第46話 ドラゴンスレイヤー、ウバルドと大都会に往く
陽がのぼり、森がひらけた先に民家が見えてきた。
青々と茂る原っぱが隆起した、小高い丘。右手から左手にかけて、なだらかな坂になっている。
フォレトを去ってから、満足できる食事にありつけていない。どのようなものでもいいから、あたたかい食事がほしい。
「ウバルド。あの村によっていくぞ」
「かまわないぞ。食事か?」
「そうだ」
パンとあたたかいスープを想像したとたんに、腹の虫がなりはじめた。
「大飯ぐらいも、あいかわらずか」
「すまぬな。危険なものに追われていても、性分というのはそう簡単に変えられないようだ」
「よく言う。古代樹の魔物の前で、平然と食事してたのはどこのどいつだ」
勇者の館に在籍していたとき、ギルド内でパーティを組んで、古代樹の庭園によく行っていた。
空腹のあまりに、戦闘中でありながら携行していたパンと干し肉を食べたことがあったな。
「そんなむかしのことを、よくおぼえているな」
「お前の行動は逐一気にいらんからな。そののんきな性分をまずは治せ」
おなじようなことを、だれかに言われたような気がするな。
丘を中心に麦畑がひろがる村だ。早朝だからか、人の姿はあまり見えない。
近くのあばら家から老婆が出てきた。彼女にたずねてみよう。
「ご婦人。ここは、なんという村か」
腰のまがった老婆は顔をあげて、目をおおきく見開いていた。
「あんれぇ。これはまた、ご立派な殿方で」
「俺は騎士の……いや、このあたりを冒険しているグレコという者だ。少しだけでよいので、食事をわけていただけないか」
「食事? 粥くらいしか用意できんけれども、それでもよいんか?」
「ああ。たのむ。対価はしっかりと用意する」
路銀はまだ充分にある。銀貨を数枚、老婆にあたえよう。
「あんれ! こんなに、たくさんっ」
「さぁ、はやく食事を用意してくれ」
「ちょっとぉ、あんたー!」
老婆があわてて家の中へと駆け込んでいった。
ウバルドも馬から降りて、手綱を近くの木にむすんだ。
「グラート。なぜ偽名をつかう?」
「不要なさわぎを起こさないようにするためだ。前に都でさわぎになった」
「なんだとっ」
ウバルドは事あるごとに、俺を敵視してくるな。
「いちいち、つっかかるな。お前も子どもではないだろう」
「なにっ」
「成功したければ、大事をとれ。小事にまどわされるな」
老婆の主人と思わしき男性が案内してくれる。
ヴァレダ・アレシアのどこにでも建っていそうな農家だ。
玄関のわきでぐつぐつと音を立てる竈が目を引く。
「いんやぁ。今日は、朝からとんでもねぇお客様が見えちまったなぁ」
主人は頭のはげた、小柄な男性だ。
袖口や裾がやぶれた服を重ね着している。
「どこのどなただか知らねぇが、とんでもねぇお方なんじゃなかろうか」
「そんなことはない。朝からおどかしてしまって、すまないな」
「かっかっか。お天道様は、もう山の上にのぼってる。気にするな!」
とても元気な主人だな。
「粥はすぐにできる。ちょっとばかし、待っててくれ」
「もちろんだ。それで、主人。ここは、どのあたりだ」
「ここは、アブルっつう、なんもねぇ村さ。近くには、何があるかなぁ」
アブル村、か。聞いたことがない名前だ。
「ああ! こっから北にずっと行けば、ラグサがあるべ。ラグサ、知ってっか?」
ラグサはヴァレンツァに次ぐ大都市だ。
「ああ。知っているぞ」
「こんなとこじゃ、たいしたもんは食えねぇから、行くんだったらラグサに行きな」
老婆がふたつの粥をはこんできてくれた。
「粥ができたよ。さぁ、食べとくれ!」
「すまない。恩に着る」
「恩だなんて、とんでもない! あんなにたくさんいただいたのに、こんなもんしか出せなくて」
大麦の粥には、細かくきざまれた野草が添えられている。
野草のにがみが、淡泊な粥にしっかりとした味つけをしている。
「急に押しかけた俺たちが悪いのだ。暖かい粥が、空腹を満たしてくれるな!」
「ほほ。どこのどなたか知らんけども、こんな老婆にちょっかいを出しても、なんにもならんよ」
裕福ではなさそうだが、気立てのいいおふたりだ。
「それにしても、立派な方だねぇ。その辺の、こきたねぇもんとは、おおちがいさ」
「俺たち以外にも冒険者はたずねてくるのか?」
「たまにだけどな。強盗まがいのことをするやつらもおるよ」
冒険者は腕っぷしの強い者が多い。
いろんな者がいるから、まずしい村で略奪する者がいると聞いたことはある。
ウバルドは言葉を発さない。だが、この農家からはなれたがっているように感じる。
「ふたりとも、ありがとう。うまい粥であった」
「ほほ。馬があれば、お昼くらいにはラグサに着くさ。そこで、もっといいもんを腹いっぱい食べな」
「わかった。お気遣い、感謝する」
ふたりに別れをつげて、馬に飛び乗る。
「あんなジジババに、いちいち話しかけんでもいいだろうが」
「そう言うな。急に押しかけた俺たちを、あのふたりは出迎えてくれたのだ。感謝しなければ、ばちが当たるぞ」
「ふん。つくづく、お前とは気が合わんな」
ウバルドは気むずかしい男だ。
「そんなことはどうでもいいが、ラグサに行くのか?」
「ああ。たまにはあったかいベッドで寝たいだろう?」
「ラグサは大都市だぞ。そんな場所に行って、だいじょうぶなのか?」
ウバルドは追っ手に対して、神経質になっているな。
「案ずるな。やつらとて万能ではない。俺たちの現在地まで把握できていないはずだ」
「そうか? 都市になんて近づかない方がいいと思うが……」
老父の言う通り、長い草原のはてにラグサの街がひろがっていた。
ラグサは王国の中央にある、交通の要衝だ。
王国の物資がここにあつまり、商人たちが露店をひらいて商いをおこなっている。
冒険者も食料や装備をもとめて、ラグサの露店に足しげく通う。
「ウバルド。顔がばれたらまずい。これで鼻と口を隠すのだ」
「なんだ、この赤い布は」
「前にジェズア……いや、都の道化師からもらったものだ。よい変装になるぞ」
ウバルドは手をのばすか戸惑っていたようだが、やがて変装用の布を受けとった。
街の前で馬を降りて、黄色の布でマスクをつくる。
ヴァールアクスを赤い布で隠せば、準備は万全だ。
ラグサのメインストリートは、今日も多くの露店と客でにぎわっている。
串焼きを売る露店。果物を売る露店。陶器を売る露店もあれば、色とりどりのポーションを売る露店もある。
――都で花の一本でも買っとくんだな。
サルンで俺の帰りを待つアダルジーザに、ここでプレゼントを買っていこう。
「ちょっと、そこの、大きいお兄さん」
俺を呼び止めたのは、不敵な笑みを浮かべる老婆だ。
アブルで会った人のよさそうな老婆とは、似ても似つかない。
「うちの壺はねぇ、そんじょそこらの壺とは、わけがちがうんだよ。ちょっとでいいから、見ていっておくれよぅ」
ラグサは都会だ。モノの価値がわからない初級冒険者をねらう商人は、たくさんいる。
老婆のシワの多い指には、大きな宝石が埋め込まれた指輪がいくつもはめられている。信用するのは、危険だろう。
「すまないが、骨董品をあつめる趣味はない」
「それなら、今日からあつめればいいさ。これなんか、きれいだろう?」
老婆がとりだしたのは、奥に置かれている瑠璃色の壺だ。いや、花瓶か?
きれいではあるが、こんなものを買ってもアダルジーザはよろこばないだろう。
「すまないが、先をいそいでいる」
「ちょっとぉ。そんなこと言わずに、待っておくれよぉ!」
となりを歩くウバルドが、俺に聞こえるように舌打ちした。
「だから、くだらない者を相手にするなと言ってるだろうが」
「すまない。断るのは苦手なのだ」
「お前のそのクソな性格は、心の底から嫌になるな」
壺の老婆はふり切った。アダルジーザのプレゼントは、何にするか。
魔力の上がるダガーなどがいいのか? それとも、サポート系の魔法を網羅したぶ厚い魔道書か……。
「お前はさっきから何を探してるんだ」
「アダルにあたえるプレゼントだ」
「アダル?」
「そうだ。アダルは、サルンで俺の帰りを待っているのだ」
ウバルドは歩きながら首をひねったが、
「ああ。お前がプルチアに流された後に失踪した、あの女のことか」
アダルジーザのことをわすれていたのか。
「アダルは勇者の館の元ギルメンだぞ。わすれていたのか?」
「さあな。俺のもとからはなれていったやつのことなど、俺は知らん」
サルンにもどったら、ウバルドはアダルジーザの世話になるのだが……。
ああ、アダルジーザ。元気にしているだろうか。




