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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第一章 黒曜の住処

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現状を知る

 真人が部屋からいなくなると、静かになった。会話がないというよりも、温度がわずかに下がったような冷ややかさが漂う。やはりあの男自身が、熱の塊だったのだ。


「さて、じゃあ説明しようか」


 狭間はベッドのそばにある椅子に腰を下ろした。彼と視線が合い、喉が渇いた。何を言われるのか、と身構える。彼からは、軍の理不尽さを平気で押し付ける強さがあった。だが目を逸らすのは違うと、静かに見つめ返した。


「まずは、ここは黒曜の独身寮。つまり、男しかいない」


 そこからの説明なのか。結衣は戸惑い気味に頷いた。

 改めて見回せば、真人の私室は余計なものが何ひとつない、広い洋室だった。床には絨毯が引かれ、結衣が横になっているベッド、そして重厚なマホガニーのチェスト。その奥には本格的な和室が見えている。ただそこには座卓と座布団があるだけで、床の間には花さえ飾っていない。


「真人は君に力を注ぎ、神剣と同化させた。彼の理屈から言えば、君は真人の武器だ。まあ、だからって、女の子を独身寮の私室に連れ込んで立てこもる理由にはならないんだけどね」


 はあ、と狭間は額に手を当て、ため息をついた。


「聞いてもいいですか?」

「なんなりと」

「私、人ではなくなったのですか?」


 言葉を濁さず、まっすぐに尋ねる。狭間は少しだけ目を見張った後、優しく目を細めた。


「そうだね。普通の人間なら、あの熱量には耐えられずに消滅している。そして、容姿――主に色合いだけど変貌した。定義するなら、君は間違いなく真人の神剣だ」


 彼の定義を受け入れ、結衣は小さく頷いた。


「もうひとつ。もし、私が神剣だとしたら、どのように働けばいいの? 堕ちた神に頭突きでもすればいいのかしら?」

「え、頭突き……? 何、その発想!」


 狭間はこらえきれずに吹き出すと、楽しそうに肩を揺らした。だが、すぐに真顔に戻る。


「いいね、泣かれたり、媚びられたりしたらどうしようかと思ったよ。非常に好ましい性格をしている。でも、君が少しでも真人に害をなす存在であるなら、すぐに処分する」


 空気が一気に冷え込んだ。真人とは違う、その圧倒的な力に結衣は唇を歪め、ふと笑った。


「今すぐでも構いませんよ。先を考えれば、今すぐ処分する方がいい」

「それって、僕に真人に殺されろって言っている?」


 心底嫌そうに狭間が眉を寄せた。


「そうならないのでは? 七条家はすでに取り潰されているのだから」

「七条家はまだ残っているよ」


 さらりと、重要な事実がもたらされた。結衣は驚愕に表情を歪めた。


「残っている? 継承は失敗したわ! 今すぐ、取り潰して!」


 目を吊り上げ、声を荒げる。握った拳に力が入った。


「もちろん、取り潰すよ。だけど、今すぐできない理由があるんだ」


 狭間は背中を椅子に預け足を組むと、天井を見上げた。先ほどとは違う、なんとも疲れた様子だ。


「理由なんて、継承の儀式に失敗しただけで十分なはずだわ」

「そうなんだけどね。君の双子の妹、あの場で君の神の器の証を奪って、そのまま当主として認められたみたいなんだ。おかげで、無罪放免。嫌になるよ」


 結衣は息を呑んだ。胸の奥が、あの時の胸の奥で何かが断ち切られた感覚を思い出して心がざわついた。


「そんな……美結が当主? 嘘でしょ、ありえない!」


 あの時、美結が紡いだ『依り代』の呪詛。祖父から受け継いだはずの力が、強制的に美結へと流れ込んでいった瞬間が思い出される。美結の勝ち誇った笑い声が今にも聞こえてきそうだ。結衣はぐっと奥歯を食いしばった。


「ちょっと落ちつけ! 本来なら当主の継承は君が死んでからでないと成立しない。だけど、どうやら彼女には最初から君と同等の才覚があった。だから強引に証を書き換えられたんだよ。……ただ、同時に、君は神剣を使って神を喰らった。つまり君と同化している」


 結衣はそっと神剣を突き立てば胸に手を置いた。そうだ、美結に継承させまいと、自分と共に神剣で刺したのだ。しかも、その時、真人は神剣に恐ろしいほどの力を注いでいる。


「では、美結はいったい何をその身に宿したの? 七条家の祀っていた神は荒神になってしまったのよ、他に祀れる神なんているはずないわ」

「さあ、それがわからないんだ。理屈からすれば、何の神であっても神を宿したんだ、七条家の直系が」


 狭間の説明を聞いて、愕然とした。


 (美結を当主にしないためにあがいたのに、まったく意味がなかったなんて……!)


 本当なら、今すぐ美結に怒りを叩きつけたい。彼女がしでかしたことをきっちりと理解させ、その責任を負わせたい。だが、監視すると決められた以上、結衣には何もできないことはわかっていた。抑えきれない怒りに、どうにかなってしまいそうだった。


「七条家は最終的には美結が当主となったと、帝に大嘘を吐いてる状態でね。黒曜の見解と七条家の状況が一致していない。そのため、今、確認中だよ。つまり国としては、監視することになった。まあ、つまり今すぐは難しいけど、いずれは処分する方向ということだ。それで気持ちを収めてくれると、ありがたいな」


 納得はしていないが、頷くしかない。結衣は唇を噛みしめて視線を落とした。


「よし、いろいろ飲み込んでくれたところで、出かけるか。そろそろ真人も戻っているだろうから、ちょうどいい」


 そう言って、狭間は立ち上がった。驚いて彼を見上げれば、困った様子で頬をかく。


「男しかいないってさっき説明したよね。つまり、女性のものが何もない」

「……私、ここにいてもいいの?」

「他にどこへ行くんだ? 出ていくって言うのも、勝手に消えるのもやめてくれ。真人が鬼になる」


 狭間のボヤキがどこまで本気かはわからなかったが、結衣は足を床に下した。足に力を入れれば、きちんと立つことができる。


(一週間も意識がなかったのに、前とほとんど変わっていないみたい)


 ホッとするのと同時に、内心首を傾げた。普通なら、一週間も寝たきりであればもっと体は重く、空腹を感じるはずだ。髪と目の色が変わったことはわかっているが、それでも自分の体の違いに戸惑う。


「あ、廊下で待っているから、まずは着物を整えてほしい」


 狭間はそれだけ言うと部屋から出て行った。結衣は小さく息を吐き、部屋にある姿見の前に立った。適当に縛ってある腰紐を一度ほどいた。床を引きずるほどの長さ、その上方も随分を落ちている。


「大きすぎる」


 大きさに四苦八苦しながらも、何とかみられるように着付け直した。前後を確認してから、部屋を出る。廊下には、壁に背を預けた真人がこちらを見ていた。彼はすぐに近づき、当然な顔をして結衣の手を握りしめる。


「支度できたみたいだね。うーん、見られるようにはなっているけどやっぱり大きすぎる」


 狭間は結衣の姿を確認して、頷いている。真人はそんな彼を放置して、結衣の方へと近寄った。どうするのかと思っていれば、彼は結衣の手を握り締めた。そして、軽く引っ張るようにして歩き始める。


「では、出かけてくる」

「ちょっと待て。なんで二人で行くつもりでいるんだ」


 ちらりと真人が狭間に目をやった。


「お前、いらないだろう」

「いるいらないなら、真人の方がいらない。そもそも、お前は買うべきものがわかっているのか?」


 現実的な指摘に、真人が立ち止まった。じっと床に視線を落としている。結衣は彼の気を引きたくて、繋いだ手を強く握り返す。真人はすぐに顔を上げて、結衣を見た。


「必要なものは私が選んでいいの?」


 しっかりと彼と目を合わ、確認する。


「ああ」

「じゃあ」


 狭間の同行を断ろうとしたが、彼は胡乱な目を向けている。


「お嬢さんは帝都に来たことがある?」

「……案内、よろしくお願いいたします」


 結衣は丁寧に頭を下げた。


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