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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第一章 黒曜の住処

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買い物

 帝都の街は整っていた。碁盤の目のように道が作られ、商売と居住の場所ははっきりと決められている。物珍しく、結衣はきょろきょろとあちらこちらへと視線を向けた。

 大通りに面した店は人がにぎわい、とても明るい。


「中央に構えている店は、名家の使いの者が多く出入りして高級品を取り扱っている。その隣が日用品、食品はあっちだ」


 そう大雑把に説明しながら、三人は歩いた。ただ歩いているだけなのに、視線が痛いほど向けられる。ぎょっとする者、不思議そうに見る者、様々だ。だがどの視線も結衣をとらえると、途端に恐ろしさがにじむ。


(白い髪に、赤い目。普通の人から見たら、化け物か何かに見えるわよね)


 髪の色や目の色が変わっただけ――自分の内面が変わったわけではないと深く考えてはいなかった。だけど、見る人はそうもいかない。あまりにも、真人と狭間が普通に接してきたものだから、考えが及ばなかった。内心苦笑しつつ、二人の間を歩いていると、真人がくるりと後ろを振り返った。その途端、ぱっと視線が散る。


「真人、こんなところで威嚇するのやめてほしいんだけど。あとで苦情が来たらどうしてくれるんだ」

「俺は後ろを見ただけだ」

「はあああ、これほど視線を集めるとはね。まあ、珍しい色といえばそうなんだけど。外套を持ってくればよかったよ」


 狭間はぼやくと、ぱっと笑みを見せた。


「まずは老舗の着物問屋に行こう。あそこなら最近、帝都で流行りのハイカラなワンピースも上質なやつを扱ってるからね。まずはそれに着替えてから、日用品を見に行ったらいい」

「着物がいい」


 真人がすぐさま要求した。狭間は心底戸惑った様子で彼を見る。


「これからお前と一緒に行動するんだ、着物なんて動きにくいじゃないか」

「ワンピースなんて却下だ。足が見える」

「はあ? なんだその理由は」


 狭間の意見を聞くつもりがないのか、真人は結衣の手を強く引っ張りどんどんと進んでいく。結衣は戸惑いながらも、彼の後ろを追いかけた。


(……歩きにくい。早く着替えたい)


 結衣は今更のように、自分の身にまとった真っ白な単衣の着物に視線を落とした。

 あの夜の血に汚れた引き振袖の代わりに、目覚めた時から着せられていた。それは明らかに真人の私物だった。大柄な彼の着物は結衣にはあまりにも大きく、仕立ての良さそうな白い生地からは、かすかに真人の匂いがしている。

 袖から手すらまともに出ず、裾も引きずらないように左手で押さえる。それでも動いているうちに裾がずり落ちるので真人についていくのも大変だ。


「まあ、確かに真人のバカでかい白着物を着たままじゃ、お嬢さんも歩きにくいよね。周囲の目も気になるだろうし。そもそも、なんでお前の神職用の着物を着せたんだよ。一週間もあったんだ、注文しておけば用意できただろうに」


 後ろから歩いてくる狭間の呆れた声に、結衣は自分がどのように見えるのか想像して小さく顔を赤らめた。

 結局、真人の頑固さに狭間が折れ、着物問屋で仕立てのいい上質な着物をいくつか買い揃えることになった。真人が無表情に選んだのは、大輪の牡丹に夕闇に浮かぶ月が描かれた濃い赤、そして右袖だけは白地。

 右袖を白地にしたのは、結衣の髪の色に合わせたからなのか。


「……いいもの選ぶじゃん」


 真人は狭間の感心した呟きにふんと鼻を鳴らし、大店の店主に声をかける。


「銀色の帯を出してくれ。それから、もう二、三枚、これと同じぐらいの着物を仕立ててくれ。こっちの着物は着ていく」

「畏まりました」


 新しい着物に着替えた後、必要な小物を買いに店に入った。真人は次々と品物を選び、結衣に買い与える。渡されるそれらに眩暈がした。結衣が見ても、高級品ばかりだからだ。


(嘘でしょう、こんなにたくさん高級品ばかりを買うなんて)


 それでもある程度は満足するまで放っておこうと考えていた。だが、真人はどんどんと積み上げていくばかりで、一向に選ぶ手が止まらない。

 さすがに困ってしまって、狭間に声をかけた。


「あの、そろそろ止めてほしいんだけど。それに、あまり高級なものは……」

「言いたいことはわかるけど、止めるのは無理。気のすむようにしてやって」

「でも、支払いが」


 お金のことを口にすることは、はしたないと思いつつも、言わねばならぬと小声で告げた。


「うん、それもひっくるめて気にしなくていい。この男、お金だけはあるんだ」


 真人の買い物を止める手立てがないことだけがわかった。




 一通り買い物を終えて、黒曜の独身寮へ戻ってきた。帝が住まう御所の裏手に位置するその場所は、一般の立ち入りが厳しく制限された帝直属の領域だ。静謐な空気が漂う敷地内に、男しかいないむさ苦しい寮が建っている。


「お嬢さんの部屋は今、用意させているから」

「必要ない」


 真人がスパッと拒否した。狭間の口元が引きつる。


「さすがにそれは困るんだけど。独身者ばかりで、目の毒だと思わないか?」

「余計に危ない。それに、結衣は俺の嫁だ。一緒の部屋を使っても問題ない」


 狭間が頭を抱えたが、この黒曜のトップは真人だ。彼がそう決めたのなら、そうすべきなのだろう。問題だらけだが。


「……わかった。もうそれでいい。お前の部屋に布団を一組運んでおく」


 狭間は注意事項を一通り説明してから、二人は解放された。


「あれでよかったの? 狭間さん、怒っていたけど」

「怒っていても、駄目とは言わなかったからいいはずだ」


 そんな短いやり取りをして、真人の部屋へと向かう。彼の部屋は寮の三階の中央にある。ゆっくりと階段を上った。


「しばらく食事は部屋に運ぶ。部屋には水回りもある。俺がいないときは不用意に部屋から出るな」

「私はどうしたらいいの? 神剣だと言われても、どうしていいかわからないわ」


 真人の顔を下から見上げた。彼は少し思案する様子を見せ、結衣を見下ろす。


「俺もよくわかっていない」

「よくもまあ、それで神剣と同化させようとしたわね」

「あの時はあれが正解だった。今でも間違っていたとは思わない」


 真人は何も疑問に思っていないのか、当然と頷いた。結衣は息を吐いた。


(死神と言われているからどんな怖い男かと思ったけど……案外、何も考えていないのかも)


 もう助からないのではないかと思った時のやり取り。あの時の命を懸けたやり取りは、今でも鮮明に覚えている。真人に対する恐怖、それから圧倒的な力。最後には痛みと混ざり合った心地よさ。

 真人は異形の神と同じぐらい、結衣にとって恐ろしい人だった。

 黙り込んだ結衣の髪を真人がさらりと指に絡ませる。


「神剣については、そのうち何とかなるだろう。ただお前は俺の管理下に置かれ続ける」


 どうしてそんなことに、とは言わなかった。儀式には失敗した。でもその結果、結衣は神剣を取り込み、異形の神すらも自身の中にある。決して放置してはいけない。結衣は一度目を閉じてから、しっかりと真人の目を見つめる。


「もちろん神剣としての役割はしっかりと果すわ。だけど、あまり甘やかさないで」


 自分は真人の付属品なのだ、そう告げた。


「――それは無理だな。お前が俺の武器だというのなら、なおさら大切にしない理由がない」


 あまりも淡々と、そしてあまりにも平然と言うから、結衣はそれ以上、何も言わなかった。ただ、ほんの一歩だけ真人のそばに寄った。彼もそれに気づいたのだろう、もてあそんでいた髪をちょっと引っ張り、結衣の肩を抱き寄せた。


「堂々としていろ。何があってもお前の居場所はここだ」


 彼の物言いは不安定な結衣の心を落ち着かせた。


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