第4話:心の写真家(マインド・フォトグラファー)
1. 聖域のフレーム
話は数年前、カゼハナ中学校の放課後に遡る。
当時のツムラは、自らを 「心の写真家」 と称していた。
放課後の体育館。
小窓の隙間から差し込む西日の中、彼は両手の人差し指と親指を重ね合わせ、長方形のフレームを作る。
それが彼の「カメラ」だった。
ターゲットはいつも、バスケ部のマノ。
必死にボールを追いかける横顔。
誰もいないコートで、一人シュート練習に励む真剣な眼差し。
ツムラは物理的なレンズを通さず、網膜に、そして魂にその姿を焼き付けていた。
カシャッ。
音の出ない心のシャッターを切る。
それが彼にとっての、純潔な儀式だったのだ。
2. 異端審問と「黒歴史の書」
「……ツムラ。あんた、もしかしてマノのストーカーなわけ?」
背後から突き刺さる冷やかな声。
気づけば、彼は女子バスケ部員たちに包囲されていた。
部室に連行され、カバンとスマホを没収される。
「隠し撮りとかしてんじゃないの?」
中身を無遠慮に調べられるが、画像フォルダには風景と数枚のメモしかない。
しかし、問題はカバンの中から引きずり出された一冊の大学ノートだった。
表紙には、黒のマッキーで乱暴にこう書かれている。
『心の写真家 ― The Mind Photographer ―』
ページをめくった女子部員たちが、一瞬で凍りついた。
そこには、中二病の猛毒を煮詰めたような、ポエムという名の絶叫が並んでいた。
【魂の露光】
琥珀色の放課後、重力に抗う少女
オレンジの球体は彼女の鼓動と共鳴し
刹那の放物線を描いて虚空を裂く
愚かなレンズは真実を歪めるが
僕の網膜は穢れなき君を逃さない
嗚呼、銀塩の海に沈む前に
僕は今、心のシャッターを切る。
3. 哀れみの釈放
「……ねえ。この子、ストーカーとかそういうのじゃないわ」
ノートを朗読していた女子が、引きつった笑いを浮かべて言った。
「なによ、撮ってないの?」
「……もっと、こう。純粋な感じだわ。けど青い。青すぎてキモい」
「うん、かなり『キモい』わね。スマホからも写真一枚出てこないし」
女子部員たちは、もはや怒りを通り越し、深海魚を見るような哀れみの目でツムラを見つめていた。
「いい? これ以上マノを追いかけ回さないなら、今回は見逃してあげる。あんたの正体のことは、マノには黙っててあげるから」
「わ、わかりました……もう、辞めます……」
クスクスと笑いながら、
「そうね。まあ、その……『心のシャッター』? とやらは、家で自由にやったらいいから」
背後で漏れる嘲笑を浴びながら、ツムラは這うように部室を後にした。
それ以来、彼はフレームもノートも捨てたはずだった。
……あの日から数年。
最悪の再会を果たした密室。
ツムラは泣き伏しながら、かつて捨てたはずの「痛すぎる自分」が、今この瞬間もマノの目の前で露呈していることに、絶望の二乗を感じていた。
4. 暴かれた聖域
「……『嗚呼、銀塩の海に沈む前に、僕は今、心のシャッターを切る』」
静寂を切り裂いたのは、マノの低く、どこか懐かしむような呟きだった。
ツムラの身体が、電流を流されたように跳ねる。
「な、なんで……言わないって約束したはずなのに、どうしてそれを……!」
「やっぱり。名前は知らなかったけど……あの『心の写真家』、あなただったのね」
マノの口元から、こらえきれない笑いがこぼれ落ちた。
「大丈夫、そんな悪い風には伝わってないから。ただ『痛い』って……相当ね」
笑いを隠すのに必死な様子のマノを前に、ツムラは床に頭をめり込ませたい衝動に駆られた。
「あなたの詩を知らない部員はいなかったわよ。『琥珀色の放課後、重力に抗う少女』……だったかしら?」
「やめて! もうやめてください死んでしまいます!!」
5. どん底の告白
……もう、どう思われたっていい
男としてのプライドは、この床に散らばる「不浄の山」と共に粉々に粉砕されている。
「マノさん。……僕、ずっと君を見てたんだ」
マノは冷たく言い放つが、ツムラの声には奇妙な静謐さが宿っていた。
「君がバスケ部で必死にボールを追いかけてる姿も、放課後に一人でシュート練習してた時の、あの真剣な横顔も……」
ツムラは、ゆっくりと顔を上げた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃだが、その瞳だけは真っ直ぐにマノを射抜いている。
「僕は、ただのストーカーじゃない。君の、その……真っ直ぐなところが、本当に、眩しかったんだ。例えようもなく」
それは、何の計算も、下心もない。
あまりに純粋で「青い」、そしてあまりにタイミングの悪い告白だった。
マノは構えていた包丁をゆっくりと下ろした。
目の前の男は、変態で、マヌケで、どうしようもなく「痛い」同級生だ。
けれど、その言葉の奥にある熱量だけは、嘘偽りのない本物だと分かってしまった。
「……バカじゃないの」
マノがぽつりと呟いたその声には、先ほどまでの刺々しさは消えていた。
代わりに、ほんの少しだけ、砂糖を入れすぎたココアのような、甘ったるくて気恥ずかしい響きが混じっていた。
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