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第92話 敵地のど真ん中へ乗り込め!

 一日かけて進軍し、グルリアス高原の東端にたどりついた。


 ビビアナが言う通り、高原の東は底の見えない谷によって、行く手をはばまれている。


 谷の急斜面はほぼ垂直で、馬はおろか、人が両手両足を駆使しても降りることはできないだろう。


「ドラスレさま。ここが、グルリアス高原の谷ですけど」


 ビビアナが馬をよせて、谷の底をそっと見やる。


 冷たい風が谷底からふきつけて、ビビアナが悲鳴をあげた。


「こここ、こんなところを、とびおりるんですかぁ」

「いや、とびおりない。安全におりられそうな、傾斜のゆるい場所をさがすのだ」

「そんな場所、ないと思いますけど……」


 ざっと見た様子だと、傾斜がほぼ垂直の崖しか見あたらない。


 谷底が見えないような崖だ。とびおりたら、まずたすからないだろう。


「おりられそうな場所があるか、さがしてみよう」


 軍をふたつにわけて捜索する。


 ビビアナに軍の半分をあたえて、南を捜索させる。


 俺は北に軍を進める。


 谷のむこうに、森と荒れた地面がひろがっている。


 地平線の先には、城塞らしき灰色の壁が見えた。


 あれが、ラヴァルーサか。


 長い城塞から、数本の黒煙が立ちのぼっている。


 はやくあそこに行って、オドアケルの暴虐を阻止しなければ。


 谷はやはり、傾斜のゆるい場所がちらほら確認できる。


 普通の坂道とくらべれば、傾斜はかなりきついが、馬でもおりられそうな場所がありそうだった。


「あそこで動いているものは、なんだ」


 傾斜のゆるい谷のまんなかで、黄色い傘のようなものが谷底にむかっていた。


 おそらく黄色い傘をかぶった農民だ。谷底の村に何かをはこんでいるのだろうか。


「あそこで歩いている者を説得して、ここにつれてくるのだ」

「は!」


 三名の兵が、黄色い傘をかぶった農民に駆けよっていった。


 陽がしずみはじめた頃に、兵たちは農民をつれてきた。


 ぼろ布を身にまとった、貧しい身なりの男だった。


 彼は俺たちに乱暴されると思っているのか、恐怖で身体をふるえさせていた。


「仕事中のところ、急に呼びつけてしまって、すまない。あなたは、近隣の村に住む者か」

「は、はぁ。そうです」

「大きなかごをかついでいるようだが、谷底の村に売りに行くのか?」

「はい。そうです」


 男との会話は、なかなか進まない。


 ヴァールアクスを兵にあずける。そして、兵たちに下がるよう指示した。


「これでもう怖くなかろう。わたしにいろいろ、教えてくださらぬか」

「はぁ。あなた様は、何者なんですか」

「わたしは遠い土地に住む騎士だ。ラヴァルーサに用があって、この谷を越えたいのだ」

「ああ、そういう理由でごぜぇましたか。俺はてっきり、襲われるもんだとばっかり」


 農民の男が、やっと笑ってくれた。


「そこの道でしたら、兵隊さんでもきっと通れますよ。俺らが毎日、使ってる道だから」

「そうなのかっ。ありがたい!」

「いやいや。よくわかんねぇけど、そんなことが聞きたかったんか?」

「そうだ。わたしたちはこの土地に不慣れだから、あなたにおしえてほしかったのだ」


 俺が銀貨の数枚をさし出したが、男は受けとらなかった。


「たったこれだけのことで、そんな大金は受けとれねぇよ」

「そんなことはない。貴重な情報を提供してくれた恩に対する、俺からの報酬だ。ぜひ受けとってくれ」

「いんや。そんな大金は、俺らにはふさわしくねぇ。兵隊さんたちに、くれてやんな」


 なんと穏やかな方だ。


 武器をとって、カゼンツァやアゴスティを襲撃した民兵とは大違いだ。


「それじゃ、俺はここで」


 農民の主人が、地面においていたかごを重そうにかつぎあげた。


「主人。最後にもうひとつだけ聞きたい。そのかごに入っているのは、なんの作物か」

「ああ、これか? これは、ジャガイモさ」


 ジャガイモ?


「なんだ、それは」

「あんた、ジャガイモ知らんのか? お湯で煮ると、うめぇんだぞ」


 主人がかごをおろして、ジャガイモという作物を見せてくれた。


 まるい、球のような植物だ。


 うすい黄色の表面に、肉のような重さが感じられる。


 形はよくみるとデコボコしていて、芽のようなものもあちこちにできている。


「これを、お湯に入れて食べるのか? おいしそうには見えんが」

「見た目はな。でも、こいつがねぇと、俺らは食いっぱぐれちまうんだよ。ここは麦が育たねぇし、粟や稗はうまくねぇからな」


 粟や稗よりもおいしい作物なのか。


「この作物は、どこでも育つのか?」

「さぁ。わかんねぇけど、育つんじゃねぇか? 適当に植えても、勝手に育ってるからな」


 こんな作物が、この高原にはあったのか……。


「主人。すまない。このジャガイモという作物を、いくつかわけてくれ。銀貨と交換だ」

「あ、ああ。そら、かまわねえけど。でも、いいんか? こんな、勝手に育ってたもんと引き換えで」

「かまわない。この作物に興味をもった。情報料をふくめて、銀貨と交換してほしいのだ」

「はは。あんた、変わった騎士様だな」


 農民の主人とわかれた頃には、陽が西の地平線にしずんでいた。


 ビビアナたちと合流して、農民の主人の話を聞かせた。


「ということは、この先の谷から、ラヴァルーサに行けるということですね」


 兵たちと焚き火をかこんで、粟と稗を煮たごはんをかき込む。


 麦よりも苦みがつよくて、おいしいとは言えない食べ物だ。


「はぁ。ふっくら焼き上がったパンが食べたいです」


 ビビアナもスプーンを止めて、しみじみとつぶやいている。


「仕方がない。他に食べるものがないのだ」

「はい……」

「アゴスティでは、粟や稗ばかり食べているようだな」

「はい。あたしやスカルピオ様はパンを食べられますが、他の方はたぶんそうだと思います」


 騎士とその周辺でくらす者だけ、おいしいものを食べていれば、平民たちも我慢できなくなるだろう。


 そういえば、先ほどの主人から謎の食物をわたされたのだ。


「ビビアナ。きみは、ジャガイモという食物を知っているか?」

「ジャガイモ、ですか?」


 俺が見せた黄色い植物を見て、ビビアナが目をぱちくりさせる。


「これ、食べられるんですか?」

「そうらしいぞ。この近隣に住む村では、これを粟や稗のかわりに食べているそうだ」

「ええ……。なんか、おなかこわしそうですけどっ」


 見た目は、あまりよくないかもしれない。


「さっき、道を聞くついでに、これをいくつかわけてもらった。サルンに帰ったら、妻にたのんで植えてもらおうと思う」

「はぁ。ドラスレさまって、いろんなことを考えてるんですねぇ」

「そうか? ただ、気になっただけなのだが」


 ビビアナは、ジャガイモに関心をもたないか。


「農民が食べてても、あたしたちまで食べられるとはかぎりませんよ?」

「そうかもしれないがな」


 俺はもともと、農民と同等の身分だった。


 なら、このジャガイモは食べられるかな。



  * * *



 グルリアス高原の谷をおりて、ラヴァルーサへと続く平原と森を進んだ。


 この地は荒れ地ばかりで、作物をそだてられる場所がすくない。


 森はあるが、雨がすくないせいか、枯れている木がかなり多い。


 サルンやプルチアのような、鬱蒼としげる森とくらべて動物もあまり棲息していないようだった。


「この土地で生活していくのは、大変だな」

「はい。スカルピオ様も、農地をひろげようとしてるみたいですけど」


 そうなのか?


「だから、平民と作物の話になって、スカルピオ殿の表情がかわったのか」

「アゴスティのまわりって、水がほんとすくないから、作物がそだたないらしいんですよね。それでも民が飢えないように、いろいろ対策はしてるみたいなんですけどね」


 やはり、アゴスティやカゼンツァの不作を改善しなければ、根本的な解決にはならないようだな。


 それから二日ほど走って、ラヴァルーサの近くまでたどりついた。


「ドラスレさま、見てください! ラヴァルーサですよっ」

「ああっ。予定よりもかなり早く着いたな」


 最大で十日はかかると思われていた道程を、わずか三日で踏破できたのだ。


「こんなに早く着くなんて……信じられないっ」

「浮かれている場合ではないぞ。これからが本番だ!」


 ラヴァルーサの攻防がくりひろげられているはずだが、やけにしずかだ。


 アゴスティから急いできたが……手遅れだったのか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ジルダたちがいないとちょっと寂しい展開ですが、 でもこの進軍の中でグラートの見解の深さや広さを見られて、先が楽しみにもなりますし、 なんといっても身近なじゃがいもで、今後の話の広がりも出て…
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