出発
「シカナ、やめなさい……! 今の時期、御者は特に危険だということはわかっているだろう?」
「え、そうなのか?」
思わず口にでたジーンの言葉に、ルーブンは頷く。
「春、特にこの時期は交易が盛んでね。馬車も頻繁に行き交っているから、それを狙った賊たちが現れやすいんだ」
ルーブンの話を聞きながら、ジーンは仲介人の言葉を思い出していた。
ーー賊や魔物との闘いはできるか?
みたところルーブン商会には護衛の姿も見あたらない。自分自身で何とかしなければいけないということだ。仲介人はそこまでわかっていて、訊いてきたのだ。
「平気だって! 馬もちゃんと乗りこなせてるし、何かあっても自衛用の弓もあるから!」
シカナは丈が短かく両端の近くが曲がった短弓を見せる。少し傷はあるが、手入れもよくされており、戦闘にも十分使えるようなシロモノだった。
「しかし……」
「俺たちだったら大丈夫だよ、おっちゃん」
難色を示すルーブンに、ジーンは明るく声をかける。
「ジーン?」
バリは不思議そうに首を傾げた。
「俺とバリは魔法学園の新入生なんだ。魔物とも闘ったこともあるし、そこらの賊に負けるつもりはないよ」
ーーここがダメなら別の馬車を探すつもりでいたが、そもそも見つかるかもんからない。
それならいっそここで決めてしまった方がいい。
ジーンの思惑に気づいたのか、バリも説得にまわる。
「……ええ、僕らなら賊の数人くらいは追い払えます。安心してください」
「き、きみたち……。わかった、そこまで言うなら、シカナを御者として馬車を出そう」
おおっ、と声をあげるジーンとバリ。
「やった! お父さん、私、しっかりやるから!」
「ああ、頼んだぞシカナ」
ルーブンはジーンとバリに向き直り、告げる。
「陽が沈む前には出発させたいところだが、お互い準備がいるだろう。数日分の物資でも用意してから、また来てくれないか」
「わかった。ありがとうな、おっちゃん」
「話は終わった? 二人とも、よろしくね」
シカナはニカッと笑った。
「おう! それじゃあ、俺たちは市場にいって買い物してくるから」
「了解、こっちもしっかり準備しとくから!」
シカナの言葉に頷き、ジーンとバリはルーブン商会を後にする。
来た道をもどって、大通りへ。
ジーンとバリは手分けして買い物をすることにした。
ジーンは大通り市場の露店で食料の買い物をする。馬車は徒歩よりはマシだがそれでも決して速いとはいえない。5日はかかるとみて品物を選んでいく。
まずは果物。暑い季節ではないし、紙に包んで直射日光を避ければ数日は十分保つ。
それからリバレスは河が近いこともあり魚は豊富だ。乾物なら同じく数日保つ。
さらに主食の芋と、水樽等を買ってジーンは買い物を終えた。
香草は買えば高くなるが、幸いジーンの田舎では自然に生えており、祖母から特製の調味料(乾燥した香草と塩をまぜたもの)を貰っていた。
大荷物なので台車をかり、バリを待つ。まもなく荷物を小脇に抱えたバリがやってきた。
「お待たせしました。重いものを任せてすみません」
「身体は鍛えてるから大丈夫だ」
「そう言ってくれるとたのもしいです」
「ところでバリは何を買ってきたんだ?」
「ああ、薬草を漬けた傷薬です。何度かお世話になったことがあるんです。傷口を洗うみたいにかけるとよく効きますよ」
バリが見せた小瓶には、薄く濁った水がはいっていた。
ほかにも、と見せてきたのは包帯やら薬が数点。どうやら魔物や賊との遭遇も覚悟しているようだ。
「いざという時のためです。首都につくまで使わなくても、魔法学園に入学したら怪我することはよくあるでしょうし」
そんな話をしながら、二人はルーブン商会に再び赴く。すると、建物の前に二頭立ての馬車が用意されていた。
飾り気のない質素の木製の箱型客室。車輪は馬のそばと箱の後方に二輪ずつのあわせて四輪だ。
ちょうど、シカナは車輪の点検を終えたところのようだ。
「……ん? ああ、もうすぐ出発できるからね! とりあえず荷物積んであげるよ」
シカナは荷物を渡すよう手を広げるが、ジーンとバリはさすがに拒否。
重たいし危ないから、と自分たちで客室の中に荷物を詰め込んだ。
「ありがとうね!」
シカナの満面の笑みに、ジーンは思わずドキッとしてしまうのだった。
それから間もなくして。
「車輪よし、馬よし、荷物よし、準備よし!」
シカナが指差し点検を終え、馬上へとあがり御者席へ。
「シカナ、気をつけるんだよ」
店の入り口からルーブンが声をかける。
「うんっ!」
「お客さんにお願いするのは申し訳ないが、何かあったらシカナを守ってやってほしい」
「もちろんです」
ジーンのかわりにバリが頷く。
「もうっ、お父さん!」
恥ずかしさと怒りで顔をしかめながらも、シカナは言うのだった。
「ルーブン商会、出発です!」
土煙をあげ、馬車は動き出した。




