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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第三章 結衣の変化

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もうひとりの誰か

 結衣が目が覚めた時にはすっかり日が昇り切っていた。可愛らしい鳥の囀りも聞こえてくる。


「嘘でしょう……。なんでもう朝?」


 日が昇る前には寮を出発する予定だった。荷物もまとめ、昨夜のうちにきちんと真人にも念を押し、そして事前に知っておくべきことを聞いていた。


「そうだわ、その途中で神力を与えておくと言われて」


 いつもと変わらぬ食事。出先では何があるかわからないからと、素直に受け取った。それがいつも以上に濃厚な神力で、結衣の中にある神剣が歓喜して。貪欲に神力を飲み込んでいった。際限なく与えられ、意識がもうろうとしていって――その後の記憶がない。いつ、ベッドに入ったのかすら、覚えていない。


「嘘でしょう? もしかして意識を失ったの? 真人はどこ!?」


 はっとして部屋を見回す。真人が寝起きしている和室にはすでに布団が片付けられ、彼がここにいた気配はすっかり消えていた。そう、そこはすでに仕事に行った後の状態だった。そしていつもと違うのは、出張用にと用意してあった着物がどこにもない。

 ベッドの上で愕然としていたが、パンと自分の頬を叩いた。軽い痛みに目を覚ますと、頭を切り替える。


「着物を持って行ったということは、私を絶対に追いかけてほしくないからだわ。それに、もしかしたら、私を連れているように見せているのかも」


 ぶつぶつと呟き、現状を把握していく。同時に手早く身支度をした。


「うん、間違いない。真人は私を置いていったんだわ」


 状況がはっきりするにつれて、徐々に怒りがこみ上げてきた。


「ふふふ、簡単においていけると思っていたら大間違いだわ! 着物の替えはいくらでもあるし、行先だって明確」


 拳を強く握りしめ、 部屋を飛び出した。向かった先は、寮の隣にある黒曜の事務室。


「狭間さん!」


 事務室に入れば、狭間が机から顔を上げた。その顔には大きなガーゼが当てられている。よく見れば、他も腫れあがっている。あまりの変化に、思わず立ち止まった。


「やあ、起きたんだね。よかった、予想より半日、早い」

「えっ、ええ? 狭間さん、その顔……」

「はははは、君と同じで真人に出し抜かれたんだ。ちょうど、ひとり抜け出していくときにばったり会ってさ。引き留めようとしたんだけど、返り討ちにされたよ」


 狭間はなんでもないことのように肩をすくめる。いつもならひょうひょうとした動きだが、痛みに顔を歪めているのを見ると、痛々しさしかない。


「どれだけ強く殴られたんですか……」

「本当に参るよね。遠慮なく、がつんとするんだからさ。それに、こんな地味な工作はしないと思っていたんだけど、君、真人に神力を過剰摂取させられているから」

「やっぱり! おかしいと思ったのよ、寝る前に与えると言い出したから」


 言われて、思い当たることがあった。普段から過保護な真人だったから、昨夜のこともその延長だと思っていた。飢餓を感じていなくても、彼の神力をもらうのはどうしても神剣が喜ぶ。だから、飲まなくてもいい隊員たちとのお茶や、真人が持ってくるホットミルクは口にするようにしていた。それなのに――。

 怒りが再び確かな方向性をもって大きくなっていく。居ても立っても居られず、結衣はそのまま事務室から出ようと動いた。


「私、今から出かけます!」

「ちょっと、待った、待った!」


 慌てて狭間が引き留める。


「とめないでください! 今からでも追いかければ……!」

「馬、乗れましたっけ?」


 事務室にいた誰かがぼそりと呟いた。結衣の動きが止まる。声がする方に首をひねれば、そこには淡々とした様子で事務処理をしている清水がいた。


「え? 馬?」

「そうです。行き先、地方なんで。それに、具体的に隊長がどこに行ったか、知っています?」

「確か、北の方……」

「神楽坂の領地ですよ」


 神楽坂という名前に、結衣は目を見張った。


「五摂家の?」


 神楽坂家は五摂家のひとつ。結衣の実家、七条家は天神林家が主家で、神楽坂家には一度も行ったことがない。正直自分だけで行けるところではなかった。


「正確には、元三条家の領地ですね」


 元三条家と聞いて、体が震える。結衣と同じく継承の儀式に失敗して処分された家。その地に黒曜が向かう。そう結び付けた瞬間、ぞっとした何かが体を這った。同時に、恐ろしいほどの抵抗と屠ることへの歓喜が体の奥から突き上げてくる。

 祠から吹き出す黒い穢れ。それを見た瞬間、真人の神力が大量に流れ込む。溢れんばかりに力を流されて、全身が歓喜で振るえる。


 ――もっともっともっと!


(ああ、これは屠神の記憶なんだわ)


 自分の意識が取り込まれそうな圧倒的な感情に、結衣は唇をきつく噛みしめた。

 整えられた儀式の場が急激に衰退し、瞬く間に廃墟と化していく。その中心に、真人がいた。屠神の記憶にある真人ではなく、結衣が見慣れた真人の姿だった。


(真人……? 今、彼と繋がっているの?)


 よく見ようと、近づこうとすると意識がすっと彼のそばへ寄った。真人は浅羽を連れて、母屋の裏に回った。二人は離れに向かっているようだった。歩みが進むにつれ、屠神が喜び、震える。それだけでここに何かいるのだと、理解した。

 屠りたくて仕方がないという歓喜の声がずっと頭の中で響いて、結衣は瞬きもせず二人の姿を追っていた。

 もう少し近づいてみたい――そう思った瞬間、真人と目が合った。

 その瞬間、弾かれた。途端に目が回り、自分自身の居場所がよくわからなくなる。体がふらつき、膝をついた。


「結衣さん? え! なんか意識が混濁している!?」


 遠くで狭間の慌てる声がする。清水が動く気配を感じる。


(なにが)


 どんどんと意識が沈み始める。自分自身がなくなってしまいそうな、錯覚。意識を保たなければいけないと、本能が告げていた。だが、それを子供の我が儘であるかのように、結衣の心が宥められる。それを感じた瞬間、抵抗する力が抜けた。


 ――おやすみ、もうひとりの私。あとは私の仕事だわ。

 その声は優しく眠りに誘った。

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