第二十一話 遊び? 買い物? デート?
放課後に、料理を勉強させて貰う日を過ごして週末。今日はトファリと二人で、近くの商業施設の建て並ぶ場所へと行く予定となっている。
みんなから預かったお金で、必要な道具や雑費を調達する為だ。ミーニョさんもリベもルーも、まだ金銭感覚に疎い部分がある為、貴族と王族で人の事を言える程では無いがまだマシという理由で俺とトファリで買い物へ行く。
……とは言え、女の子と二人で街に行くというのはデートみたいなモノというか、実質デートだ。トファリとはいえ、街での買い物とはいえ、そこそこ楽しみにしている。
「……それで、何がどうあって学園長の所へ来たのかしら?」
「まぁ、良いから良いから」
おそらく、トファリはフードを深く被っておけば普通の学園の生徒だと思われるみたいに考えているのだろうが、王都ではトファリの顔は知れ渡っているコトをもっと自覚した方が良い。
何の魔法的な要素が付与されている訳でもない学園のローブで騒ぎを抑えられる訳はない。――という理由で、学園長の所へ来ていた。
「すみません。一年騎士科のシューゴです。学園長先生はいらっしゃいますでしょうか?」
コンコンとドアをノックすると「はぁ~い」と間延びした返事が返ってきた。ドアを開けて、中に入ると大人びたセクシーなボンキュッボンのエルフ学園長が机に肘を着いて重ねた手の甲に顎を乗せて出迎えてくれた。
「あらぁ、トファリちゃんも一緒だったのね?」
「お早うございます、ユゼ先生」
「それで、私に何か用事かしら?」
「はい。今からトファリ様と街へ遠征の為の買い出しに行くのですが、騒ぎになるといけないので……無理ならそれで仕方ないのですが、姿を偽る魔法をトファリに授けて頂けると助かるのですが」
コンタクトレンズの様に目に付けているバリアを外すと、妖艶なエルフから柔和な笑みを浮かべる優しそうな大魔女お婆ちゃんに姿が変わる。
入学式の余興感覚でやっているのかと思ったが、普段からこうして姿を変えているらしい。趣味なのか、エルフだからか……理由は分からないがトファリも覚えておいて損の無い魔法なのは確かである。
「シューゴちゃんは目元がとっても綺麗ね……いったい、何が見えているのかしら」
「あー……ははは。綺麗な大魔女学園長様のお姿だけですよ」
「うふふ。面白い子ね。それで……姿を変える魔法で良いのかしら?」
「あ、いえ! 姿そのものを変えるとトファリ様が勝手に何処かへ逃げそうなので、周囲の人に影響させて姿を偽る魔法でお願いします」
「……ねぇ、さっきから置いてきぼり感が凄いのだけど、何の話をしてるのよ?」
トファリに街へ行く際に面倒事を避ける秘策として、学園長の所へ来た事を軽く説明して、後のコトは学園長に任せた。
魔法のアレコレについては俺が介入出来る領域の話では無いし、『何でも出来るが何でも知っている訳では無いトファリ』と『何でもは出来ないが何でも再現出来てしまう』学園長との間には割り込めない。
才能だけならトファリの方が上だと思うが、魔石を使った技や長生きして培って来た知識や経験を考えるとまだまだ学園長の方が魔法において上を行っている。
「シューゴ、ちょっと見て!」
「……おぉ。ローブはそのままだけど顔はまったくの別人だな」
綺麗な金髪は真っ黒に。赤い瞳は青色に。髪の長さも肩辺りのセミロングになり、パッと見どころかじっくり見ても今の姿がトファリだと見抜ける人はほぼゼロだろう。
(というか……なんか、ちょっと、いや、かなり……可愛いな)
今までのトファリがどちらかと言えば綺麗寄りだったのが、可愛い寄りとなった。そのギャップが、良い。とっても良い。
「どう? どんな風に見えてのかしら?」
「その……かわ、……なんだ、アレだ。うん……が、学園長先生! ご指導ありがとうございました! 自分達はもう行きますので! お茶菓子だけお礼に置いておきますね!」
お皿を見付け、テキトーに和菓子を出してから俺は学園長室を先に出た。自分に危ない流れを察知するのも、護衛としては必要な能力で今まさに危ない所であった。
化粧を覚えたご令嬢みたいに、グイグイと質問攻めの時間になっていただろう。
「ったく、なんなのよ……」
「うふふっ……シューゴちゃん、可愛いトファリちゃんに緊張しちゃったのね」
「か、可愛いですか?」
「えぇ。綺麗なトファリちゃんも素敵だけど可愛いトファリちゃんも素敵よ? その変化にシューゴちゃんは驚いちゃったのね」
退室して待つも、すぐに出て来ないトファリ。学園長にお礼を言っているのかもしれないが、不思議と危険察知が警報を鳴らしている気がした。
「トファリ様、早く行きますよーっ!」
先に出ておいて言うことじゃないが、遅いトファリにそう声を掛ける。十秒近く待って出て来たトファリは、眩しい程の笑顔を咲かせていた。
「ふふっ! お待たせシューゴ」
「……やたら上機嫌だな?」
「何でもないわ! んふふっ」
気持ち悪いくらいニコニコしているトファリと学園を出て、買い物へと向かう。
他意は無いが、黒髪のトファリはレアだし、目のバリアは外して行く事にした――。
学園を出てしばらく歩くと整備された広場へと到着する。ここから露店や店舗の多い商業エリアへと向かって歩き出す。
だが、先程から自由に街を歩き回れる事に感動しているお姫様もとい学園の生徒がキョロキョロとして好奇心が止まらない様子だ。
「ねぇ! ねぇ! あっちに行ってみたいわ! あぁ、でも向こうも人が集まっているわ!」
「いや、買い物にだな……」
「良いじゃない、少しくらい!」
「……まぁ、良いか。遊ぶなら、他のみんなにお土産買って行ってやらないとな」
「そうね! ほら、時間が惜しいわ! 行きましょう!」
トファリに手を引かれて、人と人の合間を抜ける様に街を走る。いつもは護衛と行くべき場所に行くだけが、お姫様であるトファリの街の巡り方だ。だから、自分で見て自分で移動出来るのが楽しくてしょうがないのだろう。
それが少しでも分かってしまうから、つい甘やかしてしまう。
「あははっ! 楽しいわね、シューゴ!」
「……そうだな」
女の子の笑顔は、男に「まぁ、良いか」と思わせる効果があるみたいだ。
年相応に楽しむトファリを拒むなんてマネ、俺には出来そうにない。
「……っとと、ごめんなさいね」
横路から急に出て来てきた男とトファリがぶつかりそうになる。流石の身体能力で寸の所で避けた。……のだが。
「いててててててててッ! おい嬢ちゃん、どこみて歩いてやがんだァ! ァア!?」
「アニキ! 大丈夫ですかい、アニキ! 嬢ちゃんよォ、どう落とし前つけてくれんだコラァ!」
俺は瞬時にヤバいと思った。この世界でもこういうのってあるんだと思ったが、それよりもこのままだとチンピラの命がヤバいと判断した。
トファリは民を守る為には全力を出す英雄だ。しかし、善人の味方であり悪人の味方をする訳ではない。むしろ、悪は積極的に排除しに掛かるタイプだ。
だから民衆からの人気も高いし、英雄といえばトファリとなっている。だから、チンピラとかヤバいのだ。
「ぶつかりそうになったのは失礼しました。しかし、当たりませんでしたよね?」
「なに言ってんだ! アニキが痛がってるのが見えねぇーのかァ!?」
「いてぇーよぉ、腕折れちまってるよぉー」
「シューゴ、どう思う?」
冷静さでいる様にも見えるが、俺にはピキピキと怒りが出そうなのを我慢している様にしか見えない。
「お兄さん、腕折れてるんですよね?」
「あぁ、いてぇー……こりゃ慰謝料と治療費を貰わねーと」
「そうですか。トファリ、腕は綺麗に折った方が治りも早いって聞く。一度ちゃんと折ってから直せば感謝されると思うぞ」
「そっか。ありがとうシューゴ!」
――ボキッ
それは一瞬。瞬きをする間に聞こえた音。
自分よりも身長が高く体格も良い大人の男の腕がぷらんぷらんと揺れている。
「えっ……」
「神の御業をここに。苦しみからこの者を救いたまえ――」
トファリが指を鳴らす。すると、それだけで男の折れた腕が元通りに治った。
回復魔法――人を治す魔法は教会での修行を経て使える様になると言われている。ただ、そこはトファリ。どこで習ったのか彼女は本来なら詠唱の長い回復魔法を簡単に扱っている。
「まだどこか痛みますか? なら、全身をバキバキにヘシ折ってから治して差し上げましょう」
「な、何なんだこいつ……お、おい! 行くぞッ!」
「ア、アニキ!? くそっ! これでも……」
危険察知が反応する。背後に手を回した手下の方に動きがある。それを見過ごすほど鈍っちゃいない。
トファリを背に庇って前に立ち、バリアを発現させる。
「くらえぇぇぇっ!」
投げられた三本のナイフ。ただ、バリアに当たり刺さる訳でもなく下に落ちる。威力も無く簡単に防げたナイフに、俺とトファリの間に微妙な空気が流れた。
「か、格好良かったわよ?」
「お、おい! 待て手下の奴! このナイフには触れるだけでヤバい毒とか塗ってあるんだよなぁ!?」
「そんなの持ってる訳ないだろォー、アニキ待ってくだせぇーーー」
逃げ出した手下。声を殺しきれずに笑うトファリ。強いも弱いも無いけれど、敵から姫を守ったはずなのに、護衛としての仕事はしたはずなのに、何だかちょっとだけ恥ずかしくなってきた。
「……ふっ、雑魚め」
「相手が本当にそうだと悲しく聞こえるのね……その台詞」
「今の出来事は忘れようぜ……せっかくのデートが台無しになる」
「そうね。せっかくのデートが…………デデデデデートッ!?」
「いや、そんな過剰に反応しなくても良いだろうよ……」
「で、でも、でもでもでも!」
急にアワアワと慌てるトファリ。
トファリは乙女チックが強いタイプで……男の腕を折ったりするけど、夢見がちな女の子だ。『遊び』と言えば問題は無かったのだろうが『デート』とかそういうワードに恥ずかしさを覚えるお年頃というのを忘れていた。
「トファリは知らないかもしれないが、男女で遊びに行くコトを気軽にデートと言ったりするコトもあるとかないとか……するらしかったりするらしいぞ?」
「そう……なの?」
今度はシュンとしてしまう。一度デートと言われた上で、そうじゃないと言われるのはそれはそれで嫌なのかもしれない。難し過ぎるお年頃だ。
「でも、デートはデートになるのかな?」
「デートッ!?」
「でも、遊びからな」
「……デートじゃ、ない?」
「いや、デートだ! 姫たるもの、デートの一つくらい経験が無いとな!」
「う、うん! デート……次、どこ行く?」
トファリがそう言った直後に、大通りを歩いていた通行人がこちらを見ていた。
「ト、トファリ様だッ!?」
その声は周囲に響き、他の通行人までもがこちらに気付いてしまった。どうしてバレたのかとトファリを見ると……そこに居るのはいつものトファリ。姿を偽って無いトファリが居た。
「おまっ、変装は!?」
「と、解けちゃった……あんたが、変なコト言って驚かせるからでしょ! シューゴのせいなんだからっ!」
「と、とりあえず逃げるぞ!」
「……あっ」
トファリの手を握って走り出す。途中でチンピラを追い抜いたり、屋根上に避難したりして、人の目に触れない場所まで走った。
人気者がちょっと生きづらくなるのは、どこの世界でも一緒みたいだ。そして、巻き込まれる奴が一番苦労するのも同じらしい。
「人の動きが少し落ち着いたら、買い物して帰るからな」
「……えー」
「えー、じゃありません。誰の家かは知らないがそれまでは屋根でゆっくりしておこう」
「もぅ……せっかく…………ふんっ!」
やはり姫とは大変な存在だ。特に、落ち着きの無い姫とかは。
トファリの魔法が上手く作用しているコトを確かめてから、再び街中へ戻って例のタレや細麺の花から取れる麺、植物油を買って俺達は学園へと戻った――。
明日がもう遠征の日。とりあえず、準備万端で望めそうだ。
◇◇◇




