第二十話 食堂のおばちゃんは強い
「これくらいでヘバってたら戦い抜けないぞォー!!」
レイラン先生の怒号が飛び交う運動場。
ランニングを終え、柔軟体操を終えて、俺達三組は武器を手に持つ事が許される。初めの頃は、ランニングで疲れてロクに武器を使った訓練が出来なかった生徒も今は体力がついて、今やしっかりと訓練を受けられている。
木槍を手にしたミーニョさんと対峙している。俺の持つ武器も同じく槍。パワーや槍の扱いは俺の方がやや上だが、スピードや飛んで上から攻撃してくるミーニョさんの方が地の利はある。
「はいッ! はいッ! せいッ!」
「ていや~」
気の抜けた声ではあるが、太陽の位置を考えながら旋回しつつ攻撃してくるのが厄介だ。バリアを使って空中戦に持ち込めば良いのだろうが、そこまでする程の訓練ではない。とりあえずは槍のリーチを活かそうと、距離を取ったり詰めたり間合いを気にしながら動いて武器の扱い方を上達させていく。
「そろそろ時間か……全員止めッ! 武器を片付けて集合!」
「「「はいッ!」」」
レイラン先生に今日の授業の総括を聞いて、本日の授業は終了する。少しばかり聞きたい事があって、戻ろうとするレイラン先生を引き留めた。
「レイラン先生。先生も遠征には来てくださるのですよね?」
「うむ、引率でな。他には冒険者も雇って一つのパーティーに一人は監視役を付けるコトになっている。ま、私が受け持つ所は死ぬ間際まで助けはしないがな! わははははー」
「そ、そうっすか……」
相変わらずスパルタなレイラン先生。高笑いしながら帰って行った。パーティーそれぞれに冒険者が監視役として来てくれるのであれば、遭難したってどうにかはなるだろう。
ウチのパーティーは、森で迷ってもパピーが空から情報を教えてくれるから遭難の可能性は低いけど冒険者が居るなら安心だな。
「おっと……急がないと」
放課後は各自でやる事を決めている。森で先陣を切って貰う予定のルーとミーニョさんには遠征に使う森の情報について調べて貰う。リベとトファリには戦闘を任せる事になるから、それぞれ森での戦闘を意識したトレーニングをして貰う。
そして俺は――今日から給仕係りとして最高のパフォーマンスを発揮する為に、これから五日間雑用をこなしながら食堂で料理の研鑽を積む予定だ。
「――遅いよッ! さっさと下準備をやりなっ!」
「ウスッ! よろしくお願いします!」
学園の食堂の設備はもしかしたら王都で一番かもしれないと思う。学園長が凄く、水の魔石で水道や火の魔石でコンロみたいな便利道具で調理が可能となっている。
凄いのは学園長だけではなく、その道具を使いこなしているおばちゃん達。聞くところによると、元宮廷料理人だったり、一流シェフだったりと経歴の凄い人ばかりであった。
(そりゃ、ルーが食堂に入り浸る訳だ……)
おばちゃん達の中でもルーの存在はもはや特別になっているらしい。あれだけの食いっぷりには感動すると言っていた。
「シューゴ君、次はこの野菜を細かく切っておいて」
「はいっ! ただいま!」
「その次は倉庫から食材を運んで貰うよ!」
「はいっ!」
俺が料理を教えて貰えるのは時間に余裕が出来た時か終わった後の少しの時間だけ。それでもプロに教えて貰えるなら環境としては申し分無い。
放課後から少し時間が経って夕方、生徒がチラホラと食堂へとやって来た。放課後になってから早めに来るのは寮生以外の生徒であり、夕方に来るのは寮生達。学生は無料で食べられるから時間によってはかなりの混み具合となる。
「シューゴ君、食器洗って! 足りなくなるよ!」
「分かりましたっ!」
中華鍋みたいな形の道具をスピーディーに振るうおばちゃん。具材を素早く切り分けるおばちゃん。注文を受けて指示を飛ばすおばちゃん。みんなの動きが一体化して効率良く料理を仕上げていく。
「おばちゃん、ごちそうさま!」
「あいよっ」
生徒の大半は返却口に食器を返すタイミングでそう声を掛けていく。その一言だけでも大変な作業にやりかいを感じられる。
だからこそ逆に、それが当たり前とばかりに「ごちそうさま」と声を掛けずに返却口に食器を返していく貴族のボンボンを見るとちょっと……いやかなり、ムカつく様になってきた。
「今日はあのお嬢ちゃん来ないねぇ?」
「もしかしてルーの事ですか? 獣人の」
「そうそう! いつもはこの時間には来てるんだけど……」
「あぁ、それなら……もう少ししたら来ると思いますよ。次の遠征授業に向けての調べものをしている筈なので」
「あらまぁ~そうなの?」
「はい、同じパーティーなので……今はそれぞれ役割分担して準備を進めているんですよ」
夕方のピーク時をやや越えて、人混みが苦手そうな人がポツポツと現れる時間帯。おばちゃん達とお喋りする余裕も出来てきた。
今は手の開いているおばちゃんに、遠征先の森にある池や川で取れる魚の綺麗な捌き方や出汁の取り方を教わっている。
俺の知識にある魚よりも色鮮やかな魚達。体内に毒袋を持っていたりする魚が普通だったりするからイチから教わっている。
「そうそう、シューゴ君は筋が良いわね~」
「丁寧に教えて頂いているからですよ……っと、この魚はどう調理するんですか?」
「そうね。焼くか蒸すか……かしら?」
「白身魚ですもんね……そうだ! あの『みんな大好き屋台の濃いタレ』で照り焼いてみるのはどうですか?」
「あのタレで!? 淡白な魚の味わいが台無しになるわよ?」
「あれ……もう実験済みですか?」
「試してはいないけど……あのタレは肉みたいな強い味じゃないと……ふーむ。ちょっと待ってね?」
沈黙して、おそらく頭の中で味を組み立てているおばちゃん。白身魚はフライにするか照り焼きが美味いけど、今日一日手伝いをしてみると、メニューには塩焼きかソテーか野菜と炒める料理しか無いみたいだった。
肉用に作られたとはいえ、せっかく万能っぽい濃いタレがあるのならどうにか流用出来たら料理の幅は広がる筈だ。
(俺の知ってる料理は俺が発見した訳でも無いし、学食がより良くなるなら共有した方が良いだろう)
ここにはルーが来るし、回り回ってルーの為にもなる。料理の幅が広がる事はおばあちゃん達の為でもあるし学生達の為にもなる。料理人を目指している訳でもないし、味の知識は隠しても宝の持ち腐れ……なら、どんどん使っていかないとな。
「……イケるかもしれないわね! シューゴ君、作ってみましょうか!」
「うすっ!」
切り分けた白身魚と例のタレ、植物性の油を用意する。
「まずは油を引いて熱して……魚の切り身を焼く」
ジュ~、パチパチと油の跳ねる音がする。まずは皮の付いている方から焼いて、焼き目が付いたらひっくり返して反対側も焼いていく。
「そして、ちょっと蒸しタイムを挟んで……例のタレをここで投入!」
ちょっと甘めの屋台で串焼きなんかに使われているタレ。何であんなに美味いのか、誰が作っているのかは知らないけど商店でも売られる程に国民的なタレである。間違いの無いタレだ。
「弱火でタレをスプーンで満遍なく掛けながら焼いて……」
良い香りが厨房に広がる。気が付けば、手の開いている他のおばちゃん達も集まって来ていた。
「良い香りだねぇ~」
「そうね~。私の料理人としての勘が言っているわ、間違いって」
「なるほどぉ~、煮るんじゃなくて焼くコトで白身魚の食感を残す訳ね!」
おばちゃん達があれやこれやと話題を広げて、もう既に次は何とタレを合わせるか話し合い始めていた。流石はプロ、探求心が半端じゃない。
「……うん! 付け合わせは無いですが……白身魚『青ピラーの照り焼き』完成です!」
「うわぁ~うわぁ~、知らない食べ物の香りがするぅ~」
「あたちの鼻では分からないですよ~……」
料理が完成したタイミングでルーとミーニョさんが一緒に現れた。これは、この料理が美味いのか不味いのか調べる良いタイミングかもしれない。
おそらく美味いとは思う。だが、人だけが美味いと感じるだけで獣人や妖精族、他の種族も美味いと感じるかはまた別の話だ。
「せっかくだし、ルーとミーニョさんに試食して貰いませんか?」
「本当は試作品をお客様に出す訳にはいかないけど……ふふっ、そのお客様が待ちきれないみたいね?」
「シューゴだぁ! シューゴ何してるの? 何してるの?」
「ルー、ミーニョさんも試食してくれないか? そして意見を貰いたい」
「試食ぅー? 食べるッ! シューゴが作ったの? 凄いすごーい!」
ルーとミーニョさんにテーブルで待って貰い、先程の出来たばかりの照り焼きを皿に載せて二人の所へと運んで行った。
「お待たせしました。青ピラーの照り焼きになります」
「シューゴさん、何だか似合ってますね~」
「ありがとう。ミーニョさんには……ちょっと味付けが濃いと思うから無理はしないで。妖精さんでも美味しい料理かスイーツも考えておくから、その時はまた試食お願い」
「うふふ~、それは楽しみですね~」
二人の料理への感想はシンプルで、ルーが絶賛してミーニョさんはやはり味付けが濃いと言った。
主食が木の実やフルーツや森の植物という妖精族やエルフには、魚ですら少し胃に負担を掛けるのかもしれない。その辺りもきっと偉い学者さんが調べているだろうから、種族と食文化についての本が図書室に無いか調べてみるのも良いかもしれない。
ちなみに、この『照り焼き』に関してはおばちゃん達が完成度を上げて、濃すぎるタレをもっとマイルドにしてからメニューに加わる事となった。
この件でおばちゃん達とすっかり打ち解けられたし、料理人になる訳ではないけど、護衛業の傍らに移動式屋台を開くのも楽しいかもしれない。料理って、やっぱり素晴らしいものだな――。




