第二十五話 下準備
猪系の皮は剥ぎづらい。毛が邪魔という理由もあるがこの世界の動物は基本的に皮が分厚いからだ。普通の包丁で切り落とそうとしてもブヨブヨな皮と切りにくい毛で包丁の方がダメになるコトもある。
「そこで……リベ、出番だぞ! 頭をスパッと切り落としてくれ。ユエル様は先程川で見せてくださったみたいに、水を操って猪の体内を洗浄して頂けますか?」
「任されタ! 獣よ、くらえぇーーーッ!!」
「分かりましたわ」
リベの大剣なら切断するのに適している……かどうかは分からないが、ぶった切ってくれるのでありがたい。俺のバリアは、まだ生きていると認識してしまっているモノを切断できない。……出来なくは無いが、精神的な問題で成功率はかなり低い。
「キャッ……血に染まった水、水……ど、どうしましょうシューゴ様!」
「あ、やべ……先に穴とか掘っておくべきだった……。ユエル様、とりあえず血の臭いで他の動物が来るかもしれないので少しそのままで……」
「え、えぇー……」
こんな時、トファリが居れば地面に穴くらい簡単に作れるのに俺もリベもそういう魔法は使えない。仕方なく、リベの大剣を理由を教えずに借りて掘るコトにした。
「よいしょ、よいしょ……」
「ぎゃぁぁぁぁ妾の大剣ンンン! 刃が削れるであろう子分! 妾の大剣を変なコトに使うでないワッ!」
貸してと言った瞬間から怪しんでいる表情だったが、スコップの様に使い始めた途端にリベが飛んで来た。
「でも他に掘れそうな物とか無いし……」
「子分のバリアを地中から生やせば良かろうにぃぃ……」
「いや、それをすると、地面に亀裂が入るから危険なんだよ」
いつまでもユエル様を待たせる訳にもいかないし、トファリが戻って来たらちゃんとしたのを作って貰えば良いだろう。だから今は、寄せ集めた土に血抜き水を含ませて対処しておこう。
「さて、首が取れた猪は当然生きて居ない訳で――それっ!」
指パッチンと共に、猪の体毛のわずか下にバリア作り出して貫通させていく。こうすれば包丁で毛皮を切り取っていく必要もなく、力強く引っ張る必要もなく、ただ取れば取れる状態になる。
加減を間違えると肉を削り過ぎるが、そこは腕の見せ所というやつだ。
「リベ、毛皮を川で洗っておいてくれないか? ちゃんと洗って乾かしておけば売れるし……みんな大好き臨時報酬だぞ!」
「……そこの弱っちぃ人間にさせれば良かろうガ! 人なんぞが鬼を使おうと思うでないっ」
両手をぶんぶん振って抗議してくる。駄々っ子を持つ親の気持ちだ。どんどん仕方ない……という気持ちが大きくなる。
「ユエルさんは調理の手伝いをして貰うからそんな暇は無いんだけど……ダメ?」
「フンッ! 妾は鬼、雑用などせんゾ! フハハハハー」
「まったく……。ユエル様、申し訳ないのですがリベに指示を出して肉の解体をして貰ってもよろしいでしょうか? ざっくり切り分ける感じで大丈夫ですので」
「それは良いですけど……シューゴ様はわがままを言うリベ様に怒ったりしないのですか?」
「リベにはリベの得意不得意、やりたい事とやりたくない事がありますからね。それに、リベに関してはいちいち怒ってたらキリがないですし……」
リベには狩りに行きたかった所を我慢させてしまっているし、多少のワガママならば、受け入れ耐性が俺にはある。
別に合理主義という訳ではないが、もしここで怒ってリベが何処かへ走り去ってしまう方が大事になるし、それなら俺が洗ってリベに力仕事をして貰った方が今は合理的だろう。
「水温が下がる前に洗ってしまおう……」
川に手を入れて、猪の皮を丁寧に洗っていく。
猪の皮はどちらかと言えば安価な方ではあるが、斬りにくい防具に加工したり寒さを和らげる服にする事も可能で、冒険者にはそこそこ人気なんじゃないかと思う。
「よし、後は乾かすだけだけど……ま、風魔法の使えるミーニョさん辺りに頼むとするか」
「シューゴ~、捕まえて来たわよー」
のんびりとした声と共に現れたのはトファリ。当然の様に大型の獣を捕まえて来ていた。何かの魔法で浮かせて居るのだろうが、なかなかにシュールな光景だ。
「あら? リベが解体してるの? ……大丈夫?」
「どういう意味ダ人間! 解体くらい妾にも出来るに決まっておるだろうッ! フンッ!」
「あぁっ……!! リベ様、骨の位置は避けてくださいと申したばかりでは無いですかっ」
「え、お、おぉう……すまぬ」
「骨も綺麗に洗えば売れるみたいですし、注意してくださいませ!」
「ははは、リベ怒られてるぅ~」
「シューゴ様が甘やかしておられるから私が代わりに言っているのですよッ!」
「……ご、ごめんなさい?」
「ユエル、貴女だけが頼りのようね……」
また獲物を探しに行こうとしたトファリに待って貰い、先に地面に穴を空けて貰うように頼んだ。
一瞬で数メートルはある深い穴が出来上がる。こういうのを見るとファンタジーを感じるが、最近はマヒして来ているかもしれない。驚かなくなってきたのがその証拠だろうか。
「よし、んじゃ……さっそく作っていきますか……リベ、火」
「うむぅ……」
ユエル様に怒られてちょっとショボくれた俺とリベで、トボトボと料理の準備に取り掛かった。
集めた木の枝や葉っぱを薪の代わりにして火を起こし、食堂のおばちゃん達が貸してくれた鉄板やら調理台をセッティングする。
まずは切り落とした猪の肉を一切れ取り分けて、軽く両面を焼いて味見――やはり、ちょっとクセというか独特の味が飲み込んだ後も口に残る感じだ。
「リベの味覚だとどうだ?」
「ふむ……ングング……野性味があって美味よな」
「ユエル様は?」
「そうですわね……やはり臭みが気になりますかね」
種族による味覚の違いも考慮しなければならないのなら、やはりいろいろと味を変えて種類を増やすのが良いだろうか。
次にいつルーが戻って来るか分からないし、とりあえず濃いタレの串焼きを用意しておいて、その次からハンバーグや揚げ物、トファリの捕ってきた肉も捌いていこうか。せっかく麺が売っていたのを買ったんだし、パスタとかも作っていきたい。
(ヤバいな。三人……実質二人じゃ人手が足りないか?)
「シューゴさーん、リベさんにユエルさん。お野菜や木の実を捕ってきましたよぉ~」
ミーニョさんが森の中からパタパタと羽を動かしながら、ちっちゃい手に木の実を持って戻って来た。愛くるしいその姿はまさに想い描く妖精そのもので、そんなミーニョさんをグッズ化したらバカ売れするだろうと思った。そんな事を考えている場合じゃないけど。
「すみませんミーニョさん。ルーとトファリが思っている以上に食材を持ってきそうなんでこちら側を手伝って貰っても良いですか?」
「良いですよ~。でも~あたちに出来ることってありますか~?」
「もちろんですよ! 方法はお任せしますからリベと協力して食材の解体をお願いします。俺とユエル様でどんどん料理を作っていきますので、休憩を挟みながらやってください」
「分かりましたぁ~。シューゴさん、私、あまりお肉は食べられないので……」
「あ、はい! 木の実を使ったスイーツとかサラダとかも作りますから」
味覚の違いに、そもそもの食の好み……その全ての要望を叶えてこその料理人だ。俺が食堂で学んだコトはそういうものだ。
目の前にある食材を最大限に活かし、食べてくれる人を笑顔にする事。ただ、それだけ。
「まずは串焼きを作ります! ユエル様はどんどん串に食材を刺していってください。ミーニョさん用に野菜串もお願いします!」
「分かりました! ……して、串はどこでしょう?」
「えっと、確かリュックのどこかに! ごめんなさい探してください」
作り始めからグダグタ感が漂うが、沢山作る時は始まってしまえば止まる時間はほとんど無い。
俺がひたすら肉と野菜を捌いて、それをユエル様が串に刺していく。ある程度の量が準備出来たら俺が焼きの作業に入り、ユエル様には食材を切る係を変わって貰う。
ここのコンビネーションが上手くいかないと、スムーズには作業が出来ない。だが、ユエル様の手際はかなり良い。ワガママはご令嬢とは違う、英才教育の片鱗が垣間見れた。
ジュゥゥゥゥ……。
ジュゥゥゥゥ……。
肉の焼ける音。煙と一緒に美味しそうな匂いが立つ。
リベ用に野性味の溢れる味のやつと香辛料で臭みを取ったものは分けて用意する。
みんな大好き濃いタレ味と塩味二つを用意したり、野菜串や木の実をジュレっぽくしたやつを乗せたりと、バリエーションを意識して作っていく。
「なぁなぁ、もう食べて良いのカ!?」
「良いですよ。リベには頑張って貰ってますから、一番にどうぞ」
「ンフー……それじゃあいただくゾ! あむっ……ん……モグモグ……んォ!! うまぁぁぁぁいッ! クフフ、やはり肉は豪快にカブリ付かねばナァ! もっと食らってやろうゾ!」
口元を汚しながらも豪快に食べるリベの姿は、見ていて気持ちが良い。作った甲斐があると思わせてくれる食べっぷりは、何だか心の奥から嬉しさが込み上げてくる。そんな感覚だ。
「ほら、口」
「ンッ……すまぬな子分よ!」
「まるで兄妹ですわね」
「ンなっ……妾が親分でこやつが子分だぞ! 間違えるではないぞ弱っちぃ人間! ……ほら、親分だから子分の上に乗れるのダ!」
「……そ、そうですわね(妹がお兄さんにジャレついている様にしか見えないですわ)」
「あはは~(リベさんは甘えたがりなのですね~)」
リベは思ったよりも軽い。だから登って来るコトについてはあまり気にならない。それよりも、ユエル様とミーニョさんからの謎の優しい視線が意味ありげで気になる。
リベに怒らないとユエル様に怒られたばかりだし、このリベの行動も怒った方が良いのだろうか?
「リベ、行動が女の子らしくないぞ」
「ワハハ! 構うな子分っ! 鬼とは自由なのだ」
「そ、そうなん?」
呆れたら良いのか豪胆さを褒めるべきか、そんな風に考えていると遠くから声が聞こえて来た。
「良い匂いがするよぉぉぉぉぉぉ!」
「――来るッッ!」
草木なんて関係ないと駆け抜けて来る音と共に遂に来てしまったルー。
カロリー攻撃としてコロッケやトンカツ、唐揚げなんかの揚げ物を大量に作ろうと考えていたがまだ油の温度が間に合っていない。
野菜と肉と麺。それにみんな大好きな濃いタレ……熱々の鉄板とくればアレしかないだろう。
ライブ感でどうにかこうに誤魔化して、ルーを相手に油の温度を上げる為の時間をどれほど稼げるだろうか――。




