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神を喰らって神剣になった私と冷徹な死神~妹に裏切られ神の贄にされた令嬢は帝都の軍人に溺愛される~  作者: あさづき ゆう
第二章 役割

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 封印大社から十分に離れた寮への帰宅の馬上で、結衣は真人に尋ねた。


「ねえ、荒神はいつもああやって封じるの?」


 封印の大社からは一本道で、野原が続いている。建物も何もなく、遠くに帝都を囲う壁が見えている。もちろん来ている人はいないのだが、それでも聞かれてはまずいと声は小さくなった。


「ああ。ここに来る荒神には、大した力は残っていないからな」

「その……今更だけど荒神を封じるのが黒曜の役目なの?」


 知らないことを恥ずかしく思いながらも聞いた。真人が呆気にとられた顔で見下ろしてくる。


「知らないのか?」


 その目が本気で信じられないと告げているのを見て、結衣はむっと唇を尖らせた。


「知らないわよ。私、七条家の跡取りの教育はされているけど、組織的なことは何も聞かされていないから」


 もしかしたら自分が不十分な情報だけで与えられていたのではないかと、そんな考えが頭をよぎった。教育の中心は、いかにして異形の神を御するのか、眠りを妨げないようにするのかばかりだった。あとは、七条家の本家や分家との付き合い方。


(ううん、七条家の中であれば、あれで十分だったわ。それに、黒曜については隠されていたわけじゃないから)


 単純に、実務的な教育の方が先で会っただけで、祖父がまだ生きていれば行く行くは教えてもらえていただろう。疑う気持ちを振り払い、真人を見つめた。


「組織の説明は、狭間から聞いてくれ。ああいう説明は得意だ」

「……そうね。真人は下手そう」


 恐ろしいという思いと、あれは屠るべきものという感覚が混ざり合っていく。恐怖は次第に曖昧になり、自分のなすべきこと、臨むことが輪郭を持ち始める。その変化を他人事のように結衣は感じていた。抵抗する気持ちはなかった。完全に一つに混ざり切ったところで、声が出た。


「でも、あれぐらいだったら私にも封じることができるかも」

「何か言ったか?」


 結衣の呟きが聞き取れなかったのだろう、真人が不思議そうに尋ねる。結衣は唇の端を吊り上げて微笑んだ。この心の変化を彼に伝えようとは思わなかった。


「いいえ。何も」

「そうか。気になることがあれば狭間に言えばいい」


 真人はそれ以上は何も言わなかった。帝都の門へと続く道をしばらく進んだところで、真人が馬を止めた。


「どうしたの?」

「誰かいる」


 真人と同じ方向へ目を向ければ、門よりもはるかに手前に人らしき影が見える。


「こんなところに、ひとり?」


 ここは帝都の門の外とはいえ、商人たちや地方貴族たちが往来している。そんな中、ひとりでいるのは不自然だった。真人も馴染ことを思ったのだろう、表情を険しくする。じっと観察していれば、その人は手を挙げた。


「ちっ、しっかり捕まっていろ」


 真人はすぐさま、右手で腰にある刀を抜いて、飛んできた何かを弾き飛ばす。何が起こっているかわかっていない結衣は体のバランスを取ろうと、慌てて鞍にしがみついた。彼は刀をしまうと手綱を操り、馬の腹を蹴る。馬は真人の指示が嬉しいのか、勢いよく走り始める。


「きゃああああ」


 馬の疾走についていけず、結衣が悲鳴を上げる。振り落とされまいとしがみついているが、それでも体はぶれた。真人は前を見たまま結衣に怒鳴った。


「目を瞑れ! 飛ぶぞ!」


 その宣言通り、馬が跳躍した。前方にいた、真人に向けて攻撃してきたものを楽々と乗り越えた――はずだった。


「挨拶なしに駆け抜けようとするのは、どうなのかな?」


 困ったような、それでからかうような声音。それが聞こえた瞬間、馬の動きが止まった。ありえない動きだった。今にも飛び越えそうになっていたのに、真人が馬を走らせる直前の状態に戻っていた。


(え……? なんで? 時が戻っている?)


 そう考えないとおかしいぐらい、戻っていた。ただ違うとしたら、遠くにいたはずの人が、馬の前に立ち、優しくその顔をなでていることだろう。結衣は頭が混乱して、狼狽える。


「――ここは帝都の外。妖である可能性がある。攻撃してきたんだ、さっさと駆け抜けるのは正しい」


 真人がいつもと変わらぬ様子で話している。そのことにハッとなって、真人と話す人へと目を向けた。そこには真人よりもやや華奢な体つきの、長い癖のない銀髪を雑にまとめた男性がいた。深い紫の着物は高貴な人しか身に着けられない色を纏っている。だが、視線を釘付けにしたのはその着物の色ではなかった。


(銀の髪に赤い目……私と一緒だわ。でも目の色が片方だけ黒だなんて)


 食い入るように見ていれば、彼は面白そうに結衣へと顔を向けた。


「へえ、なかなか見せに来ないから、どういうことかと思っていたけど。そうか、彼女、好みだったんだ。いいんじゃないかな。その年になっても、女っけはないのはいただけないしね。部下の幸せは私も嬉しいよ」

「うるさい」

「死神とも言われた君に守りたいものができるのは、いい傾向だ」


 あまりの気楽な会話に、結衣は体から力を抜いた。その瞬間、彼の後ろから黒い靄のような何かが飛び出してくる。それは祖父を食い殺した異形の神にも似ていて、結衣は恐ろしさに息を呑んだ。


「おっと」


 男はちらりと背後を見てから、軽く手を振る。たったそれだけだった。それだけで、襲い掛かろうとしていた悪意ある塊はざらりと砂のように崩れ落ち、その場から消える。


「……あいかわらず、でたらめな力だ」

「何を言っているんだ。大したことないだろう?」


 そう言って、上品に肩をすくめる。何をするにも華のある人だ。結衣は真人と真反対な人に興味を持った。


「そう言えるのがお前らしい」

「荒神なんていくら集まったところで滓でしかない。それじゃあ、戻ろうか」


 当たり前のように、移動を促してくる。真人は首を左右に振った。


「報告には結衣を寮においてから行く」

「却下だね。彼女もいっしょに来てもらうよ。そのためにわざわざ私が足を運んだんだから」


 先ほどと変わらない言い方なのに、ヒヤリとした威圧を感じた。真人はくっきりと眉間にしわを寄せる。


「――いつものように、気晴らしじゃないのか」

「気晴らしだよ。そろそろ屠神を見たかったからね」


 柔らかな笑みだったが、結衣には到底そのようには受け止められなかった。真人は小さくため息をつく。


「お前に振り回されるつもりはない」

「そう? でも気になるでしょ? 君は私と同じ存在なんだから。下手すると、私よりも強くなるかもしれない」


 彼は結衣を見つめたまま、自分の胸に右手を置いた。その気取った様子はどこかの役者のようだ。

「まだ名乗っていなかったね。私は星辰だよ。真人たちにはそうだね、帝と呼ばれている存在だ」


 その瞬間、圧倒的な力が渦巻いた。あまりの圧に、真人がすぐに彼女を自分の胸元に引き寄せた。そして、暴風ともいえる力が消えてから、恐る恐る目を開ける。帝都の外にいたはずなのに、そこは雅な庭園だった。


「ようこそ、私の屋敷へ。歓迎する、若き屠神よ」


 その声は不思議と見た目以上に老成しているように響いた。同時に、逃げられない、そんな感情が浮かんだ。


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