竹筒らしきものを手に持って、周囲を見ている。
だが、水場を見ているのではなく、その上流を見ているような気がした。
俺はその視線に、少しだけ目を細める。
あの位置、あの向き。
何を考えている。
……俺と似た考えか?
ここを、ただの水場として見ていない。
その生徒はしばらく沢を見ていたが、やがて何かに気づいたように顔をしかめた。
水際に近づくのをやめ、そのまま別の方へ下がっていく。
俺はその動きを目で追いながら、木の陰から出た。
「……なるほど」
一人ごちる。
水場に近づかないのは大正解だ。
水は必要だが、そこで長居する理由はない。
水は、毎日取りに行けばいい。
あとは、少しでも痕跡を残さないことだ。
誰かに見つけられる前に、俺は寝床の位置を少しずらした。
落ち葉をかぶせて、足元の石をどかす。
火を使わないなら、煙も出ないし匂いも少ない。
それだけでかなり違う。
終わる頃には、日が少し傾いていた。
森の影が長くなる。
水場の方からは、まだ小競り合いの声が聞こえる。
さっきのやつらかはわからない。
どっちが上だとか、どっちが先だとか。
そんなことに時間を使えるうちは、まだ平和だ。
俺はその声を聞き流しながら、寝床の横にしゃがんだ。
ダイヤモンド、水晶、エクロジャイト。
それぞれが自分の石を背負っている。
まだ見ぬ名前も、たくさんあるんだろう。
だったら俺も、自分の石で生き残るしかない。
その瞬間、俺は遠くの木々の間で、何かが光ったのを見た。
ほんの一瞬。太陽の反射かもしれない。
いや、違う。
人の気配だ。
誰かが、こちらを見ていた。
俺は息を止める。
目を細めて、森の奥を見る。
見えたのは、木の葉の隙間と、岩の影。
だが、確かにいた。
「……」
俺は立ち上がると、何もなかったように寝床の周りを少し整えた。
まだ来るな。今は来るな。
少なくとも、こちらが先に気づいたことだけは、相手に知られたくない。
そうしているうちに、森の奥から、枝を踏む音が一つだけ聞こえた。
ぱき、と乾いた音がした。
もう隠す気はないらしい。
岩陰から、一人の影がゆっくり姿を現す。
女だった。
肩まで伸びた髪は、夕日に照らされても青みを失わない。
澄んだ湖をそのまま切り取ったような色。
細い身体に、学園指定の制服。
手には竹筒。
武器は持っていない。
……いや、見えないだけかもしれない。
その少女は俺を見ると、少しだけ首を傾げた。
「ねえ」
俺は答えない。
少女はもう一歩だけ近づいた。
「あなた、一人?」
風が止む。
森が静かになる。
その瞬間。
少女の瞳が、青白く光った。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
俺は無意識に重心を落としていた。
「あなたが黒瀬朔?」
第2話まで読んでいただき、ありがとうございます!
ここからようやく鉱石学園の本当の試験が始まります。能力バトルだけではなく、「石の性質」と「知識」が生き残る鍵になる物語を目指しています。
次回からは離島での七日間。ぜひ楽しみにしていただけると嬉しいです!




