3-12 青は悲しい愛の残骸
約束するたびに思い出す。
あの尊い君の体温と、柔らかい掌を。
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それは、深夜のことだった。
かたり、と部屋のドアに付いているポストからした音に、二藍は思わず小さな声で呼びかけていた。
「どなたですか」
「あ、フタアイ?すまん、起こしてしまったかいなぁ」
のんびりとした訛りのある喋り方は、名乗らずともすぐにズィルだと分かる。
ドアを開けると、榛色の髪の少年がちょっぴり眉下げて立っている。一見華奢で小柄な普通の少年だが、ラジレオン家の当主らしく、左右非対称の豪奢な飾りのついた服を身に纏っている。
「いや、さっきまで起きてたんだ。シャワー浴びて、一息ついてたところ」
二藍はそう言って、肩にかけたままだった湿ったタオルを指で摘んだ。
「こんな時間になんでシャワー浴びてるんだ、って顔してるね、ズィル」
「そりゃそんな顔するやろ。実際そう思うとるし」
肩を竦めながらズィルはやれやれと首を横に振った。そして表情を曇らせ「眠れないん?」とだけ口に出す。
「こっち来てからね、ときどきこんな風になるんだ。別に特に悩みがあるわけでもないのに、眠れなくなる」
「乃至には…」
「言ってないけど、気づいてるよ」
「そりゃそうやろな」と小さく笑いながら、ズィルはさっき自分が投函した封筒をポストから取り出し、二藍に手渡した。
「これ、ナイシに渡しといてくれ。ナイシ宛に預かってたんよ」
黒地に赤の模様が渦巻き、中央に大きな紫の判が押してある。花のような模様だ。
「愛染家ご当主様からの辞令を、豪華にもラジレオン家当主が直々にお届けするんやから、しっかり渡してやー」
それを聞いて片手で受け取った封筒を二藍は両手でそっと丁寧に持ち直した。ぞんざいに扱えばどうなるかわからないと顔が若干青ざめる。
「辞令って…新しい任務?」
「ああ、1つはフタアイも一緒や。パートナーやからな。もう1つはナイシ単独のオマケみたいなもんや」
「俺も一緒?」
「というか今回は複数のグループ戦。いつもの各支部の部隊をベースに編成して、他のグループとも一緒に行動することになる」
ズィルはそこまで言うと、フタアイ、と呼びかけて続けた。
「大戦が始まる。大戦って言っても、何百人規模なんやけどな。まだ詳しい予言は出てないが、できるだけ遅く始まって欲しいのが、俺ら上のヤツらの希望や」
「大規模な戦闘って、僕が来る前に一度あったんじゃなかったの?」
「ああ、かなりの犠牲が出て、戦闘員は二百、非戦闘員含めりゃ五百人規模の大きなヤツやった。なのになぜまた大戦が始まるのか…向こうにそんな余裕があったなんて驚きや。こっちはまだ先の大戦の傷が癒えてへん。どう優しく見積もっても高ランクの人数も足りひん。久々の負け戦になるんやないかと、影では戦々恐々としとるやつらもおるやろな」
ズィルはそう言ってから、「久々っても、前だってギリギリセーフだったんやで」とウィンクした。笑って茶化したいのかよくわからないが、二藍の表情は当然和らぐはずもない。
「フタアイ」
ズィルはそれでも笑ったまま二藍へ呼びかける。
その声は労るような優しい響きで、二藍は姉や兄弟子たちを何となく思い浮かべてしまう。ズィルは同い年の少年のはずなのに、こうして甘やかしてくれようとする大人っぽいところがある。御三家の一角を担う若き当主としての顔を持つからだろうか。
年に合わない言動を時折見せる乃至とはまた違って、ズィルの場合は大人びた姿こそ本物に思えてしまう。茶目っ気のある明るい表情は寧ろ歳相応に見せるためなのかもしれないとすら思うぐらい、老成した知性と感性がぴったりくるのだ。
「約束、守ってくれな。頼むから、乃至の傍にいてやってぇな」
いつもは茶色い瞳は、薄暗い中黒くキラキラ光って黒曜石のようだった。
日本支部とは名ばかりで、光の塔には純日本人が少なく、二藍が今までの人生で見慣れた黒い瞳は見かけない。
思わず魅入って黙り込むと、ズィルはくるりと背を向けて部屋を出て行く。
「じゃあまたなぁ」と笑って手を振った後ろ姿に何も言えなかった二藍は、まだ眠れないなとため息をついて、それでも布団に潜り込み瞳を閉じた。
明日もまた、戦いは続くのだから。
第三章はこれで終わりです。
第四章の仮タイトルは『泡は小さい海の一欠』。
いつになるかはわかりませんが、年内の更新を目指して…正直もう誰も読んでいないようなお話なんですが、けじめとして完結させたいなぁとは思っています。
もし読んでくださっている方がいるとしたら、本当に感謝しております。




