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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第二章 役割

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警告

 帝の屋敷は小ぢんまりしているが、とても手のかかる造りをしていた。玄関から入り、案内されるまま畳廊下を歩く。あちらこちらから観察するような目が向けられている。そっとその視線を辿ってみるがすぐに別の位置に移動してしまう。


(何かしら……人ではなさそうだけど)


 害意はないように思える。それでもこれだけ不躾に観察されるのは気持ちが悪い。正体がわかれば、少しは落ち着くかと部屋のあちらこちらに視線を向けた。


「きょろきょろするな」

「あ、ごめんなさい」


 真人に注意されて、結衣は素直に前を向いた。少し先を歩いていた星辰が足を止めてこちらを見る。


「気になる?」

「えっと……そうですね」


 言葉を濁し、頷いた。彼が手を振ると先ほどまで煩いほどあった視線が消える。


「乱暴だな」

「真人に言われたくないよ。あの目はね、真人が屠神を連れてきたから見に来たんだよ。ここは神籬の屋敷だったから」


 含みを持たせた言い方に、真人がピクリと反応した。途端に空気が悪くなる。二人は組織の中で言えば、上司と部下の関係だろうに、どこかピリピリしている。真人と狭間の関係とはまた違う。


(何なの……そういろいろな情報を垂れ流されたって、さっぱりだわ。七条家の跡取りだったからって、何でも知っているわけじゃないというのに)


 そんな不満を思いつつ二人のやり取りを眺めた。そして、あることに気付いた。今まで真人の様子から、上官にはもっと線を引いて接していると思っていた。でもそうではない。不愉快そうにしながらも、星辰は気にせずそんな真人をからかいに行く。

 ぼんやりと眺めているうちに、星辰の顔をなんとなく眺めていた。そうしているうちに、ふと、祖父が語った帝について思い出す。継承の失敗は、容赦なく断絶させる。三条家が潰された時、そんなことを聞いていた。

 だが、目の前にいる帝は決して苛烈な性格ではない。これならば、神を狩る真人の方がよほど恐ろしいだろう。


「屠神は随分と大人しい令嬢なんだね」


 突然、話しかけられて結衣ははっとした。自分の考えに沈み込んでいて、少しも話を聞いていなかった。どうしたものかと、内心焦っていると真人がため息をついた。


「お前を前にして、気軽に話せるわけがないだろう」

「そう? 七条家の後継者だったんだから、そのぐらいはできるんじゃないのかい? 真人はすぐに噛みついてきたし」


 含みを持たせた笑いに、真人の目が座った。そして、そのまま踵を返すと結衣の手を握る。


「帰るぞ」

「え? でも……」


 まだ廊下の途中で引き返すというのは無礼にならないのか。そんな気持ちで二人を交互に見る。


「いいよ、帰って。目的は果たしたし、ちょっと今日は嬉しくてからかいすぎた」


 真人は挨拶することなく、そのまま大股で歩き始めた。結衣は慌ててそれに付き従う。


「そうそう、ひとつだけ確認し忘れた」


 のんびりとした声が背中を撫でた。結衣は真人の足に合わせながら、ちらりと後ろを振り返る。そこには腕を組んで、微笑んでいる帝がいる。


「七条家の神を喰らっているんだ、君は豊穣の力は使えるようになっているかい?」


 思わぬ言葉だった。足が止まる。真人も足を止め振り返った。同時に何かがすり抜けた。殺すつもりのない、威嚇にもならない攻撃。真人が反応する前に、はらりと結衣の髪がほんの少しだけ切り落とされる。


「おい!」


 真人がかっとなって威嚇するが、それすらも抑え込まれる。真人が胸を押さえ、苦し気に膝をついた。


「真人! 大丈夫!?」


 彼を助け起こそうと、すぐそばにしゃがみ込んだ。帝はそんな結衣だけを見つめていた。


「人のことを気にしている場合じゃないよ」


 その言葉が聞こえるのと同時に、恐ろしさに目を見開いた。帝の周囲にはいくつもの光がともされている。ともすれば、美しく幻想的とも思えるが、結衣が感じたのはそこにある存在の恐ろしさ。少しでも動いたら、引き裂かれてしまいそうだ。結衣は目を見開き、真人のそばに膝をついたまま動けなくなった。


「よせ。結衣はまだ何も知らない」

「へえ、それは規約違反だね」


 ゆっくりと帝が近づいてくる。その一歩は決して乱暴ではないのに、それでも近づかれると息苦しさを感じる。彼は結衣の前で立ち止まると、上から覆いかぶさるように結衣の顔を覗き込んだ。至近距離で異色の組み合わせに見つめられ、結衣は息を吸うのを忘れた。


「君は弱い。それではいつか、真人を殺すよ」


 柔らかな声音で、恐ろしいことを言う。結衣はきっと睨みつけた。


「わかっているわ。でも」

「本当に? 過去の屠神はその変貌に耐えられずに、すぐ死んだ。今のままなら、君を守って真人が死ぬことになるね」


 何も言い返せなかった。真人の剣となったと言われても、そこまで十分に考えていなかった。こうして危機を感じるようになってようやく初めて自分の求められる役割について思い至る。遅すぎる。


「私は」


 反論しようと口を開けた。だが何かを言わなければならないとそんな思いばかりがぐるぐるとしていて、適切な言葉は何も浮かんでこない。それでも、このままにしておけなかった。

 結衣は至近距離にいる帝を突き飛ばした。抵抗もなく、帝は後ろに下がる。そして面白そうに笑った。


「おっと。すごいね、これなら期待できるかな?」

「うるさい! 私は絶対に真人を殺さない」


 声を荒げると、真人が結衣の頭を包み込むようにして腕を回す。強く引き寄せられ、彼の胸に抱きこまれる。その温かさに、詰めていた息を吐いた。


「もういい。帝もからかいすぎだ。結衣を責めたってどうしようもないだろう」

「からかっているわけじゃないんだけどね。でも、これでやる気になったのなら上々だ」


 彼は体を起こすと、何でもないことのように言い放つ。真人は立ち上がるのと同時に結衣を抱き上げた。まるで荷物のように肩に担がれ、視線が一気に上がった。


「きゃあ、何なの!? 放して、私だってちゃんと歩けるわ!」


 緊張感が飛んでしまい、そう叫んだ。せっかく覚悟を決めたのに、子供扱いで台無しだ。


「暴れるな。帰るぞ」


 下ろす気がない真人にどうしていいかわからない。思わず顔を上げると、ばっちりと帝と目が合った。その目がとても生ぬるくて、一気に頬が赤くなる。


「なるほど、理解した」

「そういうことだ。だから余計なちょっかいは出さないでくれ」


 二人の間で言葉にならない何かが交わされたが、その何かがわからないことに悔しくてならなかった。担がれたまま、ぐっと拳を握り締める。今まで曖昧にして、真人に寄りかかっていたことをはっきりと自覚した。


(もう、あんなこと言われないわ)


 結衣は心の中で強く誓った。

 真人は適当に挨拶をすると、結衣を担いだまま歩き始める。帝はひらりとそんな二人に手を振って、見送った。

 真人に運ばれて外に出ると、弱い風が通り抜けた。まとわりつくような、ひどく重苦しい風だ。

 結衣は不愉快そうに眉を寄せる。目を凝らしていると、空が黒い靄に覆われているのが見える。驚いて真人の肩を叩いた。


「どうした?」

「ねえ、空が汚れているわ。ちょっと気持ち悪い」

「ああ、きっとどこかで穢れが発生しているんだろう。地方の穢れはここに向かってくるからな」


 真人は大したことではないと言い切り、結衣を下ろす。自分の足で立った結衣は彼をじっと見上げた。彼は空を見ることもしない。普段の彼なら、真っ先に確認しているはずだ。


「真人、もしかして見えないの?」

「そうだな、特に変わりない空だ。お前が見えているのはその目のせいかもしれないな」


 そう言って、右の頬を包み込む。結衣は目を伏せ、その手にすり寄る。


(帝の言っていたことはこういうことなのかもしれない)


 真人ではわからなに何か。結衣が見過ごしてしまえば、彼にすべて向かうかもしれない。それは望まない未来だった。結衣は目を開けると、にこりと笑う。


「帰りましょう」

「そうだな。狭間が心配してイライラしているはずだ」


 真人は深く追求することなく、再び歩き始めた。

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