第47話 黒いドレスを着た謎の女
ラグサはヴァレンツァのように、にぎやかな街だ。
冒険者と行商が多いが、近隣の住民と思わしき者たちの姿も見かける。
「今のところ、さわぎは起きていないな」
ウバルドが馬を引きながら、そっと胸をなでおろす。
「安心しろ。オドアケルのやつらとて、万能ではない。今ごろ、フォレトの周辺で俺たちをさがしまわっていることだろう」
「そうだといいが……」
ラグサの北にある宿をとる。三階建ての、中クラス程度の宿だ。
街の外側にある宿なら、万が一追っ手におそわれても逃げやすい。
宿の裏に馬を止めて、近くの屋台で食事を済ませる。
夜まで、まだ時間がある。アダルジーザのプレゼントをさがそう。
「ウバルド、俺はこれからアダルにあげるプレゼントをさがす。お前は宿にもどるんだ」
「なんだ、まだあきらめてなかったのか」
ウバルドがため息をつく。
「あんな女のことなど、ほうっておけばよかろう」
ウバルド、それは聞き捨てならないぞ。
「ウバルド、俺の文句なら、いくら言ってもかまわない。だが、アダルをこれ以上侮辱したら、ゆるさないぞ」
ウバルドの顔色が、目に見えて変わった。
「わ、わかった。すまなかった」
「シルヴィオや他のギルメンについてもだ」
気をとりなおして、アダルジーザに何をプレゼントすればいいか。
長旅で使える外套がいいか? それとも、魔法の攻撃をふせげる魔道服がいいか……。
「お前はさっきから何を悩んでるんだ」
「アダルのプレゼントだ。どんなものを買えば、アダルがよろこんでくれるのか、わからないのだ」
「追われてるというのに、何をバカなことを……」
ウバルドがまた、ため息をついた。
「女にはペンダントとか、アクセサリを適当に買っていけばいいだろうが」
「アクセサリか。そうだな……」
アクセサリなら、花をかたどったものがいいな。
メインストリートにもどって露店を物色する。
大きな宝石を売る店や、銀のアクセサリを売る店が目につくが、あまり買う気になれない。
ウバルドの冷たい視線を受けながら、いろんな露店を見てまわるが……どんなプレゼントがいいのか、決まらない!
ウバルドの言う通りだ。何をしているんだ、俺は。
メインストリートの人の多さに、なんだか疲れてきた。
裏道に何げなく入ると、小さな雑貨屋が向こうに建っていた。
アトリエのような、落ちついた佇まいだ。にぎやかな街のうらにあって、あの店のまわりだけ静かな空気がながれている。
「いらっしゃい、ませ」
店内もゆったりしている。ごちゃごちゃした外とは大ちがいだ。
この雑貨屋は小物や装飾品をあつかっているようだ。
白い食器や、花瓶。テーブルクロスやコースター。ガラスのコップもおしゃれなものが多い。
なんとなく、アダルジーザが好みそうな店だ。ここの品なら、どれを買ってもよろこんでくれそうだ。
「ずいぶんと大きな、お客様で……」
店に立つのは、アダルジーザとおなじくらいの年齢の女性だ。
青いチュニックとロングスカートをはいて、首に花のスカーフをまいている。
「おどろかせて、すまない。女性へのプレゼントをさがしている」
「ふふ。恋人ですね」
店主のかたい表情が、少しやわらかくなった。
「ここにならんでるのは、全部わたしがつくったものです。どれをお買いもとめになられても、お相手の方によろこんでもらえると思います」
この店主のデザインは、とてもよいもののように感じる。
コースターひとつをとっても、こまかいところまで丁寧につくられていた。
「わたしの妻は花が好きだ。花をイメージしたものはないか?」
「花、ですね。いろいろありますが、あなたの奥様は、どんなお花をこのまれるのでしょうか」
アダルジーザが好きな花、か。
「その様子だと、ご存知ないようですね」
「面目ない。ここ最近はたらきづめで、妻のことを見れていないのだ」
「おいそがしいのですね」
店の扉の前に立つウバルドから、強烈な視線を感じる。
「それなら、こちらはいかがですか?」
店主が手にとったのは、金色の髪飾りか?
金の細い線が花のかたちをつくっている。優雅だが、どこか落ちついたデザインだ。
「これはバラをイメージしたブローチです。あなたの奥様に、きっと似合います」
これは、いいものだな。アダルジーザのよろこぶ顔が思い浮かんだ。
「ありがとう。では、それをいただこう」
「ふふ。かわいい奥様に、よろしくおつたえください」
アダルジーザにあげるプレゼントが、やっと決まった。
ウバルドは怖い顔で腕組みしたままだ。扉の前から、一歩もうごかない。
「すまない。またせたな」
ウバルドは、ため息すらつかなかった。
ドアノブをまわして、扉を開ける。
扉の先にも人かげがあって、思わず後ずさりしてしまった。
「す、すまない――」
全身を黒い服で隠した、追っ手か!?
いや、ちがう。扉の先に立っていたのは女性だ。
クセのついた長い黒髪に、ローブのような黒いドレス。
胸もとは大きく開いて、艶やかな肌があられもなく露出されている。
くびれた腰もとは人形のように、なまめかしい。
「あら。女性がかようお店に、大きな男性のお客?」
黒いドレスの女性がつややかに笑う。
「大きな斧をかついで、女物の雑貨を買うのが趣味なんてね」
大きな斧!?
ヴァールアクスは布でしっかりと隠しているのに、俺が肩にかけているのがどうして斧だとわかるっ。
黒いドレスの女はうすら笑いを浮かべたまま、店内へと入っていった。
「あの女……オドアケルの者じゃないのかっ」
「さあな」
嫌な気は感じるが、武器は所持していない。仲間もかくれていないようだ。
「黒い服の者にいちいちこわがっていたら、旅なんてできないさ」
「ふん。そういう油断が、命とりになるんだぞ」
ウバルドをさとしながら、とらえようのない悪寒が、俺の背中をなでていることに気がついた。
ウバルドの言う通りだ。明日の朝に、ここを発とう。
* * *
にぎやかだった街も、落陽とともに静けさをとりもどしていく。
外で買い物や食事をたのしんでいた冒険者たちも、それぞれが宿泊する宿に入っていったのだろう。
三階の部屋の窓から、夜の街が眺望できる。
メインストリートの両わきをかがり火が照らしている。
宿の前であつまっているのは、街の若者だろうか。
話の内容は聞きとれないが、好みの女性について談笑しているようだ。
「たのしそうだな」
まだ十代か。こわいものなんて、ひとつもなさそうな顔をしている。
「俺にも、あんなときがあったかな」
義理の父にひろわれて、冒険者になるためにひたすら教育された記憶しかない。
義父をなくしてからは、冒険者として生計を立てる日々だったから、街で安穏とすごした思い出はないな。
「冒険者として充実した生活をしていたから、不満はないか」
窓をしめて、丸テーブルに用意された茶をそそぐ。
夕食はひとりで摂るか。ウバルドは俺といたくな――なんだ?
夜の静寂が、急速にこおりつくような感覚におそわれる。
同時に、無数の針に刺されるような、この感覚は……殺気!
俺は、ねらわれている。
殺気が発せられているのは、扉のむこうだ。
――そういう油断が、命とりになるんだぞ。
なんて迂闊なんだ。騎士になって、のぼせ上がっているのか。
茶をそそいだコップを置いて、ヴァールアクスに手をのばす。
赤い布を、音を立てないようにとりはずして、扉にそっと近づく。
いる。このぶ厚い木の板のむこうに。
深呼吸をして、扉を蹴破った。
「ぐわっ!」
「なにっ」
宿の廊下におどり出て、目についた敵をけりとばす。
部屋の前に蝟集している黒い影たちは、オドアケルの追っ手か!
「俺たちの居場所がよくわかったな!」
オドアケルの連中はダガーをひからせるが、反撃される前にすべて殴り倒す!
「く、くそっ」
「バケモノめ!」
暗殺を生業とする者たちにしては、口ほどにもない。
「ど、どうした!?」
ウバルドも部屋から飛び出してきたが、肌着姿で右手に剣をぶらさげているだけだ。
「こ、これは……」
「お前の言う通りだった。オドアケルの追っ手に捕捉された」
ウバルドは声にならない悲鳴をあげているのか。
「はやく着がえるのだ。すぐにここから――」
窓と壁が破壊される轟音とともに、となりの部屋から黒く大きな影が突っ込んできた。
「うわぁ!」
ウバルドが廊下に投げ出される。
床がはげしくゆれ、俺は廊下に転倒しそうになった。