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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第三章 結衣の変化

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地方への任務

 結衣は庭に散った落ち葉を掃きながら、ため息をついた。箒を動かす手を止め、空を見上げる。冷たい冬空は澄んでいて、雲ひとつない。

 先日見た、黒い靄はあれきり見ていない。


「嫌になるぐらい晴れているわね」


 帝と話した後から、真人とはぎくしゃくしていた。特に何かがあったわけじゃない。それでも、ふとした瞬間に彼に言われた言葉が結衣の心を重くする。このままではいけないという思いが、態度に出てしまうのだ。


「私が弱いのはよくわかっているわよ。でも、仕方がないじゃない。神剣だと言われても……どうしていいのかわからないんだから」


 解決しないのは方法がわからずじまいだからと、ぶつぶつと自分に言い聞かせ箒を乱暴に動かした。


「結衣さーん、そろそろ上がりませんか?」


 あと少し、と落ち葉を集めていると庭で道具を作っていた隊員が声をかけてきた。そちらを振り返れば、すでに作業は終わったのだろう、後片付けが終わっており、何人かが荷物を運んでいる。


「清水さん。あともう少しだけ」

「この時期は寒いんですよ。落ち葉なんてすぐに増えてしまうんですから、部屋でゆっくりしていればいいのに」


 風が吹き抜け、再び落ち葉が綺麗になった庭に舞い降りてきたのを見ながら、清水は告げる。結衣はそんな優しさを受け取りつつも、首を左右に振った。


「……考え事には動いているのがいいから」

「へえ、結構、悩んじゃっている感じですか?」


 なんでもないことを言ったつもりだったのに、予想外に清水が食いついた。他の作業をしていた隊員たちも面白そうに近寄ってくる。


「もしかして、とうとう隊長のあの無表情さに嫌気がさしてきたとか? そうですよね、わかりますよ、その気持ち!」

「そうそう、隊長って、くすぐっても、表情変えずに刀、抜きそうですよね。近寄ったら結衣さんなんてすぐに食われてしまいますよ」


 変な方向に話は流れていく。結衣はこの流れに始めは慣れなかったものの、最近はすっかり馴染んでいた。


(黒曜の隊員たちって、すごく図太いのよね……。真人のことをすぐにからかうし。怖くないのかしら?)


 腕を組み仁王立ちしている真人を思い出し、首を傾げる。結衣は一度だけ訓練と称した、世にも恐ろしい時間を見たことがある。初めて見た時は本気で死人が出るかと思ったぐらいだ。


「それで、何に悩んでいるんです? 相談に乗りますよ?」


 清水はさらりと聞いてきた。彼は黒曜でも事務方で、普段は場の空気を和らげるような話し方をする。だから、直接的な問い掛けに結衣は息を呑んだ。


「……遠慮という言葉は知らないんですか?」

「遠慮は時間の無駄ですから。結局相談するのなら、早い方がいいですよ」


 その通りであるが、だからといって簡単に言葉にできるわけではない。結衣はうまく答えを見つけられなくて、目を伏せる。


「まあ、なんとなーくわかりますよ?」


 そう言われて、顔を上げた。清水は両腕を組んで、うんうんと頷いている。


「ですから……とっておきを教えます」


 結衣は真剣なまなざしで彼を見つめた。


「隊長を襲うには、寝起き三秒が勝負です」

「……」

「目を開けた時にはすでに抜刀していますからね。だから、確実に眠っている時を見計らって、扉を開けて一秒」

「一秒……」

「そこからは躊躇うことなく、一気に二歩で迫るんです」


 からかわれているのだろうか、と結衣は清水を見た。だけど、恐ろしいほど彼は本気だった。そっと周囲を見れば、皆、作業の手を止めうんうんと頷いている。


「そうそう。迷わず突撃が基本です」

「――誰か、試したんですか?」


 あまりにも実感がこもっている。結衣が念のため聞けば、皆は首を左右に振る。


「野営の時に、時々、荒神が襲ってくるんですよ。その時の隊長の対応の早さですね」

「そんな危険な場所で野営……。えっ、荒神って、すごく強いですよね?」


 つい先日、結界の大社の帰りに見た荒神が思い出される。明らかに異質な存在。すぐに帝によって散らされたが、結衣は全く動けなかった。


「俺たち、黒曜っすよ。荒神を狩るのが仕事なんで。まあ、その辺に漂っている荒神なんてゴミだし。そもそも、その程度で瞬殺できなかったら隊長に殺されるんで」

「神楽坂に潜入したときは最悪でしたね、こう、ゴミのように荒神の残りがあちらこちらに散らばっていて」


 なんでもないことのように言う隊員たちに、結衣は呆気にとられた。


「荒神程度の動きでは、隊長も反応しちゃうんで、本当に思いっきり飛びついていかないと――」

「えっと、それって私が斬られてしまうんじゃないかしら?」


 隊員たちには申し訳ないが、結衣にそこまでの身体能力はない。どうやってこの話題を終わりにしようか、そう考えていた時、ぱんぱんと手を叩く音が響いた。


「はい、そこまで。ほら、お前たち、結衣さんで遊ばない」

「あ、副隊長。お疲れ様です。遊んでいないです、ちょっとしたコツを伝授していただけですよ」

「それが余計だって言うんだ。ほら、片づけが終わったのなら、行った行った」


 狭間の一言で、隊員たちは散って行った。結衣も、狭間に声をかけてから、箒を片付けようと彼を見た。


「結衣さん、次の任務が決まりました」


 ほかの隊員たちを追い出したのは、二人で話したかったのだろう。結衣は背筋を伸ばし、ぎゅっと箒の柄を握り締めた。


「わかりました」

「今回は黒曜の隊長としての通常業務です。つまり地方へ出張となります」


 それは、先日のような封じるためだけの仕事ではない。結衣は初めての仕事を想像し、体中が熱くなっていく。


「うんうん、やる気があってよかった。怖いと泣かれたらどうしようかと。間違いなく隊員たちにねちねちと責められる」


 ほっとした様子で狭間は笑顔を見せた。



 狭間に出張に出かける準備を、と言われ、寮の中に入った。廊下の向こうに、真人の姿を見つけ、慌てて駆け寄る。


「出張の準備をしたいの。何が必要か教えてほしいんだけど」

「出張? そんなもの、却下だ」


 真人は迷うことなくそう告げて、さっさと歩き始めてしまう。呆気に取られて、後ろ姿を見送っていた結衣ははっとして彼の前に回り込む。


「だって、真人、仕事に行くんでしょう? 神剣、必要じゃない」


 自分が神剣だと主張することに恥ずかしさを感じつつも、はっきりと言った。真人はきちんと言葉にしないと、意図的に無視するからだ。それはここしばらくの付き合いからよくわかっていた。

 真人は足を止められて、ため息をつく。そして、眉間にしわを寄せ難しい顔で結衣を見下ろした。


「確かにお前は俺の神剣だ。だが、まだ何もできない状態だ」

「それは、その通りだけど」


 事実を指摘されて、言葉が詰まる。神剣となったと言われて、見た目も、体の感覚も随分と変わった。だが、現状はそれだけだった。人ではなくなった、それだけしか変わったことはなかった。


「地方の仕事は、先日の大社とは全く違う。正直、お前が行ったところで足手まといだ」


 はっきりと言われ、結衣は唇をかんだ。お前は弱い――脳裏に星辰の言葉が蘇る。真人は大きく気を吐き、やや乱暴に結衣の頭を撫でた。


「すぐに覚醒するとは考えていない。正直、お前を屠神にしたはいいが、その後のことを考えていなかった」

「――何よそれ」


 真人の手から逃れるために一歩下がった。乱れた髪を手櫛で整えながら睨みつける。


「お前が悪いわけじゃない。整うまでは」

「それだと遅いんだよね」


 真人の言葉を遮ったのは狭間だった。彼はやっぱりという顔をして、足早に近づいてくる。


「真人がまさかそんな風に考えていたとはね。一応、まずいことだけは理解していたんだ」


 辛辣な言葉に、真人は少しも揺るがない。結衣は狭間のとげとげしさにどこか安堵していた。彼はいつだって今必要なことを告げてくる。


(これで、真人と一緒に仕事に行ける)


 そう思っていた。


「当然だ。だから、多少の不便は仕方がないと思っている」


 真人は頷くと、自分の腰にある刀に触れた。結衣はその時になってようやく、真人が違う刀をいつも持ち歩いていることに気付いた。


(なんて馬鹿なの。真人の神剣は私が取り込んでしまったのに……、そのことに思い至らなかったなんて)


 自分のことにいっぱいになっていたことは間違いない。でも、それは周囲を見ていないことの言い訳にはならないと表情を曇らせた。


「多少?」


 狭間の声が鋭さを増した。いつもはどこか柔らかい調子なのに、今日はとげとげしい。


「多少の不便じゃないだろうが。お前はいつも、ゴリ押しだろう? 神剣なしで同じようにできるとは思えない」

「この刀は屠神を手に入れるまでずっと使っていたものだ。その当時でも十分に荒神を屠れていた」

「論点をずらすな。当時のお前の力だったら問題ない。今の力で振るってみろ。刀の方が壊れるぞ」


 狭間は頭が痛いと言わんばかりに、額に手をやる。


(どうしよう……。何が何だかさっぱりだわ)


 結衣は二人の会話がよくわからなかった。それでも耳を傾け、理解しようと頭を必死に働かせる。だが、そうしていてもわかることは少ない。理解できずに焦りだした時、ちょんちょんと背中を叩かれた。そっと振り返れば、庭で相談に乗ってくれていた清水が存在を消しながらもそこにいる。


「このままだと、平行線です。さっさと準備をしてしまったほうがいいですよ。若いやつらに頼んであるので、持っていくものを聞いてください」

「ありがとう。この二人、放っておいていいの?」


 ちらりと二人の方へ視線を送ると、清水は小さく頷いた。


「副隊長がうまく丸め込むまでがお約束です」


 そういうものなのかと頷くと、ふと真人の持つ刀を見つめた。その瞬間、言いようのない怒りがこみ上げてくる。


 ――彼が持っていいのは私だけなのに。


 心の底から突き上げる思いに、はっと我に返る。


「結衣さん?」

「今、行きます」


 結衣はもう一度、刀を見つめてから、その場から離れた。

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