第93話 ヒルデブランドとドラゴンスレイヤーの対峙
ラヴァルーサの空は、時が止まったようにしずかだった。
澄みわたる青空には、矢も岩もとんでいない。ストラのような魔物もいない。
だが、平時のにぎやかさも一切感じられない。
街が滅んでしまったようにしずかだった。
「戦いは、もう終わってしまったのですかっ」
ビビアナもラヴァルーサの異様なしずけさに気づいたか。
「わからない。戦いは止まっているようだが、状況はどうなっているっ」
ヴァレダ・アレシアの正規軍が反乱軍を倒したのか。
それとも反乱軍に敗れたのか。
ラヴァルーサの高い城壁がむこうに見えてきた。
南門の前で、多くの人たちが倒れている。
「こ、これは……」
ビビアナが、馬上で顔をそむけた。
倒れているのは、民兵か。いや、正規軍の兵も倒れている。
クマのような巨獣も、フェンリルのような魔物も横臥している。
アゴスティの戦いよりもひどい。
ブラックドラゴンのヴァールがヴァレンツァを襲撃したときのような、はげしい戦いがここでくりひろげられたのか。
「ラヴァルーサの正規軍は、反乱軍を撃退したのか? いったい、どうなっているのだ」
ラヴァルーサの城門はかたく閉ざされている。
鋼鉄のぶあつい門を、自力で開けることはできるか? ヴァールの強大な力で、この門をこじ開けてもよいのか。
「ラヴァルーサの者たちよ。わたしはサルン領主グラートだっ。遠いサルンからカゼンツァやアゴスティを転戦し、ここまで来た!」
ラヴァルーサの城門にちかづいて、声を張り上げる。
「わたしは、ヴァレンツァのジェレミア国王陛下の命に従い、ここで起きた住民反乱を鎮圧しに来た者である。王命に従い、そなたらに開門を命ずる!」
城門の上にいるであろう守兵たちに大喝するが、反応はないか。
「ドラスレさまっ。今日は、留守なんじゃないですかっ」
「そんなわけがあるか! 守兵たちには聞こえているはずだっ」
ずれた発言をするビビアナを下がらせる。
ラヴァルーサの南門は、開かない。
守兵たちも姿をあらわさない。
「お前たち。王命に従わないというのであれば、俺にも考えがあるぞ! 俺はドラゴンをも倒す怪力だ。お前たちが門を開けぬというのであれば、このヴァールアクスで今から門をこじ開けるぞっ」
馬からおりて、肩にかけたヴァールアクスをとり出した。
城門の上から、人のうごく音がした。
「ドドドド、ドラスレさまっ」
城門の上から矢じりを向けているのは、民兵か。
「お前は、われわれの敵かっ。敵ならば、撃つ!」
ラヴァルーサは、敵の手に落ちてしまったのか。
「わたしは住民反乱をしずめるべく、ヴァレンツァから派遣された者だっ」
「撃てぇ!」
矢が音を立ててはなたれる。
黒い雨のようなものが、風を切りながら戦場へとふりそそぐ。
「ひぇぇっ!」
馬に乗る時間はないっ。
馬を野にはなって、よけられない矢をヴァールアクスで斬りはらう。
逃げながら、ビビアナと兵たちに後退を命じた。
「ドラスレさまっ。どど、どうしましょう!?」
矢のとどかない場所まではなれて、ビビアナが泣きついてきた。
「わからない。この寡兵で城攻めをするしかないのか」
「でで、でもっ、勝ち目はありませんよ!」
ビビアナの言う通りだ。寡兵で正面から攻めても犬死にするだけだ。
「俺が城門まで接近して、ヴァールアクスで城門を破壊すればいいか」
「そんなことが、できるんですかっ」
「おそらくな。あの城門はただの鉄だ。厚いだろうが、この斧ならば破壊できる」
「ささ、さすがですっ」
しかし、門までどうやって近づくか。
「ビビアナ。きみたちが囮になってくれるか?」
「おお、おとり、ですかっ」
「そうだ。俺がひとりで突撃したら、矢の餌食になってしまう。だから、弓兵の注意を引きつける囮が必要なのだ」
ビビアナと兵たちでは、囮はむずかしいか。
「そ、そんなこと、言われましても……」
ビビアナも兵たちも、戦意を喪失してしまった。
この命令は、実行できないか。
アダルジーザやジルダがいれば、有効な魔法で俺をみちびいてくれるのだが――。
「はーっ、はっはっは!」
城門から、男の高笑いが聞こえてきた。
兵たちにかこまれて、不遜な態度をしめす者がいる。
その男は、今日は白い貴族服のようなものを着ていた。
陛下が着用するような、絹で編まれたであろう代物だ。
長い黒髪をすべて後ろへながし、切れ長の目で俺をまっすぐに見下ろしている。
オドアケルのギルマス……ヒルデブランドか。
「ほう。だれかと思ったら、きみが来たのか。ドラゴンスレイヤー」
「ヒルデブランドだな」
城門にちかづきながら、ヒルデブランドにさけぶ。
矢をむける民兵たちを、ヒルデブランドは右手で制した。
「いかにも。わたしがオドアケルの総帥、ヒルデブランドだ。おぼえてくれていたようだな」
「お前には、いろいろと聞きたいことがあったのでな。その不遜な顔と態度は、わすれてはいけないと思ったのだ」
「はっはっは。かの有名なドラゴンスレイヤーは、バカがつくほどまじめなようだ。サルヴァオーネすらしりぞけたというのに、親に反抗できない子どものようではないか」
この男のプレッシャーのすさまじさは、まったく衰えていない。
ふくれ上がる野心を、あの細い身体にすべてしまっている様子も、以前とまったく変わらない。
あいかわらず、くみしがたい男だ。
「まあ、いい。遠い土地から、こんな辺境にまで来てくれたのだ。悩みのひとつでも聞いてやることにしよう。ドラゴンスレイヤー、きみがわたしに聞きたいことというのは、なにかね?」
「まず、簡潔に聞く。こたびの住民反乱を指揮しているのは、お前か」
ヒルデブランドが、また声をあげて笑った。
「そうだと言ったら、どうするつもりかね?」
「お前をこの場で捕縛する」
ヒルデブランドが大きな声で笑った。
「むだだ。きみと言えども、わたしを倒すことはできんよ」
「なら、ためしてみるか?」
ヴァールアクスを低くかまえる。
ヒルデブランドの人を食うような態度が、変わった。
ヒルデブランドが細い右手をふりあげる。
空気がぴりついて、俺の身体は反射的に後退していた。
城門の上の空で形成されたものは、剣か?
いや、柱だ。カゼンツァを守っていたルーベンがもっていたような、長い柱のようなものが、何本も一瞬で形成されたのだ。
「死ね」
数本の柱が、一斉にふりおろされる。
俺の頭上に高速でせまってくるが、事前に後退していたためダメージを受けることはなかった。
紫色のガラスのような柱が、城門の前で深々と突きささっている。
この妖しい輝きは、シルヴィオの幻影剣とおなじだ。
「きみのその怪力は、預言士たちの先祖から受け継がれたものだ。だが、預言士たちから力を受け継いだのが自分ひとりだと考えないことだ」
預言士たちから、受け継がれた力か。
「預言士、か。たしかに、そんな名前だったな。預言石をもつ者が、預言士なのだろう」
ヒルデブランドが冷たい目で俺を見おろす。
「預言石は、人や物の潜在力を引き出すもの。人には、アルビオネのドラゴンすら凌駕する力が秘められているが、通常はその潜在する力を引き出せないのだろう。
しかし、お前は預言石を使って、人の潜在力を引き出すことができる。そうして誕生したのが、ルーベンやベネデッタだ」
あの男が先ほどはなった魔法も、預言石によって魔力を引き出されたから、なみの魔道師を凌駕する威力なのか。
「ルーベンもベネデッタも、人智を超えた力をもっていた。彼らは、お前に預言石を使われて、潜在力を引き出されたとも言っていた。
これだけ強大な力を引き出せれば、ヴァレダ・アレシアの正規軍と互角に戦えるだろう。だから民をそそのかして、ここで反乱を起こしたのだろう」
あの男の腹のうちは、だいたいわかった。
だが、ヒルデブランドは……肩をふるわせはじめた。
「大したものだ。さすが、あのサルヴァオーネを更迭させただけのことはある。すばらしい推理力……と褒めてやりたいところだが、ドラゴンスレイヤー。きみの推理は、残念ながら半分しか当たっていない」
なんだとっ。
「まず第一に、預言士は預言石をもつ者ではない。預言石は、預言士の崇高なる能力を封じ込めたものなのだ。預言士たちは、ヴァレダ・アレシアが建国されるはるかむかしに、この地上で繁栄していたのだよ」
預言士は、過去に存在していた者たちなのか?
「わたしは、預言士たちの末裔。わたしは自分の潜在力を自在にあやつることができるから、預言石がなくとも強大な力を使うことができる。
そして……きみのそのブラックドラゴンすら凌駕してしまったその力も、おそらく潜在力だ。きみは無意識のうちに、内に秘めている力を引き出しているのだよ」
俺に、そんな能力があると言うのか。
「きみもおそらく預言士の末裔だ。すなわち、わたしの同族だ」
「ばかなっ。何を言っている。くだらない妄言はやめろ!」
「くく。確証はないから、わたしの妄言であることを否定できないがな。だが、きみもかつて、何度も感じていただろう。他の者の力が、自分よりもはるかに劣っていると」
「そんなことを、感じたことは一度もない!」
「うそをつくな。きみのその動揺は、わたしに真実をかたっているぞ。他の者たちは、なぜ自分よりも力が弱いのか。ドラゴンの力など、俺よりも劣っているとな。くくっ」
そんなことを、感じたことは……ないっ。
だが、俺は、城門の上で高笑いするあの不遜な男の主張を、なぜかしりぞけられなかった。




